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今日は第3月曜日 月に一度の連休の日
マスターは朝からどこかに出掛けてしまいました。

せっかくの秋晴れ どこまでも高く青い空
頬をなでる秋風 夏の風とも冬の風とも違う 秋の匂いのする風

・・・なのに わたしはひとりでお留守番です
せっかく半島の先の秋桜を 見に行こうと思ったのに

仕方ないのでいつもよりも心持ち丁寧にお掃除をします
お店の前を掃いていると 秋風にゆれるすすきが眼に入りました

さささささ・・・
風に吹かれてお辞儀をするように揺れるすすきの原

いつのまにか秋が深まっていきます
 

お掃除もお洗濯も 鋏や剃刀の手入れも済んで いきなり暇になりました
紅茶を入れて ぽーっと外の景色を見ます

空を流れるすじ曇 道で遊ぶ子供たち
さあ 暗くなる前にお買い物に・・・

プロロ・・・プロロロ・・・
そう思ったら電話が鳴りました きっとマスターからです

3回ほど鳴ったところで電話を取ります
相手は・・・やっぱりマスターでした

「急いで今から言うところにきてくれ」だなんて
一体どうしたんでしょう?

急いで身支度を済ませて 言われた場所に急ぎます
 

待ち合わせの場所はお店から歩いて20分ほどのところ
時間に余裕はあるのですが なんとなく気持ちが急いてしまいます

どんな用事か知らないけれど マスターと外に出るのは一月ぶりです
ここのところマスターは休みのたびに自転車でどこかに出掛けていくのです

行き先を尋ねても「そのうち」とか「もうちょっとしたら」とか
言葉巧みにはぐらかされてしまいます

そうまでして隠したいことってなんなのでしょう?
わたしにも言えないことって・・・

どんなことがあっても せめてわたしには話して欲しいのに
わたしはそんなに頼りにならないのでしょうか?

ちょっと 寂しいです
 

そんなことを考えていたら あっという間に待ち合わせの場所に着きました
マスターは待ち構えたように立っています

にこにこといつにも増して微笑んでいるマスター
まるで子供のよう

これはなにか企んでますね
ああいういたずらっ子のような瞳をする時は 必ずなにかあります

そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか
「さあこっちだ」とマスターが歩き始めます

とにかくついていくしかなさそうです
マスターに並ぶように歩きます

マスター とても楽しそうです
 

少し歩いてついた先に お店の常連さんが待っていました
なんだかの仲介をしてるって言ってたお客さん

マスターとは古い付き合いとか
その横には自動車が停まっています

この自動車は・・・

「ずっと探してたんだが、ようやっとみつかってな」とマスター
「ずいぶん昔に欲しがってただろ?」そう言ってにこにこと微笑んでいます

覚えていてくれたんですね

「滅茶苦茶古い型だから探すのに苦労したよ」常連さんも笑っています
「色もな、おまえの好きな色を選んだんだ」マスター、照れくさそうに笑って
います

驚きと うれしさと 申し訳なさで 言葉になりません・・・
 

もう5年も前になるでしょうか?
マスターの持っている古い漫画を読んでいた時のことです

その漫画に出てくる一台の自動車に眼が止まりました
それがマスターの探してくれた 今目の前に止まっている車

あの漫画の中では あなたはミニパトカーでしたね
わたしのお気に入りの青い色をした車に目をやります

まさか覚えているとは思ってもいませんでした
マスター結構忘れっぽい人だから

いつもと同じ昼下がり 
なにげないひととき ふっとしたひとこと

それが月日を経て 現実になるなんて
 

「運転できるよね? さっそく乗ってみてくれよ」
常連さんがキーホルダーを揺らしてみせます

車の運転は久しぶり でも、大丈夫
笑顔でうなずきます

「馴らしもまだだし、ぼちぼちな」
マスターが笑っていいます

そうですね
焦ることはないです

でも、まっすぐ家に帰るのもつまらないですね。
どうしましょう・・・?

そうだ、行こうと思っていた場所がありました
 

早速キーを受け取って、運転席に乗り込みます
キーを差し込んでひねって・・・

小型車の軽いエンジン音があたりに響きます
マスターも、常連さんもにこにこ顔で見ています

驚きました。このエンジン、まるで新品のようです
数十年も昔の型とは思えません

「おどろいたろ? おれも保存状態のよさにびっくりしたよ」
わたしの疑問を見透かしたようにマスターが答えます

「新古ってところかな? 倉庫にお蔵入りしてたのを見つけたんだ」
と、これは常連さん。なるほど、それなら納得です

「これからよろしくお願いしますね」とボディに手を当てて話し掛けます
 

助手席にマスターが座って
さあ、出発です

常連さんが手を振ってくれています
ハザードでそれに応えます

プロロロロロ・・・
軽快な音を立てて走る自動車

決して力強いエンジンじゃないけれど
それがわたしに合っているような そんな気がします

「どこに向かってるんだい? 家のほうじゃなさそうだけど」
マスターがわたしに問い掛けます

久しぶりのマスターとの外出。ちょっと寄り道してもいいですよね
 

「ええ、家じゃないです」とわたし
「それじゃ、どこに?」とマスター

「ちょうど、お買い物に行こうと思ってたんです」

fin981126
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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