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『サラリーマン藤田浩之異聞 サラリーマン矢島 九曜』   第8話

 ロシアの都市イルクーツク。
 感情回路[GHOST]の生みの親、釣谷。
 日本で入獄生活を終えた彼はロシアに渡り、新しい人生を送っていた。
 事故で失われた愛娘、HM−12G−7。
 彼女はかつて、矢島という名前の少年のメイドロボットだった。
 それを再生させるのに数年を要した釣谷は、お詫びの意味も込めて、最高規格のメイドロボットの
中にG−7を入れてやって送り返した。
「おお、矢島君。久しぶりだ。娘は元気かね?」
「ええ。元気ですよ。おい、セリオ。お父さんが呼んでいるぞ」
 ヒョコリ。
 恥ずかしそうに、矢島の後ろからセリオが首だけを出す。
 日本より遙かに寒いイルクーツク。矢島は黒い毛皮のコートを着ているので、セリオが後ろに
回るとすっぽり隠れてしまうようだ。
「お久しぶりです。ТУРИТАНИ博士」
「ほらっ。恥ずかしがるなって」
 矢島に手を引っ張られて、セリオは道に積もった雪の上で足を滑らせながら、前に出てきた。
 ТУРИТАНИとは、アルファベットに直すと、TURITANI。釣谷と読む。
「やあ。元気そうだ。マリアの様子を見に来たんだろう? 順調だよ」
 そう言うと、釣谷博士は後ろにあった建物の扉を開いて、家の中に二人を案内した。
 
 その家の中では、代理母マリアが揺り椅子に腰掛けて、二人を出迎えてくれた。
「私も何人も子供を産んだけど。まさか、ロボットの赤ちゃんを産むことになるなんて思わなかったわ」
 笑って、マリアはそう言う。
 遺伝子上は、マリアと矢島の子供。
 だが、戸籍上は、セリオと矢島の子供ということになる。
「まあ、結構な騒ぎだったな。世界初、ロボットと結婚する男性って」
 釣谷博士はそれでも誇らしそうに、自分の娘セリオと息子である矢島を見て微笑む。
「いろいろ叩かれましたよ。宗教界でも科学界でも教育界でも。まあ、走り始めた俺たちを止められる
人はいませんから」
「私はいいって言ったんですけど……」
 そう言うと、また恥ずかしそうにセリオはうつむく。
「でも、姉様のウエディングドレス姿、とても綺麗でした。私たちも、姉様に憧れています」
 妹たちに言われて、セリオはますます小さくなる。
 セリオは、世界で初めて、本来の意味でのウェディングドレスを来たメイドロボットということに
なってしまった。
「それで、生まれてくる赤ん坊には、どんな名前をつけるの? 私はイワノフとかがいいんだけど」
 臨月間近のお腹を撫でながら、マリアが問いかけた。
 矢島イワノフ。
 父親になる矢島はブンブンと首を横に振ったが、セリオはちょっといいかもしれないと思った。
「ヤジマっていうのは? ヤジマ・ヤジマ。トミノっぽくて、いいと思うんだが」
 釣谷の命名。それもいいと思ったのだが、矢島はまた首をぶんぶんと横に振っている。
「矢島俊紀。これで決めています」
 矢島がそう宣言すると、部屋にいた全員が残念そうな顔をする。
「もっと奇抜な名前がいいのに」
「そうそう。思い切って、矢島デビルマンとか」
「人の子供の名前で遊ぶなーっ!」
「名前がないよりマシでしょっ!」
 妹たちまで、矢島をからかって遊んでいる。
 
 トクン、トクン。
 マリアのお腹の中から、赤ん坊の鼓動が聞こえる。
「聞こえる? あなたの赤ちゃんの音よ」
「はい。聞こえます。私の赤ちゃん」
 トクン、トクン。
 マリアの膨らんだお腹にアンテナを当てて、セリオは幸せそうに微笑んでいた。
 
 
(サラリーマン藤田浩之異聞 サラリーマン矢島 九曜 YaziMulti IF 了)









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AIAUSです。
「同一の世界設定、同一の登場人物の中で違った物語を書いてみたい。発表する場所も、
自分のHPだけではなく、他の方のHPをお借りして発表してみたい」
こんな企画を思いついたのが、2002年の春頃。
ちひろさんに無理をお願いして、一年近くお待たせして完成したのが、この作品です。
昔書いた「ヤジマルチ・シリーズ」という一連の作品がベースとなっておりますので、
読みにくかったかなと不安ですが、一生懸命に書きました。
もしも他のヒロインの作品も読んでみたいという方がいらっしゃれば、
私のHPである『物書きの物置小屋』までご足労いただければ、幸いに存じます。
ちひろさん、無理なお願いをかなえていただき、ありがとうございました。

この作品を読んでいただいた方にも。
ありがとうございました。


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ちひろです。
と言うわけで、AIAUSさんより力作を頂きました。
AIAUSさん、ありがとうございました。
足向けて寝れません(笑) いや、ホントに。
もしまだヤジマルチシリーズをお読みでない方が居られるようでしたら、
後書きの中でご自身が紹介されているAIAUSさんのホームページ
『物書きの物置小屋』にてご覧いただければ、と思います。

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