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山行報告 mountain trip report
山行報告・記録ページです。会の山行、個人山行問わず新しい山行順に掲載しています。
This page is a mountaineering report & a record.





2012年3月3日(土)
杉岳同門会・乗鞍スキー合宿参加 ・・・ 澤山を含め杉岳同門会メンバー総勢12名

休暇村・乗鞍高原の建物

スキーコースはガラガラに空いている

三本槍のレストラン前にて

 225日〜227日、今や恒例となった杉岳同門会「乗鞍スキー合宿」に今年も参加して来ました。しかし、今回は我々DTFAの仲間は皆さん都合が悪く、昨今のエコに反し、車でしかも一人と言う、正に資源の無駄遣いをして行く事になってしまいました。
 
2510時半頃自宅を出発、無事4時前に「休暇村乗鞍高原」に到着しました。朝到着した東京・名古屋組はすでに位ヶ原山荘へ出発、ホテルにはY女史とジュンさん、YS氏夫人和子さんの3名が残っていて合流、部屋でしばらく休憩の後そのまま風呂に入り、4名でバイキングの食事を腹いっぱい摂ってすぐ就寝しました。
 
26は朝から曇り空、あまり良い天気ではありませんが、和子夫人と二人リフトを乗り継いで三本槍へ、そこで悪天候のため早く下って来た位ヶ原組と偶然合流する事が出来ました。 ここから皆そろってスキー滑降で休暇村へ向かいます。ところがここで同門会会長の「超人K氏」が意外な弱点を披露する事に!いつもの超人的な山の姿とのギャップの大きさに、おかしさと同時に、安堵の気持ちと彼に対しより親しみを感じてしまったのは、私だけでは無かったと思います。
 ところで、今回東京から参加されたTさん、Mさんと会うのは何と50年ぶり!お互いに外見は年を取って昔のイメージとの差に戸惑いましたが、話し始めたら全て昔のまま、50年のブランクはまるでなくなってしまいました。 今日帰京する仲間を見送り、残った7名は休暇村・三国の支配人K氏の豪華差し入れを含む食事で再び満腹、その後部屋での小宴会後就寝しました。

 27は多少の晴れ間はあったものの、風が強く前日より寒さが厳しい日でした。写真家のTさん以外は全員そろってリフトで三本槍へ、そこからもう一段上がってノドの所まで行き、みんなでゲレンデスキーを楽しみました。月曜日とあってスキー場は前日以上にガラガラ、もし時間があれば位ヶ原まで上がって眺望を楽しみたかったのですが、上の方は雲に覆われ風もきついのであきらめ、今回はスキーのみとなりました。今シーズン初めてのスキーで最初は戸惑った小生でしたが、何回か滑っているうち、少しは昔の腕前に戻ったようで、短い間でしたが充実したスキー行でした。その後小生と名古屋支部長は皆さんより一足先に下山、12時過ぎに休暇村を後に帰阪の途についたのでした。 


位ヶ原組と合流
 
三本槍レストハウスにて
 
我が愛車・休暇村駐車場にて

2012年2月7日(火)
又々、鈴鹿・根の平峠へ ・・・ 岡村、澤山

雪に埋まった伊勢谷上部

P1041より見る雨乞岳

P1041より釈迦ヶ岳を

 この所、鈴鹿・根の平峠に通う事が多くなっています。根の平峠辺りの雪景色が気にいっているのと、あの辺りをもっと色々歩いてみたいと思っているからなのですが、2月4日(土)も又岡村さんと一緒に行って来ました。
 今回は根の平峠から尾根を登り、高みからの景観とキノコ岩を見、1041mピークまで戻ってそこから尾根を西に下り鈴鹿の上高地へ、その後根の平峠に戻る、と言う欲張った計画ですが、前日までこの冬一番の寒波襲来の直後なので、当然鈴鹿の山の積雪量も増えた事が予想され、前回までの様に簡単にはいかないだろうと思っています。
 先行者が付けたトレースの有無や雪の状態によっては、根の平峠へさえも上がれるかどうか解りません。しかし衰えの激しい最近の仲間内では、今や一番の体力を誇る岡村さんが一緒なので、多少とも心強さを感じています。

 岡村さん宅を7時半出発、いつものコースで朝明の駐車場に着いたのは10時前でした。さすがに寒波直後の登山口は今までにない積雪量、広い駐車場も3〜40cmの雪に一面覆われ、停まっている車も2台しかありません。決して当てにしてはいけない!先行者のトレースも期待薄、皆さん大雪で山行を敬遠したのかなぁ〜。
 しかし、根の平峠へのルートに入るとやれうれしや!先行者のワカンの跡が付いていて、情けない事ながら心中ホッとしたのでした。トレースのおかげでブナ清水の分岐まではこの跡をたどり比較的楽に登る事が出来ました。しかし分岐からトレースはブナ清水方向に向かっていて、根の平峠に上がるルートにはまったく踏み跡はありません。さあ!ここから、いよいよ体力勝負の始まりです。雪は予想以上に重く、早速膝を越えるラッセル、すぐ先の峠まで上がるだけで結構なアルバイトを強いられてしまいました。
 根の平峠からは、日に照らされ林に縁取られた真っ白な雪原と、その向こうのイブネ・クラシの山々が、一段と美しくみえていました。ここは何度来ても良い所です。 しかし踏み跡一つない広い雪原は、そこに一歩踏み込むと太もも近くまで潜る始末、この状態では吹きだまりは胸まで潜る所もありそうで、神埼川まで下るだけでも容易に行けそうもありません。まだ私自身使った事がありませんが、こんな時こそきっとスノーシューの出番なんでしょうね。


 根の平峠の雪原とイブネ・クラシの山塊

ズボ足ラッセルを頑張る岡村さん

P1041にて、岡村さん
 

雪の尾根の下りは早い!


 雪原で万歳!

P1041から見る白い山々、右から竜ヶ岳、藤原岳、静ヶ岳、御池岳 

 我々はここから国見岳への尾根を登りはじめました。いよいよここからは岡村さんの本領発揮、緩やかな尾根の膝越えのズボ足ラッセル、急な斜面となってから片足を吹きだまりの雪に取られて何回ももがきながら、そして凍りついた斜面では足を滑らせ、木をつかんで強引に突破する等、獅子奮迅の活躍で登って行きます。
 約1時間掛ってようやく1041mピークまで上がると、行く手に国見岳や御在所岳、右手に雨乞岳の白い姿が見えて来ました。背後には釈迦ヶ岳から竜ヶ岳、藤原、御池までの鈴鹿主脈の山々が、意外な迫力で白く連らなって見えています。
寒波の名残の冷たい風が吹き、じっとしていると身にしみる寒さでしたが、それも忘れてしばらくは景色に見とれてしまいました。この辺りから鈴鹿の山々の眺望は初めてなのでとても新鮮な眺めでした。
 さて目の前のピークがキノコ岩のある1081mへの分岐点ですが、この調子ではまだ30分以上はかかりそうです。すでに午後1時も過ぎているので岩陰で遅い食事を摂り、今回はここから引き返す事にしたのでした。
 雪の尾根の下りはさすがに早く約30分で根の平峠へ、早くも日が傾き木々の影が長く伸びた美しい雪原をしばらく眺め、我々は朝明へ向かって下山を開始したのでした。


2012年2月3日(金)
雪の「鈴鹿の上高地」散策 ・・・ 衣川、河瀬、澤山、

雪の「鈴鹿の上高地」

シンボルのカツラの木を見上げる

根の平峠近くの雪原にて

 又々鈴鹿へ、石榑トンネルを越え、三重県側の朝明〜ブナ清水〜キノコ岩〜鈴鹿の上高地〜根の平峠の一周コースを予定して大阪を出発しました。前回は時間が遅くなって行けなかった「鈴鹿の上高地」散策が今回の目的です。昨年秋の中ア以来の山行となる衣川さん、そして前回も朝明から登っている河瀬さんの3人で行く事になりました。
 朝7時過ぎ吹田から名神に乗り、八日市ICから421号線(八風街道)を石榑トンネルに向かいました。八日市インターチェンジ付近で降っていた小雨は雪に変わり、ユズリ尾付近まで来ると積雪量も多くなって、車窓から見る周りの景色はどこか遠くの雪国を走っているかの様に錯覚するほどでした。トンネルを抜けて三重県側に出ると、積雪量はぐっと減り雪も止んでいました。朝明の駐車場には9時半過ぎに到着、すでに5〜6台の車が停まっていて今日も何人かの先行者がいるようです。
 準備を整えて我々も出発、前回と同様根の平峠へのルートをたどりました。積雪量は前回来た8日の時よりやや多いようでしたが、先行者の踏み跡をたどってブナ清水の分岐まで一気に登ってしまいました。ここからも踏み跡が続いていたのでブナ清水まで簡単に行けると思ったのですが、途中で56人の登山者が下って来て「道がわからないので途中から引き返して来た!」との事、今までのトレースはどうやらこの人達のものだったようです。このまま我々3人でラッセルして先に進んでも又途中時間切れとなって、「鈴鹿の上高地」に届かなかったら困るので、我々もここから引き返し、根の平峠から直接「鈴鹿の上高地」に向かう事にしました。
 根の平峠からの下りにも、単独と思われる先行者のスノ―シュ―のトレースがありましたが、雪の状態は良くズボ足でもそれ程苦労せず進めました。下りの途中で又々先行していた単独の人が戻ってくるのに出会いました。「クラシ谷出合いから登るつもりだったが、天気がもう一つなので戻って来た。」との事、四日市在住で又明日出なおして来ると言うその方に、ここまでのトレースのお礼を言って別れました。
 トレースは忠実にタケ谷の流れに沿い出合い方面に下っていたので、我々は左手緩い斜面を膝までのラッセルでトラバース気味に進み、「鈴鹿の上高地」に向かいました。


根の平峠への登り 
 
タケ谷の下りにて
 
神埼川・川辺で昼食

 ところで「鈴鹿の上高地」とは、神崎川右岸・タケ谷出合い付近から上水晶谷出合いにかけて広がる平坦地で、そこには雑木林の中に細い流れや小さな池が点在し、横を流れる神崎川を梓川に見立て、そのように呼んでいるようです。そして大きなカツラの木が、ここのシンボルとなっているとの事で、今回は是非それを拝んで来たいと思っていました。

 斜面を斜めにしばらく下って行くと平坦となって神崎川川辺に出ました。ここはすでに「鈴鹿の上高地」なのでしょう。我々は川辺に下りて食事タイムとしました。前回来た時は太陽の光が眩しく輝き美しい雪景色を堪能しましたが、今回は鉛色の空でモノトーンの世界、それでも神崎川のせせらぎの音を聞きながら、水墨画の雰囲気にひたって食事を摂りました。
 ここから上水晶谷の方へシンボルの木を探しながら歩いていると、河瀬さんが「あれじゃない?」とお目当てのカツラの木を見つけてくれました。一見大木と言うより、細い木がたくさん集まって生えている様な感じの木でしたが、見上げると確かに周りの木々よりひときわ背が高く、大きな木なんだと言う事がわかります。


「鈴鹿の上高地」のシンボル、カツラの木 
 
「鈴鹿の上高地」にて
 
「鈴鹿の上高地」の風景
 
少し離れて見たカツラの木
 
「鈴鹿の上高地」を散策する

 ここから一段下った場所は平坦な疎林となっていて川辺まで続き、細い流れがあちこち流れているようです。多分ここは雪のない時は湿地帯となり、小さな池が点在している所なのかも知れません。
 確かにこの場所は上高地に似た雰囲気のする場所でした。今度は新緑の春か秋の紅葉の時期にでも、再び訪れてみたいと思いながらここを後に帰途に着いたのでした。   


2012年1月31日(日)
鈴鹿・綿向山 ・・・ 高田、澤山、囲炉裏の皆さん8名と同行

綿向山頂より、雨乞岳

山頂での食事風景

山頂より見る鎌ヶ岳の尖峰

 1月22日(日)、囲炉裏の「白髭さん」と約束していた鈴鹿・綿向山に、高田さんを含めた囲炉裏の仲間10名で行って来ました。天王寺駅に朝8時に集合、白髭さん、マスターさん、サワさん、と共に車で一路綿向山登山口に向かいました。
 前日まで雨が降って心配だった天気も、朝こそ霧がかかっていたものの、現地に到着する頃には薄日も射し始め、どうやら今日はお天気の心配はなさそうです。冬の綿向山は結構人気の山なので、我々が9時半に着いた時点で駐車場は早くも満車状態、ここで先着していた他のメンバー5名と無事合流、10名はそろって表登山道を登り始めました。
 1月8日に鈴鹿に来た時とは打って変わって辺りに雪はまったく無く、ぬかるんだ登山道をしばらく登ると、3合目辺りからようやく雪の上を歩くようになりました。三合目先の東屋で最初の休憩、風もなく比較的暖かい日なので、ここまで登る間に首に巻いたタオルが汗で相当濡れてしまいました。行者コバから雪の上に付いた踏み跡は、そのまま尾根に沿って登っていて、夏道の斜面をトラバースしながら登るルートとは違っていましたが、尾根直登だけに距離は短く、下って来る登山者とすれ違いながら、30分もかからず山頂に着いてしまいました。
 山頂の広い雪の斜面には大勢の人が休んでいました。天気はすっかり良くなって風も無く暖かい日の光の下で山々の眺望を楽しみながら、我々も山頂の雪の上でそれぞれ昼食を摂りました。


山頂より御池岳方面 
 
綿向山の下りより水無山
 
水無山の巻き道を行く

 目の前には雨乞岳が大きくどっしりと、その横に鎌ヶ岳の尖峰が、そして鈴鹿主脈の峰々が目の前に広がっていました。北方には左に鈴ヶ岳を従えた御池岳のなだらかな平頂も見えていました。
 昼食後、我々は山頂を後に水無山とのコルへ急斜面を下り、そこから山腹の長い巻き道を歩いて表登山口へ下山、全員無事に綿向山周回コースを踏破したのでした。  


2012年1月9日(月)
鈴鹿・根の平峠から神埼川雪中ハイク ・・・ 河瀬、澤山

神埼川上流部を見る

根の平峠西側の雪原

我々が付けたトレール

 1月7,8,9日は今年初の三連休、しかし年越山行を終えたばかりなので今回は自重して・・・とは思ったものの、運が悪いと言うか良いと言うか解りませんが、日本海側以外は冬晴れの天気が続くとあれば、もうじっとしている訳にはいきません。日帰りで久々雪の鈴鹿に行く事にして、佐目子谷から水舟の池、又は銚子ヶ口、そして昨年石榑トンネル開通により、鈴鹿の三重県側が近くなったので、朝明から根の平峠へ、そこから神埼川まで下ってみる、と三ルートを候補にしました。
 雪のある時期に歩くのはいずれのルートも初めてで、特に根の平峠は季節を問わず私にとって初めて行く場所です。鈴鹿の山は一般的に、一部を除いて三重県側からの方が「表口」と言う印象で、特に中京圏の方達にとって、朝明渓谷は近くの宇賀渓、湯の山温泉と共に鈴鹿の表玄関とも言う場所だと思います。朝明にはキャンプ場や宿泊施設も多く、シーズン中は観光地的なイメージですが、今の時期ははたしてどうなんでしょうか?
 まだ一度も行った事がないルートを歩いてみたいと思うのは、私に限らず山やの悪い癖?滋賀県側・甲津畑から杉峠〜神埼川〜根の平峠〜朝明に抜ける歴史的な道・千種越のうち歩いてない部分でもある、神埼川〜根の平峠〜朝明間に行ってみる事に決めました。


朝明渓谷道路沿いに並ぶ人家 

登山道入り口 

根の平峠標識 

 1月8日(日)河瀬さんをAM7時半過ぎに拾って一路八日市ICへ、国道421線・八風街道を走り始めると早くも回りは雪景色でした。これほどの雪景色は鈴鹿では久しぶりですが、道はしっかり除雪されていました。昨日までの雪がこの辺りでは結構積もった様です。石榑トンネルを越え三重県側へ入ると積雪は少なくなり、306号線を右折し朝明には10時前に着いたのですが、4駆の威力で雪道を先に登り過ぎネコ谷の方へ、駐車場に戻って根の平峠への道を登り始めたのは11時近くになってしまいました。朝明渓谷は想像していた通り多くの人家が建ち並び、宿泊施設や観光客用の店も多いようですが、今の季節ほとんどは営業はしていないようでした。駐車場には登山客の車?10数台程停まっていましたので、何人かの人は山に入っているようです。
 根の平峠へは朝明川の源流の一つ・伊勢谷に沿って登って行きます。伊勢谷は相当上の方まで砂防堰堤が設置されていました。積雪は30cm位ですが、先行者の踏み跡があり雪道はかえって歩き易く、1時間半程で根の平峠に到着しました。ここから右手稜線をたどればハト峰から釈迦ヶ岳へ、左手を登って行くと青岳、国見岳、御在所岳へ続いています。我々は峠を乗り越して西側の雪面を下って行きました。さすがにここまで来ると積雪量は多く、最初はスノーシューの跡があったので比較的楽でしたが、すぐその主は引き返したようで、たちまちズボ足で膝下ラッセルとなりました。タケ谷の浅い流れに沿って何の跡も無い綺麗な雪面に一筋の跡を付けながら下りました。時々足が潜って苦労しながらラッセルを続け、又2〜3ヶ所小さな流れを渡り、約30分で無事神埼川の川辺に到着しました。年越山行の金峰山よりこちらの方がはるかに積雪が多く、久々のラッセルを楽しみました。
 河原(雪で埋まっていましたが)に下り湯を沸かし遅い昼食、時々出る太陽に川の流れがキラキラ光り、川の岩に丸く積もった雪の大きな饅頭が白く輝き、風も弱く穏やかな天気に恵まれて、しばらくここで至福の時を過ごしました。


 神埼川川辺の雪饅頭
 
根の平峠西側からイブネ・クラシの山塊


雪穴にはまった!


神埼川川辺にて


帰り道・根の平峠間近 

 林の雪上に付いた風紋

 根の平峠の西側は傾斜の緩やかな台地状の斜面が広がり、二次林の落葉樹林とあちこちにある小さな流れ、峠に近い場所には樹林が途切れて大きく開けた場所もあり、そこからは前にそびえるイブネ・クラシの山塊や後ろにそびえる鈴鹿主脈の尾根の連なりが見え、何とも素敵な所でした。雪が無い時ここは笹原に覆われているのでしょうが、今は一面の雪原が広がって疎林の林が周りを囲んでいました。そして雲に隠されていた太陽が出て辺りを照らした時、それまでの静寂なモノトーンの世界が、一瞬に華やかな色どりに満ちた美しい雪山の景観に変わると言う、その対照的な景色の変化にも驚かされました。
 私は今回でほぼ千種越の古道を踏破した訳ですが、それによってこの二つの峠を越える長い道が、昔多くの人達に利用された理由が、何となく解ったような気がします。それは距離の長い山道ながら、滋賀県側も三重県側も傾斜は比較的緩やかでさしたる危険な所もなく、しかも四季折々鈴鹿の自然に包まれながら歩ける美しい道だったからではないでしょうか。


根の平峠西側雪原にて 

 同所から鈴鹿主脈の尾根

雪原の木に赤い実がまだ残っていた 

 今回山行ではピークには登りませんでしたが、二人ともたっぷり雪山を楽しめて大満足、帰りは朝明・三休の湯で汗を流し、心も体も温まり帰阪の途に着いたのでした。  


2012年1月4日(水)
廻り目平から金峰山 ・・・ 河瀬、澤山

雪のほとんど無い林道を行く

中間点から見える瑞牆山と八ヶ岳


森林限界に建つ金峰山小屋

 年越しを山で迎えようと、行く山を考えていたのですが、今回はいつものメンバーほとんどが不参加、河瀬さんとの二人だけの山行になりそうなので、幕営はやめ小屋泊まりに、そしてアプローチの短い山と言う条件で選定する事に。そこで、私自身にとっては50年ぶりとなる奥秩父金峰山を目指す事にしました。
 私自身若い時は東京に住んでいたので、比較的家から近かかった奥秩父の山は高校時代から通い、雲取山から金峰まで一週間かけた長い縦走、大学生時代はボッカ訓練で雁坂峠〜金峰、又笛吹川東沢や西沢の美しい渓谷等、懐かしい思い出の多い山域です。
 最近では7年程前、富士山の帰りに車で大弛峠まで上がり、そこから国師岳・北奥千丈岳へピストンした事がありました。林道が出来たおかげで昔なら最低3日は必要だった国師岳へ、何と楽に登れるようになったものか!とびっくりしたものです。今は雁坂峠にもトンネルも出来たり、信州峠や三国峠も車で越えられるようになって、奥秩父の山も私が行っていた時代からは大きく変わっているようです。
 しかし過去の奥秩父の山行は、全て甲州側や東京・奥多摩方面から登ったもので、残念ながら信州側や埼玉県側からは訪れる機会がありませんでした。小暮理太郎や田部重冶等先人の紀行文等の影響で、千曲川源流の信州側・梓山や十文字峠、埼玉県側の荒川源流・栃本辺りには、昔から憧れに近い思い入れがあり、まだ見た事のない山深い山村の情景や、千曲川や荒川の源流部を遡っての山行を思い描いていたものでした。その後大阪へ来てからは、奥秩父の山は一層遠くなってしまい、それは未だ果たせないままとなっていたのです。 
 今回計画の山行で、その夢だった信州側から入山、金峰山小屋に一泊し山頂で元旦の富士山を見て下山、もし時間があれば十文字峠辺りにも足を延ばしてみたいと考えています。


 12月30日、AM10時半大阪を出発、八ヶ岳の麓・清里の常宿・伊予ロッジには午後3時半頃到着、夕食まで少し時間があるので廻り目平の登山口まで偵察に出かけました。清里から野辺山に出てそこから信州・川上村へ、秋山郷から立派な道が廻り目平まで通じていて、迷う事も無く登山口に到着しました。道には積雪はほとんど無く、安心して伊予ロッジに戻りました。
 伊予ロッジの明31日晩の宿泊は満員とか、この時期は近くにスキー場もあり、家族連れやスキー客が多いようです。又、ここのバイキング形式の食事は、量・種類も豊富、味もなかなかのもの、これで一泊7000円弱なのでなかなか良心的な宿だと思います。


寒さ対策完全防備でいざ出発 

林道終点・八丁平分岐 

樹間から見えた山頂部の五丈岩 

 12月31日、宿の朝食をたっぷり食べて7時半に出発、一路廻り目平に向かいました。快晴の空の下、富士山や八ヶ岳、行く手に金峰山を眺めながら、9時前に登山口に到着、すでに何台かの車が停まり準備をしている登山者の姿が見られました。我々も用意を整え9時半頃林道を歩き始めました。
 まだ日の当らない谷間は寒く、冬装備に身を固め歩きましたが、林道に日が当るようになるとさすがに暑くなり、パーカーは着てられません。林道は金峰山川に沿って続き薄い雪がかぶっている程度、一方川の流れは表面が凍っている所が多いですが、氷の下はまだ豊富な水が流れていました。途中林道全面が凍りつき、高巻き?を強いられる場所もありましたが、約一時間で八丁平との分岐に到着しました。
 ここからはいよいよ登りが始まります。回りに石楠花の木が多いジグザグの急登を登り切り、緩やかな尾根を過ぎて最終水場、そこから水場の谷を見降ろしながら斜面を巻くように登り尾根に上がると中間点でした。ここまで約一時間、石楠花の木の間から瑞牆山を前景に八ヶ岳が綺麗に見えていました。
この先も眺望のない雪の少ない樹林帯の登りが続きます。時々木の間から前方に金峰山頂の五丈岩が、後方には岩のゲレンデで有名な小川山が見えて来ました。 この辺りで、後ろから追いついて来たパーテイーに3〜4回追い越されました。中間点から小屋まで一時間程の距離ですが、登りの連続で我々ロートル組のスピードは衰える一方でした。この山は結構若い登山者が多いようです。PM1時半、ちょうど森林限界に建つ金峰山小屋に無事到着しました。
 小屋のすぐ上からは北側と西側の視界が大きく開け、上天気の今日は、近くに南ア北部の山々、そして八ヶ岳、遠く北アの山々、小川山の後側にあまり白くなっていない浅間山が見えていました。
 我々は荷物を小屋に置き山頂まで往復する事に、眺望を楽しみながら積雪が少ないのでまだ岩と這松が雪で埋まっていない斜面を登り、約30分で山頂に到着しました。風も無く真冬の山とは思えない穏やかな山頂からは、期待した以上の360度すばらしい眺望が広がっていました。
 目の前にはお目当ての富士山が、そして黒いシルエットで延延と続く南アの山波、そして八ッ、中央、御岳、北ア、浅間、遠くに頸城の山々、同定は出来ませんが上越方面の山々も、そして近く奥秩父の国師や甲武信その先に続く山々、富士山ぐるりとを囲んで守っているような道志山塊や御坂山塊の山々、もうこれ以上望むものは何もありません。特にここからの富士山の眺めは素晴らしいの一言でした。
 快晴無風最高の日に山頂に立てた幸せで胸がいっぱい、今年最後の山行で、こんな豪華な景色を見せてもらい、山の神様には大感謝です。 五丈岩に立ち寄り、すぐ下りるのがもったいなくてしばらく山頂部をうろうろ、しばらくしてから後髪を引かれる思いで小屋に戻りました。


五丈岩下からの富士山
 

山頂付近から八ヶ岳と瑞牆山


瑞牆山のズーム 

山頂から小川山と遠くに浅間山 


奥秩父の山々・手前から鉄山、朝日、国師と北奥千丈

 山頂付近から南アの山波・左から農鳥、間の岳、北岳、仙丈、甲斐駒、鋸の山々

 金峰山小屋は60名程度泊まれる小さな小屋、冬季は年末年始の時期だけ営業しているそうです。毎年ここに泊まりに来る常連の登山者も多いようで、我々を含めこの日は30名程度の宿泊客でした。ここの小屋は先代の主人が交通事故で無くなった後、娘さん夫婦が引き継いで営業されているとの事ですが、なかなか家族的な良い雰囲気の小屋でした。私の若い時は山小屋宿泊には無縁でしたのでこの小屋の記憶はありませんが、その当時からこの小屋はあったのでしょうか?又、小屋の若いご主人の話では今年はまだ例年より雪が少ないとの事でした。


山頂から富士山を望む
 

山頂から見た五丈岩


金峰山頂標識
 

 2012年元旦の朝は高曇りの空、視界はまあまあでしたが、風が強くなっていました。お天気が良ければ再び山頂に行ってみる気でいたのですが、天気が今一つはっきりしないのと、昨日の山頂からの眺めに十分満足してしまって、その気が失せてしまい、結局朝食まで小屋でゴロゴロ、7時半前に朝食を摂って山頂往復組と入れ替わるようにして8時頃小屋を出発下山に掛りました。
 下り道は稜線の道を八丁平経由で下り、瑞牆山を真近に眺めようと思っていたのですが、これ又軟弱にも稜線の風が強いため敬遠、来た道をそのまま戻る事にしたのです。下りは我々でもさすがに早く、1時間半程で林道終点に、そこからも1時間で車まで戻る事が出来ました。


甲州側から五丈岩を見上げる 

 青空をバックに山頂付近に立つ河瀬さん

小屋内部の様子 

 帰り道、さらに奥の集落・梓山へ、そして十文字峠や千曲川源流から甲武信岳への登山口・毛木平まで行ってみました。毛木平までこれ又、立派な道が通じて終点には立派な駐車場が出来ていました。辺りは白樺の林となっていて、想像通りなかなか雰囲気の良い所でした。
 駐車場には他県No.の車ばかり10台程が停まっていたので、年越しで甲武信や十文字峠に登っている登山者も多いようです。近いうちに是非ここから登ってみようと思いながら車をUターン、清里の天女の湯で初風呂に浸かり、我々は帰阪の途に着いたのでした。
  


2011年12月22日(木)
高畑道からカトラ谷・金剛山周回 ・・・ 河瀬、澤山、ぶっちゃ、内蔵助

山頂広場より、下にPLの塔が見える

カトラ谷を下る

河瀬のお姉ちゃん遅いなぁ〜

 12月18日、正月の山へのトレーニングを兼ね犬連れで金剛山に出かけました。当初予定は京都の愛宕山へ行くつもりだったのですが、出発が遅れてしまい嵐山あたりの車の混雑が気になって急遽変更したものです。
 考えてみればここしばらく金剛山には御無沙汰していました。今年の台風や大雨であの辺りも道が荒れている様な事を聞いていましたが、実際はどうだったのでしょうか?

 昼ごろいつもの千早城跡近くの駐車場に車を停めて林道を歩き始めました。高畑道に入り谷に沿って進みましたが、谷沿いの道は特に変わった所もなく順調に進み、やがて水場を過ぎて尾根に取り付きました。尾根の杉林が終わる辺りから、少し前に降った雪が薄く道に残り、すっかり葉の落ちた木々の間から、普段は見えないはずの景色が見えたり、本格的な冬が近いのを感じながら登りました。2時過ぎに無事山頂広場に到着、こんな遅い時間なのにまだ登山者や季節外れの観光客の姿がかなり見られました。
 ぶっちゃ達を外で待たし、転法輪寺前の売店の中でコーヒーを飲んでいたら、寒いのかまたは寂しいのか「ワンワン!」の催促の鳴き声、外の気温は0度だったので、きっとじっと待っているのが寒かったのでしょう。
 午後3時、帰りはカトラ谷を下る事にして出発、雪が固まり滑りやすい急な斜面の階段を下って谷底に、そして浅い谷間に沿って下ります。以前より石がゴロゴロしている程度で、ルートが荒れた感じはしませんでした。この道は春ならニリンソウの花がいっぱい、又秋なら紅葉が美しく、金剛山では私の好きな道です。
 下り切った林道との出合には、小さな砂防ダムが出来ていて、以前と少し様相が変わっていましたが、それ以外この谷間のルートも大きな変化はなくほっとしました。 途中にある梯子の所はさすがに犬達は抱いて下らなければなりませんでしたが、他はぶっちゃも内蔵助も登り、下り共元気に歩き、4時過ぎ無事駐車場に戻る事が出来ました。内蔵助も以前よりだいぶ山歩きが上手になって来たようですので、これからが楽しみです。   


2011年12月15日(木)
鈴鹿・石榑トンネル開通と、鞍掛峠から焼尾山 ・・・ 河瀬、澤山

西藤原駅より藤原岳を見上げる

焼尾山山頂(後ろは三国岳と霊仙山)

薄く雪をまとった御池岳(焼尾山頂より)

 11月末、同期入社の仲間13名(いずれもすでにOBですが・・・)が、滋賀県長浜市に集まって旧交を温めました。その帰り道、紅葉見物に永源寺へ寄った時通った国道421号線(通称・八風街道)は、いつも鈴鹿の山々、特に御池岳や藤原岳、佐目子谷周辺の山々へ行くのにいつも利用している道です。
 ここ何年か前からこの道の神崎橋先で大規模な道路工事が行われていて、「石榑峠辺りまで道を広げるのかな?」と思っていたのですが、何と!最近石榑峠下にトンネルが開通、三重県いなべ市まで通じたと言う事をその時初めて知ったのです。そこで12月11日(日曜日)、神崎橋から先がどのようになったかの確認を兼ねて、久しぶりに鈴鹿の山に出かけました。

 八日市ICから永源寺ダムを過ぎ、以前と変化のない道を進みます。ただ永源寺ダム湖はほとんど水がなく、荒涼とした湖の眺めにはちょっと幻滅しました。又、佐目子谷出合いは工事車両の置き場になっていて、林道わきにあった駐車スペースは無くなってしまっていました。銚子ヶ口の登り口を過ぎ、ユズリ尾の集落を抜け神崎橋を渡ると、従来の曲がりくねった狭い道は一変し、広々とした片側一車線の立派な道路となって緩やかに登っていました。
 石榑峠へ上がる道は、途中左手に分岐していました。又、茨川への道も左手に狭い道が分かれていて、少し先は従来のダート道となっていました。それらを過ぎるとすぐトンネルの入口です。トンネル内は片側一車線の対面通行で4km以上の長いものですが、中は明るく走りやすいトンネルでした。
 トンネルを抜けると、早くも三重県側で宇賀渓入口の上部に出ました。旧道の石榑峠越えの道は、三重県側がしばらく前からずっと通行止めとなっていたので、このトンネルが開通した事により、旧道は廃道になるのではないでしょうか。その代わりこの道は冬季でも通行出来そうですが、どうなのでしょう?
 私自身鈴鹿山脈の三重県側には、鈴鹿スカイラインを通って湯の山温泉に来たぐらいで、初めて来るこの辺りはとても新鮮な感じがしました。ここから少し南に行けば朝明渓谷も近く、神崎川上流に入るのには、ここから根の平峠を越えて行く方が、滋賀県側からより早く行けそうです。
 朝明渓谷に寄ろうと思ったのですが、山に登る時間が無くなるので国道306号を左折、左手に石灰岩採掘で無残な姿になった藤原岳を見ながら三岐鉄道の西藤原駅に向かいました。ここは、藤原岳の表登山道の起点となっている駅です。
 私自身藤原岳には、滋賀県側から登った経験しかありませんが、ここからは大貝戸道、聖宝寺道、坂本道の3つのルートがあり、春の福寿草シーズンは大変な混雑だそうです。機会があれば表登山道のこちらからも是非一度登ってみたいと思っています。 しかし、聖宝寺道、坂本道共、崩壊のため登山禁止となっていて、現在は大貝戸道だけしか登れないようでした。

 ここからは306号線を進んで鞍掛峠に向かいました。冬季閉鎖となるこの道も、今年はまだ通行出来るようです。鞍掛峠手前・御池岳登山口のコグルミ谷付近にはたくさんの車が停まっていました。我々はトンネル手前の駐車場に車を停め、用意を整え気を引き締めて峠への道を登り始めたのでした。
 鞍掛峠に登り着くと、ここまで汗をかいていたのがうその様に、強く冷たい西風に震えあがってしまいました。 峠からはいつも行く鈴北岳への道とは反対側、右に三国岳への尾根をたどりました。こちら側を登るのは今回が初めてですが、急な尾根を登り切ると道は二つに分かれ、左手が三国岳への道、いったん下って小さなピークに登ります。ピークから尾根は大きく下っていて、その先に続く三国岳のピークが見えていました。
 ここから三国岳まで行くと往復に2時間ぐらいは掛りそう、今回は時間も無いのでここまでで引き返す事に、そして二又まで戻って今度は右手の道に入り先にあるピークを目指しました。


藤原岳・頭陀ヶ平 

鈴鹿の三国岳と烏帽子岳 

焼尾山山頂への道 

 少し登った先のピークが焼尾山(922m)でした。目の前にはうっすらと雪の付いた御池岳の大きな山体が広がり、その左端に藤原岳一角で鉄塔のある頭陀ヶ平のドームが見えていました。焼尾山山頂にはシャクナゲの木が多く、足元にはイワウチワの葉も多いので、花の季節にはきっと綺麗な山頂なのでしょう。北側には三国岳や尾根続きの烏帽子岳、その背後に大きな山容で霊仙山も見えていました。
 この山に来たのは今回が初めてですが、思った以上に雰囲気の良い山で、何だかとても得した気分になりました。次は来年の春花の咲く時期に、そしてその時は是非三国岳まで足を延ばしてみようと思いながら鞍掛峠に下り、そこから大君ヶ畑・多賀経由で帰阪したのでした。
  


2011年11月29日(月)
京都・北山 桟敷ヶ岳 ・・・ 囲炉裏村・YASSANさん、白髭さん、まさきさん、マスターさん、よっちゃんさん、澤山

落ち葉を踏んで登る

薬師峠にある6体のお地蔵さん

きれいな紅葉も残っていました

 11月23日(水)、私にとっては三国岳以来の京都の山、しかも京都市内からの山行は初めてでしたが、囲炉裏のYASSANさん、白髭さん、まさきさん、マスターさん、よっちゃんさん、のメンバー5名とご一緒させていただきました。

 「京都・北山」と言うと、私の意識の中では、今西錦司氏ゆかりの京大山岳部のフィールド、そして北山杉の美しい植林、又最近では自然の多く残ると言う芦生の森等を思い浮かべますが、所詮1000mにも満たない里山の連なりと言う認識でしかありませんでした。
 もう10年以上前に、一度朽木から三国岳そして京大演習林内へ足を踏み入れた事がありました。三国岳から下った芦生の森は、緑豊かな自然林に囲まれ、そこここにある水の流れを見ながら、ふかふかな山道をのんびりと歩き、なんとのどかな山歩きが出来る場所だろうと思ったものです。
 今回の桟敷ヶ岳については、今まで名前すら知らなかった山ですが、後から考えると「京都・北山」と言う響きに乗せられ、同行をお願いしたような気がしないでもありません。


鉄塔の下を通って山頂へ 

桟敷ヶ岳山頂にて(YASSANさん提供写真)

薬師峠にて(YASSANさん撮影) 

 久しぶりに電車に乗っての山行、そして路線バスに乗るのも久しぶり、無事出町柳駅で皆さんと合流して雲ヶ畑へ、終点でバスを降り林道を歩き始めました。朝は快晴の空だったのに、早くも雲が増えはじめ天気は悪化の気配、予報では昼から大雨とかで、どうやら早く登ってさっさと下山する方がよさそうです。そのせいか、皆さんの林道歩きのピッチの速い事! 離されない様について歩くのが精いっぱい、寒かったのにしばらく歩くともう汗が出て来る程でした。一時間ほど林道を歩き桟敷ヶ岳の登り口に到着、そこから植林帯の急斜面を登り、自然林の支尾根に出てから再び植林帯へ、そして送電線の鉄塔が立つ尾根に登り着きました。ここから一度下って落ち葉積もった広い尾根を登り、桟敷ヶ岳の山頂に到着です。山頂は風が冷たく集合写真を撮って早々に退散、少し戻って鞍部で昼食としました。
 食事の後は、当初登る予定だった尾根を下る事に、岩茸山、薬師峠と、所々に紅葉の残った林の中、落ち葉を踏んで尾根道をたどり、午後2時前に雲ヶ畑のバス停に無事下山しました。
 幸い心配した雨に降られる事もなく、私の京都・北山デビューにふさわしい山歩きとなり、囲炉裏メンバーの皆さんには感謝です。帰途出町柳駅近くのお好み焼き屋で全員そろって乾杯!囲炉裏メンバーの山行終了後帰途に一杯!はどうやら恒例の行事となっているようですね。 


2011年11月26日(土)
杉岳同門会・清里懇親会参加と蓼科山、守屋山 ・・・ 杉岳同門会メンバー9名、河瀬、澤山

一面岩に埋まった蓼科山山頂

蓼科山と北横岳(守屋山山頂より)

守屋山山頂を振り返る

秋恒例、毎年清里・伊予ロッジで催される杉岳懇親会が今年も11月12日〜13日で開催され、大阪支部長の小生、河瀬さんと「ぶっちゃ」も一緒に参加して来ました。集合が12日午後6時だったので、朝早く大阪を出発し行がけの駄賃とばかり、女神湖上の7合目登山口から蓼科山に登って来ました。この山は今まで見るだけで一度も登った事が無かったのですが、今回のような機会がないと登る事もない山なので行ってみようと思った訳です。

7合目登山口は女神湖から夢の平林道を少し登った所にあって、駐車場やトイレも完備されていましたが、この時期トイレは閉っていました。12時頃鳥居をくぐって登り始め、林の中の道を約1時間で蓼科山荘のある将軍平に着き、ここから大きな石の積み重なったような斜面のルートを登り山頂へ向かいました。2時前に山頂ヒュッテの建つ頂上に到着しました。二つのいずれの小屋もすでに営業は終了していたので、ビールにはありつけませんでした。
 ここの山頂は思ったより広々としていましたが、大きな岩がごろごろと広い山頂部一面を埋めて、さながら地獄の賽ノ河原もかくや!と思う様な山頂の景観でした。下から見ている時は草原に覆われた穏やかな山頂を想像していたのですが、対照的な眺めにびっくりしました。
 残念ながら、朝からの好天もすでに雲が多くなったため眺望は利きませんが、お天気だったら360度遮るものは何も無いので、さぞ景色の良い山頂なのでしょう。しかしさすがに
11月の2500mを越える山の上は冷たい風が吹き、じっとしていると寒いくらいでした。


 蓼科山頂ヒュッテ

ぶっちゃ、頑張って登ってます 

将軍平・蓼科山荘前にて 

4時半過ぎ、7合目登山口に無事下山し清里の伊予ロッジに向かいました。しかし清里まで意外に時間がかかり集合時間に間に合わず6時半ごろの到着となってしまいました。今年の伊予ロッジは、団体客が入ったとかで大勢の宿泊客でいっぱい、食事時間も遅れていたので皆さんと一緒の食事には間に合いました。バイキング形式の豊富なメニューの食事を堪能し、部屋に戻ってからは現役時代の思い出話、海外登山の写真の披露等、お互い寄る年波のせいで往年の様に酒は進みませんが、気分だけは昔に戻り大いに楽しみました。


伊予ロッジの夕食 

 13日朝、伊予ロッジ前で集合写真

今日はちょっと足が痛いのヨ! 

翌日は、杉岳の仲間総勢10名と一匹で、杖突峠から守屋山へハイキングです。カラマツ林の中の快適な道を約2時間で1632mの山頂へ、山頂からは南アと八ヶ岳がきれいに見えていましたが、北ア方面はあいにくの雲に隠され眺望が得られなかったのは残念でした。
 杖突峠には1時半ごろ戻り、東京組、名古屋組とはここでお別れ、又の機会を約して夫々帰途に着いたのでした。大阪組は帰り道に高遠に出て「さくらの湯」に寄って汗を流し、新ソバを賞味した後帰阪の途についたのでした。


守屋山山頂より、甲斐駒、北岳、仙丈岳 
 
守屋山山頂にて


カラマツ林の中を行く

一方、同行した「ぶっちゃ」は前日の山で、足のパットを擦りむいて初めはちょっと歩きにくそうにしていましたが、前日自己最高の標高到達記録を更新したのに続き、この日も元気に守屋山を制覇、みんなに食べ物をもらったり、かまってもらって終始ご機嫌な一日を過ごしたようでした。


2011年11月15日(火)
中ア・烏帽子ヶ岳〜念丈岳〜本高森山、周回山行・・・岡村、衣川、河瀬、澤山

鳩打峠付近の美しい紅葉

伊那谷の雲海と南アの山々

中ア主脈の奥念丈岳


 
9月に「ぶっちゃ」を連れて行った中ア・烏帽子ヶ岳、その時に近いうちのリベンジ山行を誓ったのですが、意外に早くその機会が訪れました。烏帽子ヶ岳からその先の池の平山、さらに念丈岳、そして上澤新道に入り大島山、本高森山を踏破して下ると言う周回山行を一泊で計画、一日目鳩打峠ルートから登って烏帽子ヶ岳を越えて池の平山山頂で幕営、2日目はそこから念丈岳、大島山、本高森山を越え、大沢の林道に下ると言うものです。11月3〜4日岡村、衣川、河瀬さん、小生と久々に4名のメンバーがそろって出掛ける事になりました。
  幸い2日間とも絶好の天候に恵まれ、無事予定コースを踏破して下山しました。特に池の平山山頂では、素敵な夕焼けと眼下に星の様にきらめく伊那谷の明かりを見ながら、月夜の快適な一夜を過ごして、翌日は念丈岳、大島山山頂から雲海に埋まった伊那谷や、その向こうに並ぶ南アの峰々の眺望などを楽しみながらの、なかなか印象深い山行でした。
 この辺りの山域では、烏帽子ヶ岳は結構日帰りの登山者が多いとのことですが、そこから先はこの時も我々だけで誰もいない静かな山でした。しかし、念丈クラブの上澤氏が開いたと言う、念丈岳から大島山・本高森山までのルート「上澤新道」は、今回我々が歩いた時点ですでに笹に覆われ一部分かりにくくなっていましたので、普段もあまり多くの人には歩かれていない様です。このままだと早晩笹に埋もれてしまう運命なのかも知れません。地味ながらなかなか良いルート、特に大島山辺りは雰囲気の良い所ですので、何とかこのルートが維持出来れば良いと思っています。春か冬の時期にでも是非再度訪れてみたい山々でした。    12月4日写真紀行掲載しました。


2011年11月7日(土)
アンナプルナ周辺トレッキング・・・KUAC OB会メンバー7名、澤山

プーンヒルからダウラギリ主峰

同所よりアンナプルナ南峰

タダパニの下りよりマチャプチャレ
 10月17日〜10月31日、KUAC OB会メンバー総勢8名で、ネパール・アンナプルナ山群周辺トレッキングに行って来ました。小生にとってネパールは初めての訪問、そしてヒマラヤの山々との初見惨! OB会としては4年前にエベレスト街道をカラパタールまで行っていますので、今回が2回目のネパール遠征ですが、その時私は参加出来なくて残念な思いをしていたのです。当初、3週間の日程でアンナプルナ内院BCまでの計画だったので、又無理かな、と思っていたのですが、途中から内院隊と別れポカラに戻ると言う、2週間日程の別隊としての行動が許される事になり、晴れて参加出来る事になったのです。
 踏破した今回のコースはポカラから車で1時間のナヤプル村から入山、ヒマラヤの川では珍しく澄んだ水の流れるブルングデイコーラに沿ってヒレへ、そこから600mの急登を登りゴレパニへ、早朝のプーンヒルから快晴の空に輝くダウラギリ、アンナプルナ、マチャプチャレの山々を眺めタダパニへ、正面にアンナプルナやマチャプチャレを眺め、段々畑の続く村を眺めながらタウルンへ、ここで内院隊と別れジヌーに下り、モデイコーラ河原の温泉で汗を流し、トルカ、ポタラ、ダンプスの村村を通ってフェデイに下ってポカラに戻ったのでした。

 後日、詳細報告掲載の予定ですが、ネパール・カトマンズの喧騒と混沌に満ちた町、トレッキング中に通る何とものどかな山村の風景と、そこに暮らす人々の素朴な生活、そして初めて我が目で見たヒマラヤ・ジャイアンツの峰々の何とも神々しい姿!全てが今まで行った海外の山々とは全く異なる強烈なインパクトを感じたのでした。せめてあと30年位若い時に来たかったな!と言うのが今回ネパール訪問で一番深く感じた思いです。神々しくそして高く輝くヒマラヤの氷雪の山々に対し、もはや挑戦出来る体力も気力もない今の自分があまりに情けなく、持って行き場のない寂しさを感じてしまったのでした。11月27日詳細報告「写真紀行」を掲載しました。
2011年10月14日(金)
南ア前山・鬼面山、尾高山、奥茶臼山 ・・・ 河瀬、澤山、ぶっちゃ

鬼面山山頂より奥茶臼山と前茶臼山

貴ノ峰を越えた所のブナの大木

奥茶臼山山頂付近より赤石岳
 10月8日から始まった3連休、幸いお天気も良かったのですが、今回も仲間のほとんどが都合悪く不参加、ただ一人河瀬さんが今回山行に同行してくれる事になりました。そこで距離の遠い蓮華温泉は再び中止、やや近場でまだ行った事のない「ハイランドしらびそ」を拠点に、伊那山脈最高峰の鬼面山、そして翌日は尾高山から奥茶臼山を目指す事にしました。そして今回も、我が家の登山犬「ぶっちゃ」が参加しています。

 さて8日朝6時大阪を出発、渋滞にはほとんど引っかからなかったものの、車の多い名神・中央道を走り、飯田ICを出てから鬼面山登山口の地蔵峠を目指しました。地蔵峠は伊那山脈と南アの前山・尾高山を結ぶ尾根上にあり、北は青木川となって小渋川、南は上村川から遠山川となりいずれも天竜川に合流しています。又、この辺りは世界的に有名な大断層・中央構造線が南北に通っている地域で、地勢学的に大変興味深い場所であるようです。鬼面山は伊那谷から見て、夕日が最後まで赤鬼の様に赤く染まるので付けられた名前とか・・・少し南側には鬼ヶ城山と言う山もありますので、この辺りは何か鬼にまつわる言われがある土地なのかも知れませんね。
 我々は10時半頃無事地蔵峠・鬼面山登山口に到着しました。峠近くの駐車スペースにはすでに5〜6台の車が停まっていて、こんな山を登りに来たのは我々だけかと思っていたのですが、どうやらその考えは見事に裏切られたようです。峠を少し下った所に車を停めて用意を整え登り始めました。
 朝は快晴だったのに、やや雲が出てきて山頂からの眺望がちょっと心配になりました。少し登った所のお地蔵さんにお参りし、杉林の急登を登り初めました。そこを登り切ると貴の峰、ここからは大きなブナの木の茂る気持ちの良い尾根道です。ここの登山道は全体に整備が行き届き、標高100mおきに標高と山頂までの距離が表示された看板が設置されていました。下山してくる何組ものパーテイーとすれ違うたびに、「かわいい!頑張って!」と声を掛けられ「ぶっちゃ」はご機嫌です。

地蔵峠を出発! 
 
鬼面山への尾根道

 鬼面山山頂にて(1889m・一等三角点)
 約2時間で一等三角点と木で造られた大きな展望櫓のある山頂に到着しました。展望櫓の上から近くには南アの主脈、反対側には伊那谷を隔てて中アの山々が見えるはずだったのですが、雲が多くなったため残念ながらそれらをはっきり見る事は出来ませんでした。風もなく暖かな山頂で遅い食事を摂り下山にかかりました。下りは早く1時間ちょっとで地蔵峠に下り着き、そのまま今夜の宿泊場所の「ハイランドしらびそ」に向かったのでした。

 10月9日、前夜は1900mの尾根上に建つ立派なホテル「ハイランドしらびそ」に宿泊、ここは当然ペットは泊まれませんので、ぶっちゃは車の中で初のお泊りで、夜はちょっと心配しましたが、まったく問題なく寝ていたようでまったく心配は無用、さすが我が家の登山犬「ぶっちゃ」だけの事はあります。
 以前からここは南ア・展望台として知られていたのですが、今まで来る機会がなく小生にとっては初めての所です。どこでもそうですが初めての山域への入山は、何となくわくわくします。ここからは遠山川支流北俣沢上流部に下り、南ア主脈の大沢岳へ登る古いルートがありますが、途中の林道が崩壊しているため現在は通行止めとなっているようです。又何かの本で、遠山川から立俣山に上がり兎岳へ続く長大な尾根を登った記録を読んだ記憶もあります。
 さて快晴の9日朝、「ハイランドしらびそ」建物前の展望台に立つと、ちょうど南ア主稜線の兎岳辺りから日が昇り、山々が目の前に黒いシルエットのパノラマとなって、南の池口岳辺りから北は荒川岳辺りまで見えていました。それらを見て若い時に歩いたそれらの山々での思い出を、まるで昨日の事の様に思いうかべ、柄にもなくちょっと感慨にふけってしまいました。
 
「ハイランドしらびそ」の日の出

ヨーロッパ風の建物・ハイランドしらびそ 

朝の鬼面山と中央アルプス 
 今日の予定は、尾高山の先奥茶臼山への往復予定です。このルートはそれまであった尾高山までの登山道を、2006年尾根ルートを奥茶臼山まで開いたと言う比較的新しいルートだそうです。それまでこの山には通常の登山道は無かったので、なかなか登り難い山だったようですが、ルートが開かれたおかげで距離は長いもののしらびそ峠からの往復が可能となったのです。
 朝8時、しらびそ峠の登山道入り口に車を置き登山道を登り始めました。樹林帯の道は下に背の低い笹が一面に茂り、なかなか雰囲気の良いルートです。しかし尾高山までの間は、所々樹林の切れ目から南アの主脈が眺められますが、ほとんど眺望はありません。約2時間で樹林に覆われた狭い山頂の尾高山に到着しました。山頂から少し先、右手が開けた場所からは南ア主脈が眺められました。ここで河瀬さんと「ぶっちゃ」は引き返す事に、小生だけ奥茶臼山を目指すことにしました。

森の切れ目から光岳、加加森山方面が見えた 

尾高山へのハイキングコース 

尾高山山頂にて 
 尾高山を下る途中から、これから向かう奥茶臼山がうんざりするほど遠くに見えていました。この後森の中の小さなアップダウンが続くルートは、眺望はありませんが、苔むした森や、倒木帯、そして時々森の中に現れる草の広場、変化に富んだ森の中を一人で歩くのもなかなか楽しいものでした。奥尾高山、岩中山と越え、12時前ようやく奥茶臼山の登りにかかりました。山頂下の枯木帯に出ると初めて周りが開け、赤石岳、荒川岳が大きくその全身を現してくれました。北の方には塩見、仙丈、白根三山、そして甲斐駒まではっきり見えています。さすがここからの眺望はすばらしいの一言でした。

同所より白根三山と塩見岳
 
同じく仙丈岳と遠く甲斐駒ヶ岳も見えた

奥茶臼山山頂直下より、赤石岳 





同所より荒川岳


  

左から大沢岳、中盛丸山、聖岳、兎岳

 
イザルガ岳、光岳、加加森山、池口岳等南ア南部の山々
 眺望を思う存分楽んだ後、少し登ると山頂でした。ここの山頂もやはり樹林に覆われて眺望はありませんが、尾高山よりは雰囲気の良い山頂です。ここで反対側の前茶臼方向から登って来た二人連れの登山者と一緒になりました。聞いてみると大鹿村の方から登って来る林道の奥から登って来られたそうです。浜松から来られた親子の方達で、お父さんはこの辺りの山にとても詳しいようでした。又いつかどこかの山で再会を期待し、お互い逆方向に下山して行きました。

奥茶臼山山頂にて 

山頂の空を見上げる 

振り返って見る奥茶臼山山頂 
 覚悟はしていたものの帰り道は長く感じるもの、奥尾高山の登り返し、そして尾高山を越えてから前尾高山の登り返しは結構つらいものでした。午後3時半、ようやく河瀬さんとぶっちゃの待つしらびそ峠に帰り着きました。12時半に奥茶臼山頂を出発してから3時間歩きとおしはさすがにへばりました。早ければ帰途途中の温泉に寄ってと思っていたのですが、時間も体力もその余裕はなく「ハイランドしらびそ」の風呂に入れてもらってホット一息ついて山を下りました。途中ソバ屋寄ってと思ったらこれがすでに閉店、しかたなく飯田の町に出てから食事を摂り、ようやく帰途についたのでした。

2011年10月7日(土)
砂防新道から白山・御前峰へ・・・杉岳同門会の仲間7名と同行、澤山

砂防新道から大長山・経ヶ岳・赤兎山

弥陀ヶ原より御前峰

室堂より別山
 今年は我が母校の杉並高校山岳部創設50周年になるそうです。そこでOB会(杉岳同門会)としては、色々な記念行事が計画されいるそうですが、その一つとして実施されたのが今回の白山登山です。9月30日、福井県三国にある休暇村「越前三国」に、東京、名古屋、大阪からそれぞれOBメンバー有志が集合、ここのホテルの支配人・村長(この方も山岳部OBです。)のご厚意で、夜は前夜祭・豪華料理と飲み放題宴会を行いました。

休暇村・村長兼幹事役のK氏 
 
豪華料理の数々

休暇村スタッフのお嬢さんも一緒に! 

 翌10月1日朝8時過ぎ、全員二日酔いも無く元気に白山目指して出発、「休暇村」村長の先導で車4台を連ね市ノ瀬へ、市ノ瀬からはシャトルバスに乗り換えて別当出合に着いたのはすでに午前11時半近く、用意を整え砂防新道を登り始めました。
 お天気は予報を裏切り朝から快晴の空、まだ紅葉には早く山々の色付きは見られませんが、抜けるような青空と背後に見えて来る大長山、赤兎山、経ヶ岳などを眺めながら順調に登って行きました。砂防新道を登るのは今回が2度目、何と20年ぶりですが、登山道が登り易く整備されているのにはびっくり、ほとんど階段を登って行くような感じでした。そして中飯場に到着、以前の記憶はありませんが、水道の蛇口がならんでいるのにびっくり、この先の甚之助ヒュッテも綺麗に建て替えられているのに三度目のびっくりで、山でも確実に時代が流れているのを実感させられました

 3時半過ぎに室堂の立派なビジターセンターに到着、何年か前この建物が建て替え中にここに来た事を思い出しました。チェックインを済ましてカイコ棚の部屋へ、最大700人も泊まれると言うこの小屋の今日の宿泊登山者数は350名とか、変わらず人気の山なんだなと改めて感心しました。
 夕方になってから上空の雲が増えて冷たい風が強くなりましたが、ちょうど夕食の終わるころ美しい夕日が、見事なまでに西の空を真っ赤に染めて見られました。こんな美しい夕日を見るのは久しぶりの感じがします。夜になってから結構冷え、みんな余分にあった毛布を何枚もかけて寝る有様でした。

砂防新道・中飯場 

甚之助避難小屋付近から別山方面 

建て替えられた甚之助避難小屋 

 立派な室堂ビジターセンター

夕方の室堂から経ヶ岳方面 

室堂の見事な夕焼け 

 10月2日朝全員4時半に起床、予定通りご来光を見にそろって山頂へ向かいました。ところが一歩小屋の外に出ると冷たい風が吹き荒び、その寒さは尋常ではありません。しかし山頂を見上げると、この寒い中を大勢の人が登って行く懐中電灯の行列が山頂へ続いているのが見えていました。
 覚悟を決め、我々も冷たい風の中を山頂に向かいました。約40分登り明るくなって来た御前峰山頂に到着、凍えながら日の出を待つ事約15分、雲の間から見事な御来光が現れました。しかし寒い!10月初めだと言うのにこの寒さは正に冬山のもの、パッチもはかず上もシャツ2枚と雨具だけではとても長時間の寒さに耐えられません。ご来光と白山神社の社に震える手を合わせ、大勢の登山者と共に早々に山頂を退散したのでした。
 ビジターセンターに戻り暖かい朝食を食べたら、やっと冷え切った体が温まってほっとしたしだいです。今秋初の寒波にちょうど遭遇してしまいましたが、こんなに寒い経験をしたのは、今までの冬山経験でも数少なかったように思います。まだ体が寒さに慣れていないせいもあったのでしょうね。

 朝の御前峰より大汝峰

帰りは観光新道を下る 

観光新道途中にある殿ヶ池避難小屋 

 御前7時頃室堂を後に下山にかかりました。ところが早朝山頂から御来光が見れたのに、一転して山々はガスに隠れ一面の曇り空となっていました。今にも雪がちらつきそうな空模様の中を、ルート脇の霜柱を見ながらしぐれ模様の天気の中を観光新道を下り、午前11時前に全員無事別当出合に下り着きました。
 紅葉にはまだ早く中途半端な時期の白山でしたが、冬の様な寒さの山頂や、久しぶりに見た美しい夕日や御来光など、高校山岳部の仲間達との印象深い登山となりました。帰途は白峰の総湯(これも建て替えられて新しくなっていた!)で汗を流し、名古屋、東京、大阪へとそれぞれ帰途についたのでした。

2011年9月24日(土)
中ア・烏帽子ヶ岳・・・澤山、ぶっちゃ

烏帽子岩より伊那谷と松川ルート・小八郎岳

飯島ルート4合目付近より合流点ピーク

同所より南ア・南部の山々
 今年の9月連休、いよいよ暑い夏も終わって、さあこれから待望の秋山シーズン到来!しかしながら小生、前半連休の1719日は天気予報を信じて、山行を中止してしまいました。ところが実際は、土曜日は確かに雨が降りましたが、日月はカンカン照りの夏日復活、しまった!山に行けば良かったと悔しい思いで、犬達を連れて生駒山散歩でうさを晴らしていたのでした。
 そして23日から始まる後半3連休、今度は予報も好天を約束してくれ、今度こそ予定していた北ア・蓮華温泉の鉱山道へ行くぞ!と張り切っていたのですが、いつも一緒に行く仲間達が全て都合悪くて同行を拒否されるはめに!今回入れ込んでいたのはどうやら私だけだったようです。ヤレヤレ!
 しかしここでめげないのが小生のしぶとい所で、計画を練り直し一人で出かける事にしました。蓮華温泉は一人で車を運転して行くには距離が遠すぎるし、みんなが行かないなら、まだ行った事がない山域で比較的近いところはないか?色々探して最終的に決めたのは中ア・烏帽子ヶ岳、早朝に出て日帰りで行く事に決めたのでした。

  24日午前3時過ぎ、寝ていた「ぶっちゃ」を起こし一人と一匹で大阪を出発、中央道・松川ICを目指しました。渋滞もなく順調に進み、午前7時過ぎ快晴の朝日に輝く山々を見ながら松川ICから七久保集落を目指しました。車窓からは今日登る烏帽子ヶ岳の特徴あるピークがはっきり見えていました。
 烏帽子ヶ岳への登山道は、松川ルート(鳩打峠から小八郎岳経由で登る)と飯島ルート(横沢林道から日向沢作業道に入った所から登る)がありますが、今回は距離が短く、その代わり急登の連続すると言う飯島ルートから登る事にしています。
 七久保小学校の前を通りそのまま横沢林道に入るとすぐ車一台がやっとと言うダート道に変わり、しばらく登ると日向沢作業道との分岐点到着、ちょうどスペースがあったのでここに車を停め、用意を整えて日向沢作業道を登り始めました。作業道を登って行くと右手にすぐ登山口の看板、近くにも車を停めるスペースは十分あったので、しまった!ここまで上がれば良かったと思いましたが、たいして距離もないので、まあいいか・・・


20分程登った所 

頑張って登るぶっちゃ 

急な登りを振り返る 

 さて、登山道に入るといきなりの急登です。わが家の登山犬「ぶっちゃ」はいよいよその本領発揮、作業道でのタラタラ歩きがうそみたいに急登を物ともせずポンポン走って登って行きました。彼女は先に行っても必ず見える所で待っているので安心です。ルートははっきりついていて、烏帽子ヶ岳への案内表示板も結構頻繁にあります。約一時間登ると3合目表示のある場所に到着、その後小さく下って左手の眺望が開ける所へ、ここからは南ア南部の山々や、まるで箱庭のように集落や田畑の並ぶ伊那谷の景色が眼下に見えていました。一方行く手には松川ルートとの合流点ピークが、まだまだ頭上高くに見えていました。
 その後も再び眺望のない樹林帯の急登が続きました。合流点ピークへの最後の登りが始まる所(日向沢源頭部と思われる)にこのコース最初で最後の水場がありました。樹脂製のパイプから流れ出る細い流れは、渇水期ならすぐ涸れてしまい、もう少し秋が深まったらきっと凍ってしまっているのでしょう。
 ここから始まる最後の急登を登り切って、午前11時過ぎようやく松川ルートとの合流点ピークに登り着きました。登り始めから何と3時間もかかってしまった事になります。ここの標高が1849mですから、登り始めて約650mの標高差に3時間とはずいぶん時間がかかってしまったものです。しかもここから烏帽子ヶ岳山頂へはまだ標高差で約350m、1時間以上はかかりそうです。あわよくば烏帽子ヶ岳から先2時間で往復出来ると言う池の平山、あるいはその先にある念丈岳まで足を延ばせれば・・・なんて考えていたのですが、このペースで日帰りはまったく不可能、早くもこの時点でそれらの考えが甘かった事に気づかされたのでした。


この道はきついね! 

 やっと合流点ピークに着く

同所にて ・ ここが7合目 

 合流点から少し道も良くなって歩き易くなりましたが、樹林帯の登りは相変わらず、途中眺望が得られたのはセキナギからの伊那谷方面、又頂上間近の立ち枯れの木の場所から南方向の山々、そして山頂の一角烏帽子岩が見えただけでした。(トップページの写真)
 この辺りで上から下って来る2人の登山者とすれ違いましたが、これが今日初めて会う登山者でした。その人達は松川ルートの往復だとの事です。そのうち後ろからも2人連れのパーテイーが追いついて来ましたがやはり松川ルートからのようでした。ここは松川ルートの方が一般的な道なのかも知れません。この人達と前後しながら進み、ようやく山頂の一角・烏帽子岩には12時過ぎに到着しました。
 ここは晴れていれば絶好のビューポイント、すぐお隣の山頂より眺望に恵まれた場所だそうですが、少し前からかかり始めた稜線上部のガスのため、期待していた眺望は得られませんでした。我々のいる烏帽子岩にも時々ガスがかかって、眼下に広がる伊那谷の眺めもまるで薄いベールを通して見る様、目をこすって見直したくなる思いです。おそらくこのガスは午後遅くなったら晴れてくると思いますが、日帰りの計画で残念ながらそこまで待つ余裕は無いのが残念です。じっとしていると寒いくらい、小生は長袖のシャツを着こみましたが、着るものがない「ぶっちゃ」は震えながら座っていました。ここまで一緒だった地元の人達だと言う二人連れと談笑しながら、湯を沸かし暖かい飲み物を作ってガスが晴れるのをしばらく待ったのですが、残念ながら最後までガスが晴れる事はありませんでした。


  合流点少し先のセキナギ  

山頂手前の枯木帯


烏帽子岩より本高森山(ガスが出て来た) 

 目の前の山頂へ行っても、どうせ眺望は得られないのでここはパスして、午後1時過ぎ下山の途に着きました。登りに比べて比較的下りが苦手の「ぶっちゃ」連れでペースは上がりません。今の季節暗くなるのが早いので、彼女を叱咤激励しながら急な下り道を急ぎました。しかし段差のある場所や梯子は抱いて下らなければなりませんし、笹藪の刈り跡は裸足の「ぶっちゃ」にとっては難所、ここも抱いて下らなければなりません。それでも小さな彼女の今日の頑張りは立派なもの、ずっと引き綱は外したままでしたが、こちらが止まらない限り嫌がらずずっと歩き続け、よほどの段差や岩場、そして梯子以外は自分で歩きやすいルートを選びながら、相当な急傾斜の所も登りも下り共平気で歩いていました。本当に彼女も山歩きが大好きなのでしょうね。
 この辺りの山域に来たのは小生にとって今回が初めてなので、久々に新鮮な山行が楽しめました。しかし今回はその玄関口まで来ただけなので、次回なるべく早い機会に、一泊するつもりでリベンジ山行をしなければなりません。

 暗くなる前の午後5時過ぎ、無事日向沢作業道登山口に下り着きました。その後松川IC近くの清流苑に寄って汗を流し、その日のうちに無事帰阪したのでした。


ねえ、お兄ちゃん何かちょうだい!(烏帽子岩) 

 ここ寒いのよォ〜(烏帽子岩にて、後ろが山頂)
 
ねェ〜まだ?私疲れたよ(帰り道にて)

2011年9月10日(土)
初めての夏の比良・ハイキング・・・河瀬、澤山、ぶっちゃ、内蔵助

烏谷山山頂より打見山と蓬莱山

比良岳下りより見る琵琶湖

打見山より手前から比良岳.烏谷山.武奈ヶ岳
 8月末予定していた北ア・朝日岳をお天気の加減で中止、先週は台風のためどこにも出かけられずで、山中毒の禁断症状もいよいよ限界!まだ暑そうだけど、久々近場の山へ出かけるかなぁ〜・・・ しかし大峰・台高方面の道路は台風被害であちこち通行止めとなっているようだし、又行けたとしても被災者の皆さんの事を思うとそちら方面への山登りは何となく気がひけるしなぁ〜。
 そこで、まだ雪のシーズンしか行った事のない比良の山へ犬連れで出かける事にしました。しかし下から登るのは暑いので敬遠、びわ湖バレイのゴンドラ利用で省エネ登山、と言うより軟弱ハイキングの典型的スタイル!そこからまだ歩いた事のない比良縦走路を北上する計画です。
 
 大阪を9時に出発、京都東ICを出て湖西道路へ、ところがやっぱりの渋滞でびわ湖バレイのロープウエイの駅に着いたのはすでに11時、ちょうどレゲイのコンサートがあるとかで、車は駐車場は下の方に止めさせられて重いゲージを持ってロープウエイ乗り場へ、音に敏感なぶっちゃは大音響で流れるロックの音楽にすっかりビビッてしまって動かないので、曳き綱も強く引っ張らなくてはならないし、登る前からすでに大汗をかいてしまいました。
 打見山山頂駅には11時半到着、大勢の観光客で一杯です。しかしさすがにここまで上がると風は涼しく感じます。ここのロープウエイは2008年に付け替えられたと言う大きく立派なゴンドラに変わっていました。
 
打見山スキー場斜面を下る
 
比良山縦走路を行く
 
比良岳山頂にて
 スキーコースの斜面を下ってキャンプ場へ、そこからちょっと歩いて木戸峠、そして緩やかな尾根道をたどり比良岳に向かいました。雑木林の中を行くこの尾根道は、広い尾根上を小さなアップダウンで続き、途中小さな流れが現れたりして秋になったら紅葉が美しいルートかも知れません。1時前に比良岳到着、山頂からの眺望はありませんでしたがちょっと下ると、右手が開けて眼下に琵琶湖がきれいに見える所がありました。下りきった鞍部が葛川越、ちょうど風の通り道になっているようで心地よい風が吹き通り、休むのには最適の場所でここで遅い昼食をとりました。
 ここから大雨の水路になったのか掘割のようになったルートを登り烏谷山へ、この山の名前をトリタニ山だと思っていたのですが、カラタニ山だったのに気がついたのは帰ってからの事でした。山頂は縦走路からはちょっと外れていますが、三等三角点が設置され眺望に恵まれた山頂でした。この先の尾根上にある堂満岳の大きな山容が近くに、北の方には武奈ヶ岳が見えていました。
 
烏谷山山頂より武奈ヶ岳
 
葛川越標識


烏谷山山頂にて
 ここまでですでに時間は午後2時、当初は堂満岳まで行ってから下る事を考えていたのですが、下ってから犬連れでバスに乗る訳にもいかないでしょうし、タクシ-もあるかどうか解らないので、この先は次回の楽しみに残しここから引き返す事にしたのでした。
 帰りの烏谷山の下りから、行く手に出発地の打見山のゴンドラや蓬莱山の丸い山頂が見えていましたが、ちょっとの時間を歩いただけなのに、あんなに遠くから歩いて来たのかと意外に感じてしまいました。葛川越から再び比良岳の登り、打見岳へのスキー場斜面の登りに大汗をかいて3時にゴンドラ乗り場に帰り着きました。ぶっちゃと内蔵助は久しぶりの山歩きで大満足の様子、観光客の若い娘さん達に愛想を振りまき、かまってもらってご機嫌でした。
 

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