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ふゆじたく

 

がさごそ がさごそ

街路樹の木の葉が落ちて 木枯らしが一段と冷たくなってきました
 

よいしょっと…… がしゃ

年の瀬に向かって あたりが慌ただしく動き始めています
 

きゅぽ きゅぽ きゅぽ きゅぽ

今年はいつもの年に比べてあたたかい と言うお話なんですが
 

きゅっ きゅっ きゅっ きゅっ

さすがにそろそろ お店にストーブが欲しくなってきました
 

…………

石油ストーブは その冬初めて使うときにならしが必要
 

しゅっ がちゃ ぽっ がちゃ

だからこうしてストーブを出して 試しにつけてみています
 

ぼっ  ぼっ  …  …

久しぶりに入れる灯油を 芯に馴染ませるためなんだそうです
 

もくもくと煙がでることもあるから 外で試してみましたが……

うん どうやら大丈夫そうですね
 

変な煙もでないし 独特な青い炎も安定しているみたい

これなら お店に持っていけます
 
 
 

きゅっ きゅっ きゅっ

ストーブの火を消して 一度冷まします
 

きゅぽ きゅぽ きゅぽ きゅぽ きゅぽ…

もう一度灯油を 今度は満タンまで入れて
 

がしゃ よいしょっと……

ちょっと重たいので 両手で取っ手を持って運びます
 

がしゃ っと…

お店の入り口でストーブを置いて ドアを……
 

がちゃ カランコロン

ドアを開けようとしたら 向こうからマスターが開けてくれました
 
 
 

「ありがとな 変な煙とかなかったか?」

そう マスターが笑って言います
 

おかしなところがあったら わたしが持ってこないことを知ってて言ってるんです

だから 笑い顔
 

「もちろん大丈夫です」

そう わたしが返します
 

マスターが わたしの考えを見越しているのがわかるから

だから 笑い顔
 

円筒形の 白いストーブをはさんで

冬の高く澄んだ空の下 二つの笑顔が重なります
 
 
 

住んでいるところによって それぞれのお家によって違うのでしょうが

うちの冬支度は このストーブを出すこと
 

ピカピカに磨き込まれて 錆一つないストーブは

先代のマスターの頃からお店にいる わたしよりも古株さんです
 

「そうそう 芯は見てくれた? そろそろ汚れてくる頃だと思うんだけど」

マスターがそう言って ストーブののぞき窓からのぞき込みました
 

「きれいでしたから 大丈夫だと思います」

その辺のチェックは 抜かりありません
 

マスターも納得したのか 顔を上げて頷いています

このストーブの芯は 普通のモノとは違って布製なんです
 

使い込むうちに 先っぽの部分がタールで汚れてくるので

こまめに見て お手入れをしてあげます
 

そうやって もう何十年もうちのお店を温めてくれているストーブ

その独特な青い炎から ”ブルーフレーム”と呼ばれているんだそうです
 
 
 

「ところでマスター お客さんは?」

確かお客さんの髪の毛を刈ってる最中だったはず
 

「おっと、おっちゃん待たしたままだった」

案の定 マスターが苦笑いしてます
 

今年もそろそろストーブを と言う話をしてるときにお客さんが来たんです

坂の上のおじさん いつも釣ってきたお魚をわけてくれる方です
 

「おっちゃん ごめんごめん」

マスター お店の中に顔を突っ込んで謝っています
 

「気にしなくていいからよー ちゃんと椎那ちゃんを手伝ってやんな」

中から そんなおじさんの声が聞こえてきます
 

「んじゃ お言葉に甘えてしっかり手伝うことにするよ」

マスターが 笑ってそう返します
 
 
 

がちゃっ よいしょっと…

マスターにドアをおさえてもらって お店の中にストーブを運び込みます
 
 
 

「おじさん お待たせしてごめんなさい」

椅子に座っているおじさんに声をかけます 本当に申し訳ないことをしました
 

「あー いいからよ 椎那ちゃんに待てって言われりゃぁいつまでだって待つからよ」

おじさん 冗談なんだか本気なんだかわかんない感じです
 

「まったく椎那には甘いんだからな おっちゃん」

マスター ちょっと呆れた感じで笑っています
 

「おうよ ここらじゃぁ一番のファンだからな」

またそんなこと言ってます どう答えていいか困るじゃないですか
 

「え あ その… あっ 今ストーブ入れますね」

なにを言っていいんだかよくわからなくて なんだか支離滅裂
 

「ああ 頼むよ」

案の定 マスターが笑っています
 
 

きゅっきゅっきゅっきゅっ
 

がちゃ しゅっ ぽっ がちゃ
 
 

ストーブの芯の周りに 独特の青い炎

ブルーフレームと言う名の通りの 混じりっけない青い炎です
 

きれいに完全燃焼しないと この炎の色は出ないから

ストーブの機嫌が悪いと ひとめでわかります
 

やかんに水を汲んで ストーブの上に置いて…

ブルーフレームにやかん お店の冬の風景のできあがりです
 
 
 

「あー しかしよー ここんちは物持ちがいいな」

お店の中が暖まったころ おじさんがそんな風に言いました
 

「今時ねえや スウェーデンポットが現役の家なんてよ」

髪を切ってもらってるから おじさんは正面を向いたまま
 

「あー そうかもね 確かに今時じゃあ珍しいかもしんねえや」

マスターが 笑いながら答えます
 

「うちんちのなんかとうの昔に錆ちまったよ」

苦笑いのおじさん 手入れが悪いとそうなんですよね
 

「そりゃあよ 気がついたら磨いてやんないとダメよ こいつは」

マスターも苦笑い 結構手が掛かるんです
 

「んー 椎那ちゃんの手入れがいいってわけだな そりゃあピッカピカにもなるや」

そんなおじさんの言葉に 思わず力の抜けるマスター
 

「あのよ おっちゃん。手入れはオレもしてんだけど」

さっきよりもさらに苦笑い マスターちょっとかわいそうです
 

「おー そうか? オレっちはてっきり椎那ちゃんが愛情込めて磨いてんだと思ったよ」

意に介さないおじさん ちょっとフォローしたほうがいいですね
 

「どっちかというと マスターのほうがよく手入れをしてくれるんですよ」

とわたし うそじゃないです
 

「おー そっか マスターもちゃんとやってんだ 椎那ちゃんが言うなら間違いねえな」

おじさんは わたしの言葉だと素直に聞いてくれるんです
 

「かなわねえなあ 椎那の言葉なら信じるってか」

マスター 苦笑いしながら鼻の頭をポリポリとかいています
 

「ここいらじゃぁ 一番のファンだからな」

そう言っておじさんが笑います マスターからかわれっぱなしですね
 
 
 

「あ そうそう ところでよ おっちゃん」

思い出したように マスターが口を開きます
 

「ん? あんだ?」

おじさんのほうは さっきからずっと笑いっぱなし
 

「そのストーブだけどよ なんで”スウェーデンポット”つーか知ってる?」

ちょっとまじめな声 実は前から気になってたことなんです
 

「んー オレっちもよ そう教わっただけだからよ」

おじさん 髪を切ってる最中だというのに首を傾げてます
 

「うちの親父か?」

マスター 苦笑いしてますね
 

「おうよ オレっちがまだちっちゃい頃だな あれは」

あごに手をやりながら おじさんちょっと思い出す風な感じです
 

「そうですね そうおっしゃってましたね」

わたしも先代のマスターから ”スウェーデンポット”と教わりました
 

「やっぱわかんねえか…」

マスター さっきから苦笑いをしっぱなしです
 

「まあ いいじゃねえか」

おじさんが 笑いながら答えます
 

「オレっちにとっちゃあ ”スウェーデンポット”ってったらこれのことよ」

「それでいいじゃねえか なあ」
 

「まあ そりゃあそうだけどな」

おじさんの言葉に 苦笑しながらうなずくマスター
 

確かにこの界隈では それで話が通じますね

あえて正式な名前にこだわることは ないのかも知れません
 
 
 

このストーブ 英国はアラジンという会社の作ったもの

スウェーデンとは縁もゆかりもない品のはず なんです
 

よく使われる通り名は 「アラジンストーブ」または「ブルーフレーム」

もう数十年以上同じ形で作り続けられている 逸品です
 

このことを知ったのは 数年前

先代のマスターが買い置きしていた換えの芯が 全部なくなったときのことでした
 

街の雑貨屋さんに取り寄せを頼もうにも 型番がわからなくて

唯一の頼りは ”スウェーデンポット”と言う名前だけ
 

でも その名前で調べてもなにもみつからなかったんです

あのときは どうしようかと思いました
 

結局すったもんだのあげく 実はアラジン社のストーブとわかって一件落着

届いた換えの芯を前に マスターと喜んだのを覚えています
 

でも なんで先代のマスターはこのストーブの名前を

”スウェーデンポット”だ と教えてくれたんでしょうか?
 

きっと なにか由来があるのだと思うのですが…

どこを調べても 誰に聞いてもわからずじまい
 

先代のマスターが亡くなった今となっては もう知る由もありません
 
 
 

そんなことを考えているうちに おじさんの調髪が終わったみたいです

すっきりして ちょっと格好いいです
 

「おー やっぱこいつはあったけえな」

3人で ブルーフレームを囲みます
 

「こいつで燗して あついところをキュッと一杯なんて最高なんだけどな」

おじさん お猪口を煽る真似をしてます
 

「1本つけるには まだちょっと日が高いです」

そんな わたしの言葉に
 

「そりゃあ 残念だ」

と 笑うおじさん
 
 

お店の真ん中に置かれた ブルーフレーム

やかんから立ち上る 湯気
 
 

今年の冬も 暖かく過ごせそうです
 

fin20000112


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