ちっちゃなセリオの物語〜情けは人のためならず?(3/3)

 しばらくして、ばたっと言う鈍い音がしました。  ちびセリオの横で草をむしっていたおばあさんが地面に倒れています。 「おばあさんっ!!」  驚いて目を丸くするちびセリオ。  急いでおばあさんの顔のそばに行くと口元に顔を近づけました。  大丈夫、息はしています。ちびセリオは呼吸を確認するとおばあさんの左手のところまで言って脈をみました。  脈も特に弱くなった様子はありません。  『でも、もしかすると大変な病気の発作なのかもしれない』ちびセリオはそう思いました。 「えっと、えっと、こういうときは〜、むやみに動かさないのが原則ですよね〜。あう、デフォルトの知識だけじゃ これ以上のことはわからないです〜」  ちびセリオには必要最低限の一般知識、一般常識が備えられています。  しかし、このような事態に対処できる診断用の知識は持ち合わせていません。 「サテライトサービスから看護データをダウンロードすればわかるんですけど〜。 そうするとマスターさんにご迷惑がかかりますし〜」  ちびセリオが気にしているのはダウンロードによる課金です。  看護データファイルをダウンロードすれば、ちびセリオはセリオと同じように熟練した看護婦並みの知識を得ることができ、 患者さんの容態の確認と適切な処置方法を知ることができます。  ところがこのデータファイルのダウンロードは別料金。  ちびセリオは捨てられた身ですから、独自の判断でマスターに負担を強いることをためらっているのです。 「でもでも〜、お世話になったおばあさんの緊急事態。考えている暇はないです〜」  ちびセリオはそう言うと衛星へアクセスを開始しました。  ダウンロードだけならランドセルなしでもなんとかなります。 「ダウンロード完了。データインストール!」  ちびセリオはデータをインストールし、すぐにおばあさんの診察にかかりました。 「――脈拍正常、呼吸正常、心音異常なし……」  ちびセリオはおばあさんの身体の周りを走り回ってデータを収集していきます。 「――体温…… あう、体温がかなり高いです〜」  どうやら日射病のようです。  洗濯物があっという間に乾くような陽気の日に、帽子もかぶらずにずっと草むしりをしていたせいです。 「えっと、すぐに身体を冷やさなくちゃいけないんですけど〜、わたしじゃおばあさんをお家まで運べないです〜」  困った顔のちびセリオ。  とりあえずおばあさんの衣服を緩めはしたものの、お家の中へ運びようがありません。 「あう、しかたないです〜。救援を頼みましょ」  ちびセリオはお家に向かってダッシュしました。縁側に置いてあるランドセルを取りにいったのです。  ちびセリオはランドセルを背負うとすぐにPHS機能を使って電話をかけました。  プルルルル……カチャ。 「はい、消防局です。火事ですか? 救急ですか?」 「――救急です。おばあさんが庭で草むしり中に倒れました。診断の結果、日射病のようなのですが、 中に運び込むことができません。救援をお願いします」  消防局の端末には電話をかけてきたメイドロボットの型番やシリアルナンバーなどの情報、通報した場所が表示されます。  それを見た係りの人が指示を出しました。 「わかりました。救急車が到着するまで、衣服を緩め水に濡らしたタオルを肌に当ててください」 「――了解しました」  ちびセリオは指示に従いタオルを水に濡らしておばあさんの額とほほにあてました。  幸い、救急車はすぐにやってきました。  救急隊員に説明するちびセリオ。  近くの病院に搬送されたおばあさんは、診察の結果、念のため一日入院することになりました。  数日後の夜、おばあさんとちびセリオはお茶の間でのんびりとお茶を飲んでいました。 「それにしてもちびセリオちゃんが居てくれてよかったわ」  おばあさんが倒れたことを思い返してしみじみとそう言いました。 「あなたが居てくれなかったら、どうなってたことか…… 本当にありがとね」 「あう、そんなことないです〜。でも〜、なんともなくて良かったですね〜」  ちびセリオは照れたようにそう言いました。  おばあさんがいきなり倒れたときはどうしようかと思ったけれど、こうしてなにもなかったように お茶が飲めてよかった、とちびセリオは思いました。 「ちびセリオちゃんが居てくれると、わたし一人でも安心できるわ。それに、毎日が楽しいし。これからもよろしくね」  おばあさんはちびセリオの頭をなでながらそう言いました。  話し相手としての楽しさ、緊急時の対処、ちびセリオはこの一件ですっかりおばあさんの信頼を得たようです。 「はい〜。わたしなんかでよければ〜、よろしくお願いします〜」  ちびセリオはおばあさんの言葉に深々と頭を下げました。  ダンボールに入れられ捨てられてしまったときはどうしようかと途方に暮れましたが、どうやらとてもいい人に 拾って貰えたみたいです。  『捨てる神あれば拾う神あり』なのかも知れません。  そんな風にちびセリオとおばあさんが和やかにお話をしていると、玄関の呼び鈴が鳴りました。  誰かが訪ねてきたようです。  近所の人が尋ねてくる時間でもなし、はて誰だろう? とおばあさんは玄関に向かいました。 「夜分失礼いたします」  玄関を開けるとそこには背広姿の男性が立っていました。  その人の後ろには隠れるように男の子と女の子の姿もあります。 「はいはい、いったい何のご用ですか?」  おばあさんは見知らぬ人の訪問にちょっと驚きつつそう答えました。 「えーと、そのこちらに……」  その男の人がそう答えようとしたとき、奥からちびセリオがやってきました。 「おばあさんおばあさん、どしたんですか〜?」  ちびセリオの姿を見た女の子――男の人の後ろに隠れていた女の子が声を上げました。 「あーっ、ちびセリオちゃんだーっ!」 「あーっ、マスターさんです〜!」  ちびセリオもその女の子を見るなりそう声を上げました。  そんな二人を、え? と言う顔でおばあさんが見ています。 「ちびセリオちゃん、ちびセリオちゃん、探したんだよーっ」  女の子はそう言うと男の人の前に飛び出てきました。 「マスターさん、マスターさん、会いたかったです〜」  ちびセリオも女の子の方に駆け寄ると、彼女が差し出した手の平にポンと飛び乗りました。  女の子は手の平のちびセリオを胸元にむぎゅーっと抱きしめました。 「とりあえず、上がってくださいな。用件は大体わかりましたから」  そんな二人を見て合点がいったと言う顔のおばあさんは、男の人にそう言いました。  お茶の間に通された男の人は、おばあさんに自分たちが何者なのか説明をしました。  男の人は男の子と女の子のお父さん、女の子がちびセリオのマスターさん、そして男の子が女の子のお兄ちゃんなのだそうです。 「この度はうちのちびセリオがご迷惑をおかけしまして……」  お父さんがそう頭を下げました。 「いえいえ、迷惑なんてとんでもない。ちびセリオちゃんに助けていただきました。 それで、ご用件は何でしょう? 大体察しはつきますが……」  そうおばあさんが答えます。 「はい、大変身勝手な話ですが、ちびセリオを引き取りに参りました」  お父さんは汗を拭きながら、ちょっと言いにくそうに答えました。 「ちびセリオちゃんのその様子を見れば、お返しすることはやぶさかではないですけど…… 随分なお話ですね。 勝手に捨てて、勝手に返して欲しいだなんて」  おばあさんはマスターさんに抱かれて微笑んでいるちびセリオを見てから、正面に座ったお父さんに答えました。 「はい、誠にお恥ずかしい話ですが……」  お父さんがことの次第を話し始めました。  なんでも、この女の子が某癒し系飲料の懸賞でちびセリオを当てたのがそもそもの始まりなのだそうです。  ちびセリオが家に届いてからと言うもの、女の子はちびセリオにべったりになったんだとか。  それまで兄妹仲良くやっていたのに、妹はちびセリオと遊んでばかり、仲間外れになったお兄ちゃんが ちびセリオさえいなければ……とちびセリオをダンボールに入れて捨ててしまったと言うのが今回の事の真相のようです。  ちびセリオがいなくなり女の子はとても寂しがって泣き出す始末、それを見て慌てたお兄ちゃんが次の日に取りに 来たときにはもうダンボールごとなくなっていました。  警察に捜索願を出しずっと探していたら、先日の消防局への通報でこの家に居ることがわかり、 今日こうしてやってきたと言うのです。  最後にお父さんは、兄妹両方を叱り、三人で仲良く遊ぶことともう二度とこう言うことはしないように 約束させたと付け加えました。 「そう言うことだったんですか……」  おばあさんは、全て合点がいった、と言うように何度もうなずきながらそう言いました。  そして、ちょっと考えてから、目の前に座っている二人の子供達に言いました。 「ね、お嬢ちゃん。これからは三人で一緒に遊ぶっておばあちゃんに約束する?」 「うん」  おばあさんの問いかけに、女の子はこくんとうなずきました。 「ね、ぼく。ぼくももうこんなことしないって約束する?」 「うん」  それまでじーっと下を向いていた男の子もおばあさんの問いかけにうなずきました。 「約束よ」  おばあさんはそう言うと二人の前に小指を出しました。 「「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」」」  おばあさんは指切りをしたあと、約束を守れなかったらちびセリオを取りに行くわよ、と笑いました。  そんなおばあさんの言葉に神妙にうなずく子供達。  どうやら一件落着です。  お父さん、ホッとした顔をしています。 「あ、あの〜」  そこにちびセリオが口をはさみました。 「おばあさん一人暮らしなんです〜。おうちに帰れるのは嬉しいんですけど〜、おばあさんにはお世話になりましたし〜、 この間のこともありますし〜、このまま帰るのは心配です〜」  一人暮らしのおばあさんの身を案じるちびセリオ。  そんなちびセリオの不安をかき消すようににっこり笑って言いました。 「大丈夫よ。うちの人が亡くなってからずっと一人でやってきたんだから」 「でもでも〜」 「大丈夫。ね?」 「あう〜」  なかなか納得しないちびセリオを諭すようにおばあさんが言いました。 「そうね……、もしお家の方が許してくれるなら、たまに遊びにいらっしゃい。あなたと過ごしたここ何日か、 とっても楽しかったわ。ありがとう」 「あう、こちらこそありがとでした。おばあさんに会えなかったら、今頃わたし……。ほんとにありがとでした」  ちびセリオは顔をくしゃくしゃにしてそう言いました。  こうしてちびセリオは元の家へ、大好きなマスターさんのところへ帰っていきました。 「行っちゃった……」  おばあさんの手元には、ちびセリオに作ったお手製のスモック。 「これ、持たすの忘れちゃったわね」  おばあさんは苦笑いをするとそのスモックを見つめました。  その顔はとても穏やかで優しい顔をしていました。  数日後。 「おばあさん、おばあさん、こんにちは〜」 「こんにちは。ちびセリオちゃんが遊びに行きたいって言うから遊びに来ちゃいました」  縁側に座ってお茶を飲んでいたおばあさんの元に、ちっちゃなセリオとちっちゃな女の子と男の子の来訪者。  おばあさんは三人を笑顔で迎えました。 「いらっしゃい。待ってたわ」  ちびセリオとマスターさんとそのお兄ちゃんは、その後も頻繁におばあさんのところに遊びに来ていると言うことです。 fin



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