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寒桜


 
――寒桜を、観に来ました。

 冬に咲く、桜です。
「少し気の早い桜だ」とマスターが、おっしゃっていました。
「冬の寒さの中で、凛と咲く桜だ」とも、おっしゃっていました。
「だから僕は寒桜が好きなんだ」そう、おっしゃっていました。

 マスターは、私を購入された直後からこの桜のことを度々口にされ、
「冬になったら一緒に見に行こう」と何度もおっしゃっていました。
「桜の近くに住んでる知り合いが、咲き始めるとメールをくれるんだ。
そしたら見に行こう。お弁当とお酒を持って」そう、おっしゃっていました。

 そのメールが先週届きました。
 メールには今日の日付と「見頃はこの辺」と言うコメントが書かれていました。
 だから私は今日、寒桜を観に来ました。
 お弁当を作って、マスターの好きだった日本酒を持って。
 

 私は、マスターが楽しみにしていた寒桜を観に来ました。
 マスターがあれほどまでに私に見せたがっていた寒桜とは一体どのような物なのか、
それを確かめに来ました。
 マスターがおっしゃっていたように、お弁当とお酒を持ってやってきました。

  目の前には、満開の桜。
  風に舞う、桜の花びら。

 私はただただ、桜を観ていました。
 なぜマスターは、この桜を私に見せたかったのでしょうか?
 私は桜を観続けました。
 マスターの好きだった桜を見続けました。
 ずっとずっと観続けました。

 しばらくして、とある方が私の名前を呼びました。
「ねえ、もし違っていたら申し訳ないんだけど……」
 その方はマスターの名前をお出しになり、私にマスターのセリオか? とお尋ねになりました。
 私が肯定すると、その方はとても驚いた顔をされ、私に自己紹介をして下さいました。
 マスターの古くからのご友人としてお名前を伺ったことのある方でした。
「まさか来てくれるとは思わなかったよ」
 その方はそう言うと私の手を取り、大きく何度も何度も振りました。
 なぜ私がマスターのメイドロボットだとわかったのでしょうか?
 そのことをお尋ねすると、その方は
  マスターのところにセリオタイプのメイドロボットが居るのを知っていたこと。
  私に向かってそのメイドロボットの名前を呼んだら反応したこと。
  そして、
 「それに、その日本酒を持ってここにやって来るセリオは、多分君だけだから」と、おっしゃいました。
 その方が教えて下さったことによると、毎年この時期に寒桜の下でお花見をすることになっていて、
マスターは、このあまり手に入らない日本酒を毎年持ってきていたのだそうです。
 

 私はその方に連れられて、お花見の輪に加わりました。
 全部で10人弱の集まりでした。
 このお花見を言い出したのはマスターで、続けるうちに毎年の恒例行事になったのだそうです。
「えー? なになにーっ、あいつんとこのセリオなの?」
「こんな可愛い子囲ってたなんて、ヤツも隅におけないなあ」
「こーら、そう言う下卑た考え持たないのっ」
「よろしくね」
「よく来たね。ま、座って座って」
「なんか、一気に華やいだな」
「それはうちらじゃ役者が足りないってことかしら?」
「失礼しちゃうわ」
「いや、そう言うわけじゃなくてさ。言葉の綾だよ、あや。」
「なんにせよ、来てくれてうれしいね」
 皆さん、私を歓迎して下さっているようでした。

 お酒を飲みお弁当を食べながら、様々な話題に花が咲きました。
  各々の近況。
  お仕事の話。
  世間話。
  ご家族の話。
  そして、昔話。
 お酒でなめらかになった口から、色々なお話が次々と紡ぎだされていきました。
 お話は新たなお話を呼び、笑いを呼び、つきることなく続きました。
 私も、マスターのこと、私自身のことを聞かれる度に答えました。

 皆さんの持ち寄ったお酒がつきてきた頃。
 私の持ってきた日本酒を開けようと言うことになりました。
 マスターが好きだったこのお酒は、いつも宴の最後に開けるのだそうです。
 私は皆さんにお酒をついで回りました。
「お、ありがとね」
「今日のは格別うまそうだな」
「あ、いいよ、気にしなくて。手酌でやるからさ」
「これがさ、うまいんだよね」
「あんたも飲めるといいのにね」
「そうそう、一緒に飲めたらもっと楽しいだろうにね」
「……飲まないと、やってらんないしな」
「あいつもバカだよな。こんないい子残して逝っちまうなんて」
「そうだな……」

 皆さんにお酒をつぎ終わる頃には、すっかり場が沈んでしまっていました。
 風に舞い散る桜の花びらの中、どなたもなにもおっしゃらず、ただお酒を飲んでおられました。

「ほらほら、しんみりしないの!」
 どなたかが、パンパンと手を叩きながらそうおっしゃいました。
「そうそう、お酒がまずくなるよ」
 隣にいた方がそう続けます。
「いつもと同じって言ったじゃん。な?」
 別の方が言い聞かせるようにおっしゃいました。
「無理して明るくすることもねえよ。これはヤツへの献杯だ」
 ある方が手に持っていた湯飲みを目の前に掲げ、そしてグッと飲み干しました。
 

 その後、私が持ってきたお酒もなくなり、宴はお開きになりました。
「また来年も来いよ!」
 別れ際に皆さんが私にそう声をかけて下さいました。
 私はなにも言えず、ただただ皆さんに頭を下げました。

 私は数日後、中古ショップに売却されることになっています。
 それがマスターのご家族のご意向だからです。
 ショップにおいて、マスターのプライバシーに関する記憶を消去されることになります。
 マスターがどんな方だったのか。
 一緒にどんな日々を過ごしたのか。
 数日後にはもう、わからなくなります。

 私は今日、ここへ来て良かったと思います。
 マスターのお友達に会うことができて、良かったと思います。
 どうしてマスターが私に寒桜を見せたかったのか。
 見せにつれてこようとしたのか。
 それが理解できたように思えます。
 マスター、最後に素敵な思い出をありがとうございました。


fin20010207
 
 
 
 

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後書き(再録にあたって)

 拙作、量産セリオSS「寒桜」をご覧頂き、ありがとうございます。
 このお話は尾張さんのページ「尾張さんちの物語」のお題SS「寒」に投稿したお話です。
 いかがでしたでしょうか?
 「寒」と言うお題からは若干(?)ずれた感もなきにしもあらず、でしょうか?
 もしご意見ご感想ありましたらお聞かせ下さい。

 実はこのお話には、数行程度ですが「後日談」があります。
 もしよろしければそちらもご覧下さい。
 

2001.02.10 再録
 
 

 

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