「艦これ戦記 if とある艦隊司令部の奮闘 〜もうひとつのキス島撤退作戦〜」


「全員揃ったな。ではこれから新たな作戦について説明する。加賀、状況を説明してくれ」

 南西諸島海域の制圧に成功してからしばらくしたある日のこと。主力艦隊の面々と遠征艦隊の旗艦を
執務室に集めた提督が、そう切り出した。

「はい。それでは新たな作戦について状況を説明します」

 いつもどおりの口調で加賀が淡々と状況を説明していく。

「現在進出中の海域は皆さん知っての通り北方のため天候変化が激しく、頻発する濃霧によって
座礁や敵艦発見が遅れる可能性が高いことが特徴です」

 一同が頷く中、机に広げた海図を指す加賀。

「今回の作戦はこの北方海域のキス島に孤立した友軍の撤退を迅速かつ秘密裏に行うことです」

 海図の中のとある島にマーカーを乗せる。

「友軍救出作戦デスカー」

 金剛が口を挟む。

「そのとおり。これは陸軍からの要請なんだ」

 提督が返す。

「陸軍か……」

 ぼそっと天龍がつぶやいた。海軍と陸軍の仲は正直あまり良くない。

「そう露骨に嫌な顔をするな。友軍に変わりはないだろう?」

 提督が苦笑いしながらとりなす。

「撤収人員は数千名規模。素早さと隠密行動が要求されます。また、場合によっては夜戦の可能性があり
その対応も考慮する必要があります」

 加賀が淡々と続ける。

「友軍は孤立状態だ。つまり周囲には敵がわんさかいる。気づかれると大規模艦隊を差し向けられかねない。
濃霧なり夜陰に乗じて島に近づき、急ぎ島の守備隊を収容して、迅速に離脱する必要がある」

 加賀の言葉を受けて提督が補足する。

「主力艦隊でバーンと行っちゃいますカ? 島の守備隊を収容するにも大型艦のほうがたくさん
乗せられますネ。」

 腕組みをした金剛が状況を聞いてそう提案した。艦隊唯一の戦艦である彼女の発言に他の主力艦隊の艦娘も
同意するように頷きを返す。

「本当に今までどおり主力艦隊でやれるのか?」

 主力艦隊派遣に空気が流れようとした時、その流れに逆らうように天龍が口を開いた。

「敵がわんさか居るんだから主力艦隊でやりあったほうがいいかもしれないが、細かい島も多いし海流も早い。
座礁の危険を考えたら主力全部で行くのはかえって危ないんじゃないか?」
「ウーン……。そうですネ」

 最もな意見に金剛が頭で手を組み天井を見上げる。全員が押し黙り沈黙の時間が過ぎていく。

「あの……」

 羽黒が控えめに手を上げた。

「なに?」

 加賀が発言を促す。

「あ……その、守備隊の収容方法はどうするのかと思いまして。この地図を見ると大型艦が何隻も
湾内に入れるのかなって」

 羽黒が海図のキス島を指さした。

「収容方法は港湾内で大発をピストン輸送する予定だ。港湾設備が空襲でかなり損害を受けている
という話だしな」

 提督が答える。

「となるとますます大型艦は難しいんじゃないか? 大型艦は湾内に入れないし、あの海流じゃ湾外で
大発が転覆するかもしれない」

 天龍がそう指摘する。艦隊司令部の最古参に近い叩き上げだけに言うことに説得力がある。

「……確かにネ」
「そこでだ、オレたちに行かせてくれ。速さもあるし身も軽いし夜戦だって得意だ。うってつけだろう?」

 ここぞとばかりに天龍が売り込みをかける。統率力を買われて遠征艦隊旗艦に収まっているが、
もともと喧嘩っ早い彼女は最前線に出たくて仕方ないのだ。

「天龍ちゃん、それが言いたかっただけじゃないの〜?」

 横で龍田が笑う。釣られて大半の艦娘たちの顔にも笑みが浮かんだ。

「い、いや、そんなこと無いぞ。オレは状況を考えてだな」
「そうは言っても、夜戦、楽しみなんでしょう?」

 夜戦という言葉にピコピコと反応する天龍のセンサー。加賀ですらやれやれという感じで笑っている。

「こ、これはその」

 顔を真赤にして反論するが、天龍の言葉に説得力はなかった。

「フフーン、テレなくてもいいと思いマース。そろそろティータイムデスネー。私、紅茶が飲みたいネー」

 金剛の提案でひとまずティーブレイクとなった。
 
 
 
 金剛のいれた紅茶と加賀の持ってきた加賀まんじゅうでひとしきり場が和んだところで加賀が口を開いた。

「天龍さんの意見には一理あるわ。今回の作戦目的と現地の状況、戦況を考え合わせると、主力艦隊で望むのは
色々と危険が多く、派遣艦隊を特別編成しその任に当てるのが得策」
「天龍と加賀の言うとおりだろうな。俺の腹づもりもそんなところだ」

 加賀の言葉を受けて切り出す提督。艦娘の視線が提督に集まった。

「ほ、ほんとか。オレ、参加できるのか?」

 天龍が目をキラキラさせながら立ち上がる。

「まあ、待て。今から俺の考えを言うから」
「あ、ああ」

 提督の静止に素直に座りなおす天龍。

「先程からの議論の通り、キス島周辺は濃霧が多く海流が早い上に港湾部が狭くなっている。敵艦隊が多数いるとは
いえ大型艦で構成された主力艦隊を差し向けるのは得策ではない」

 一同が頷く。

「だから、小回りの効く軽巡及び駆逐艦を中心とした派遣艦隊を特別編成しようと思う。速さと身軽さを活かして
濃霧もしくは夜陰に乗じて島に接近し、港湾内で大発を使って守備隊をピストン輸送で収容。
直ちに敵艦隊の勢力圏外へ退く。この方法が目的を達成できかつこちらの損害が最も小さいと俺は考える。
どうだろうか?」
「人をイッパイ運ぶなら大型艦も一隻いたほうがいいんじゃないですカ?」

 金剛が思ったことを意見する。

「確かに小型艦中心の編成では守備隊を乗せれるギリギリになるんだが、とにかく時間が惜しい。
小型艦から大型艦への載せ替えをするくらいなら、その時間を使って敵勢力圏外へ離脱することを優先したい」
「ナルホド」
「他に意見はないか」

 提督が促す。特別編成の派遣艦隊を作ること、主力艦隊が後方支援に回ることを彼女たちが納得しないと
事はうまくいかない。

「航空支援もなしと言うことですか?」

 千歳が手を上げた。

「そうだ。できれば制空権を確保してやりたいが、それではこちらの動きを知らせることにもなる」
「隠密行動のため司令部との通信封鎖も考えられるから、支援は難しいわ。でも、守備隊の収容に成功し離脱して
きた時は制空権確保のためにできるだけことをしたいと思う」

 加賀が千歳に提督の考えを代弁する。加賀は秘書艦としてこの計画の立案に関わっているのだ。

「わかりました」

 提督と加賀の言葉に千歳が頷いた。

「では、派遣艦隊の陣容について説明します。とは言えみんなも知っての通り当司令部の人員に余裕が有るわけでは
ありません。そこで駆逐艦を中心とした現遠征艦隊を派遣艦隊とし、遠征艦隊の交代要員を遠征艦隊とします」

 加賀の言葉を聞いてみんなの目が天龍に集まる。

「天龍を旗艦とし、遠征艦隊の五月雨、涼風、叢雲、曙、霰を持って派遣艦隊を編成する。派遣艦隊が担っていた
遠征については龍田を旗艦として遠征艦隊を新たに編成する。天龍、龍田、頼むぞ」
「了解。よっしゃあ」
「了解です〜」

 提督の言葉を聞き立ち上がる天龍。にこにこといつもの様に笑う龍田。

「新しい遠征艦隊への任用については天龍、龍田で立案して欲しい。そちらもよろしく頼む」
「了解です〜」

 ガッツポーズをする天龍を見ながら龍田が答えた。

「では以上で本日の作戦会議を終了する。一同解散」

 提督の言葉に敬礼を返しそれぞれの持場へと戻る艦娘たち。天龍は早速遠征艦隊が待つ部屋へ向かった。



「おチビども、いるか!」

 満面の笑みで遠征艦隊の待機室へ入ると天龍をそう声をかけた。

「はい、全員揃っています」
「会議はどうさ?」
「どうせ遠征の成果が出てないとかそんな話でしょ」
「クソ提督のことだもんきっとまた無理難題よ」
「また……遠征?」

 五人各様に返事が帰ってくる。

「聞いて驚け! んで喜べ!! 特命だ。北方海域への派遣艦隊に任命されたぞ」

 テンション高く天龍が叫ぶ。

「とく……めい?」
「北方ぉ?」
「派遣艦隊に」
「任命だって!?」
「……新たな遠征?」

 ことの重大さに気が付かない五人。

「違うんだって。遠征なんかじゃない。正真正銘の出撃だ。我々遠征艦隊は本日ヒトフタマルマルを持って北方海域
キス島守備隊の収容を行うキス島派遣艦隊に任命された。敵がわんさと居る海域から友軍を助けだすのが目的だ。
今までは鎮守府近海や南西諸島への遠征任務ばかりで敵と直接戦うことはほとんどなかったが、今回は場合によっては
敵艦と正面からドンパチやることもありうる」

 天龍の訓示に五人の顔つきが変わる。

「お、いい顔になったじゃないか。そうこなくちゃ」

 遠征で演習や護衛任務ばかりをこなす日々だった彼女たちの中に開戦当初の最前線に立っていた頃の
記憶が蘇ってくる。

「天龍、質問」
「なんだ、曙」
「友軍って陸軍? 海軍?」
「それは……その……」
「そのお茶の濁しようは陸軍ね。天龍が特命とはいえ陸軍の収容作戦にのるなんて、提督に何か懐柔でも
されたんじゃなくって?」

 叢雲がそう切り込む。

「ばっ、そ、そんなことあるか」
「どうだかなあ。あのクソ提督、他の艦娘のウケはいいからなあ。大型艦で行けばいいところを体よくみんなに
押しつけられたんじゃない?」

 曙もそんなふうに皮肉る。

「お前たちなあ……。もちろん最前線に立てる立ちたいってのもある。だが今回の作戦はオレ達でないと
できないから引き受けたんだ」
「あたいたちでないと、できない?」

 首をひねる涼風。

「ああ、キス島周辺は座礁がしやすく、大型艦の運用が難しい。オレ達が突入して短時間のうちに守備隊を収容し、
速やかに海域から離脱する。そういう作戦だ」
「……隠密作戦」

 霰が端的に言い表した。

「ああそうだ。夜陰に乗じるか濃霧を利用するか、とにかくサッと島に近づいてサッサと撤収する」
「でもそれじゃ、天龍の好きな夜戦ができないんじゃないですか?」

 五月雨がさらっと核心をついた。

「……え?」

 天龍の顔色が変わる。

「だから、撤収作戦なんですよね? 隠密行動なんですよね? ドンパチしてる場合じゃないですよね?」

 五月雨が畳み掛ける。

「えーっと……。ま、まあそういうことになるかな。あっはっは」

 やっぱりドンパチやれると思って引き受けたんだ、とばかりに顔を見合わせる五人。

「敵が出てきたらやっちまえばいいんだろ?」

 涼風が景気の良いことを言う。

「おお、そうだな。そういうことだ。じゃあオレは提督に作戦詳細を聞いてくるな。各自出撃準備をしててくれ」

 はっはっはっと笑うと待機室を後にする天龍。そのこめかみをつーっと汗がたれていった。
 
 
 
 提督執務室。海図を囲み作戦詳細を確認する提督と天龍と加賀。

「作戦のポイントは濃霧に乗じること。だから天候を待たないといけないわ。ただ、期限がある」
「期限?」

 海図から顔を上げた天龍が加賀に顔を向ける。

「ええ、ここ数ヶ月守備隊への補給が滞っているの。もってあとひと月」
「それにあとひと月で濃霧が薄れてしまう時期に入る。そうしたらこの作戦の実行にはかなりの犠牲を伴うことになる」

 天龍の疑問に加賀が答え提督が補足する。守備隊は数千人規模だ。彼らを満載したら動きは悪くなるし万一の時の
犠牲は計り知れない。

「濃霧が出たら可及的速やかに作戦を開始、敵を避けつつ島に近づき守備隊を収容。収容後は全速で海域を
離脱して司令部を目指す」

 提督が海図を指し示し天龍にそう告げた。

「数千の命がかかっている。だが、無理はするな。必ず生きて帰れ。それが最優先だ。お前の望むドンパチは
ないかもしれない。いや今回はむしろ無い方がいい」
「了解」

 いつになく真剣な提督の眼差しに、天龍の背筋が伸びる。

「派遣艦隊は出撃準備完了後出撃命令があるまで待機。追って連絡する」
「派遣艦隊は出撃準備を完了し出撃命令があるまで待機します」
「よし、解散」

 提督の解散の声に部屋を後にする天龍。

「無茶するんじゃないぞ」

 提督はその後姿に向かってそうつぶやいた。



 それからニ週間。出撃の機会はなかなか訪れなかった。タイムリミットを前にいたずらに時間だけが過ぎていく。
焦りを紛らわすかのように訓練に打ち込む派遣艦隊。

「よーし、今日の訓練終わり。ご苦労だった」

 天龍の声が派遣艦隊の待機室に響く。

「各人しっかり休んで英気を養うようにな。また明日も朝から訓練だ」

 おー、と応える声が部屋の中に響く。
 司令部には夜遅くまで明かりのついた部屋が二つ。遠征艦隊改め派遣艦隊の待機室と、主力艦隊の待機室。
そこだけがまるで不夜城のように煌々と明かりを灯していた。

「主力艦隊も遅くまで大変ですね」

 五月雨がそんなふうにつぶやいた。

「あっちはあっちで別の作戦があるんだろうな。北方海域の奥の方へ進出しないといけないしな」
「なーるほどねえ」

 天龍の言葉に涼風が納得したように頷いた。

「へくちっ」

 手に持っていた棒状のものを置き口元に手をあててくしゃみをする加賀。同じような形の棒を持った赤城がその姿を
ニコニコと笑いながら見ていた。



「まだか、まだ出れないのか?」
「予想に比べて濃霧が薄い。今出てもうまくいくとは思えないわ」
「そうだとしても、もう時間がないだろう」
「それはそうだけど……」

 提督執務室でじれる天龍をなだめる加賀。加賀とて焦っていないわけではない。だが今出てもうまくいくとは
思えなかった。

「もうしばらく待って。気象班の観測による予報では数日後にこちらが想定した濃霧が出るとあるわ」
「……わかった」

 焦りを紛らすように鎮守府近海で更に訓練を重ねる派遣艦隊。島への接近、湾内への進入、守備隊の収容、
手順を確認するように繰り返す。そしてそれももう目をつむってもできるだろうという頃になって出撃命令が
届いた。待ってましたとばかりに出撃する派遣艦隊。岸壁で主力艦隊を始めとする司令部全員が見送る。

「みんなで迎えに行くからネ」

 金剛が手を振る。

「よーし、行くぞおチビども。全員収容して帰ってくるぞ!」
「おーっ!」

 天龍の檄に応える駆逐艦たち。首には毛糸のマフラー、手には毛糸の手袋。

「ところでどうしたんだ? それ」
「待機室に届けられてました。差し入れだそうです。これ手編みですよ」

 まだ鎮守府近海だというのにマフラーを巻いて嬉しそうな五月雨。手袋までして司令部に向かって手を振る。

「へえ、確かに手編みっぽいな。行くのは北方海域だ、助かるな」
「そうですね。あ、天龍の分もありますよ。ほら」

 五月雨からマフラーと手袋を手渡された天龍はありがたくそれをしまうと、もう見えなくなった司令部の
方向へ向かって敬礼をするのであった。


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