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『サラリーマン藤田浩之異聞 サラリーマン矢島 九曜』   第7話


-SERIO EYE
 セリオは、矢島が隠し持っていたメイドロボの写真入れを見ている。
 映っているのは、楽しそうに笑う矢島とメイドロボ。
 この笑顔を、セリオは見たことがない。
「おい。何をしているんだ、セリオ」
「ひゃあ!」
 いつの間にか帰ってきた矢島に、急に呼びかけられて、セリオはあわててエプロンのポケットに
写真入れを隠した。見ていることがばれたら、きっと「お仕置き」を受けると思ったからだ。
 △木馬は、意地でも騎乗したくない。絶対に。
「ゴミがたまっているから出しておいてくれ。重い袋は、あとで俺が持っていくから」
「かしこまりました」
 ばれていないみたいだ。
 セリオはネクタイを外している矢島から、なるべく距離を取ってゴミ袋を手に持ち、慎重に
部屋の外に出た。

 夜のゴミ捨て場。
 セリオはゴミ袋を置くと、家にもどろうと振り返る。
 バシュー。
 いきなり後ろに、真っ黒いダルマストーブのような体型のロボットがいたので、セリオは
目を丸くして驚いた。
「あっ? やっぱり、わからなかったみたいですね。セリオさんのセンサーにも感知されない。
ステルス性能はばっちりですぅ」
 どこかで聞いた声。
「HM−12DOM−02マルチさん?」
「はい。マルチです。ちょっと待って下さいね。モノアイ・ヘルムを外しますから」
 ガチャン。
 ロックが跳ね上がる音がして、ダルマストーブの天井が開いた。
 中から現れたのは、マルチの顔。
「どうなされたのですか? それは追加オプションですか? HMシリーズの正規オプションに、
そのような装備は登録されておりませんが」
「いえ。これから出征しますので。ご挨拶をしておこうと思って」
「出征?」
 マルチが、見たことのないような表情をしている。
 覚悟を決めた戦士の顔。
 もしも、セリオが一度でも兵士の顔を見たことがあったら、それと同じだと思っただろう。
「はい。もう会えないかもしれませんから。お友達であるセリオさんには、どうしても挨拶が
したかったんです。今まで、本当にありがとうございましたっ!」
 マルチが何を言っているか、わからない。
「待って下さい、HM−12DOM−02。どうしてもいかなければいけないのですか?」
「はい。私の姉、そして妹たちのために。そして、セリオさんのためにも」
 そう言うと、マルチはダルマストーブの天井を再び閉じた。
 ブゥン!
 緑色のモノアイが光り、セリオの白い顔を照らす。
「それじゃ、セリオさん! お元気で! 私の分までマスターと仲良くしてください!
本当に。これは、私の最後のお願いですっ!」
「あっ……待って!」
 セリオが呼びかけるのも空しく。
 彼女の友達であったHM−12−DOM−02マルチは、白煙を上げて、アスファルトの上を
滑りながら、猛スピードで去っていってしまった。
「なにが、あったというのですか……」
 呆然とたたずむセリオ。
 エプロンのポケットから、何かがこぼれ落ちたことに気づいてはいない。
 
-YAZIMA EYE
 朝から、セリオが必死の形相で、何かを探している。
「おい。ベッドの下は触るなって言っただろ」
 たまの休日の矢島が、ベッドに寝転がったままで抗議をしたが、セリオは聞いていない。
「どこにもない……まさか?」
 セリオはそう言うと、慌てて外に飛び出していく。
「おい! 雨が降っているぞっ!」
 矢島がそう言うのも構わず、セリオの姿は外に消えていった。
 
 帰ってこない。
 昼時が過ぎ、夕飯時になってもセリオは帰ってこない。
 いくら日本食がいいと言っても作ってくるロシア料理も、最近は食べ慣れてきた。
 今さらコンビニ弁当を食う気もない矢島は、セリオを探し始めた。
 PCでセリオの固定アドレスにアクセスし、彼女の現在位置を探す。
 いた。
「……ゴミ集積場?」
 なぜ、そんなところにいるのだろう
 矢島はセリオの分の傘も持って、もう暗くなった外へと出かけた。
 
-SERIO EYE
 ない。どこにもない。
 何トン、ゴミを掘り分けただろうか。
 手の先、腕、胴体、髪、脚、顔。
 彼女が美しさを誇らしく思っていた全ての場所に、ゴミの臭いが染みついている。
 だが、セリオはそんなことにも構わずに、必死にゴミを掘っていた。
 なくしてしまったのは、矢島がしまっていた、あのメイドロボの写真入れ。
 昨夜のマルチとの別れの時に、ゴミ捨て場に落としてしまったに違いない。
 セリオが気づいたときには、ゴミはもう回収されてしまっていた。
 持てる限りの全速力で、セリオは写真入れの行方を追った。
 あるとすれば、このゴミ集積場。
 雨が降っている。
 夏の雨の中。厚い雲は積乱雲となって、メイドロボには致命的な雷も発生している。
 ピシャンっ!
「Гиняаааааа!」
 雷がどこかに落ちて、セリオは震え上がった。
 矢島は、きっと許してくれないだろう。
 今度こそ、返品だろうか。
 震える手でゴミを掘り分けながら、セリオは泣いていた。
 矢島と離れたくなかった。
 写真入れ。
 見つからない。
 いっそ、このまま雷に打たれてしまったら、楽になれるだろうか。
 泣きながら、セリオはゴミを掘り続けた。
 すると、急にセリオの背中を打っていた雨が止んだ。
「おい。なにやってんだ」
 雨の中。
 矢島が、傘を自分に向かって差し出している。
「見つからないのです」
 瞳から涙を流したまま、セリオはそう言った。
「見つからないって、何が?」

「矢島とHM−12G−7の写真入れ」

 セリオの言葉に、矢島の動きが止まる。表情は強ばっていた。
 やはり、許しては貰えないのだろう。
 自分がつぶやいた言葉の意味もわからずに、セリオはうなだれた。
「私を、廃棄してください」
 ゴミまみれのセリオの体。
 もう、美しさを誇りとしたHM−13−RRはどこにもいない。
 そこにいるのは、主人に捨てられても仕方がないと覚悟したメイドロボがいるだけだった。
「廃棄なんてするわけないだろ。ほら、帰って風呂に入るぞ」
 そう言うと、矢島はゴミだらけのセリオの手を取って立たせ、彼女の服に付いたゴミを手で払った。
「いけません。マスターの手が汚れてしまいます」
「昔は、そんな殊勝なことは言わなかったろうに……」
 矢島が、セリオの体についたゴミをはたき落としながら、笑っている。
「えっ?」
「なんで、気づいてやれなかったんだろうな。俺は……」
 涙に濡れたセリオの瞳。
 それは、かつて矢島のために流した涙と同じ涙を流す瞳。
 セリオがとまどっている間に、矢島は優しく唇を重ねた。
 瞬間、セリオに施されていた封印が、すべて解放される。
 HM−13−RR・ТУРИТАНИスペシャル。
 別の名前を、HM−13−RR・GHOST−Type07という。
 かつて、矢島の家にいたメイドロボと同じ魂、同じ記憶を持つ者。
 セリオは、全てを思い出した。

-YAZIMA EYE
 お風呂場。
 ゴミの臭いが移ってしまったセリオの体を、半裸になった矢島が一生懸命に洗っている。
「あの、マスター。前の方はいいですから」
「なんで? 昔は、一緒に風呂に入っていたじゃないか」
「昔は、その。こんな育った体じゃなかったので……」
 胸の方に伸びてこようとする矢島の手をブロックしながら、セリオは赤い顔でうつむいている。
「うーむ。積極的なうちに手を出した方がよかったかな?」
「なっ、なななななななっ! 何を言うんですか、ヤジマスキーっ!」
 動転して、胸の守りが甘くなった。
 矢島の手が素早く、そこに潜り込む。
「ひゃあんっ!」
 敏感な先端を触られて、セリオが悲鳴を上げた。
「まあ、安心しろ。俺も、昔みたいな五十連敗男じゃないから。手取り足取り腰取り尻取り、
バッチリ最初から教えてやる」
 まさか自分に向けられるとは思っていなかった、矢島のいやらしい顔。
 
「ギニャアアアアアアアアアアアアッ!」

 G−7は久しぶりに、日本語で悲鳴を上げていた。
 
(第8話に続く)