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 数日後、机にメイドロボ関連の本と雑誌を積み上げて調べものをしていると、同じ部署の同期がやってきた。

 「ははは、あいかわらずやね。あんまりこん詰めてもいい発想は出てきいへんで。」
 彼はこうやってたまに顔を出しに来る。
 いい気分転換になるからとても有り難い。

 「今日みんなと飲みに行こうかと思ってるんやけど、自分もどう? たまにはええやろ?」
 「ん? ああ、そうだね。たまにはいいかな?」
 僕は読みかけていた本を閉じるとそう答えた。

 「ほな、決まりやな。詳しいことはあとでメールで回すから。遅れんようにな」
 彼はそういって笑うと、軽く手を振って出ていった。

 飲み会か…… 久しぶりだな。
 セリオの管理者になってからと言うもの飲みに行く暇などなかった。
 通常業務に加えて、定時以降に行うセリオのその日のデータ解析や報告書作成などで、最終バスの常連となっていたのだ。
 同期連中と酒を飲んで話をすれば、きっといい気分転換になって新しい発想が浮かぶ、そんな気がした。
 

 今日は解析を行わないことをセリオに伝え、久しぶりに定時で仕事を終わらせた。
 午後6時。駅前の居酒屋。
 同期数人で久々の飲み会だ。
 乱れ飛ぶ酒、仕事の愚痴、上司の悪口と部下の無能さを嘆く声、家庭では言えない話。
 いつものごとく、だ。
 今回はこれに加えてセリオの話が話題に上っていた。

 「なあ、永野。ロボットの管理者って、一体なにをするん?」
 「どうだあのロボット。使えそうか?」
 「しかしよー 笑わねえってのは愛嬌がねえな」
 「でもな、最近評判いいで。永野んとこのセリオ」
 「そのうちおれらの仕事まで、ロボットがやるようになるんかね」

 いろいろ言いたい放題言ってくれるが、みんなの心配事はひとつだった。

 ”セリオが大量に導入されたら、自分はリストラされるんじゃないか?”

  気持ちはわかる。
  専門外の人に専門用語を並べても、格好がいいだけで話の中身は伝わりにくいから、
 言葉を選んで、なるべくわかりやすく話をしていく。
 
  部署の現状。
  ここ数カ月で思ったこと。

 「結局、誰かが管理しないといけない現状では、ロボットは人間無しに仕事できないよ」
 酒の席でするような話でもないし、まとめにかかった。

 「そしたらよ、管理職が全部人間で下っ端が全部ロボットっていう会社がそのうちできるんじゃねえの?」
 同期の一人が言う。

 「そんな気持ち悪い会社はいやだなぁ。 そんな発想が凝り固まってるような会社、長続きすると思う?」
 僕は苦笑混じりにそう答えた。
 可能性は十分あるが、ここできっちり否定してやることがみんなの精神衛生上必要だ。

 「だから、安心していいんじゃない? 首が飛ぶようなことはないよ。きっちり仕事をしてればね」
 みんなが苦笑混じりに笑い、場が和んだ。

 これが僕の本音だ。

 今一番不安なのは、セリオの仕事ぶりを見て落ち込む人が意外と居ることだった。
 ロボットはルーチンワークが得意だ。
 その、ロボットの得意分野、で相手をしても適うわけはない。
 そこを考えずに「彼女はおれよりも能率がいい」とか言って落ち込んでいるのだ。
 でも、会社が我々、特に研究員に求めているのはルーチンワークの早さではない。
 「発想力」だ。
 その面をきっちりとこなしていれば、ロボットに負けるようなことはないと思う。

 「そうそう、セリオも可愛いけどさ、おまえんちのもっと可愛い娘(むすめ)ちゃんは最近どうだよ?」
 笑いながら同期の一人に水を向けた。
 彼は照れながら、持ち歩いてる写真を出すと娘自慢を始めた。
 結婚して子供の居る奴は子供の自慢を、まだ居ない奴は嫁さんの話をこぞって始める。
 独り身がそれにちゃちゃをいれる。

 「とりあえずセリオの話は流れたか……」
 僕はホッと一息ついた。
 

 場がまったりとした頃、いつのまにか空いていた後ろのテーブルが埋まっていることに気がついた。
 こちらと同じようなサラリーマン風のグループが、こちらと似たような感じで話をしている。
 僕の真後ろだから話の部分部分が聞こえてくる。
 上司と部下のようだ。
 営業はわかってないとか、サポートの連中はわかってないとかそんな内容のようだった。
 部下の愚痴を上司が聞いているような、そんな感じ。
 そういえばうちの主任もたまに飲みに誘ってくれるっけ。
 そう思いながら同期と話をしていると、後ろから気になる言葉が聞こえてきた。
 僕にとって今一番気になる言葉だ。

 「……だから、なんで連中はわかんないんでしょうね。セリオのことを」
 「無表情?冷たい?きれいだけど可愛くない? ふざけるなってんですよ」

 ドン!と机を叩く音が聞こえる。
 一瞬、店内が静かになった。
 かなり酔ってるようだ。
 連れの上司らしい人が頭を下げている。
 程なくしてあたりがまた喧噪に包まれた。
 しかし、僕の意識は後ろのテーブルに捕らえられたままだった。

 「まあ確かに普通に使う分には無表情だし、口調もああだしねえ。慇懃無礼と言われても文句は言えない……な」
 上司らしい人が声をかけるでもなくつぶやく。

 「主任はそれでいいんですか? 悔しくはないんですか? セリオだっておれたちと同じような口調で話ができるし、笑うことだってできるじゃないですか。セリオは笑い方を知らないだけなんですよ。笑えるんですよ」

 なんだって?

 思わず動きが固まってしまった。

 「そのことは大っぴらにはできないからねえ」
 苦笑混じりに主任と言われた人が答える。

 「しかし……」
 「声が大きいよ。気持ちは分かるけどね。」
 主任らしき人が声のトーンを下げてしゃべり始めた。

 「上を通さずにああ言う形であのシステムをDVDに組み込んだ以上、我々が”実はセリオは笑えるんです”と言って回るわけにもいかないだろう? そりゃあ私だって悔しいさ。……セリオは我々の娘なんだから」

 笑い方を知らないだけ?

 本当は笑える?

 どういうことなんだ?

 思わず彼らの会話に割って入ろうとしたとき、同期に声をかけられた。
 「一人3000円な。さ、次いくで」
 「あっ、ちょ、ちょっと待って……」
 同期二人が有無を言わさずに僕を引きずっていった。

 「次はいつものバー そんでその次はカラオケ。さあいくでー」
 人の気も知らないで同期が高らかに叫ぶ。

 セリオが笑えるって本当なのか?
 笑い方を知らないってどういうことなんだ?
 どういうことなんだー


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