……
……ちょっとした沈黙。
それを破ったのは……
「――それはアーキテクチャが違うのでかなり難しいと思われます」
いつのまにか仕事を終え横に来ていたセリオだった。
「――横からすみません。私がお聞きしても問題ない話題だと判断したものですから」
そう言って頭を下げる。
「ああ、もちろん構わないとも。まあ、セリオもそこに座って」
部長はちょっと驚いていたが、セリオに向かっていすを勧めると話を続けた。
「――失礼します」
そう言うとセリオは僕の横に自分のいすを持ってきて腰掛けた。
「で、アーキテクチャが違うからと言うことだけど、具体的にどういうことなのかな?」
部長がセリオに続きを促す
「――アーキテクチャ、この場合には主に中央処理演算装置、CPUのことになりますが、私に使用されているCPUと薮沼さんが現在使われているパソコンのCPUでは、性能、内部構成、内部命令等が全て異なっています。そのため、同じ来栖川電工の製品といえども互換性がありません」
ちなみに薮沼さんと言うのは部長の名前。
僕は面倒くさいから部長と言ってるが、うちの会社は管理職はおろか役員クラスまでも含めて”さん付け”で呼ぶことが推奨されている。
セリオは律儀にそれを守っているのだ。
「――また、擬似感情付与プログラムはOSそのものを書き換えるので、私とは別のCPU,OSを用いている薮沼さんのパソコンには、現時点では適用できないと考えられます」
「……つまり、どういうことなんだろう? オレもこの辺は疎いからさ、今のセリオの説明は、恥ずかしながらよくわからなかったんだ」
「――説明がわかりにくくてすみません」
そう頭を下げるセリオを見て、部長が苦笑しながら頭をぽりぽりとかく。
確かに、知らない人にとってはなんのことやらさっぱりだろうし、下手すると日本語と思ってもらえないかも知れない。
そういや昼飯の時に、同じ技術系の同期と仕事の専門的なことを話していたら、すぐ横にいた営業畑の同期に「にほんごか?それ」と突っ込まれた覚えがある。
まあそれはともかく、話す相手のレベルを見て噛み砕いて説明しないといけないんだけど、それを今のセリオに求めるのは酷というものだ。
「えっと、ですね」
僕が助け船を出す。
いい機会だからついでにセリオに専門的な話題の説明の仕方を学んで貰おう。
「まずOSの件ですが、部長がやろうとしてることを例えて言うなら、”便利なソフトがMacにあるから、これをWindowsにそのまま入れられないか?”と言ってるのと一緒です。例のプログラムはセリオのOSでないと動かないんですよ」
「…それはなんともならないのかな?例えば、その、Windows用のそのプログラムを持ってくるとか」
部長が食い下がってくる。
予想通りの展開。
よっぽどだな、こりゃ。
今日も遅くなりそうだ……
「確かにそのパソコンのOSに合うタイプのプログラムを持ってくればいいんですけど…… そもそもあるかどうか……」
「ないのだろうか? 欲しがる人は多いと思うが」
「あのプログラム自体が隠しプログラムですから、あったとしても大っぴらには出回ってないでしょうし、そもそも……」
「そもそも?」
仕方ない。
かなり難しい話なるけど付き合って貰おう。
そうしないと納得しないだろうし。
「そもそも、あのプログラムはOSを変化させて、セリオのCPUをフルに使ってやろう、と言うものなんです」
「擬似感情プログラムと言うのは、ソフトが感情を持たせてるんじゃないのか? ずっとそうだと思ってたんだが」
「僕もはじめはそう思ってたんですけど、どうやら違うようですね。”セリオのCPUの能力をフルに活用しよう”というものみたいです」
OSとかソフト程度で作れる感情なんて似非だ、と最近思うようになった。
なんだかとても人為的なものを感じるから、なのかも知れない。
セリオの面倒をずっと見てきたから、かも知れないが。
「フルに……ってことは、普通に出回っているセリオはフル稼働していないと言うことなんだろうか?」
「なにを持ってフルに、と言う定義は難しいですけど、あのプログラムなしでもセリオは仕様書のスペックを十二分に満たしてます」
「仕様書通りに動いて更にフルに… 難しいなあ」
「ちょっと例えが違いますけど、車で言えばリミッターがかかってるようなもんです」
車のリミッター。
必要以上に(?)速度が出ないようにしているあれだ。
バイクやスクーターにもついてると聞いたことがある。
「リミッターを外すとスペックの最高速度以上にスピードがでるようになりますよね? それと似たようなもので、セリオのCPUのリミッターを少し緩めて、CPUの今まで使ってなかった部分を使えるようにするのがあのプログラムなんです」
「ほうほう、なるほど。それならわかるわ」
やっぱりね。
車好きの部長にはこういう風に説明するほうがわかってもらえる。
ちらりと横を見るとセリオが真剣にやり取りを聞いていた。
ちゃんと学習しているといいけど…
「僕は車のほうはとんと疎いんで、リミッターの詳しいことはわからないですけど、セリオの場合はそのリミッターを外すのにプログラムが必要だと言うことなんです」
「それが例のプログラムか……」
「ええ。で、部長のパソコンのCPUにはそう言うリミッターはかかっていないんです。というか、そもそもCPUそのものの造りが違います」
「……とすると、このパソコンのCPUにはそう言う人当たりをよくする機能がないから、たとえ例のプログラムが動いても無意味だということか」
「そう言うことになりますね。だから部長のパソコンにセリオのOSを入れても… もちろん入れられないですけど、仮に入ったとしてもうちのセリオのようにはならないですよ」
「なるほどなあ…… 感情とか人当たりとか、人間っぽく見えるのはCPUが違うからか…… おっしゃわかった。永野君、セリオ、サンキュー」
とりあえず、大雑把に納得してくれたみたいだ。
ちらっと時計を見る。
おっ、思ったより早く終わったじゃないか。ラッキー
さ、セリオのメンテだ。
「――いえ」
「いえいえ」
僕は部長に会釈すると、セリオを連れて部屋の外に向かった。