「橘先輩」

 「お、あ、な、七咲」

 「……楽しかったですか? お医者さんごっこの患者さん役は」

 「え!?」

 「ふふ、楽しいですよね。相手は塚原先輩ですし……」

 「いや、その、楽しいとかそう言うわけじゃ……」

 「白衣に聴診器まで……しかも、先輩は口元がゆるんでいるし……」

 「く、口元ゆるんでた!?」

 「もう……先輩なんて聴診器になってしまえばいいんです!」

 「ちょ、ちょっと待ってよ七咲。あれはたまたま塚原先輩の練習に付き合っていただけで……」

 「……」

 「そ、そう、あれは医学部に進学する塚原先輩の手伝いをしていただけなんだ。
 七咲が誤解するようなことじゃないんだよ」

 「……だからって、あんなに胸をはだけて」

 「そ、それは、だって聴診器を当てるのにシャツを着たままってわけにはいかないだろう?」

 「……わかりました。先輩を信じます」

 「七咲……」

 「実はあのあと塚原先輩が私を追いかけてきて」

 「ええ!?」

 「橘先輩と同じことを言ってました。あれは医学部に進学することになった自分を、
 彼が心配してくれて前もって練習をしていた……と」

 「ああ、うん、そのとおりなんだ」

 「ええ、だから今回は先輩と塚原先輩のお話を信じます。でも、もしもう一度ああ言う
 状況を見たら多分私は橘先輩のことを信じられなくなると思います」

 「な、七咲……」

 「先輩……。もし……私よりも塚原先輩のことを大事に思うのなら、ちゃんと塚原先輩のことを……」

 「そ、それはどういう……」

 「そのままです。塚原先輩、随分動揺していましたよ。私に気をつかっているのが、痛いほどわかりました」

 「七咲……」

 「それじゃ私はこれで。失礼します」

 「あ、う、うん」

 「(まいったな、七咲に見られてしまうなんて思いもしなかった)」
 「(もうこんなことがないように、しっかり……しなくちゃダメだよな)」
 「(塚原先輩は今回のことをどう思っているんだろう……。今度会ったときに聞いてみよう)」


 七咲の言っていたことを実感したのはそれからしばらくしてからだった


 「(……七咲に保健室で見られてから、塚原先輩に会ってないな)」
 「(よし、塚原先輩に会いに行こう!)」

 「塚原先輩」

 「あ、橘君……」

 「今ちょっと時間ありますか? この間の……」

 「ご、ごめんね。先生に呼ばれていたんだ。また後にしてもらえるかな」

 「あ、はい……」

 「(タイミングが悪かったな。よし、それじゃ次の休み時間にまたこよう)」


 「(あ、塚原先輩がちょうど前を歩いている。追いかけて声をかけよう)」

 「塚原先……、あ……行っちゃった」

 「(どうしたと言うんだろう……、いつもなら気配で気づいて振り向いてくれるのに)」


 「(お、塚原先輩が屋上に上がっていったぞ、こんどこそ)」

 「塚原先輩!」

 「あ、た、橘君……」

 「どうしたんですか。いつもの塚原先輩らしくないですよ」

 「そ、そんなことない……よ」

 「そんなことなくないです」

 「そんなこと……」

 「なくないです」

 「だ、だって……」

 「だって、なんですか?」

 「この間のことで七咲を傷つけて、それでどんな顔をして君と話をしろって言うの……」

 「え……」

 「私は、七咲が君に懐いているのをよく知っていた。七咲から君のことを何度も聞かされていた。
 それなのに、七咲の気持ちをわかっていて、あんなことをして彼女に辛い思いをさせて……」

 「塚原先輩……」

 「だから、私が君と仲良くしなければいいんだって……そう思ったんだ」

 「……」

 「そうすれば、誰も傷つくことはないから」

 「……塚原先輩はそれでいいんですか?」

 「え?」

 「塚原先輩が僕を避けて僕と話をしなければ、七咲は傷つかないかもしれません。
 でも、それで本当に誰も傷つかずに済むんですか?」

 「それは……」

 「塚原先輩はどうなんですか? それで納得できるんですか」

 「私は……いいんだ。それで」

 「本当に?」

 「私は君と話をしなくなっても今までと大して変わらないから……ほら私は見ての通りの強面だから、
 今までだってみんなの中で浮いちゃうことが多かったし、君と話をしなくなるくらい大したことじゃ……」

 「本気で言っているんですか?」

 「……」

 「塚原先輩」

 「う……ん」

 ○「そんなのいやだ。たとえ塚原先輩が納得したとしても、僕は納得できない!」

 ○「塚原先輩がそう言うなら仕方ない。もう塚原先輩に話しかけるのはやめよう」



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