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 来栖川電工製メイドロボット HM−13セリオが僕のいる部署に試験導入されてしばらくが過ぎた。
 セリオの管理者としてあれやこれや振り回されているけど、なんとかそれも軌道にのってきたみたいだ。

 これは、もはやセリオが部署にいることが当たり前に思えるようになった、そんなある日の出来事。


 
 
 


−夜の部長室にて−
セリオが部署に届いたら


 
 
 
 
 「永野君、ちょっといいかな?」
 

 ある日の夕方、定時を少し回った時間。
 これからセリオのメンテでも……と思っていたら、廊下で部長に呼び止められた。

 なんだかとてもいやな予感がする。
 部長がこのタイミングで僕を呼び止めるときは大概やっかい事だ。
 今までの経験は伊達じゃない。
 身体の第六感がエマージェンシーを発している。
 

 「え、あ、いいですけど、なんですか?」
 

 用事の一つもでっち上げて逃げればいいんだろうけど、あんまりそう言うのは好きじゃないからとりあえず相手をする。
 

 「廊下で立ち話もなんだし、向こうでお願いできるかな」
 

 部長はそう言うと部長室のほう歩き出した。
 僕もあとをついていく。
 ”やな予感メーター”が臨界に達して悲鳴を上げていた。
 人に聞かれちゃまずい中身となると……
 
 

 いろいろ考えながら部長室へ入る。
 

 「お疲れさまでしたー お先に失礼します」
 

 ちょうど入れ違いに事務の星野さんが帰宅するところだった。
 すれ違いざま、にっこりと微笑んで通り過ぎていく。
 むー いつも思うが中学生のお母さんには見えないなぁ…
 

 部長室の中ではセリオが書類の整理をしているところだった。

 そうそう、いい忘れてた。

 うちの部署は、部長の居る部長室とセリオ達のいる事務室とが兼用になっているのだ。
 部長に用事があるときも、事務に用事があるときも、両方部長室に行くことになる。
 もちろんセリオの顔を見にいくときも。
 そのせいか、セリオの周りに人が集まってきて、そのお陰でセリオやみんなの仕事が滞る、と言うことがあまりないので助かっているが。
 結構人気あるんだよね。
 最近のセリオ。
 
 

 話を元に戻そう。
 部長は自分の席 − セリオや星野さんの席からちょっと離れて置かれている。離れてると言ってもほんの数mだけど − に座ると、僕に椅子を勧めて話を切りだした。
 

 「最近のセリオの感じとか、人への応対とかしゃべり方とか見ているとな、こう、なんと言うか、以前に増して柔和で自然に思えてな、永野君がセリオのメンテをよくやってくれているんだなあと感謝してるんだ」
 「いえ、そんな大したことは……」
 

 謙遜ではない。

 確かに一番最初の設定をしたのは僕だし、擬似感情プログラムを見つけて入れたり学習機能の最適化をしたのも僕だ。
 でも、それ以降システム面でセリオをいじったことは一度もない。
 セリオは極めて安定に動作しているし、学習効果、学習効率も高いからだ。
 セリオが以前に増して人当たりがよく柔和になってきたのだとしたら、それはセリオと四六時中一緒に仕事をして、セリオの、特に情動面での面倒を見てくれている星野さんのお陰だし、そしてもちろん、セリオ本人の努力の成果でもあるのだから。
 ロボットが努力?という人もいるが、僕からすれば努力だ。
 聞き流しても済むような、ほんのたわいのないことまでもセリオは学んでなにかに活かそうとする。
 それが元々の”セリオ”の設定なのか、はたまた僕が見つけたプログラムのお陰なのか、それとも”うちのセリオ”をとりまく環境のせいなのかは、わからないけど。
 
 

 「でな」
 

 と部長が続ける。
 この人どこまで僕や星野さんが思ってることを理解してるんだろう?とたまに思う。
 でも、今までも、部長は知らん顔してさりげなく部署のいろんなことをサポートしてきているから、その辺はお見通しなのかも知れない。
 

 「ちょっと聞きたいことがあるんだけども… あ、別に仕事の話じゃないから気を楽にして聴いてくれればいいや」
 「あ、そうなんですか? またてっきりセリオになにかあったのかと…」
 

 ちょっと、いやかなり拍子抜け。
 セリオがらみでまたとんでもないことを言い出すとか、僕のテーマのことでなにかあったとか、そう言うのを予想してたから。
 余談だけど、僕の本来の仕事はセリオの管理……ではなく、研究開発だ。
 セリオにかまけて一時期そっちが手薄になりかけたけど。
 だから研究テーマでなにか突発案件が入ると、部長に呼び出されたりもする。
 

 「いやいや、セリオはなんともないよ。本当によくやってくれている。助かってるよ」
 

 部長が手放しで誉めている。
 こと研究に限って言えば、この人が手放しで誉めるなんてことはまずないから、それだけセリオの評価は高いらしい。
 ……とむこうから声が聞こえた
 

 「――恐れ入ります」
 

 聞こえてたみたいだ。
 いや、この狭い部屋で普通に会話してたら聞こえないほうが変か……
 

 「うん。でな、永野君に聞きたいのはセリオのことじゃなくて、パソコンのことなんだ」
 「パソコン、ですか?」
 

 更に拍子抜け。
 聞く相手は僕じゃなくてもいいと思うんだけどなあ。
 たまたま通りがかったから捕まえただけかな? これは。
 部長、よくそう言うことやるし……
 

 「そう、今僕が会社で使ってるヤツなんだけどな。これ、来栖川のパソコンだよね?」
 「ええ、そうです」
 「これに、その… セリオに使った応対が柔和になるプログラムを入れられないかなあ?」
 「……はい?」
 

 素で聞き返してしまった。
 というか、思考がきっかり10秒ほど止まった気がする。
 悪い予感って言うのは当たるんだなあ……と実感した。
 

 「いや、な。同じ来栖川の製品だし、コンピューター関連と言うのも一緒だから、そのプログラムを入れたらこの融通の利かないパソコンも少しは愛想…と言うか愛嬌というか、親しみやすくなるんじゃないかな?とか思ったんだ」
 「はぁ……」
 

 半ば放心状態。
 知らないっていうのは素晴らしいことだと思う。
 柔軟な発想って言うのは、きっとこう言うのを言うんだとも思う。
 もちろん皮肉だけど。
 

 「永野君、どうだろう?」
 

 特徴ある、ぎょろりとした目でこっちを見ている部長の顔は、かなり真剣だった。
 む、困ったな。
 でも、部長には悪いけど、ここはきっちり言っておかなくちゃいけない。

 ”できないものはできない”と。

 ……でも、きっとなんとかしてくれって頼まれて、断りきれないんだろうなあ。
 こう言うときは自分の性格がいやになる。


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