つゆのはれま
 

6月も終わりに近づいた とある火曜日。
お店の定休日。

降り続く梅雨空も一休みしたいのか、
今日は朝から晴れ間が見えています。

1日中お洗濯・・・でもいいのですが、
せっかくの梅雨の晴れ間ですし、マスターとお散歩に行くことにしました。
 

とんとんとんとん
さっそくお弁当を作ります。

マスターの好きなたまごサンドとツナサンド。
シュゼットハムとキュウリのサンドイッチも作ります。

一通りできたら、水筒と一緒に鞄につめて、
念のために折り畳みの傘も入れておきましょう。

鞄を持ってお店に入ると、マスターは鋏を研いでいました。
片づけが終わるまでソファーに座って待ちます。

お店の奥から、マスターがカメラを持って戻ってきました。
さあ、出かけましょうか。
 

今日のお散歩は、ちょっと足を延ばして紫陽花見物。
ちょうど見ごろのはずです。

家から電車に揺られてついた先は、むかし幕府があったと言われる街。
さらに電車を乗り継いで、お目当ての場所を目指します。

小さな駅で電車を降りて、少し坂を上ります。
たどり着いたお寺の階段を小走りに駆け上がると・・・

目の前に広がる色とりどりの紫陽花。

向こうに下る階段沿いに、紫や青の花が咲いています。
青い海をバックに、なんだかちょっと素敵です。

わたしは言葉もなくただ見入ってしまいました。
マスターも目の前に拡がる景色を、ただただ見つめています。

おかしいですね。

毎年、この時期になると決まってここに足を運んで、
毎年、同じように見入ってしまうのですから。
 

しばらくして、マスターがカメラを構え始めました。
今年は色が濃くていいとか、なんとか言っています。

確かにいつもの年に比べて、色が少し濃いかも知れません。
それに、今年は紫よりも青色の紫陽花のほうが多いようです。

わたしもマスターも、青くて色の濃い紫陽花が好き。
だからでしょうか。いつもよりも深く見入ってしまうのは。

・・・
・・・

え? あ、はい・・・
マスターが、いつのまにやらカメラをこちらに向けて構えています。

紫陽花と一緒の写真を撮ってくれるとのこと。
ちょっとうれしいです。

今時珍しい一眼の大きなカメラで、
花やわたしや、同じように紫陽花を見に来た人達を写しています。

せっかくのお弁当も食べずに、写真に夢中。
まるでおもちゃを抱えた子供みたいにはしゃいで。

階段、踏み外さなければいいけど・・・
 

マスターの視界に入らないように気を付けながら、
わたしも紫陽花の花を見ることにしました。

青い花、紫の花、色の濃い花、薄い花・・・
様々な紫陽花が目の前に拡がっています。

ふっとみると、すぐ近くの葉っぱが一枚、大きくたわんでいます。
思わず手を伸ばしてその葉っぱを持ち上げてみると・・・

かたつむり・・・

葉っぱの裏に1匹のかたつむりがいました。
雨を待っているような、そんな風にも見えます。

今すぐは困るけど、また雨が降ってくるといいですね。
わたしは、かたつむりの殻を指先でつつきながらつぶやきます。
 

ひとしきりして、紫陽花を堪能したのかマスターが戻ってきました。
ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼ご飯。

マスターはいつものように美味しそうに食べてくれます。
これだけ食べてくれると、作るほうとしても作りがいありますね。

頃合を見計らってお茶を入れます。
にっこりを笑って、ちょうどよかったと言わんばかりにお茶を飲むマスター。

ちゃんとわかってますよ。
いっぺんに食べ過ぎて喉に詰まりそうになったことくらい。
 

ぽつぽつぽつ

マスターがお弁当をぺろりと平らげたころ、雨が降り始めました。
持ってきた折りたたみ傘を広げて、帰り支度です。

さーーー

どうやら元の梅雨空に戻ったみたい。
雨が軽やかな音を立てて降ってきます。

帰りがけ、葉っぱの上にさっきのかたつむり。
よかったね。と声をかけます。

ふと視線をあげると、雨にけぶる紫陽花たち。
どことなくうれしそうです。

雨に濡れる紫陽花が、ことさら美しく見えるのは、
彼女たちが喜んでいるからでしょうか?
 

帰り道、久しぶりにマスターと相合い傘です。
さて、いつものお店でお茶請けを買って、帰りましょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがきへ。