あれからセリオに対する不満はほとんど聞かれなくなった。
声や口調の他に設定した、”目の表情”が幸をそうしているようだ。
セリオは人間と同様に瞬きをしたり目を動かしたりできる。
そこで、伏し目がち、目を細める、目をぱちくりさせる、目を見開く、などを設定したところ、なんとなくだが親しみやすい雰囲気になったらしい。
中には休憩時間を利用してセリオの顔を見に来るようになった人もいる。
これでセリオの管理も軌道に乗ったと思えるような、そんな手応えを感じていた。そんなある日、朝から部長に呼び出された。
セリオの話らしい。
なにか不具合でも起きたのだろうか?
昨日までのメンテでは全く障害は見られなかった。
何事かと思って急いで部屋に行き用件を尋ねる。
すると、部長がこう切り出してきた。「なあ、永野君。セリオを笑えるようにはできないだろうか?」
一瞬、思考が停止した。
まさか部長の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。「いやな、ここ数カ月一緒の部屋で仕事をしてて思うんだが、彼女に表情が付いたら、こうもっと明るい雰囲気になるんじゃないだろうかってな」
僕は思わず頭を抱えてしまった。
もともとセリオは事務処理などの仕事をこなすためのロボットだ。
表情なんて機能は元からないし、なくたって仕事はできる。「セリオが表情を持てるように、管理者としてひとつ頑張ってもらえないだろうか? もしコストがかかるというなら、最大限のバックアップをする」
そりゃ、僕だってセリオに表情があって、膨れっ面したり笑ったりしたら可愛いし楽しいと思う。
でも、今回の件はどう考えても難しい話だ。
管理者だからなんとかしろっていうのは、あんまりじゃないだろうか? そうとも思った。「永野君、頼むわ。永野君が口調やらをいじってくれたお陰で、セリオはみんなに好意的に受け入れてもらえた。もう、一押しだと思うんだ」
そうまで言われてはいやとは言えない。
元より部長も僕が断れないことを知ってて話を振ってきている。
確信犯だ。「わかりました。やれるだけやってみましょう」
僕はそう答えると、軽く会釈をして部屋に戻った。
気は進まないがこれも業務だ。
早速ブラウザを立ち上げると検索を始めた。・・・・
・・・・
幾つかの結果が表示されたが、どれも外観の変更に関するもので、期待した表情に関するものではなかった。
そこで別のキーワードで試してみる。むむむ。
これは厳しい。
それじゃ、こっちにキーワードはどうだ?
・・・・
・・・・
だんだんと自分がのめり込んでいくのがわかる。
元来僕は凝り性なのだ。
やるならとことんやらないと気がすまない。
しかも今回は自分の管理しているセリオに関することだ。
自然とキーボードを叩く手が熱くなっていく。・・・・
・・・・
夜更けまで検索を続け、アンダーグラウンドなサイトにまで手を出したが、結局めぼしい情報は得られなかった。
気分転換に雑誌をめくってみたりしたが、HM−12”マルチ”の改造記事ばかりでセリオに関する記載はほとんどない。「まいったな…… せめてカスタマイズしてくれるメーカーくらい見つかると思ったんだけどな……」
椅子の背もたれによっかかる。
と、そこにセリオがやってきた。「――お疲れさまです。コーヒーいかがですか?」
セリオはそういいながら、僕の目の前に煎れたてのコーヒーをおいた。「なあ、セリオ」
「――なんでしょうか?」
小首を傾げながらセリオが僕を見る。「セリオには表情、例えば笑ったりとか眉間にしわを寄せたりとかができるような機構は備わっているのかい?」
僕は溜息混じりにそう尋ねた。「――残念ながら、設計仕様書にそのような機構は記載されていません」
「……そうか」
当たり前と言えば当たり前の答えだ。
もしセリオが知っているくらいなら、今までの検索に引っかかっているはずだ。「――ですが」
「ん?」
「――ですが、わたしたちにも閲覧の許可されていない設計仕様書が存在しますので、断言することはできないです」セリオ自身にも閲覧できない仕様。
ということは付属のマニュアルに載っていないことがあるということだ。
先日の擬似感情システムのこともあるし、確かに気になる。
「――どうかなさいましたか?」
セリオは小首を傾げるとそう言った。「セリオは自分が表情を持ってみたいと思うかい?」
「――なくても業務を行う上での支障はないと思います」
まあ、そうだろう。「――あればみなさんとのコミュニケーションがより円滑に進むと思います。ですから、欲しいかと言われれば欲しいと思います」
・・・・
しばらく言葉が出なかった。
セリオはセリオでみんなとのコミュニケーションを考えている。
そして、そのためには表情が必要だと思っている。
ならば…… ならばその思いを叶えてやるのが管理者の勤めなんじゃないか?「ありがとう、セリオ。もう少しがんばってみるよ」
「――お礼を言っていただくようなことはしていませんが?」
「いや、いいんだ。ありがとう」
不思議そうに小首を傾げるセリオにそう答えると、コーヒーを口に運んだ。業務のためではなく、ましてや部長のためでもなく、自分自身とセリオのためにやれるだけやってみようと思った。