ちっちゃなセリオの物語〜ちっちゃなセリオは看板娘〜(1/3)
 
〜ちっちゃなセリオは看板娘〜


「いらっしゃいませ〜」  お店の中に、ひときわ明るい声が響きます。 「焼きそばパンならあそこの棚です〜」 「えっと〜 フランスパンなら、今焼きあがったばかりです〜」  人で賑わう店内に響く声は、どうやらレジのあたりから聞こえてくるようです。 「ちびちゃん、次はアンパンと焼きそばパンと……」  レジにはおばあさんが一人。  お客さんの持ってきたトレイから、パンを手際よく袋に詰めていきます。  でも、おばあさんはレジを打っているようには見えません。  それなのにちゃんと金額がレジに表示されます。 「いつもありがとうございます」  おばあさん、お客さんからお金を受け取ってお釣りを返します。 「ありがとうございました〜 またお越しくださいね〜」  おばあさんの言葉に続いて、さっきの明るい声が聞こえてきました。  レジスターの横に立つ、ちっちゃなお人形。  そのお人形が、お客さんにお礼を言って深々と頭を下げています。  声の主はこの子。  ちびセリオです。おばあさんの声に合わせてレジを打っていたのも彼女です。  ここはとある町にある小さなパン屋さん。  おじいさんとおばあさんが切り盛りする、近所でも「おいしい」と評判のお店です。  ちびセリオはこのお店の看板娘。  今日も彼女の明るい声が響きます。  ところで、ちびセリオってご存知ですか?  もうすっかりおなじみだから説明は要らないかもしれませんね。  でも、折角だから彼女のことを紹介したいと思います。  コードナンバーHM-13Chibi、通称ちびセリオは、来栖川電工が勢力を上げて開発した手乗り秘書さんロボットです。  HM-13セリオと言う超定番メイドロボットのことは既にご存知でしょうか?  ハイエンドタイプであるセリオの機能の一部を特化し、胸ポケットに入る携帯性を実現したのがちびセリオです。  当初は秘書としての用途を想定して開発、販売されましたが、その小ささとそれに見合わぬ高機能さがうけ、 今ではデータ入力や在庫管理、家計管理など様々な分野で用いられています。  また、彼女の愛らしい外観やコケティッシュな振る舞いを気に入って、愛玩用として購入する人も少なくありません。  最近、各社から手乗りサイズのメイドロボットが発売されていますが、ちびセリオはそのはしりとも言えるのです。  このパン屋さんでは、ちびセリオにレジ打ちと経理を任せています。 「いらっしゃいませ〜」  今日もお店の中にちびセリオの声が響きます。 「ちびちゃんおはよう。フランスパン焼けてる?」 「今焼きあがるところです〜」  近くに住む女の子とそのお母さんがやって来ました。  ちびちゃんと言うのはこのパン屋さんのちびセリオの愛称です。  おばあさんがそう呼ぶうちに、おじいさんも、お客さんも、みんながそう呼ぶようになりました。 「おかーさん。あたし、くまさんパンねー」 「はいはい。その代わり、いい子にしてるのよ」 「うん」  女の子もお母さんもなんだかとても楽しそうです。 「おーい、フランスパン焼けたぞー」  お店の奥からおじいさんの声がしました。 「はーい、ただいま」  おばあさんはそう答えると、レジをちびセリオに頼んでお店の奥へ入っていきました。  そして、焼けたばかりの、まだぱりぱりと音のしているフランスパンをかごいっぱいに入れて持ってきました。 「はい、フランスパンお待ちどうさま。焼きたてよ」  棚にかごを置きながら、おばあさんが言います。 「やきたて〜」  女の子が両手を元気よくあげました。 「焼きたてです〜」  ちびセリオもレジの横でバンザイのポーズ。  ちょっとオーバーアクションですが、それがまた愛らしいのです。  レジを済ませた女の子とお母さんは、ちびセリオに手を振るとお店を後にしました。 「ちびちゃん、またね」 「またねー」  女の子は胸にくまさんパンの入った包みをしっかりと抱えています。 「――こんにちは」 「セリオさん、いらっしゃいませ〜」  お昼前になって、近くのちょっとしたお屋敷に住むセリオがやって来ました。  セリオは慣れた手つきでてきぱきとパンを選ぶと、棚をぐるっと見回し、それから壁の時計を見ました。 「――りんごパイには少し早すぎたみたいですね」 「えっと〜 もうちょっとかかりますね〜」    セリオのつぶやきに、奥を見ながらちびセリオが答えます。 「――少し待たせてもらって構いませんか?」 「ええ、いいわよ」  セリオに、椅子を勧めるおばあさん。  このセリオは毎日決まってりんごパイを買っていくお店の常連さんなのです。  なんでもりんごパイは彼女がお世話をしてる女の子の大好物なのだとか。  売り切れて買えないと女の子が悲しい顔をするので、セリオは焼きあがる時間を見計らって買いにくるのです。  少しして、おじいさんの「おーい、りんごパイ焼けたぞー」の声が聞こえてきました。  おばあさんはりんごパイの乗った重そうな鉄板を持って奥から出てくると、棚の上に置いて「おまたせ」と セリオに声をかけました。 「――大変なお仕事ですね」  セリオがおばあさんに言いました。 「慣れてるから大丈夫よ」  おばあさんがセリオの分のりんごパイをとりながら、笑って言いました。 「わたしがお手伝いできたら〜 って思うんですよね〜」  笑うおばあさんを見て、ちびセリオが言いました。 「十分楽させてもらってるわよ」  ちびセリオの頭をなでながら答えるおばあさん。  ちびセリオがうれしそうに笑います。  ちびセリオがレジ打ちや売上げの管理をしてくれるだけでなく、お店全体に明るい雰囲気をもたらしてくれていることを、 おばあさんはよく知っているのです。 「――それではまた明日」  セリオは焼きたてのりんごパイを包んでもらうとそう言って帰っていきました。 「ありがとうございました〜」  セリオの後姿に声をかけるちびセリオ。  こんな調子でお店の一日が過ぎていきます。  ある日のこと。いつものようにご近所のセリオがお店にやってきた時のことです。 「うっ」  ちょっとこもったような声がお店の奥から聞こえてきました。  いつもなら「おーい、りんごパイ焼けたぞー」と言う声が聞こえてくる時間なのに、なんだか様子が変です。 「おじいさん、どうしたんですか?」    おばあさんが慌てて奥へ入って行きました。おじいさんがこんな声を出したのは初めてです。 「おじいさん、だいじょぶですか〜?」  心配したちびセリオが声をかけます。 「おじいさん、一体どうしたの?」  奥に入ったおばあさんの目に、オーブンからりんごパイを取り出そうとした格好のままのおじいさんが見えました。  額に玉のような汗が浮かんでいます。  目をつぶり辛そうな表情です。 「これを、取ろうとしたら、な、腰を、やっちまったらしい」  おじいさんは息をするのも辛そうな様子で言いました。 「大変」  おばあさんは急いでミトンを手にはめ、おじいさんが持っている、りんごパイでいっぱいの鉄板を受け取ってテーブルの上に置きました。  そして、動けないでいるおじいさんを病院へ連れて行こうとしました。 「痛っ」 「ごめんなさい」  ちょっと動かしただけでもおじいさんはひどく痛がります。  これでは病院に連れて行くどころか、布団に寝かせることもできません。 「――どうされたのですか?」  様子を見にセリオがやってきました。肩にちびセリオを乗せています。 「あう、おじいさんだいじょぶですか〜?」  心配そうにおじいさんを見つめるちびセリオ。 「おじいさんが腰を痛くしたみたいなの。お医者さんに連れていこうと思うのだけど、わたし一人じゃ動かせなくて」  おばあさんが困ったように言いました。 「――わかりました」  セリオはおじいさんの横に回り、なるべく腰に体重がかからないようにおじいさんの身体を支えました。 「――お店の外まで歩けますか?」 「すまんね。なに、このくらい」 「――無理されない方が良いです」  おじいさんは、右側をセリオに、左側をおばあさんに支えられながらお店の外へ出ました。  そして、ちびセリオが呼んだタクシーに乗ると、おばあさんと一緒に病院へ向かいました。 「だいじょぶでしょか……?」  タクシーを不安げに見送るちびセリオ。 「――外まで歩いてこれましたから、重傷ではないと思います。大丈夫です」 「はい〜」  ちびセリオの不安を打ち消すようにセリオが言いました。  ちびセリオがうなずきます。  お店は急遽、臨時休業です。  ちびセリオはなにごとかと集まってきた近所の方々に事情を説明し、お昼ご飯を買いに来たお客さん達に頭を下げ……と大忙しです。  ちびセリオがみんなに説明をしている間に、セリオが「臨時休業」の貼り紙を作ってくれました。 「セリオさん、ありがとです〜」 「――おじいさん、早く良くなると良いですね」 「はい〜」  セリオは自分の家に連絡して事情を説明し、おじいさんとおばあさんが戻ってくるまでちびセリオと一緒にいることにしました。  お店のシャッターに貼り紙をし、お店の外にあるベンチに二人で腰掛けて、おじいさんとおばあさんが帰ってくるのを待ちます。  時折やってくるお客さんに事情を説明したり、心配してのぞきに来る近所の方に状況を説明するうちに、おじいさんとおばあさんが戻ってきました。 「おかえりなさいませ〜 だいじょぶですか〜?」  ちびセリオはベンチから飛び降りると、おじいさんの元へ一目散に走っていきました。 「ああ、大丈夫だ。ぎっくり腰だとよ。若くないんだから無理するなとか言われちまったよ」  おじいさん、照れ笑い。 「――大事にならなくてよかったですね」 「ええ。痛み止めを打ってもらったの。しばらく安静にしているようにって」  おばあさんがおじいさんの容態を説明しました。 「セリオさん、お留守番してくれていたの? ありがとう」 「――いえ」  おばあさんはセリオにお礼を言うと、おじいさんを連れてお店の中へ入っていきました。 「――それでは私は帰りますね」  セリオはちびセリオにそう言うと、自分の家に向かって歩き出しました。 「あ、セリオさん、ちょっと待って」  お店からおばあさんの声がします。セリオは立ち止まり、後ろを振り向きました。 「はいこれ、持っていって」  お店から出てきたおばあさんは、セリオに包みを渡しました。 「――これは?」 「お礼よ。あなたのお陰でずいぶん助かったわ」 「――頂くわけには参りません。奥様に叱られてしまいます」 「いいから。お家の方によろしく伝えてね」 「――ですが」 「ね」 「――……はい」  セリオはりんごパイやパンの詰まった包みを抱えると、おばあさんに深々と頭を下げ、お家へと帰っていきました。  その夜ちびセリオはおばあさんからおじいさんの腰の様子を聞きました。  いわゆるぎっくり腰でしばらく安静が必要だということです。  もちろんその間はお店はお休み。  治るまでどのくらいかかるかは、お医者さんにもわからないそうです。 「あう〜 思ったよりも大変です〜」 「焦らず横になっているのが一番なんだって、おじいさんはお店を開けたいだろうけど、ここで無理するともっと悪くなるって言うお話だから」 「そうなんですか〜」 「うん。おじいさん、休みの日も新作のパンがって言ってずーっとお休みなしだったでしょ? 疲れが溜まってるんじゃないかと思うの。 この際しっかり治してもらった方がいいと思うわ」 「はい〜」  ちびセリオとおばあさんは相談して、おじいさんになるべくゆっくり休んでもらうことにしました。  そのころセリオの家では、セリオとセリオのお家の少女がりんごパイを食べながらお話ししていました。 「そっかー、大変だったんだね。セリオ」 「――はい、パン屋さんの症状が軽いと良いのですが」 「そうだねー。あたしこのパイが食べれなくなっちゃうとかなりショックだもんなー」  少女はフォークをぶらぶらさせながら言いました。 「――お好きですものね」 「うん。なんて言うかー、ひと味違うのよ。このりんごパイは」  少女はパイを一口食べ、話を続けます。 「学校の近所にもケーキ屋さんはあるんだけどねー。あのパン屋さんのりんごパイは違うのよ。なにが違うってうまく言えないんだけど、違うの。 わかるかなぁー?」  身を乗りだすような勢いでセリオに力説する少女。よほどあのパン屋さんのりんごパイが好きなのでしょう。 「――残念ながら」 「そうよねー。食べ比べてみてもなにがポイントなのかわからないもんねー。あれをお家で作れたらなー」 「――またチャレンジしたいと思います」 「お願いね。セリオ」 「――はい」  セリオは以前、少女に請われてりんごパイを作ったことがありました。  サテライトサービスにアクセスして、りんごパイのレシピとパティシエのデータをダウンロードし、最高のりんごパイを作ったはずでした。  でも、そのりんごパイは少女の求めていた味ではなかったようです。 「美味しいけど、なんか違うの」  少女はそう言って、セリオの作ったりんごパイを二口しか食べなかったのです。  セリオにとって、この出来事はかなりショックでした。  そして、いつの日か少女が納得するようなりんごパイを作れるようになろうと誓ったのです。 「あー、おいしかったぁ。また買ってきてね。セリオ」  少女はりんごパイを平らげると、セリオににっこり笑って言いました。  次の日の朝。ちびセリオはお店の前のベンチの上に立っていました。 「あれ? 今日はお休み?」 「そうなんです〜 ごめんなさいです〜」  臨時休業を知らずにやってくるお客さん一人一人にごめんなさいをするためです。  ちびセリオの斜め上には『店主加療のためしばらくお休みします』の貼り紙。  でも、この貼り紙だけではお客さんが心配するだろうと思い、こうしてベンチでお客さんに説明しているのです。 「ちびちゃん、おはよう」 「おはようございます〜」  声をかけてきたのは、いつもフランスパンの焼き上がる時間にやってくる女の子とそのお母さん。 「おじいさん、どうかしたの?」 「はい〜 実は〜……」  ちびセリオは、ぎっくり腰のこと、安静が必要でその間お店を開けないことを説明しました。 「おかーさん、あたしのくまさんパンは〜?」 「あのね。パン屋のおじちゃんがケガをしちゃったから、くまさんパン作れないんだって」  お母さんは女の子にそう言いました。 「えー、あたしくまさんパン食べたいのにー」 「おじちゃん、早く治るといいね。そしたらまたくまさんパン買おうね」 「でもー」 「ね」 「あうあう、ごめんなさいです〜」  女の子とお母さんのやりとりを聞いて、平謝りのちびセリオ。 「いいのよ。おじいさん、早く治るといいね」  お母さんはそう言うと、駄々をこねる女の子の手を引いて帰っていきました。  こんな風に朝からたくさんのお客さんに謝り通して、ちびセリオにはわかったことが一つありました。  それは、おじいさんとおばあさんのお店がいかにみんなに愛されているか、と言うこと。  くまさんパンの女の子やセリオの家の少女のように『ここのパンでないと買う気がしない』と言ってくれる お客さんがたくさんいたのです。  ちびセリオは『どうしたらお客さんの気持ちに答えることができるだろうか?』と色々考えてみました。  でも、良い案が浮かんできません。  昼前になって、いつものようにセリオがやって来ました。  セリオは閉められたままのシャッターとその前に座るちびセリオを見て、納得したような様子です。 「――おじいさんの様子はいかがですか?」  そう問い掛けるセリオ。 「えっと〜 しばらく安静にしないといけないんだそうです〜」 「――そうですか」 「はい〜 だからしばらくの間〜 お店もお休みなんです〜」  ペコペコと頭を下げるちびセリオ。  朝からもう何度頭を下げたでしょう。 「――朝からずっとそうしているのですか?」  ちびセリオはこくりとうなずきました。 「――……」  セリオはちびセリオの小さな頭をなでてあげると、彼女の横に座りました。 「あう、ありがとです〜」 「――いえ」  それからしばらくの間、セリオはちびセリオと一緒に、やってくるお客さんに頭を下げました。  お客さんが途切れたころ、ちびセリオがセリオに言いました。 「セリオさん、わたしセリオさんのおっきな身体がうらやましいです〜」 「――どうしてですか?」 「おっきな身体だったら〜 おじいさんの代わりにパンを焼くことができます〜 来てくれるお客さんに喜んでもらうことができます〜」 「――……」 「でも〜 わたしはちびセリオなんです〜 こんなちっちゃな身体なんです〜 みなさんにこうして謝ることしか出来ないんです〜」 「――ちびセリオさん」 「歯がゆいです〜 悔しいです〜 もっともっとおじいさんとおばあさんのお役に立ちたいのに〜 できないんです〜」  セリオはちびセリオを抱き上げると、きゅっと抱きしめました。  そして、ちびセリオが落ち着くまでずっと抱きしめてあげました。 「おちびちゃん、こんなところに居たの?」  少しして、お店の中からおばあさんが出てきました。 「おばあさん……」 「どうしたの? しょぼくれた顔して」  おばあさんがちびセリオの様子を見て心配そうに言いました。 「――ちびセリオさんは、朝から来るお客さんにお店が閉まっていることを謝っていたようです」 「まあ、そうなの? おちびちゃんごめんなさいね。気遣いさせちゃったわね」  セリオの言葉を聞いておばあさんはちびセリオの頭をなでてあげました。  おばあさんは『腰が痛い』というおじいさんの看病や家事をしていて、ちびセリオが家から外に出ていることに気付きませんでした。  お昼を過ぎてもちびセリオが姿を見せないので、どうしたのかと心配になり外に探しに出てきたのです。 「もしかして、セリオさんも一緒に謝ってくれていたの?」  おばあさんは、はたと気が付いたようにセリオに問い掛けました。 「――はい、少しの間ですが」 「それは申し訳ないことをしたわ。ごめんなさいね」  深々と頭を下げるおばあさん。 「――いえ、お気になさらないでください」 「気にするわよ」 「――奥様は、昨日お留守番をしたことを『これもなにかの縁だから』とおっしゃっていました。きっとこれも『なにかの縁』です」 「ありがとう。本当にありがとう」 「――いえ。それでは私はこれで」  セリオはおばあさんにお辞儀をすると、おうちへと帰っていきました。  帰りの道すがら、セリオは思いました。『りんごパイが手に入らなかったから、きっとお嬢様はぶーたれるだろうな』と。


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