ちっちゃなセリオの物語〜ちっちゃなセリオは看板娘〜(2/3)

 その日の夜。案の定セリオの家の少女がぶーたれていました。 「えー、今日はパン屋さんのりんごパイないのー?」 「――はい。おじいさんのケガは思ったよりも重いようで、しばらくお休みするそうです」  女の子の顔に悲しみの色が浮かびました。  まるでこの世の終わりが来たような顔をしています。 「セリオー、あたしあのりんごパイ食べないと元気が出ないよー」 「――そうおっしゃられても、残念ながらないものはありません」 「えーっ、でもー」  納得できない少女が駄々をこねます。 「こーら、セリオを困らせないの」  見かねた少女のお母さんが口を挟みました。 「でもー」 「でももへったくれもありません。ないものはないの」 「うーっ」  少女は悲しい現実を目の当たりにして目がうるうるしています。  よほどショックなのでしょう。 「――申し訳ありません」 「セリオは謝らなくていいのよ。この子もちょっとは我慢ってことを知らないとね」  少女のお母さんが笑いながら言いました。 「――はい」    困ったように答えるセリオ。  少女は代わりに出されたお食後のプリンを2口食べると部屋に戻ってしまいました。  『どうすればお嬢様が喜んでくれるだろうか?』セリオは一生懸命考えてみました。  でも、充電に必要なギリギリの時間まで考えてみても、よい案は浮かびませんでした。  次の日も、セリオはいつもの時間にパン屋さんへ行きました。  もしかしたら、おじいさんはもう良くなってお店を開けているかもしれません。  でも、今日もお店のシャッターは閉まったまま。昨日と同じように、ベンチにちびセリオが立っています。 「――こんにちは」  セリオはちびセリオにそう声をかけました。 「あ、セリオさん、こんにちはです〜」  セリオの姿を見たちびセリオの表情がパッと明るくなり、そしてすぐに暗くなりました。 「ごめんなさいです〜 今日もお休みなんです〜」  申し訳なさそうに頭を下げるちびセリオ。  セリオは首を左右に振ると言いました。 「――気にしないで下さい。この時間にここに来るのは日課のようなものですから」 「あう、ありがとです〜」  それからしばらくの間、セリオはちびセリオの横に座って一緒にお客さんの応対をしました。  セリオは一生懸命なちびセリオの姿を見て、けなげと言うのはこう言うさまを言うのだろうな、と思いました。  夜、セリオの家では今日も少女がぶーたれていました。  大好物のりんごパイがないからです。 「――どうしてもりんごパイが食べたいのでしたら、隣の駅においしいと評判のお店があります」 「ううん、違うの。あのパン屋さんのりんごパイじゃなきゃだめなの」  今日も今日とて、少女がセリオを困らせます。 「――そうおっしゃられても」  こればっかりはおじいさんのケガ次第。  ぎっくり腰は一日や二日で治るものではありません。  セリオも少女もお母さんも『うーん』と悩んでしまいました。 「そうだ」  突如、少女の声が沈黙を打ち破りました。 「ねえ、セリオ。あのパン屋さんのちっちゃなセリオとお友達でしょ? 作り方教わってきてよ」 「――作り方を、ですか?」 「そう、あのりんごパイの作り方。そうすればお家で焼くことができるでしょ? う〜ん、我ながらナイスアイデア」  少女は自分の閃きにとても満足げです。 「――簡単に教えていただけるでしょうか?」  セリオが言いました。 「そうねえ。ああ言うのは企業秘密があるものね」  お母さんがうなずきます。 「そこをなんとか頼むのよ。任せたわよ、セリオ」  少女はにっこり笑うと、意気揚々と自分の部屋へ戻っていきました。 「まったくあの子は」  あきれた顔のお母さん。 「――作り方、ですか」  セリオはなにやら思案顔です。 「いいのよセリオ。あの子の言ったことを間にうけなくても」 「――はい」  お母さんの言葉にそううなずきながら、セリオは『はたして教えてもらえるだろうか?』と考えていました。  その日の夜遅く。セリオはさっきの少女の言葉を思い出していました。 「作り方教わってきてよ」  『確かに作り方を教えてもらい、おうちで再現できればお嬢様は喜んでくれるだろう。そしてそれはメイドロボたる自分の本分だ』  セリオはそう思いました。  でもその一方で、  『おじいさんが苦労して作り上げたあの味を何の苦労もなく教えてもらうのは、虫が良すぎはしないか。それは、あのちびセリオが  自分の友人だからとかそう言う問題ではない』  セリオはそうも思っていました。  思考はループに陥り、結局メンテナンスモードに入る直前まで考えても結論は出ませんでした。  メンテナンス中、セリオは夢を見ました。  メイドロボが夢を見るのはおかしいことではありません。  人間と同様、その日のデータを整理するのです。  夢の中で、あのちびセリオが泣いていました。  「セリオさん、わたしセリオさんのおっきな身体がうらやましいです〜」  「おっきな身体だったら〜 おじいさんの代わりにパンを焼くことができます〜」  「来てくれるお客さんに喜んでもらうことができます〜」  「でも〜 わたしはちびセリオなんです〜 こんなちっちゃな身体なんです〜」  「みなさんにこうして謝ることしか出来ないんです〜」  「歯がゆいです〜 悔しいです〜」  「もっともっとおじいさんとおばあさんのお役に立ちたいのに〜 できないんです〜」  ちびセリオの言葉がセリオの頭の中で何度も何度も繰り返されました。  セリオは思いました。  どうしたらちびセリオさんの笑顔が見れるだろうか、と。  どうしたら彼女の力になれるだろうか、と。  翌朝、目を覚ましたセリオのメモリに、妙なイメージが残っていました。  おっきな身体をしたちびセリオを見上げる小さな自分。  そんなイメージでした。  朝食の準備を手伝いながら、セリオは頭の中でそのイメージを思い返していました。 「――その手がありました」  思わずつぶやくセリオ。  お母さんが不思議な顔をしています。  朝食の片づけが終わってから、セリオは早速サテライトサービスにアクセスしました。  『その手』を実行するのに必要な情報を集めようと思ったのです。  ちょっと調べただけで『その手』に関する情報があっけないほど簡単に集まりました。  データをもとにシミュレートしてみましたがなんとかなりそうです。  セリオは『その手』を実行に移すことにしました。  これなら、お嬢様の喜ぶ顔が見れて、しかもちびセリオさんの力になれる。  セリオはそう確信していました。    お昼前のいつもの時間。  セリオはパン屋さんの前にやって来ました。  今日もベンチの上にちびセリオが立っています。 「――こんにちは、ちびセリオさん。唐突ですが、身体を交換しませんか?」  セリオはしゃがんでちびセリオの目の高さに視線を合わせると、そう言いました。 「ほへ? あの、その、どういうことでしょか?」  突然予期しないことを言われてわけのわからないちびセリオ。 「――私とちびセリオさんの身体を交換するのです。一日のうちのある時間だけ」 「わたしとセリオさんの身体を交換……ですか?」 「――そうです。具体的には夜の間だけ交換します。そうすれば、おじいさんの代わりにパンを作ることが出来ると思います」 「わたしがセリオさんの身体でおじいさんの代わりにパンを…… ほ、ほんとですかぁ〜」  セリオの言葉に、ちびセリオは目を輝かせました。   「――本当です」 「わ〜 ありがとです〜」    全身で喜びを表現するちびセリオ。本当にうれしそうです。 「――では早速方法をお教えしますね」 「はい〜」  セリオはちびセリオの横に座ると、身体を交換する方法について話し始めました。  ちびセリオが単体で動作することは、今ではごくあたりまえのことです。  でも、ちびセリオが発売された当初はそうではありませんでした。  製造元である来栖川電工はセリオとちびセリオをサーバーとクライアントの関係に見立てていたのです。  セリオの所有者が外出する際に、自分のセリオを胸ポケットに入れて連れて行くことが出来るように、とちびセリオを作ったのです。  ですから一つの人格が、自宅にいるときはセリオのボディを、お出かけする時はちびセリオのボディを使うと言った、 ちょっと贅沢な使い方を想定していました。  そのため今でも、セリオとちびセリオはケーブル一本で知識や経験を共有できるようになっています。  でも、お互いに独立した人格を入れ替える、と言うことは全くの想定外。  本当に大丈夫なんでしょうか? 「――大丈夫です。サテライトサービスを用いて出来る限りの情報を集めましたが、過去に同じようなことを行なっている人たちがいます。 問題なく身体の入れ替えが出来たそうです」 「そうなんですか〜」  力説するセリオに、ちびセリオは感心しきり。  絶対失敗しないように思えるから不思議です。 「――いくつか問題があります」 「なんでしょか?」 「――力の加減に慣れるまでに少し時間が必要なんです」    今までの小さな身体と比べ、セリオのボディはパワフルです。  コップ一つ持つにしても、力の加減を誤って割ってしまいかねません。  セリオはそのことを言っているのです。 「――最初のうちは、なるべく静かに動くようにして下さい」 「はいです〜」  こんな感じで、セリオは調べてわかった注意点をちびセリオに説明していきました。 「――では今夜試してみましょう」  今日の夜、セリオの家での仕事が終わってから実際に試してみようと言うことになりました。  夜ならばおじいさんとおばあさんも寝ていますし、二人に余計な心配をかけることもないだろう、とセリオは思ったのです。  夜になり、おじいさんとおばあさんが寝静まった頃を見計らってセリオがやって来ました。 「――こんばんは」 「お待ちしてました〜」  夜なのと、おじいさんたちが寝たあとなので、二人ともいつもよりも声のトーンが低めです。  セリオとちびセリオはお店の中に椅子を出し、早速準備を始めました。 「――このケーブルをここに」 「ここですね〜」  二人はお互いをケーブルで結ぶと身体の交換を始めました。  端からは二人とも眠っているようにしか見えません。  でも、この瞬間にセリオとちびセリオのデータがケーブルの中を高速で行き来しているのです。  しばらくして、二人が目を開けました。 「どうやら成功したようですね」  ちびセリオに移ったセリオが言いました。 「――そうみたいですね〜 不思議な気分です〜」  セリオに移ったちびセリオが答えます。  視点の高さに慣れないせいか、目をぱちくりしています。  セリオの身体に移っても口調は変わらないようですね。 「確かに不思議な感覚ですね」    ちびセリオなセリオが言いました。  彼女もまた、その視点の低さに戸惑っていたのです。  ちびセリオなセリオは、セリオなちびセリオを見上げて思いました。  『確かにこの光景だ』と。  今朝メモリに残っていた光景が、今彼女の目の前に広がっていました。 「それでは早速身体に慣れる練習をしましょう」 「――はい〜」  セリオなちびセリオはゆっくりと椅子から立ち上がりました。 「――わわわ、すごく高いです〜」  初めての視点にバランスがうまく取れないのか、上体がふらふらしています。 「落ち着いてください。焦らなければ大丈夫です」  椅子の上でちびセリオなセリオが声をかけます。 「――はい〜 と、と、わぁ〜」  ドスン。しりもちをつくセリオなちびセリオ。 「大丈夫ですか?」  心配そうにちびセリオなセリオが声をかけます。 「――だいじょぶです〜」  そう言って立ち上がりますが、やっぱりまだふらついています。  ちゃんと歩けるようになるまで、少し時間が必要そうです。  ちびセリオなセリオは、セリオなちびセリオと一緒に近所の公園へ行きました。  ここなら少々転んでも大丈夫だからです。  公園で歩く練習や小走りの練習をしていると、あっという間に時間が経ってしまいました。 「もう遅いですし、今日はおしまいにしましょう」  ちびセリオなセリオが言いました。 「――そうですね〜」  セリオなちびセリオが答えます。この短い時間の間に、セリオなちびセリオはおっきな身体の感覚をそれなりにつかんだようです。  二人はパン屋さんへ戻ると、再びお互いの身体をケーブルで結び、身体を入れ替えました。 「――ちびセリオさん、大丈夫ですか?」 「はい〜 だいじょぶです〜 それよりも〜 セリオさんのほうが〜」  練習中に何度も転んだお陰で、セリオの身体のあちこちが汚れています。 「――このくらい、なんともありません」  セリオは全く気にせず、持っていたウェットティッシュで汚れた部分を拭いてすませてしまいました。 「――明日は食器を持ったりする練習ですね。また同じ時間に」 「はい〜 セリオさん、ホントにありがとです〜」 「――気にしないで下さい。私も結構楽しんでいますから」  それではまた。  セリオはそう言うとおうちへ帰っていきました。  セリオの後姿を見送ったちびセリオは、明日はもっともっとがんばろうと思うのでした。  次の日。  夜になってセリオがやって来ました。  今日はお店の中でトレイやトングを持ったり、奥でパン作りの道具を持つ感覚を練習するのです。  昨日と同じようにケーブルをつなぎ、身体を入れ替える二人。  早速練習開始です。  セリオなちびセリオは危なげない動きでお店の中を歩くとトレイを手にとりました。 「――えっと〜 ゆっくり優しく持つんでしたよね〜」  セリオなちびセリオは、片手でトレイを持ったり両手で持ってみたりして、どのくらいの力加減かを試しました。  どうやら大きな問題もなくできそうです。  一方、ちびセリオなセリオはちっちゃいボディの大変さを身に染みて感じていました。  大きい身体の感覚でいては、なにをするにも大変なのです。 「まさかほんの数メートルがこんなに遠く感じるなんて……」    これは人の心配をしている場合じゃない、セリオはそう思いました。  そして、どうやったらうまく高いところへ上れるのか、どうやったら効率よく動けるのかを考え、色々と試してみました。  そうこうしているうちに、あっという間に今日も終わりの時間になりました。  二人の身体を元通りに入れ替えます。 「明日はいよいよパン作りにチャレンジですね」 「――はい〜 みようみまねですけど〜 がんばりますね〜」 「がんばりましょう」 「――はい〜」  そう、実はちびセリオはパンを作ったことがありません。  身体が小さいから、と言うのもありますが、そもそもこのパン屋さんではパンを作るのはおじいさんの仕事なのです。  横からじーっと見ていたことがあるので、ちびセリオにも手順や分量はわかります。  でも、実際にうまく作れるかどうか、こればっかりはやってみないとわかりません。  さて、どうなることやら。    さらに次の日。  いつもの時間に身体を交換した二人は、早速パン作りに挑戦してみました。  基本中の基本とも言える、バターロールパンです。  材料を量り、こね、一次発酵、二次発酵、成形と順調に進みました。  さあ、いよいよ焼く段階です。  決して手際がよいとは言えませんが、見よう見まねで初めて作っているにしては上出来です。  オーブンに入れ、待つことしばし……  こんがりときつね色に焼けたバターロールパンのできあがりです。 「――いい匂いですね〜」 「うまくできたみたいですね」  できあがったパンを前に、二人とも満足げです。 「――味見してみましょ」 「そうですね」  セリオの身体もちびセリオの身体もご飯を食べられるようにはできていません。  でも、料理の味見ができないとおいしい料理を作ることができないので、味見くらいはできるようになっているのです。 「――セリオさん、はいどうぞ〜」 「ありがとうございます」  二人一緒に焼きたてのバターロールパンをパク。 「――おいしいですね〜」 「これなら及第点をもらえますね」  どうやらうまく行ったようです。この辺はさすがセリオタイプと言ったところでしょうか? 「次はりんごパイを作ってみましょう」 「――はい〜」  気をよくした二人は、りんごパイにチャレンジしました。  パイ生地を作り、パイの中に入れる、あの甘いりんごを作り……  しばらくして、りんごとシナモンの甘い香りがあたりに漂い始めました。  りんごパイの完成です。  ちびセリオなセリオは思いました。  これでお嬢様の喜ぶ顔が見れる、と。  二人は早速味見をしてみました。  焼きたてのりんごパイを口に入れます。 「――おいしいですね〜」 「そうですね」 「――でも〜 なにか足りない気がします〜」 「ちびセリオさんもそう思いますか?」 「――セリオさんもですか〜?」  揃って首をかしげる二人。  おじいさんのあのりんごパイと同じように作ったりんごパイ。  確かにおいしいのだけれど、なにかが抜けている気がするのです。 「――なにが足りないんでしょか?」 「……わかりません」    多分、抜けている何かがおじいさんの味と違う部分なんだろう、ちびセリオなセリオはそう思いました。  でも、一体それが何なのか見当もつきません。 「――ありゃ、セリオさん。もうこんな時間です〜」  お店の壁掛け時計を見て慌てるセリオなちびセリオ。  いつもの時間をオーバーしています。 「そうですね。また明日ですね」 「――はい〜」    二人は慌ててお店の中を片づけると、身体を入れ替えました。 「――それではまた明日」  セリオはちびセリオにそう言うと、足早にお家へと帰っていきました。 「――明日こそは」  セリオは届きそうで届かないりんごパイに思いをはせるのでした。

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