ちっちゃなセリオの物語〜情けは人のためならず?(1/3)
 
情けは人のためならず?


 にゃー、にゃー、にゃー。  にゃーにゃー、にゃーにゃーにゃー。  どこからか、猫の鳴き声が聞こえてきます。  昔ながらの町並みが続く閑静な住宅街の一角。  昔ながらの板塀のあるお家が目の前に見えます。  あたりはあまり人影もなく静かです。  静かなので先ほどから聞こえてくる猫の鳴き声が耳に届いたわけです。 「にゃーにゃーにゃー。ふ〜、疲れちゃいました〜」  板塀のお家の塀にポンと置かれたダンボールが一つ。  鳴き声はそこから聞こえてきます。  中には子猫……じゃなくてちっちゃなお人形が一体。  赤い髪の毛、独特な形をした耳飾り、デフォルメされたあどけない顔立ち……ちびセリオです。  ちびセリオと言うのは来栖川電工が開発したメイドロボットです。  市場で人気のHM-13型セリオを携帯できるよう改良したタイプで、大きさは胸ポケットサイズの約13cm。  『持ち運べる秘書さんとしての機能がウリ』なのですが、意外や意外、その愛らしい風貌と コケティッシュな振る舞いが受け、愛玩用に購入する人が後を立たないと評判です。  そう言えば最近、某癒し系清涼飲料水の懸賞賞品に採用されていました。  でも、なんでこんなところに、それもダンボールなんかに入ったちびセリオがいるんでしょう?  まるで捨てられた子猫のようです。 「あうあう、猫さんの真似をすれば誰か拾ってくれるかもしれないと思ったんですけど〜 さっきから誰も通らないです〜」  あれあれ、どうやらホントに捨てられちゃったみたいですね。  どこの誰でしょう? こんなひどいことをするのは。 「はぁ、これからどうしましょ? お家には帰れないですし、行くあてもないですし」  ダンボール箱の縁につかまって顔から上を出すようにしているちびセリオ。  また猫の鳴き真似を始めました。 「にゃーにゃーにゃー、誰か拾ってください〜」  しばらくそんな風に鳴き真似をしていたら、目の前に老婦人がやってきました。 「あらあらかわいそうに、これあげるから元気出しなさいね」  何を勘違いしたのか、老婦人はちびセリオに魚肉ソーセージを持たせると、手を振りながら言ってしまいました。 「あ、あの〜。わたしこれ食べれないんですけど〜」  突然のことに呆然とするちびセリオ。  とりあえず構ってもらえただけでもよしとしたほうがいいのかも知れません。  なにせちびセリオが捨てられている路地は人通りが少なくて、あの老婦人が初めて通りがかった人なのですから。 「あう、これどうしましょ?」  困ったように魚肉ソーセージを見つめるちびセリオ。  自分は食べることができないし、さりとて捨ててしまうなんて言う、せっかくの好意を無下にするようなこともできません。  じーっと右手のソーセージを見つめるちびセリオ。  とそのとき、向こうから猫の鳴き声が聞こえてきました。  に゙ゃぁ〜〜、に゙ゃぁ〜〜〜。  猫の鳴き声と言っても子猫とかそう言う可愛い鳴き声ではなく、どちらかと言うとどら猫の出すだみ声のように聞こえます。  それも威嚇しているようなそんな感じ。  さて,声の主はどこにいるんでしょう……。  道の向こう側の塀の上に、見るからにどら猫とわかるでっぷり太った猫の姿。  首輪をしてないところをみるとのら猫のようです。  どら猫は塀の上から地面にべチャっと言う感じで降りると、ちびセリオを値踏みするように見ながら、 ジリ、ジリ、と近寄ってきました。 「ありゃ、猫さんです〜」  ちびセリオがどら猫を見つけました。  でも、まったく警戒した様子はありません。 「猫さん猫さん、こんにちは〜。魚肉ソーセージはいかがですか〜?」  ちびセリオがどら猫に向かって脳天気に手を振ったそのとき、どら猫の眼がキュピーンと光り、 ちびセリオめがけて飛び掛ってきました。 「あ、あうあうあうあうあう」  慌ててダンボールから飛び出るちびセリオ。  間一髪セーフです。 「な、な、なにするんですか〜」  突然のことに目を丸くするちびセリオ、そのちびセリオをじっと見つめるどら猫。  どら猫の眼はまっすぐちびセリオを捕らえています。  ロックオン状態。  ジリジリっとどら猫がちびセリオに近づいていきます。 「わ、わたしなんか食べても美味しくないです〜」  ててててて、と一目散に逃げ出すちびセリオ。  に゙ゃに゙ゃに゙ゃに゙ゃに゙ゃ〜、と追いかけるどら猫。  追いかけっこが始まりました。 「あうあうあう〜」 「に゙ゃに゙ゃに゙ゃ〜〜」  追うどら猫、逃げるちびセリオ。  身体の大きさからして、ちびセリオに不利な状況です。 「あう〜、なんで追いかけられなくちゃいけないんでしょか〜?」  右手の魚肉ソーセージを威嚇するように振りながら、ちびセリオが逃げ回ります。  逃すものかとばかりに追いかけるどら猫。  眼が真剣(マジ)です。 「あ、ちょうどいいところに穴があります〜」  見ると壁の下のほうにちっちゃな穴が開いています。  その穴に逃げ込むちびセリオ。  どら猫が追ってきて、穴に首を突っ込みました。  するん。どら猫も難なく穴を潜り抜けます。 「あうあうあう〜、TVと違います〜」  ちびセリオは、どら猫が穴に首を突っ込んだまま抜けなくなることを期待していたみたいですが、 アメリカの猫とネズミの出てくるアニメのようなことが都合よく起こるはずありません。  てててててててててて……。  ひたすら逃げる一方のちびセリオ、追うどら猫は確実に間合いを詰めています。  逃げて逃げて、スタート地点のダンボールの前を通り過ぎ角を曲がると……ありゃ、行き止まり。 「あう、八方塞とはまさにこのことです〜」 「に゙ゃに゙ゃに゙ゃ〜」  観念しろとばかりに、ちびセリオの前に仁王尾立ちのどら猫。 「あうあうあう、こないでください〜」  ちびセリオは最後の抵抗とばかりに手に持った魚肉ソーセージを振り回します。 「にゃにゃにゃにゃ〜〜」  バッとどら猫がちびセリオに飛び掛りました。  危うしちびセリオ、その命はまさに風前の灯! 「あう〜〜。……ありゃ?」  飛び掛ってくるはずのどら猫は、ちびセリオが振り回した拍子に転がった魚肉ソーセージに襲い掛かっています。  もしかしたら、ちびセリオが追い掛け回されたのは手に魚肉ソーセージを持っていたから、かも知れません。 「抜き足,差し足、忍び足、です〜」  これ幸いとその場から逃げ出そうとするちびセリオ。  どら猫は一心不乱に魚肉ソーセージをかじっています。 「こそこそこそこそ」  どら猫の横をすり抜け……どうやら気づかれずに逃げられそうです。 「ふ〜、逃げられそうです〜」  額の汗を拭うちびセリオ。  汗なんてかかないはずなんですけどね。  どこでそんなしぐさを覚えたんでしょう?  ま、なにはともあれ袋小路になっている路地から後一歩で抜け出せます。  相変わらず抜き足差し足のちびセリオ。  あと数歩進めば、自由な世界が待っています。 「に゙ゃぁ〜〜」  あとちょっとのところで、後ろから野太く低い鳴き声が聞こえてきました。  ビクッと動きを止めるちびセリオ。  恐る恐る後ろを振り返ると、舌なめずりしながらこっちを見ているどら猫の姿が。 「あ、あの、なんでしょか?」  律儀にどら猫に問いかけるちびセリオ。  そのまま逃げればいいのに。 「に゙ゃに゙ゃに゙ゃ〜、にゃんにゃん、に゙ゃ〜〜」  どら猫は魚肉ソーセージを食べる真似をすると、舌なめずりをし、ちびセリオを指差しました。 「オードブルはおしまい。次はメインディッシュだ?」 「に゙ゃ、に゙ゃ」  ちびセリオの問いかけに、うんうん、とうなずくどら猫。 「そ、そんなのまっぴらです〜〜」  それを見てちびセリオが脱兎のごとく逃げ出しました。  ふりだしに戻る、といった感じです。 「あうあうあうあうあうあう〜」 「に゙ゃに゙ゃに゙ゃに゙ゃに゙ゃに゙ゃ〜〜」  穴を潜り抜け、ダンボールの前を通り過ぎ、角を曲がった先は……さっきと同じ袋小路。 「あう〜、元の木阿弥です〜」  袋小路の奥で途方にくれるちびセリオ。  後ろからどら猫が迫ってきます。  ジリジリジリ、とあとづさるちびセリオ。  でんでんでーん、と追い詰めるどら猫。  ジリジリ……ドン。  ちびセリオの背中が袋小路の一番奥の塀にぶつかりました。  万事休す。  もう逃げ道はありません。 「に゙ゃに゙ゃに゙ゃ〜」  観念しろとばかりに仁王立ちするどら猫。  勝ち誇ったような態度です。  ぺろっと舌なめずり。  ちびセリオをネズミかなんかと勘違いしてるんでしょうか。 「あう、かくなる上は最後の手段です〜」  ちびセリオは、キッと正面のどら猫を見据えました。  右手を腰のあたりに構え、その右手を隠すように左手をかぶせています。  一秒が千秒にも感じられた、その刹那。 「に゙ゃ〜!」  どら猫が襲い掛かってきました。 「あう」  横っ飛びにどら猫をかわすちびセリオ。  ゴイ〜〜ン。  勢い余ったどら猫はそのまま壁に顔から激突です。 「に゙ゃに゙ゃに゙ゃ!!」  鼻の頭をおさえ、ふらふらと立ち上ったどら猫がなにやら怒って叫んでいます。  ぶつかったのは自業自得なのに。 「あ、あの〜、もう終わりにしませんか〜? キリがないですし〜 ケガしちゃうと大変ですし〜」  ちびセリオがどら猫に向かってそう言いました。 「―っ!!!」  よほど怒ったのか無言でどら猫が飛び掛ってきます。 「――仕方ないですね。降りかかる火の粉は、掃わねばなりません」  どら猫の動きを見て、ちびセリオの口調が変わりました。  真っ暗闇だったら光った目も見えたかも知れません。  今までよりも格段速い動きでどら猫の懐にもぐりこむと、指先をどら猫の腹に押し付けます。 「スタンフィンガーです〜」  バンッ! その声とともにちびセリオの指先が一瞬光りました。  スパークが走ったようなそんな感じです。 「に゙ゃ……」  どう、とその場に倒れるどら猫。  押しつぶされないようにどら猫の身体をかわすちびセリオ。  勝負あり、です。  実はちびセリオには護身用のスタンフィンガーというものが装備されています。  スタンガンのように相手に電気的なショックを与えるものですが、相手を怯ますことが目的で 殺傷能力はほとんどありません。  また、よほどの緊急事態―身体に危害を加えられそうになったときとか―でない限り、 ちびセリオがスタンフィンガーを使うことはありません。  今回のは例外中の例外と言うわけです。 「あうあう、だいじょぶでしょか?」  ちびセリオがどら猫の顔をのぞきこんでいます。  追いかけ回されたと言うのにのんきなものですが、それがちびセリオの良さだったりもします。 「にゃぁ〜」  どら猫の目がうっすらと開きました。  キョロキョロっとあたりを見回し、それからちびセリオのほうを見ました。 「にゃにゃにゃ〜〜〜」  ちびセリオを見たどら猫は目をカッと見開くと、まるでばねのように飛び起きて一目散に通りの向こうへ逃げていきました。 「ほへ?」  事態が飲み込めていないちびセリオ。 「あ、あの〜、どうしちゃったんでしょか?」  よくわからない、と言う風に小首をかしげるちびセリオ。  多分、あのどら猫はもう二度とちびセリオを襲おうなんて思わないでしょう。  あれだけ怖い目にあったのですから。 「ん〜、とりあえずダンボールに戻りましょか……」  ちびセリオはその場を後にすると、角を曲がってダンボールへと戻りました。  戻ったからと言ってどうなるわけでもないのですが、そこに戻るより他に手立てがないのです。


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