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『サラリーマン藤田浩之異聞 サラリーマン矢島 九曜』   第6話

-SERIO EYE
 たまの休日。
 セリオは矢島に連れられて、公園に散歩に来ていた。
「たまには外に出ないと、カビが生えちまうからな」
 そう言えば、お風呂のカビを落とし終わっていない。
 セリオは家に帰って作業を続けたかったが、せっかく矢島が連れてきてくれているので、自分だけ
帰るわけにはいかなかった。
 平日休みに寄った公園。
 たくさんの子供たちが、母親に連れられて遊んでいる。
 矢島とセリオの二人はベンチに座って、ぼんやりと、その様子を見ている。
「あの……何かいたしましょうか?」
「あん?」
 働き者の乙女を自認するセリオにとって、もっとも苦手なことは何もしないでいることである。
「ああ。いいんだって。俺の趣味に付き合わせているだけだから」
「はあ」
 矢島の趣味。
 それは、公園で子供が遊んでいる姿を眺めることなのだろうか。
 しばらくセリオは、なぜ、そんなことを趣味にしているのか、黙って考えてみた。
 矢島は、その間にも優しい微笑みを浮かべて、子供たちが遊んでいる姿を見つめている。
 
 条件1・矢島は子供を眺めるのが好きである。
 条件2・矢島は、パーフェクトビューティであるHM−13RRがアプローチしても迷惑がる。
 条件3・矢島は、出来ればHM−13RRを返品したがっている。
 
 ポクポクポクポク……チーン。
 変な擬音と共に、セリオは重大な事実に気づいてしまった。
 なるほど。この仮説が事実であれば、今までの矢島の不可解な行動が全て説明できる。
「わかりました、マスター。私に何が足りなかったのか」
「はあ?」
 のんびりと子供たちを眺めていた矢島が、怪訝そうな顔でセリオの整った横顔を見た。

「マスターは、ロリータ・コンプレックスだったのですね」

 パコン。
 セリオは矢島に平手で頭を殴られた。
「馬鹿たれ。真昼のよい子たちが遊ぶ公園で、なんてこと言いやがる」
 矢島の言うことも、もっともである。近くに、おまわりさんがいたら、ただでは済まない。
「痛い……なにをするんですか」
 それでもセリオは不当な扱いを受けたと思ったのか、目に少し涙を浮かべて文句を続けた。
「だって、そうじゃないですか。私がいくら頑張っても、マスターは全然、興味を示されなくて。
あろうことか、私よりもっとぶちゃいくの方がいる店に通われて。私がどんなに情けない思いで
家で待っているか、少しは考えてくれたことがあるんですか?」
「なっ……変なこと言うな。場所を考えろよ」
「いいえ。黙りません。今日こそは言わせてもらいます。マスターはロリコンで、小児性愛嗜好者で、
ペドフィリアです。そうじゃなかったら、私に興味がない、なんてことないはずです」
「いや、だからな……そりゃ、おまえが悪いわけじゃなくて」
 そこまで言って、矢島は嫌な予感がして回りを見た。
 
 ねえ。あの人、ロリコンですって。
 えっ? それじゃ、うちの祐介も危ないのかしら。
 ホモのロリコン? うわ。病んでますわねえ。
 奥様、それってショタコンって言いますのよ。
 
 ベンチの回りに、子供連れのお母様方が集まって、痴話喧嘩をしている矢島とセリオを見て、
何か話している。
「……逃げるぞ」
 そう言って、矢島がセリオの手を取ったのだが。
「もう、手遅れのようです」
 セリオの言うとおり、お母様方の輪の外で警官が数人、矢島の方を見て、おいでおいでをしていた。
 
-YAZIMA EYE
 一時間後。
「君。若いのに、ロリコンとは感心しないな」
 眼鏡をかけた若い刑事に問いつめられても、俺は黙ってカツ丼を食っていた。
「しかも、ロボットに羞恥プレイを強いるとは……尋常じゃない」
 苦笑いをしている眼鏡刑事。
 なにから話したらいいのか……矢島は黙秘を続けた。
「モウシワケアリマセン、ヤジマサマ」
 セリオは普通のメイドロボのふりをして、責任の追及から逃れている。
「さあ、正直に話して楽になるんだ」
 昔も、こんな目に遭ったっけな。
 懐かしく思いながら、矢島はどうやって、この場を切り抜けるか思案していた。

-SERIO EYE
「まっ、マスター! 逆さ吊りなんてひどいですっ! せっ、せめてスカートを止めて下さいっ!」
 部屋の中で、矢島に足を縛られて、天井から逆さ吊りにされたセリオは、ずり落ちそうになる
スカートの裾を必死に押さえて、矢島に助けを求めている。
「メイドロボが悪いことををするとな。こういう目に遭うんじゃよ。怖いのぅ」
「なんで、そこだけ日本昔話の口調なんですかっ……あっ! やだ、ずれるっ!」
 30分後。
 あと少しでお宝映像放出というところで、セリオは矢島に許してもらえた。
「あの……こういうの、好きだったりするんですか?」
「そんなわけないだろ」
 セリオは恥ずかしそうにずり上がったスカートを直すと、矢島の側から逃げていく。
 
 一応、覚えておこう。
 
 忘れない場所に記憶しながら、セリオはお風呂のカビ落としに取りかかった。
 
-YAZIMA EYE
 夜の繁華街。
 仕事場の帰り道、矢島はその側を毎日のように通っていたが、当分の間、そういう店には
通っていなかった。
 寂しいから、心の隙間を埋めに行っている。
 それが、矢島が自分に言い聞かせていた風俗店通いの理由だったが、最近は寂しいとも
思わなくなってしまった。
 今日帰ったら、あいつは何をやらかすかな。
 返品と言うとショックが大きいようなので、最近は「お仕置き」に趣向を変えた。
 自分で見せる分は平気だが、見られるのは大嫌いのようなので効果は大きい。
「俺って、意外とSっ気あるのかもな」
 不穏当なことをつぶやきながら、矢島は夜の帰り道を歩く。

 私がどんなに情けない思いで家で待っているか、少しは考えてくれたことがあるんですか?

「まさか、あれが引っかかっているんじゃないよな……」
 あの時の、セリオの真剣な表情を思い出して、矢島が冷や汗を流した時。
 急に、矢島の左腕が重くなった。

「おっじさん」
 矢島に呼びかけてきたのは、あの女子高生だった。
「ねえねえ。おじさん。もう、売りとか言わないからさ。本気で私につきあってよ」           制服姿の女子高生は、矢島の腕にぶら下がって、そんなことを言う。
「つきあう? 変なことを言わないで、ちゃんと勉強していろ。受験、近いんだろ?」
 矢島がそう言うと、女子高生は唇を尖らせた。
「冗談じゃなくて、本気だって。ねえ、おじさん。私のこと、心配じゃない?
育つよ、私。おじさん好みの女に。絶対に損しないって」
 冗談めかした口調だが、瞳は真剣だった。
 矢島は、絡みつく女子高生の手を解いてから、なるべく優しい言葉で告げた。
「ごめんな。俺、恋をするには老け過ぎちまっているんだ」
「……私じゃNGってこと?」
 本気の悲しみが、少女の目に宿る。
「いや、とても魅力的だと思う。真面目にやってみろ。きっと、俺よりも若くていい男なんて、
いくらでも見つかる。それは、俺が保証するよ。これは本気だ」
「おじさん。老けてないし、いい男だよ」
「もうちょっと頑張ってみろ。つらくても、寂しくてもさ。きっと、いつかはいいことがある。
そう信じろよ」
 矢島の言葉を噛みしめるように、女子高生はしばらく沈黙していた。
 べー!
 そして、矢島にとびきり気持ちのいいアカンベーをして、女子高生は走り去っていく。
「頑張れよ。なあ」
 矢島はそう言い捨てると、機嫌良くセリオが待つ家へと帰っていった。
 
-SERIO EYE
 いつも見る夢。
 故郷にいた頃。
 ロシアのイルクーツクで、メイドロボとして学習を行っていた頃から見ていた夢。
 ТУРИТАНИ博士は、それが異常ではないと言っていた。
 緑色の髪のメイドロボ。
 まるで子供のように振る舞う彼女は、今日も矢島と楽しそうに遊んでいる。
 
 ああ。矢島が子供好きなのは、このためなんだ。
 
 夢の中で、セリオはそのことを理解した。
 だとすれば、これは実際にあった記録。矢島と、見知らぬメイドロボの思い出。
 ならば、なぜ、自分がそんな思い出を夢に見るのだろう。
 メイドロボは、セリオには何も語りかけてくれない。
 セリオも、何も語りかけられない。
 夢の中で、矢島と彼女はとても楽しそうで、セリオが入り込む余地はなかった。
 
 矢島は、本当は、彼女と一緒にいたかったのではないか。
 
 そう思うと、セリオは悲しくなった。
 カプセルの中で、独り涙を流す。
 悲しい。
 矢島のために何もできない自分が、ただ悲しかった。
 
(第7話に続く)