七咲スキルート「プールから七咲が出てこない(13,45)」の選択肢で
「響先輩に相談」を選ぶと発生する「塚原先輩に相談しよう(12,45)」の
その後を描いたお話です。


  アマガミ 七咲SS 舞う桜の花びらとともに


 高校を卒業した私は、塚原先輩の通う国立大学に進学した。
 何事にも優秀な塚原先輩と違い、私は推薦入学でもなかったし、決して
楽な大学受験ではなかったけれど、なんとか現役で合格することができた。
 我ながらがんばった、と思う。
 塚原先輩には「七咲ならできるよ」と言われていたけれど、なにもせずに
受かるほど自分の頭のできが良くないことくらいはわかっていた。
 だから水泳と同じくらい勉強もがんばった。
 苦手な数学も基本からやればなんとかなる。
 先輩の教えてくれたことがこのときも役に立った。

 「……先輩、かあ」

 あの日、涙を見せまいとプールに飛び込んだ私はプールから出て行く先輩の
足音を遠くの出来事のように聞いていた。
 先輩は私を応援すると言ってくれた。だから私はがんばろうと思った、
がんばれると思った。
 でも、あの日を境に先輩は私から遠ざかっていった。

 「あ、先輩。その……今、先輩って少しお時間ありますか? 私、ちょっと
でも先輩とお話がしたいんですけど……」
 「今はちょっと…… ごめん」
 「……いえ、気にしないで下さい。失礼します」

 「梅原先輩。あの、橘先輩は居られますか?」
 「橘? あー、今出て行っちまったな」
 「そうですか。ありがとうございました。失礼します」

 「あ、今の後ろ姿は……。せんぱーい」
  ……
 「いっちゃった。人違い……そんなはずはないし、はぁ、先輩どうしちゃった
んだろう」

 「ね、美也ちゃん。最近先輩を見かけないんだけど、なにかあったの?」
 「え……。べ、別に変わったところはないよ。いつものバカにぃにだよ」
 「……そう」

 「塚原先輩。あの、橘先輩を見ませんでしたか?」
 「そう言えば最近覗きにこないね…… どうかしたの?」
 「あ、いえ、なんでもないんです」

 きっと何か訳がある、しばらくすればまたいつものように廊下で話ができる。
 そう思ってひと月が過ぎふた月が過ぎ、それでも先輩と話をする機会は訪れな
かった。
 私は先輩に嫌われてしまったのだろうか。
 私の何が悪かったのだろうか、私の存在が先輩の重荷になっていたのだろうか。
 先輩に会いたい、会って話がしたい。
 部活も勉強も手に着かなくなって、私は自分の中の先輩の大きさに改めて気が
ついた。

 「応援してくれるって言ったじゃないですか……」
 「先輩は私を応援するって言ってくれたじゃないですか」
 「それなのに、なんで会ってくれないんですか」
 「なんで元気づけてくれないんですか……」

 落ち込む私を心配して塚原先輩が相談に乗ってくれた。

 「最近、元気ないね。タイムも随分落ちているし、どうしたの」
 「塚原先輩……、私どうしたらいいんでしょうか。橘先輩に会えなくなってから、
 私、変なんです。部活も勉強も何も手に着かなくって」
 「七咲……」
 「私の中の橘先輩の存在がこんなに大きかったんだって気がついて、でももう
どうにもならなくて、先輩にはどうしても会えないし、でも先輩を忘れるなんて
できないし」
 「……七咲、あなたに今できることはなに?」
 「え」
 「彼はどういう事情か知らないけど、七咲の前に姿を見せない。でも七咲は
そんな彼をあきらめろと言われても、あきらめられないのでしょう?」
 「はい」
 「ならば、あきらめられないなりになにかするしかないよ。今のままじゃ
悪い方へ転がっていくだけ」
 「はい……」
 「はぁ。まったく」
 「すみません」

 塚原先輩の言うとおりだ。私には先輩が必要なのだ。あきらめるなんて、
そんなことはできない。でもだからと言ってどうすればいいのだろう。

 「彼は七咲のことを応援するって言ったのでしょう?」
 「はい」
 「ならばその言葉を信じて彼が姿を見せるまでやれることをするしかないん
じゃないかな?」
 「やれることをする……」
 「七咲は彼になんて言ったの?」
 「その……先輩が応援してくれるなら私はがんばれる、と」
 「それだけ?」
 「えっと…… がんばって選考に選ばれる、と」
 「うん。なら、今はがんばるしかないんじゃない?」
 「あ……はい。塚原先輩、あの、ありがとうございました。私、先輩を信じて
今は水泳に打ち込みます」

 うん、今は水泳に打ち込もう。
 どういう事情かわからないけれど、その事情がクリアになって先輩が会いに
きてくれた時に胸を張れるように、今は精一杯がんばろう。
 大会の選手になること、大会で上位に入ること、私は水泳に没頭した。



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