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『とびつかい』(by takataka 2000.11.29.)

 北の町への道を のんびりと行く
 今日は タカヒロも一緒
 
 二人で浴びる風は ひとりのものとは違っていて
 背中が あたたかい


「タカヒロー。もっとくっつかないと危ないよー」
「……いいの」
「え? なにー。きこえなーい」
「いいんだってばよ」


 路面から草の生えてる道を 北の町へと向かう
 きぬがさを過ぎると その場所まではもうすぐ

「あれ?」
「なに?」
「ここで曲がんの?」
「そう」
「町行くんならまっすぐだべよ」
「いいの」

 街道を右にそれて 一気に坂をのぼる
 二人ぶんは重いのか バイクの音が悲鳴のようで




「おー?」



 二人して見上げる 目を丸くして
 空一面に つばさ
 大きく羽を広げた とんびの群れ

「えれーとんびだな……」
「いつもはそんなにいないんだけどね……」

 すこし照れ笑い
 どうしてか 恥ずかしいような
 幾重も輪を描いて とんびが空を漂う

「こっちこっち」

「おー!」

 視界がぱっとひろがる
 北の町の高台は 抜けるような青空

「はー……」

 高台からの眺めに 目を丸くしているタカヒロ
 海
 むかしの町
 浅瀬と深いところが 色のちがいで区切られている
 林立する街燈が まるでしるしのように
 やわらかな濃淡
 海の色のちがいが
 遠くの岬に向けて ゆるやかな孤をえがく

「すげーわ」
「ふふ」

 すこし笑って 私はすこしとくい

「大昔にね、オーナーと一緒に」
「ふぅん」
「一番初めのころだった。私まだ何も知らなくて」
「…………」

 そのときは 気づいていなかった

 タカヒロがもう 景色を見ていずに
 私のことを見ていることに


「アルファさあ……」


 ぴーーーーろろろろろろろっ

「わ、鳴いた。タカヒロ聞いた?」
「……あ」

 私とタカヒロのあいだ
 なにか へんな空気

「ん、なに?」

 笑う
 いつもの顔で

「あんでも……」

 タカヒロ そっぽ向いて
 何か思いついたように ぴん と表情が光る

「おもしれーもん見せてやんよ」

 ポケットをごそごそ ごそごそ
 中から……干物? パンの耳?

「ほーれ」

 腕を高く上げて ぴらぴらと示している

「せーので……よっ」

 そのきれっぱしを 投げ上げた
 あーあー
 あきれたように腕組みして 私

「あーんな高いところ飛んでんだから、届くわけ」

 …………

 おどろいた
 群れて飛ぶうちの一羽 急降下
 弾道軌道をえがいて落ち始めるきれっぱしを ぱし と受け止める
 
「…………」

 どーよ、と得意顔のタカヒロ
 私は唖然としてながめる
 とんびは悠々と飛ぶ 何事もなかったように
 ゆるやかに上昇しながら 足につかんだ干物をつつく

「すごい! えらい! じょうず!」
「あー、まーな」

 ぽりぽりと頬を掻いて、タカヒロ
 
「アルファさあ、とんび見んの初めてじゃないだろ」
「でも、すごい! これははじめて見たよ! 私もやってみたい」
「ほれ」

 タカヒロに習って えい と投げてみる
 だいぶ低く飛ぶ 干物のきれはし
 
「ダメかな?」

 さっきとは別の一羽 矢のように急降下
 上手にキャッチすると ぐん と孤を描いて
 ばさばさっと羽ばたく ふわり 空を泳ぐように
 
「今のやつ、しんどそうだったなあ」
「あはは」




「あいつらさあ、絶対地面には降りねえんだ」
「ふうん?」

 そういえば とんびが歩いてるところはあまり見ない

「見てろよ」

 すこしはなれたところに えさを放る
 待つことしばし
 さっきとおなじように 一羽のとんび 急降下

 驚いた

 地面すれすれに飛んでえさを拾うと そのまま上昇する
 足は着いていない

「すっごいねえ! でも……」

 でも
 すこしだけひっかかる
 どうして彼らは 地面に降りないのか

「んー、やつらあんまりはばたかねーから。いちいち地面から飛び上がるのがしんどいんだろ。電柱とか樹とか、高いところには止まんだけどな」

 ぐるり輪を描くとんびを見つめ
 タカヒロは誰に言うでもなく

「おっかなくて降りらんねえのかもな」






「――二局長さん」
「お」
「休憩にします?」
「アルさんがそう言うんならね」

 持ってきたお茶を、二局長さんは眠そうな目をしながらしげしげ眺める。
 窓辺に茶器を置いて、静かに蒸らしの時間。

「――だいぶ広がったかしらね」
「ここんとこ雨多いからね。海っぺりは大変だろう」

 観察用の窓は下向きについている。
 下から差し込む光が作る雰囲気は独特のものだったが、もう慣れた。
 それが私の日常になっていた。


         この機が地上をはなれて もうどのくらい経つのか


「本当に」
「ん?」
「ほんとうに、見ているだけしか出来ないんですね。私たちは」
「あー……」

 二局長が茶を啜る音だけが響く。
 耳にいつも聞こえるかすかな風切音は、音として認識されてはいなかった。

「まあ、それがここの生活さね」


         地を離れ 時間の束縛から抜け出して 私は見つづける


「――私たちが」
「ん?」
「いつか地上に降りる日は、来るのかしらね――」
「んあ……」

 すっかり頭のほうも薄くなった二局長が、わたしを見ている。
 眠そうな目だけはむかしのままで。

「わかんないね」

 視線を落とす。
 成層圏を通じて見る地上は、青と碧。







「さぶいなー!」
「確かに、長い時間いるとこじゃないかも……」

 両腕で自分を抱きかかえるように 私とタカヒロ
 もう干物も残ってない

「そんじゃ行きますか!」
「おう」
「あ、町のほう寄ってっていいかな?」
「ん、付き合うわ」

 バイクの後ろにまたがりかけたタカヒロ
 ふ と止まる

「どーしたの?」
「アルファ、ほら」


 冷たくすきとおる冬空を指さす


 たかい空の上で
 大気の層の外で

 真白い翼 音もなく とぶ

 めぐり続ける
 その翼をやすめることもなく


「………………」
「――………………」

「じゃ、行こっか?」
「ん」



                 空の上

                 地の上を

                 おなじ時間がながれている
                 かわりゆくものをながめつつ

                 おなじ時のながれを持つ
                 ふたつの時計の
                 ふたつの針








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 後書き

 ども、はじめましての方ははじめましてー。
 takatakaでございます。
 ふだんはリーフ系とかkey系とか描いてますが、今回思い切ってあのヨコハマ買出し紀行に挑戦、なのです。
 イメージぶち壊れになってないといいのですが……。

 えーと元ネタですがー、北の町の高台のモデルであるらしい某公園に行った時のこと。どっかの中学生がえさを放り投げてまして、それをとんびが空中でがしっとキャッチしてたのね。
 これはネタになるなーと。

 ちひろさまにここの所いろいろお世話になってる関係上、なんかせねばいかんと思って差し上げるために書きましたが、逆に迷惑になるおそれ大。あかーん。
 こんなシロモノでよければ、お読みいただいた方、ありがとうございましたー。


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 ちひろです。
 あのtakatakaさんから、ヨコハマ買い出し紀行SSをいただきました。
 いやー もう、なんて言うか、頭の中で光景浮かびまくり。
 ご本人は心配されているようですが、オレ的にはイメージそのまんまで、本編を読んでいる気分でした。
 なんだか頂いてしまうのが申し訳ないくらいです。
 大してお世話してませんし(笑)
 ま、なにはともあれ、とても素敵なお話をありがとうございました。

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