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Someday Sometime in Sometown. いつかどこかの町で9
お化けと黄色いハンカチ




「セリオおねーちゃん、セリオおねーちゃん!」
「――どうしたのですか? ゆきちゃん」
「あのね。お化けがでたの。ギーコーって鳴くのー」

 いつものように、ゆきちゃんを迎えに幼稚園にやってきたセリオ。
 そのセリオに、ゆきちゃんは「お化けがでた!」と、半泣き状態で抱きつきました。
 ゆきちゃんの後ろで、担任のかおり先生が苦笑いをしています。
 一体、なにがどうしちゃったんでしょう?


 ある日、ある時、ある町でのお話です。
 そこには、大学で先生をしているお父さんと、いつもほがらかなお母さんと、幼稚園に行くのが大好きな
一人娘のゆきちゃんと、メイドロボットのセリオが仲良く暮らしていました。
 セリオって、ご存じですか?
 セリオは、来栖川電工がその名を一躍とどろかせるきっかけとなった、メイドロボットシリーズの代表作です。
 発売されて数年が経ちますが、今なおハイエンドタイプのメイドロボの代名詞となっています。
 十代後半の外観を持ち、サテライトサービスと言う、衛星を使った情報通信用の銀色のアンテナ兼センサーを、
耳に付けているのが特徴です。
 ちょっと不思議かも知れませんが、ゆきちゃんのお家では、ロボットのセリオを家族の一員として扱っています。
 どこに行くにも何をするにもセリオが一緒。
 お父さんとお母さんにとって、セリオは我が子同然なのです。
 そして、一人娘のゆきちゃんにとって、生まれたときからそばにいるセリオは、大事な大事なお姉さんなのです。

 初夏の日差しがまぶしい、とある日の朝のこと。
 今日もゆきちゃんが、幼稚園へ出かけようとしています。

「セリオおねーちゃん、今なんじー?」
「――八時二十五分です。今日も一番乗りできそうですよ」
「やったーっ」

 ゆきちゃんを乗せた自転車は、セリオの巧みな運転で、滑るように走りだしました。

「――ゆきちゃん、今日は何曜日ですか?」
「えっと、昨日ぱけもんがやってたからー、火曜日っ」
「――正解」
「やったーっ」

 いつもこんなやりとりをしながら、幼稚園に向かうのです。
 ゆきちゃんを幼稚園へ送り迎えするのは、セリオのお仕事。
 ゆきちゃんのお母さん曰く「これも大事な社会勉強」なのだそうです。
 幼稚園の送り迎えは意外にハード。
 朝、子どもたちを園に連れて行ったついでに、他のお母さん方とコミュニケーションを図ったり、子どもたちやご近所の情報収集を
しなければなりませんし、帰りは帰りで、先生方から、ゆきちゃんが幼稚園でどんな様子なのかを聞き出さなければなりません。
 また、まだ遊び足りないお子らと一緒に、園庭で遊ぶと言う重要な任務もあります。
 それも園児たちのレベルにあわせて適度に手加減しながら、です。
 セリオは、この「適度な手加減」が得意ではありません。
 でも、セリオは子どもたちの人気者です。
 なぜかと言うと、セリオが初めて子供たちと一緒に遊んだときに、どう相手をして良いやら勝手がわからず、子どもたちに
被っていた帽子を取られるわ、背中にしがみつかれるわ、しがみついた子を背負ったまま帽子を持っていった子を追いかけ回すわ、
捕まえた子の足を持って逆さにひっくり返してかえって喜ばれるわ、の大活躍で、一躍みんなのヒーロー(?)になってしまったからです。
 『子どもの扱いが苦手』と言われるセリオタイプにしては珍しいことなのですが、これもゆきちゃんのお守りをしてきた成果
なのかも知れません。
 お陰で一部の園児たちは、幼稚園が終わった後、セリオが来るのを今か今かと待ちかまえているほどです。
 セリオは園児たちに人気があるだけではありません。
 なんでもよく知っているせいか、はたまた、ちょっととぼけたキャラが受けたのか、お母さん方のおもちゃにされることも多いのです。
 園児たちと遊んだり、お母さん方とコミュニケーションを取ったりと、お母さんの『社会勉強』と言うもくろみは、ほぼ当たったようです。
 そうそう、子どもたちと遊ぶようになって、セリオに仲良しさんが出来ました。
 ゆきちゃんのクラスの担任の、かおり先生です。
 みんなが親しみを込めて「かおりん」と呼ぶ、パッと見はしっかりお姉さん、その実、ちょっと、いえかなり抜けている
愛らしいキャラクターの持ち主。
 もちろん、園児やお母さん方の人気、ナンバーワンです。
 セリオが数人の男の子たちにまとわりつかれて居たときに、「よってたかって、半分いじめ状態!?」と、
かおりんが勘違いしてすっ飛んできたのが縁で、セリオと話をしたり、相談を持ちかけるようになったみたいです。
 かおりんとセリオのやりとりは、掛け合い漫才のようで、お母さん方に好評なのです。


 そのかおりんが、半べそのゆきちゃんを見て、苦笑いしています。

「――ゆきちゃん、落ち着いてください。何があったんですか?」

 セリオが、ゆきちゃんの頭をなでながら言いました。

「あのね。お化けなの。お化けがでたの」
「――お化け、ですか? こんな昼間から、一体どこに?」
「あっちの、お堂のうらー。今日ね、かおりんやみんなと、園庭探検ごっこをしたの。それで、お堂のうらに行ったらー」

 じわっと、ゆきちゃんの目に涙が浮かびます。
 ゆきちゃんは、お化けが苦手なのです。
 どうやら、ゆきちゃんのクラスの他の子たちも、多かれ少なかれ怖かったようで、いつもならセリオの背中に真っ先に飛びついてくる
悪ガキ三人組が、今日は大人しくています。
 ゆきちゃんがセリオに話した事の顛末は、こんな感じです。
 ゆきちゃんの居るさくらんぼ組さんは、今日はみんなで園庭探検。
 ゆきちゃんの通う幼稚園は、由緒正しいとあるお寺さんのお隣に建っていて、お寺の境内と園庭がつながっているのです。
 境内の中には、藪やお墓がありますから、普段は子どもたちだけで境内に行ってはいけない約束になっています。
 でも、禁止されている境内に何があるのか気になりますよね。
 だからこうしてみんなで、先生と一緒に探検に出かけるのです。
 もちろん探検隊の隊長は、かおりん。
 みんなは、ちびっ子隊員です。
 今日は、ゆきちゃんと悪ガキ三人トリオが先頭に立ち、境内の奥へ奥へと進んでいきました。
 みんながお堂のあたりに差しかかったときのことです。
 お堂の裏から、なにやら不気味な音が聞こえてきました。

「ギィーーーーーーーー、ギィーーーーーーーー」

 何かがきしむような音です。
 大きくなったり小さくなったり、長くなったり短くなったり、同じ音が様々に変わります。
 時折、草むらからも、ガサガサと音がします。

「お化けの鳴き声だ」

 と、クラスの誰かが叫びました。
 園児たちの間に、緊張が走ります。
 中にはお化けと聞いただけで、泣き出す子も……。
 男の子たちは「正体を見に行こう」と言いましたが、女の子たちの「かえろう」という声に押され、
探検を中止して幼稚園へ引き返したのでした。

「こわかったんだー」

 お家に帰ったゆきちゃんは、お母さんとセリオにお化け話の一部始終を話して聞かせました。

「――そうでしたか。それは怖かったですね」
「うん、あたし、お化け嫌いだもん。もう怖くてお寺の方へいけないよー」

 ゆきちゃんが、困ったように言いました。


 水曜日。
 幼稚園が終わり、お家に帰ってきたゆきちゃんが、おやつを食べながら、今日の幼稚園での出来事を話しています。
 テーブルの上には、クラス通信。
 今度の土曜日は父兄参観、とか、お泊まり保育について、とか、今月のお誕生日さん、などが書かれています。

「それでね。今日、かおりんが『昨日のお化けがどんなお化けだか、みんなで考えてみよう』って言ったから、みんなで考えたの」

 お母さんとセリオが、ふむふむ、とうなずきます。

「お化けの名前は、ギーコ。ギーコーって鳴くから、ギーコ」

 セリオは、子どもらしくストレートな名付け方だな、と思いました。

「からだはー、足が四本でー、手が十本。頭に目がたくさんついていてー、ギーコー、ギーコーって鳴くの」

 お母さんは、子どもの想像力ってたくましいわー、と思いました。

「弱点はきっと、ドロダンゴバクダンだと思うからー、明日みんなで退治しに行くの」

 あらあら、勇ましいことですね。

「――ゆきちゃん、お化けは怖いから嫌いだったのではないですか?」
「うん、怖いから嫌いー。でもー、ゆうちゃんが、怖いならやっつけちゃえっていうから、がんばるの」

 ゆうちゃんと言うのは、園庭でセリオとよく遊んでいる悪ガキ三人組のリーダー格の男の子。
 クラスの親分的存在です。強きをくじき弱気を助ける、古き良き時代のガキ大将と言った感じの子で、
お堂の裏にお化けの正体を見に行こうと言ったのも、このゆうちゃんです。
 ゆうちゃんのお家では「男とはかくあるべき」と言う教育をしているのだそうです。


 その日の夜。さくら組の担任のかおりんが、お家でお菓子をつまみながら、誰かと電話をしていました。

「予定通り進んでるわ。とりあえず、ミッションワンクリアーってとこかしら」
「うん、そうそう、お化け退治もみんながやろうって言い出したし。でも、あんなお化けを想像するとは思わなかった。
ちょっと、子どもたちへの認識を変えないといけないかもね」

 ギーコの想像図は、かおりんの想像以上だったようです。

「それじゃ、明日もよろしくね。おやすみー」

 かおりんは、元気よく電話を切ると「あしたもがんばろー、おー」と拳を振り上げると、なにやら作業を始めるのでした。
 ゆきちゃんたちお化け退治、一体どうなるのでしょうか。


 木曜日。
 セリオはいつものように、ゆきちゃんを幼稚園に送っていきました。
 今日のセリオは、ショートパンツにポロシャツという、ちょっとラフな格好です。
 本人曰く「今日は、気温が上がると言うことなので、涼しげな服にしてみました」とのこと。
 ロボットに、暑さ寒さはあまり関係ないのですが、気分の問題なのでしょう。
 ゆきちゃんは、朝からご機嫌。
 セリオの自転車に揺られつつ、鼻歌交じりです。

「ドロバクダンいーっぱい作って、えいえいえいってぶつけちゃうんだー」

 もう、お化けを退治したつもりでいます。

「――ゆきちゃん、お化けがかわいそうですね」

 セリオがゆきちゃんに言いました。

「えー、そんなことないよー。だってお化けだよー」
「――でも、お化けがみんなに悪いことをしたわけではないですよね?」
「それはそうだけどーっ」

 ゆきちゃんが口をとがらせます。

「――なにも悪いことをしていないのに、いきなりドロ爆弾をぶつけられたら、ゆきちゃんはどう思いますか?」
「やだ」
「――そうですね。お化けも一緒じゃないですか?」
「むーっ」

 ゆきちゃんは、考え込んでしまいました。
 道中ずーっと考えて、幼稚園に着く頃に、セリオにこう言いました。

「あたし、ドロバクダンをぶつける前に、おどかすのやめてって言ってみる。やめてくれたら、おわり」
「――やめてくれなかったら、どうするのですか?」
「そしたら、ドロバクダン投げちゃう」

 ゆきちゃんが、そう言って笑いました。

「あたし、かおりんに言ってみるー」

 そう言うと、ゆきちゃんは園舎の中へ走っていきました。


 かおりんは、目をぱちくりさせました。
 ゆきちゃんが登園して来るなり「お化けにドロバクダン投げる前に、おどかすのやめてって言おう」と言い出したのです。
 かおりんは、ゆきちゃんの頭をなでると言いました。

「そうだね。いきなり爆弾投げたら、お化けもびっくりしちゃうよね。もしかしたら、お化けもなかよくしたいのかもしれないもんね。
よく気がついたね」

 そして、ゆきちゃんの考えを、朝のあいさつの時間にみんなに話してくれるように、ゆきちゃんにお願いしました。
 朝の会は、ゆきちゃんの提案に賛成の女の子グループと、血気盛んな男の子グループに分かれて、ちょっとした言い合いになりました。
 結局、『いきなりぶつけるのは男らしくない』と言う言葉にゆうちゃんが折れ、まず、お化けにお願いをしてみることになったのです。
 話がまとまり、みんなはドロダンゴ爆弾を作り始めました。
 子どもたちの間では、最強の武器です。
 でも、そこは幼稚園児。ドロ爆弾作りが、いつのまにかどろんこ遊びに変わってしまい、お約束のように、何人かが泥だらけになりました。
 作ったドロ爆弾をお盆に入れた一行は、火曜日と同じように境内の奥へと進んでいきました。
 ゆうちゃんを先頭に、子どもたちがお堂へと向かいます。
 お堂の正面から、横へと回り込むと、火曜日と同じように「ギーコー、ギーコー」と言う物音が聞こえてきました。
 草むらから、ガサガサと音がします。
 みんなの足が、ピタリと止まりました。ゆきちゃんが、みんなの先頭に出てきて、お化けに呼びかけます。

「お化けのギーコ。みんなをおどろかすのはやめてください」

 すると、それまでギーコーギーコーと聞こえていた音が、止みました。草むらの音も、聞こえなくなりました。

「あー、鳴き声が消えたー」

 みんなが目を丸くしています。

「ほらー、やめてくれたじゃん」

 ゆきちゃんが、ゆうちゃんに笑いかけました。

「……ほんとだー」

 ゆうちゃんが驚いています。

「それじゃ、お堂の裏へ行ってみようか?」

 かおりんがみんなに言いました。
 と、その時です。お堂の裏から「ギー」と物音が聞こえてきました。
 「え!?」という顔のかおりん。
 子どもたちも、ビクッと体をすくませます。
 男の子のうちの誰かが、甲高い声で叫びました。

「やっつけろー」
 
 その声が合図となって、男の子たちがお堂の裏へ走り出しました。
 そして、ガサガサと音のする草むらに向かって、ドロ爆弾を投げつけたのです。
 ガサ、ガサガサ、ベチャ、ガサガサガサ、ベチャ、ガサガサ。
 かおりんと女の子たちが追いついたときには、ドロ爆弾をみーんな投げたあとでした。

「ひどい!」

 女の子たちから、非難の声が挙がりました。

「もしかしたら、謝ってたのかもしれないじゃん!」

 ゆきちゃんが、怒っています。

「そんなことない」
「あいつは悪いお化けだ」

 男の子たちが言い返します。

「なんで悪いってわかるのよー」

 ゆきちゃんが言い返します。

「お化けはみんな悪いんだ」
「なんでーっ」
「兄ちゃんがいってたもん」

 男の子の一人が、そう言って、プイッと横を向きました。

「でもあのお化けは悪いことしてないじゃん。おどかすのやめてって言ったら、鳴くのやめてくれたじゃん」

 ゆきちゃんが、涙をぽろぽろと流しながら言い返します。

「そうだよー。ひどいよー」

 他の女の子たちも、口々に言い返します。

「うっるさーーーいっ」

 最初に「やっつけろ」と叫んだ男の子が、大声で喚きました。
 ゆきちゃんが、その男の子をにらみつけます。

「はい、ちょっと聞いてー」

 かおりんが、手をパンパンと叩きました。
 みんながかおりんの方を見ます。

「お化けは居なくなったみたいだから、幼稚園に戻りましょう。戻ったらみんなで話し合いをします。
謝っていたかもしれないお化けに、ドロ爆弾を投げたのが良いのか悪いのか、みんなで考えましょう」

 かおりんは、みんなの顔を見渡しながら言いました。

「はーい」

 かおりんの言葉に、みんなが手を挙げました。


 お教室に戻ったゆきちゃんたちは、おやつを食べ、さっきのお化けのことを話し合いました。
 かおりんの巧みな誘導もあって、みんなが次のように納得しました。

『もしかしたら、お化けは謝っていたかもしれない』
『なにもしていないお化けに、ドロ爆弾を投げたのは乱暴でよくない』

 話し合いの終わりに、ゆうちゃんがこんなことを言い出しました。

「お化けにあやまりに行こう」

 かおりんは、予想外の展開に、ちょっと驚いてしまいました。
 これまで受け持ったクラスの中で「謝ろう」と言いだしたのは彼が初めてなのです。

「うん、いこう」

 ゆきちゃんが、うなずきます。ゆきちゃんの返事がきっかけになって、みんなが行こう行こうと言い出しました。

「よーし、それじゃ明日みんなで謝りに行こう!」

 かおりんが、にっこり笑って言いました。


 その日の帰りの時間。
 ゆきちゃんを迎えに来たセリオが、いつものごとく園庭で子どもたちと遊んでいました。
 デニムパンツに白いタンクトップが映えています。
 向こうでセリオと同じように、子どもたちと遊んでいたかおりんが、セリオの横にやってきました。

「セリオ、センサー汚れてるよ」

 かおりんはそう言うと、セリオの耳センサーについた土のかたまりを手で払いました。

「――ありがとうございます。服は着替えたのですが、そこには気がつきませんでした」
「ごめんね。止め損ねた」
「――いえ」

 ゆきちゃんに抱きつかれたかおりんと、悪ガキ三人のうちの二人が背中と足にしがみついた状態のセリオ。
 そこへ悪ガキ大将のゆうちゃんが走ってきました。

「セリオねーちゃん、あれやってー」
「――いいですよ」

 セリオはゆうちゃんの、両方の二の腕をしっかりつかむと、自分を中心にぐるぐると回り始めました。


 金曜日。
 ゆきちゃんたちは、お化けにあやまりに、お堂へ行きました。

「ゆるしてくれるかなー」

 ゆきちゃんが不安げに言います。クラスみんなが思っていることです。
 お堂の近くは、昨日までとうってかわって、静けさに包まれていました。

「あれー、鳴き声が聞こえないよー」
「いなくなっちゃったちゃのかなぁ」
「きっと、おどろかせないようにしてるんだよ」
「やっぱり、いいお化けじゃん」

 子どもたちが、思ったことを口にします。
 お堂の横をすぎ、昨日みんながドロ爆弾をぶつけた、お堂の裏の草むらのあたりに来たときです。

「あ、なんかぶら下がってる」

 とゆうちゃんが言いました。
 かおりんが、枝にぶら下がっていた紙切れを取ります。
 手にした紙をよく見てみると、そこには次のように書かれていました。

「ぼくのなまえはユーラ。みんな、おどろかしちゃってごめんね。ぼくはみちにまよって、おうちにかえれなくなっちゃったんだ。
きいろいハンカチがたくさんあると、おうちがどっちかわかるから、おねがい、きいろいハンカチをいっぱいつくってよ」

 どうやら、お化けからのお手紙のようです。かおりんが、みんなに読んで聞かせます。
 園児たちが、みんな真剣な顔で聞いています。

「黄色いハンカチが、いっぱいいるんだって。みんなで作ろうか」

 かおりんが言いました。

「うん、作る!」

 ゆきちゃんが手を挙げました。

「あたしもー」
「やるー」
「作る作るー」

 子どもたちが、手を挙げます。

「先生、作り方わかるの?」

 ゆうちゃんが言いました。

「先生に、まっかせなさい」

 かおりんは、ポンと自分の胸を叩きました。
 かおりんが言うには、黄色いハンカチを作るために、タマネギが必要なのだそうです。
 子どもたちは、ちょうど幼稚園にあったタマネギを一生懸命むきました。
 涙がぽろぽろ出てきましたが、がんばって、全部のタマネギをむきました。
 むいたタマネギを、よーく煮込んで冷やすと、黄色いハンカチを作るもとが出来るのです。
 タマネギは、幼稚園が終わってからかおりんが煮込むことになりました。
 煮込んだ液を使って、明日みんなでハンカチを作るのです。
 明日は父兄参観日。
 土曜日だけど、特別に幼稚園があるのです。


 土曜日。
 父兄参観の日です。
 日頃、子どもたちが幼稚園でどんな生活を送っているのかを、保護者の方々に披露する日。
 かおりん、ちょっと緊張気味の様子です。
 普段は朝早く大学に行って、夜遅く帰ってくるゆきちゃんのお父さんも、今日は参加しています。
 かおりんが、ハンカチ作りについて説明しています。
 ユーラの黄色いハンカチを、子どもたちや、お父さん、お母さん、みんなで作ろうというのです。
 ハンカチを作ることになった経緯を、みんなに一通り説明したところで、かおりんとセリオがタマネギ液の入った
大きなお鍋を持ってきました。
 これに白いハンカチを漬け込んで乾かすと、黄色いハンカチになるのです。
 かおりんの横に、エプロン姿のセリオが立っています。
 セリオは、助手さんなのです。

「このお鍋に、しばったり、輪ゴムでくくったりした白いハンカチを入れて、よーく浸してください。
浸し終わったら、よーく絞ってから、セリオさんに渡して、干してもらってくださいねー」

 かおりんが、染め方を説明します。
 用意した白い布は、園児一人に対して三枚。
 たくさん染めて、たくさん黄色いハンカチを作ろう、と言うわけです。

「ゆきちゃん、たのしいね」
「うん」

 ゆきちゃん、ユーラのことはそっちのけで、お父さんとハンカチ染めを楽しんでいます。
 お父さん、すごく楽しそうです。
 あっと言う間に用意したハンカチがなくなりました。
 ベランダにたくさんのハンカチがぶら下がっています。
 乾いたところで、結び目や輪ゴムをほどくと、黄色い中に白い模様が入ったハンカチになる、と言う寸法です。

「早く乾かないかなー」

 待ちきれない様子のゆきちゃん。

「――月曜日にはちゃんと乾いていますよ」

 セリオが答えます。

「ユーラ、ちゃんと帰れるかな」

 ゆうちゃんが、ハンカチを見ながら言いました。

「うん、みんながんばったから、きっと大丈夫だよ」

 かおりんが答えます。
 このたくさんのハンカチを、月曜日にぶら下げて、ユーラがお家に帰れるようにするのです。
 タマネギ染めのあと、子どもたちは園庭でひとしきり遊び、保育参観は無事お開きとなりました。
 かおりんがセリオのところへ来て、小声で話しかけます。

「セリオ、ありがとう。助かった」
「――いえ。うまくいったみたいですね。よかったです」
「お陰様でね。ほんと、ありがとう。今度、お礼するわ」

 かおりんがにっこり笑いました。


 今回の、一連のお化け騒動は、かおりんがこの日のために仕組んだもの。
 単に親子で黄色いハンカチを作ろう、でもよいのですが、出来ればストーリー性を持たせて、
より園児たちに積極的に取り組んでもらいたいと、毎年この時期にユーラのお話を取り入れているのです。
 お堂の裏で物音をさせる役目の人が必要なので、いつもは実習生さんとか、手の空いた先生にお手伝いしてもらって
いるのですが、今年はあいにく人手不足。
 悩んだ末、仲の良いセリオにお願いしたのです。
 意外にも、セリオは話に積極的に乗ってくれ、お化けの鳴き声や草むらの音などを、臨場感たっぷりにならしてくれました。
 しかも、改良案まで考えてくれたのです。
 お化け退治の時に、ちょっとした誤算でセリオがドロ爆弾を浴びてしまいましたが、ゆきちゃんやゆうちゃんが
積極的に動いてくれたお陰もあって、今年は大成功です。


 しばらくたった日曜日の昼前。駅で、セリオがかおりんと待ち合わせをしていました。

「ごめんごめん、まったー?」

 バスターミナルから、かおりんが走ってきました。

「――いえ、先ほど来たところです」

 セリオが答えます。

「自転車で来ようと思ったら、壊れちゃってて、焦っちゃった」
「――スクーターはどうしたのですか?」
「お兄ちゃんに、乗って行かれちゃった」

 かおりんがほっぺを膨らませました。
 今日は、この間のお化けの件で、かおりんがセリオにお礼をすると言うのです。
 セリオは気にしなくていいと断ったのですが、かおりんが「それなら買い物につきあって」と言うので、こうして待ち合わせをしたのです。

「――そう言えば、あのハンカチはどうしたのですか?」

 セリオがかおりんに、みんなで作ったハンカチの行方を聞きました。
 当初の段取りでは、全部終わってから保育参観の記念に配ることになっていました。

「それがねー」

 かおりんが苦笑い。
 なんでも、子どもたちが家に持って帰りたがらなかったのだそうです。

「そのハンカチ持って帰ると、ユーラが家に来そうだからやだー」
「先生にあげるー」
「せんせー、ユーラにそのハンカチあげちゃってー」

 園児たちはそう言って、誰一人持って帰ろうとしなかったのだとか。

「ちょっとおどかしすぎちゃったかなー」

 かおりんが、えへへ、と笑います。

「――リアリティを求め過ぎたかもしれません。ゆきちゃんの怖がりようは、かなりなものでしたから」

 セリオが言いました。

「んー、そっかぁ。来年は、もうちょっと手加減しないとねー」
「――ですね」
「うん」
「――ところで、これからどこへ?」

 セリオの問いかけに、情報誌を取り出したかおりんが答えます。

「えっとね。最近できた、おいしいレストランがあるの。お昼一緒に食べよう。この間のお礼にごちそうするわ」
「――レストラン、ですか?」
「そうそう。おいしいんだってー。おにいちゃんがね、お友達と一緒に行って、すごくよかったって言ってた」
「――なるほど。ですが……」
「ですが……なに? もしかして、セリオは和食党?」
「――そうではなくて、私はロボットですから、ご飯食べれませんよ」

 レストランに向かって歩き始めていたかおりんの足が、ピタッと止まりました。

「……。そうだったーっ。セリオが人間くさいから、ロボットなのコロッと忘れてたよー。あたしって、なんておバカなんだろう」

 そう言うと、かおりんは頭を抱えてしゃがみ込みました。

「――私、人間くさいですか?」
「うー、ショックーっ。一生懸命考えたのにー」

 セリオの問いかけをスルーして、マリアナ海溝の底よりも深く落ち込んでいくかおりん。
 デートに出かける以上の気合いの入れようで今日のプランを考えたのに、出鼻をくじかれたわけですから、無理もありません。

「――食べることは出来ませんが、お供することは出来ますよ」
「そうなんだけどー、それじゃ意味がないのよー。んー、こうなったら、お洋服ね。ご飯食べたら、お洋服見に行くからつきあってね。
セリオ」
「――はい」

 素早く立ち直ったかおりんは、セリオの手を取ると、まずはお昼だ腹ごしらえだ、とばかりにレストランへ向かうのでした。


fin20040808


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掲載時のあとがき。

 えらいことになりました。
 まさか土壇場になって、首謀者(=桜木さん)のPCがいかれてしまうとは……。
 懸命に復旧作業中とのことですが、どうも新刊落ちそうです。
 つまり、このお話が陽の目を見るのも、冬至が過ぎてからになりそう……と言うわけです。

 さて、拙作をご覧頂きありがとうございました。
 ゆきちゃんシリーズの最新作になります。
 今回は、ゆきちゃんの幼稚園の頃のお話を書いてみました。
 ちなみに、お話の中のエピソードは、とある幼稚園での実話をベースに書かれています。
 大枠を拝借して、細かく肉付けしたって感じでしょうか。
 なにせ、娘が幼稚園で起きたことを、断片的にしか教えてくれないので、幼稚園でなにがあったのか、
想像力をフルに活用しないといけないのです。
 で、フル活用して、そこにセリオ分を足したら、こんなお話になりました。
 ホントは、これにさらにちびセリオ分も足したかったのですが、収拾がつかなくなるのと、
締め切りに間に合わなくなるのであきらめました。

 まだ、半分くらい残ってますね。
 えーと、タマネギで黄色いハンカチ(薄黄色か、薄オレンジ?)は、ホントに作れます。
 色を定着させるために、タマネギ液に、若干のミョウバンを入れるといいらしいです。
 もっとも、ミョウバンは体にいいものじゃないので、口に入れないように注意が必要です。
 で、本文中ではタマネギ以外の染め物を出そうかと思ったんですが、なかなかいいのがなくて、
結局、材料が簡単に手に入って、染めるのもお手軽なタマネギになりました。
 幸せの黄色いハンカチを連想する人もいるかもしれないので、できればトマトで赤色、とかそう言うのをやりたかったんですが……。

 まあ、何はともあれ、楽しんで頂けたら幸いです。
 また、次回作でお会いしましょう(次があれば、ですが)。



収録にあたって
 拙作をご覧頂きありがとうございました。
 このお話は「いつかどこかの町で」シリーズの9作目にあたります。
 サークル轟天社の小説本に寄稿したお話です。
 あとがきで「次回作で」と書きましたが、ゆきちゃんシリーズはこのお話を最後に約6年止まったままです。
 次はなかったわけですね(笑えない)
 もう書かないってわけではないのですが、書いたところで「誰得?」状態ではあるなあと思っています。

 いつかどこかの町でこんな出来事が起きるその日を楽しみに、それではまた。
 
 
初出 2004.12.30(多分)
Web掲載 2010.05.23

 

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