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Someday Sometime in Sometown. いつかどこかの町で6
いつか時が過ぎて思い出に変わる頃に




 ある日、ある時、ある町での出来事です。
 そこには優しいお父さんと明るいおかあさんと可愛い女の子、そして素敵なメイドロボットの一家が住んでいました。
 その一家の中心的存在なのが一人娘のゆきちゃん。
 そのゆきちゃんのお守り役がメイドロボットのセリオ。
 赤いロングヘアに独特な形をした耳飾りをつけたゆきちゃんのお姉さんです。
 お父さんとお母さんは二人をそれは大事に育てていました――。


――あ・い・う・え・お――

 ある日の朝。
 セリオがゆきちゃんを呼びました。

「――ゆきちゃん『おとうさんもいっしょ』始まりますよ」
「はぁーい」

 両手をバンザイのように挙げ、元気よくお返事しながら、とててててて、とゆきちゃんがやってきました。
 TVの前の特等席に陣取ります。
 これから国営教育放送の朝の定番子供向け番組「おとうさんもいっしょ」が始まるのです。
 TVからオープニングの曲が流れ始めました。
 司会のお兄さんお姉さんが、画面の向こうから話し掛けてきます。

「やぁみんな、元気ー?」
「はぁーい」

 お兄さんとお姉さんの問いかけに答えるゆきちゃん。
 満面の笑みです。ゆきちゃんちでは、お母さんとセリオとゆきちゃんの三人でこの番組を見るのが毎朝のお決まりなのです。
 番組は進んで今月の歌コーナーへ。
 この「おとうさんもいっしょ」では決まった歌が一月の間毎日流れるのです。
 イントロを聞いてノリノリのゆきちゃん。
 まだおしめの取れないちっちゃなお尻をフリフリと左右に振っています。

「んっ、んっ、んっ〜〜」

 鼻歌交じりの超ご機嫌さん。
 ゆきちゃん、お歌が大好きなのです。
 月歌が終わって体操のコーナーへ。
 全国のお母さんたちの絶大な支持を集める「おとうさんもいっしょ」の超人気スター、体操のお兄さん「ヒロ・サトウ」の登場です。

「あー、今日も格好いいわ〜」

 お母さん、うっとりしながら画面に見とれています。
 お母さんもご多分に漏れず、このお兄さんの大ファンなのです。
 ゆきちゃんとセリオはそんなお母さんを後目に画面にあわせて体操を始めました。

「あ、い、うっ! さあ体操始めるよ〜」

 お兄さんの掛け声とともに体操が始まりました。
 もっとも一歳半のゆきちゃんに体操ができるわけもなく、単に真似っこして手足をバタバタと振ってるだけ。
 でも、ゆきちゃんとっても楽しそうです。
 みんながジャンプするところは、いっしょにジャンプしようとしますし、手を振るところは一緒に手を振るのです。

「――これも日ごろの教育の賜物です」

 セリオがゆきちゃんを見ながらそう言いました。
 ゆきちゃんがまだ1歳になる前からセリオはこの体操を踊って見せていたのです。
 体操も終わり、エンディング。
 お母さんはまだ画面に見入っています。
 一方のセリオはさっきの体操のときのゆきちゃんの仕草を思い返していました。
 体操のお兄さんに合わせて「あ、い、う、え、おーっ」と言うところで、ゆきちゃんは「あ、え、う、え、おーっ」と言ったのです。
 最近ゆきちゃんは言葉のようなものをしゃべるようになってきています。
 「おはよう」と声をかけると「あーおぅ」と返してくれますし、何かの歌のようなものを口ずさんでいることも多いのです。
 セリオはゆきちゃんに向かって口を大きくゆっくりと開けてこんな風に言ってみました。

「――ゆきちゃん、あ、い、う、え、おーっ」
「あ、え、う、え、おーっ」

 ゆきちゃんはセリオの真似をすると、あはははは、と笑いました。
 ゆきちゃん的に面白かったようです。

「――あ、い、う、え、おーっ」

 大きく口を開けて「あ」
 口を横に引っ張るようにして「い」
 口を尖らせて「う」
 軽く開いて「え」
 もっと大きく開いて「お」
 
 セリオはゆきちゃんの前でこれを繰り返しました。
 ゆきちゃんは始め「あ、え、う、え、お」と言っていたのですが、次第に「あ、い、う、え、お」と言えるようになってきました。
 確率1/3くらい。

「――やはり『い』の発音は難しいのですね」

 セリオが納得したように言いました。
 「い」の音は口を意識して横に引っ張らないとでません。

「――いたずらはすぐに覚えるのに、こういうのはなかなか覚えないものですね……。でも、たった数回でこれだけできたのですから、
ちゃんと発音できる日も遠くはなさそうです」

 セリオとのやり取りに飽きてお母さんのところに構ってもらいに行ったゆきちゃんの後姿を見ながら、
セリオはそんな風につぶやくのでした。

「――ゆきちゃんとチョコランターマンごっこができる日を夢見て、がんばりましょう」

 セリオは手のひらをギュッと握りしめ、まだ昼前だというのに夕日に向かって誓うのでした。



――レポーターごっこ――

 ある日のお昼。ゆきちゃんがお膳に手をついてなにやらしようとしています。
 
「――現場の、セリオです」

 どこからともなくマイクを持ったセリオが現れました。

「――ゆきちゃんはお膳に手をついています。これからなにをしようかと、虎視眈々と狙っているようです。
おっとぉ、ゆきちゃん大胆にも片足をお膳の上に乗せました。よじ登ろうとしています」

 ゆきちゃんは左足を振り上げて、お膳の上に乗せました。
 左足を支点によじ登ろうとしているようです。

「――何と言う力強さでしょうか。両手に力を込めぐぐぐっと身体を引き上げていきます。お、身体がお膳の上に乗りました。
あとは右足を引き上げるだけです。右足をゆっくりと引き上げます。あーっ、登りました。今、お膳の上によじ登り四つんばいの体勢です!」

 お膳の上によじ登ったゆきちゃんは、一呼吸置いて立ち上がろうとしています。

「――さあ、四つんばいのゆきちゃんが、今、足に力を込めて立ち上がろうとしています。ゆっくりと、
渾身の力を込めて立ち上がるその姿は、さながら生まれたばかりの子馬が初めて自分の両足で立ち上がるような、
そんな状況すら彷彿とさせます。おっ、立った、立ちました。お膳の上に、両の足でしっかと踏みしめるようにして立っています」

 テーブルの上に仁王立ちのゆきちゃん。なんだか誇らしげです。

「――それではお膳の上に仁王立ちのゆきちゃんにインタビューしてみたいと思います。ゆきちゃん、どうですか?」
「あーっ」

 にっこり微笑むゆきちゃん。自信ありげな笑顔です。

「――高いところは好きですか?」
「あーっ」

 どこかを指差しながら、ゆきちゃんが答えます。

「――どうやらゆきちゃんはお膳の上がお気に入りのようです。それではこの辺でスタジオにマイクを戻したいと思います。
現場の、セリオでした。あうっ」

 背後からいきなり後頭部を叩かれてマイクに額をぶつけるセリオ。

「なーにが『現場のセリオ』よ。バカなことしてないで、ゆきちゃんをお膳から降ろすの!」

 セリオをはたいたのはお母さんでした。

「ゆきちゃんも、そこには登っちゃダメって言ったわよね?」

 ペシッとゆきちゃんの頭をはたくお母さん。

「ふーっ」

 ゆきちゃん、抗議の意思表示です。

「ダメなものはダメなの! さ、こっちに来なさい」

 お母さんはもう一発ゆきちゃんの頭をはたくと、ゆきちゃんを抱えあげました。
 そしてこちらにづかづかと近寄ってきて、もう一発ペシッ。ガクンと揺れる画面。

「お父さんもバカなことしてないで止めてくださいね」

 お母さんの言葉に画面がこくこくと揺れたのでした。



――ここがいいの――

 ある日の夜。
 ゆきちゃんを寝かしつけようとセリオが添い寝をしています。

「――ゆきちゃん、ねんねです。はい、ここにコローン」
「はぁーい」

 ゆきちゃんはセリオが敷いた布団の上にやってくると、コロンと横になりました。

「――それじゃお姉ちゃんも一緒にコローン」

 セリオもゆきちゃんの横にコロンと横になります。

「んっんっんっ〜」

 ゆきちゃんはセリオが横に寝たのを見ると、上機嫌でセリオのほうに寝返りを打ちました。
 コロン。
 ゲシッッ!!
 ……なにやらクリティカルヒットな音があたりに響きました。

「――あう……。またですか? ゆきちゃん」

 寝返りを打った拍子にゆきちゃんの踵落しがセリオの顔面にクリーンヒットしたのです。
 どうしてだかわかりませんが、ゆきちゃんはセリオが添い寝をすると足でセリオを確認しようとするのです。
 お母さんのときもその傾向がありますが、お父さんにはしません。
 一度、お母さんとセリオの間にゆきちゃんの寝かせてみたことがあるのですが、ゆきちゃんはセリオのほうへ寝返りを打つと、
セリオの顔や頭を足で確認したのです。
 その状態でセリオとお母さんが入れ替わってみると……。
 ゆきちゃんはセリオのほうへコロンコロンと寝返りを打ち、顔を足でゲシッと蹴ったのです。
 どうやらゆきちゃんはセリオの顔を足で確認しないと寝れないようなのです。

「愛されてるってことよ」

 お母さんはそう言って笑いますが、セリオにとっては笑い事じゃすみません。
 ロボットだから多少蹴られても痛くもなければ痒くもないですが、だからと言って蹴られて気持ちのいいものでもありません。
 でも、そんなセリオの思いはどこ吹く風。今日も今日とてゆきちゃんはセリオの頭にちょっかいを出しているのです。

「――ゆきちゃん。もう勘弁してください」

 セリオが懇願します。
 ゆきちゃんはセリオの耳飾りをしっかと握り締め、セリオの頭に覆い被さるように眠っていました。

「くー、くー」

 ゆきちゃん、熟睡モードです。
 こうなってしまうとちょっとやそっとじゃ起きません。

「――あのー、ゆきちゃん。手を離してもらえませんか?」

 セリオのお願いもゆきちゃんの耳には届いていないようです。
 そこへお母さんがやってきました。

「あら、ゆきちゃんセリオの耳センサー好きねえ」

 そう言ってケラケラと笑っています。

「――奥様、笑い事じゃありません。このままでは家事ができないです」

 セリオが困ったようにそう言いました。

「あ、家事ならいいわよ。あたしやっとくから。ゆきちゃんお願いね」

 お母さんはそう言うとリビングへ戻っていきました。

「――そんな、このままでは、このままでは『重量戦隊リキシマン』を見逃してしまいます。今日はスペシャル特番なのに……」

 セリオはゆきちゃんから離れようともがきました。
 でも、ゆきちゃんはセリオから離れようとしません。
 結局、セリオの願いも奮闘もむなしく、ゆきちゃんはそのまま朝まで眠りつづけたのでした。

「なんだ、言ってくれればビデオに録ったのに」

 次の朝、お母さんの何気ない一言にがっくりとうなだれるセリオの姿がありました。




「あはははは、このセリオの顔ったらないわねー」

 TVの画面を指差して笑うお母さん。
 さっきから笑いっぱなしです。

「もー、あたしは面白くもなんともないよーっ」

 ゆきちゃんがぶーたれた顔でTVの前に立ちました。

「だって、ねえ? セリオ」
「――はい、ゆきちゃんは昔から全然変わっていません」

 同意を求めるお母さんにセリオがうなずきました。
 今日はゆきちゃんの小さい頃のビデオをみんなで観賞しています。
 でも、こう言うビデオって当事者には楽しくも何ともないもの。
 だからゆきちゃんはずーっとぶーたれているのです。

「あきらめなさい。こうでもしないと結婚式に使うビデオ、決まらないでしょ?」
「そうだけどーっ」

 お母さんの言葉に口を尖らせるゆきちゃん。
 この鑑賞会は、ゆきちゃんの結婚式の披露宴で流す「小さい頃の花嫁」のビデオを選ぶためのものなのです。
 ゆきちゃん一人ではどうにも決まらないのでお母さんとセリオが乗り出してきたわけです。

「――ビデオはまだまだあります。ここに取って置きのマル秘ビデオも……」

 セリオがどこからともなく一本のビデオテープを取り出しました。
 「ゆきちゃんのとっても恥ずかしいテープ」と書かれています。

「――このビデオはゆきちゃんの入浴シーンを中心に構成されています。ゆきちゃんのあられもない姿だけでなく、
オムツを外したとたんにおしっこしてお母さんを悲しませるゆきちゃんとか、オムツ換えのときに脱走し
全裸で走り回るゆきちゃんの姿など見所満載ーっ」

 ゲシッ。
 ゆきちゃんセリオに体当たり。
 手に持っていた恥ずかしいビデオを奪い取ると、そのまま部屋の外へ逃げ出しました。

「追うのよ、セリオ!」
「――あいあいさー」

 セリオがゆきちゃんを追いかけます。

「あなたもほら、何ぼさっとしてるの。ゆきちゃんを追いかけるの」

 お母さんは横にいた男の人に声をかけました。
 彼はゆきちゃんの婚約者です。
 好感度、人柄、将来性その他、全ての点でナンバーワン、とセリオファイルに書かれている人です。
 ちなみに彼の家とゆきちゃんの家は昔っから家族ぐるみの付き合い。
 彼とゆきちゃんは幼なじみになります。
 なるほど、だからゆきちゃんはテープを奪って逃げたんですね。
 そんなゆきちゃんの乙女心を知ってか知らずか、彼はお母さんに言われるままにゆきちゃんを追って部屋を出て行きました。
 お母さんも一緒に部屋を出て行きます。

「もーっ、なんでこんなビデオ撮ったんだよーっ」

 逃げるゆきちゃんがそう叫びました。
 どうして撮ったかって? それは愛娘の成長をビデオに納めるのがお父さんの生きがいだからです。


fin

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掲載時のあとがき

 拙作をご覧頂きありがとうございました。
 相も変わらずゆきちゃん話です。
 セリオのすっとぼけた感じがでていればよいなぁ、と思います。
 このゆきちゃんシリーズも回を重ねいつの間にか第6話となりました。
 「セ」印良品さんが今回をもってサークル活動を休止するそうなので、ゆきちゃんシリーズも
多分このお話かもう1〜2話で一区切りかな? と思っています。
 拙作にご意見ご感想ありましたら、是非お聞かせ下さい。
 読んで下さった全ての方に感謝して、それではまた、いつかどこかでお会いしましょう。



収録にあたって
 拙作をご覧頂きありがとうございました。
 このお話は「いつかどこかの町で」シリーズの6作目にあたります。
 Holmes金谷さんのサークル、「セ」印良品の「言葉の糸車2」に寄稿したお話です。
 この「いつかどこかの町で」シリーズは「セ」印良品さん向けに書き始めたお話でしたので、
サークル活動休止と言うことで、ここで一区切りつけるための内容になっています。
 作中でセリオが「重量戦隊」がどうこう言っていますが、セリオの公式設定に「戦隊物好き」と言うのが
ありまして、それを小ネタに使った……と言うことです。
 いつかどこかの町でこんな出来事が起きるその日を楽しみに、それではまた。
 
初出 2001.08.12
Web掲載 2010.05.23

 

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