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Someday Sometime in Sometown. 〜いつかどこかの町で〜3
 
『 言葉を紡ぐ糸車 』





 きーんこーんかーんこーん

 「はい、それじゃ書けた人は先生のところまで持ってきてー 書き終わらなかった人は明日までの宿題」

  とある町にある、とある小学校。その小学校の5年生の教室。5時間目の終わりのチャイムとともに、先生のそんな声が響きました。

 「えーーっ」

 不満げに声を上げたのはまだ書き終わらない子供達。明日まで、となると今日遊んでいる暇がなくなってしまうからです。
 今日の5時間目は国語の時間。『私の家族』と言うテーマで作文を書くことになりました。
 さささっと書き終えてしまう早い子もいれば、いつまで経っても筆の進まない子もいて、子供ながらに十人十色。時間内に書き終わった子は、もちろん宿題は無しです。

「うー、ちっとも書けないよー」

 『私の家族』と言うタイトルだけ書かれた真っ白な原稿用紙を見つめ、鼻と唇の間にシャープペンシルを挟んでぼやく女の子。どうやら彼女も宿題組の一人のようですね。しばらく原稿用紙を見つめると、あきらめたように鞄にしまいこみました。
 彼女の名前はゆきちゃん。ポニーテールの似合う、笑顔の可愛い女の子です。ゆきちゃんは作文が大の苦手。だからでしょうか? ちょっと憂鬱そうな顔をしています。


 所変わってゆきちゃんの家。
 まっすぐお家に帰ってきたゆきちゃんが、お母さんやお姉さんらしき少女と一緒にリビングでお茶を飲んでいます。

「さて、と。それじゃ、お母さんおつかいに行って来るね」

 ひとしきりしてゆきちゃんが落ち着いた頃、お母さんがそんな風に言いました。

「ゆきちゃんも一緒行く?」
「んー、今日はやめとくー」

 ゆきちゃんが首を横に振りました。

「あら珍しい」
「宿題あるの。作文の」

 ゆきちゃんは宿題になった作文の話をお母さんにしました。

「今からやっても夜までに終わるかわかんないんだー だからお留守番しながら宿題するの」
「あらそう」
「うん、なにを書いたらいいか全然わかんないんだ。だから、ごめんね。お母さん」

 ゆきちゃんがすまなさそうにそう言います。

「うん、それじゃお母さん一人で行って来るわね。セリオ、悪いけどゆきちゃんお願いね」

 お母さんが横に座っていた少女にそう声をかけました。

「――はい」

 その子がそう答えます。
 セリオ、と呼ばれたその少女は、見た目高校生くらい。赤いロングヘアーと独特な形をした銀色の耳飾りが特徴的な彼女は、ゆきちゃんの家のメイドロボットです。ゆきちゃんが生まれたときから家にいるセリオは、ゆきちゃんには無くてはならない存在。ゆきちゃんにとってセリオは、本当のお姉さんのような存在なのです。
 お母さんはセリオの返事を聞くと椅子から立ち上がり、出かける支度をしました。買い物袋を持って、外は寒いからコートを羽織って、準備完了です。

「いってらっしゃい、お母さん」
「――いってらっしゃいませ」

 ゆきちゃんとセリオは玄関でお見送りです。

「あ、そうだ。作文だけどこんな言葉があるのよ」
「ほへ?」
「えっとね。『語り手が廻す糸車、言の葉紡ぎ、綾紡ぐ。語り手が踏む機織り機、言の葉を織り、綾綴る』だったかな?」
「うー、難しくて覚えらんないよー」
「――大丈夫です。私が覚えました」
「さすがセリオね。2人でそれがどういう意味か考えてみたらいいわ。それじゃ行って来るね」

 バタン。
 玄関のドアが閉まり、お母さんはおつかいに出かけていきました。

「ちょ、ちょっと待ってよ、お母さん。それがわかるとどうなるのー…… って、行っちゃった」

 ふぅと溜息ひとつ。

「ねえ、セリオお姉ちゃん、今のお母さんの言葉聞いたことある? どういう意味かな?」

 ゆきちゃんはセリオにそう尋ねました。

「――残念ながら、私も初めて聞く言葉です。文学的な表現ですので、どのような意味かすぐにはわかりません」
「ふーん。セリオお姉ちゃんでもすぐにはわかんないんだー」
「――はい。申し訳ありません」
「あ、別に悪いって言ってるわけじゃないんだ。これ、作文の役に立つのかなって思って」

 すまなさそうなセリオに、ゆきちゃんが慌ててぱたぱたと手を振ります。

「――奥様がああ言って行かれた以上、作文作成に関係すると思われます」
「そっかー、そしたらさ、セリオお姉ちゃん。一緒にどういう意味か考えようよ。もしかしたら、ポポイのポイで作文ができる魔法の言葉かも知れないよ」
「――そうですね。それでは一緒に考えましょう」
「よーし、お母さんの言葉解読隊、リビングに向けてしゅっぱーつ」
「――おーっ」


 ゆきちゃんとセリオは早速リビングに戻ると、さっきのお母さんの言葉をメモ用紙に書き出しました。
『語り手が廻す糸車、言の葉紡ぎ、綾紡ぐ。語り手が踏む機織り機、言の葉を織り、綾綴る』

「むむむ……」

 ゆきちゃんがメモを前にして唸っています。

「難しくてよくわかんないよー、なにこれーっ」

 どうやらなにが書いてあるのか見当がつかないみたいです。

「――いきなり全部をわかろうとするのは大変ですから、分けて考えるといいと思います」
「分けるって、どう分けるの?」

 ゆきちゃんが小首を傾げます。

「――例えばこの文章は、ここで一区切りになっています」

 セリオがメモを指差します。

「――ここまでは糸車のことが、ここからは機織り機のことが書かれています」
「ねえねえ、セリオお姉ちゃん。糸車ってなに?」

 セリオの言葉を遮るように、ゆきちゃんが尋ねました。確かにゆきちゃんにはわからないかも知れません。今では民芸館や博物館にでも行かないと、お目にかかれない物となっているからです。セリオはまず糸車の説明から始めました。

「――糸車というのは……」

 糸車というのは絹糸を紡ぎ出すときに使う道具で、昔はこれを使って糸を作っていました。大量生産時代の今日では滅多にお目にかかれない代物です。

「ふーん、糸ってそう言う風に作ってたんだー」
「――もちろん、現在一般に用いられている合成繊維は異なる方法で作られています」
「そうなんだ。でも、面白いねー、くるくる廻すと糸が作れちゃうんだもんね」
「――そうですね」

 ゆきちゃん、ずずずっと紅茶をすすります。

「でさ、その糸車がどうしたの?」
「――はい、どうやらこの文章は糸車と言う例えを用いた比喩のようです」
「ひゆ?」
「――ある事柄をなにかに例える手法です。言の葉、と言うのは言葉のことですから、言葉という物は糸車で紡がれる糸のように形作られる物だ、と言う意味だと考えられます」
「この、綾って言うのは?」
「――これは『言葉のあや』のことだと考えられます」
「言葉のあや…… ふーん、そうなんだー、さすがセリオお姉ちゃんだねー」

 セリオの説明にうなずくゆきちゃん。本当に理解できているかどうかは怪しいですね。

「――また、この後ろの文章は機織り機を例えに用いた比喩と考えられます」
「あ、機織り機は知ってるー、バッタンバッタンって動かして、織物を作る道具だよね」

 ゆきちゃんがへへへ、と笑いながら言いました。ちょっとだけ自信ありげな感じです。

「――そうです。ですから、語り手、すなわち書き手は機織り機を使って糸を織るように、言葉を織り上げていく、と言う意味だと考えられます」
「ふむふむ」
「――この二つの文を総合的に解釈すると『お話を書く人は言葉を紡ぎだし、その言葉を織り上げるようにして文章を作っていくのだ』と言うことを意味している物と思われます」
「へー、そうなんだ。それでさ、セリオお姉ちゃん。それが作文とどう関係するの?」
「――言葉を紡ぎだしそれを織り上げれば作文になる、と言うことのようですが一つ足りない情報があります」
「情報?」

 よくわからないと言う顔して腕組みのゆきちゃん。

「――そうです。奥様が教えて下さったこの言葉だけでは、この文全てを解釈することができません」
「なにが足りないの?」
「――『言葉がなにから紡ぎ出されるのか』がこの文には書かれていないのです。それがわからないことには、言葉の紡ぎようがありません。言葉が紡げなければ文章を織ることもできなくなります」

 セリオがメモを指差しながらそうゆきちゃんに言いました。腕組みして困った顔のゆきちゃん。すまなさそうな感じのセリオ。

「んー、とにかく考えて見ようよ。考えればなにかわかるかも知れないよ」
「――はい」
「よーし、がんばるぞー」

 ゆきちゃんとセリオは、メモを見ながら言葉を紡ぎ出す元がなにかを考えました。


「むむむ……」

 時折そう唸りながら悩むゆきちゃん。テーブルの上のメモを見つめています。

「むむむむ……」

 じーっと、穴が開くくらいみつめています。でも、さっきからちっとも良い考えが浮かびません。

「あー、だめだー、やっぱりわかんないよー」

 しばらく悩んだ末、ゆきちゃんは両手をあげて降参のポーズを取りました。そのまま背もたれによっかかって背筋をんーーっとのばしています。

「――お茶煎れましょうか? 気分転換するといいと思います」
「うん、あたしミルクティーがいいー」
「――それじゃ今用意しますね」
「ありがとー」

 セリオは台所へ行くと、ミルクティーを入れて持ってきました。

「――熱いから気をつけて下さいね」
「うん」

 ゆきちゃんはセリオからマグカップを受けとると、そのまま口に運びました。
 ずずっ。

「おいしー」

 ゆきちゃん満面の笑みです。

「――今日はミルクをちょっと多めにしてみたんです」

 セリオもなんだかうれしそうです。

「セリオお姉ちゃん、わかった?」
「――いえ、わかりませんでした。わからないので色々と推測していました」
「ふーん。あたし、推測もなにもぜーんぜんわかんないよー」

 そんな風に2人でお茶を飲んでいると、玄関の方からお母さんの声が聞こえてきました。

「ただいまー」

 その声を聞いてゆきちゃんが玄関へ走っていきます。

「お母さん、おかえりー、寒かったでしょ?」
「うん、すごく寒かった。セリオ、お茶煎れてもらえるかな?」
「――はい」

 セリオがお茶を入れている間に、お母さんとゆきちゃんで買ってきた野菜やらお肉やらをしまいます。ちょうどいい塩梅にお茶が入った頃、それに合わせたように片づけが終わりました。お母さんとセリオとゆきちゃん、3人でテーブルを囲みます。

「ねえねえ、お母さんが教えてくれた言葉、ちんぷんかんぷんでよくわかんなかったよー」

 口を尖らせるゆきちゃん。

「――お役に立てませんでした」

 セリオはちょっとうつむき加減です。

「あらそう。んー、確かにゆきちゃんには難しかったかもしれないわね」

 お母さん、口をとがらすゆきちゃんを見て苦笑いです。

「――糸車を用いた比喩と言うことはわかったのですが、紡ぎ出される言葉の元が何であるか書かれていないため、全文の意味を確定することができませんでした」
「あら、セリオにも難しかったかしらね。そこがみそなんだけどね」
「――色々推測はできるのですが、答えが見つかりませんでした」
「そう? んー、まあ、そのうちわかると思うわ」

 お母さんはセリオにそう笑いかけました。


 しばらくして、お母さんはゆきちゃんの方に向くと思い出したようにこんなことを聞きました。

「それで、宿題は終わったの?」

 ずずずっとお茶をすするお母さん。

「宿題?」

 なにそれ? と言う感じで答えるゆきちゃん。

「作文。宿題なんでしょ?」
「あー、忘れてたー」

 どうやらお母さんの言葉の謎解きに気を取られて、肝心の作文のことを忘れていたみたいです。

「どうしよう。全然出来てないよー」

 両手を上げて、まさにお手上げ状態のゆきちゃん。おや? なにか閃いたみたいですね。にこっと笑っています。

「ねえねえセリオお姉ちゃん。宿題、手伝って。セリオお姉ちゃんが考えてくれれば『ポポイのポイ』だよー」

 ゆきちゃんはそう言うと椅子から立ち上がり、鞄から原稿用紙を持ってきてセリオの前に広げました。

「テーマはね『私の家族』なんだー」

 セリオの目の前に座り、両肘をテーブルについてあごを支えるような格好のゆきちゃん。
 『セリオがなんとかしてくれるだろう』と言う期待に満ちた眼です。
 『自分で考えよう』と言う気はないみたいですね。

「――そうですね。ゆきちゃんが思ったとおりのことを書けばいいと思います」
「ぶーっ。セリオお姉ちゃんも先生と同じこと言うー」

 ゆきちゃん、ほっぺを膨らませています。

「思った通りにってみんな言うけど、思った通りに書いたって原稿用紙の半分も埋まんないよー」
「――ですが、宿題は自分でする事に意味があります。また、今日の宿題はゆきちゃんがどう思っているかが重要です。私が内容を考えるわけにはいきません」
「それはそうかも知れないけどー」

 頼みの綱のセリオもあてにならず、ゆきちゃんちょっと涙目。

「――お役に立てず申し訳ありません」

 セリオがちょっとうつむいたような感じで答えます。セリオはお母さんから『ゆきちゃんの宿題をなるべく手伝わないように』と言われているのです。宿題は自分でやる物だし、なんでもセリオに頼っていてはゆきちゃんはセリオがいないとなにもできない子になってしまうからです。

「わかったよー、自分一人でがんばるよー」

 そう言うとゆきちゃんは原稿用紙に向かいました。


「むむむ……」

 時折そう唸りながら悩むゆきちゃん。

「むむむ……」

 じーっとテーブルの上の原稿用紙を見つめています。でも、さっきからちっとも進みません。

「あー、だめだー、やっぱり書けないよー」

 しばらく悩んだ末、ゆきちゃんは両手をあげて降参のポーズを取りました。

「ねえ、お母さん。このままじゃ明日までに宿題終わらないよー」

 ゆきちゃんかなり涙目。

「そうね……」

 お母さん、なにやら考えています。
 少しして、ゆきちゃんにこんな風に話しかけました。

「ねえ、ゆきちゃんお母さんのこと好き?」
「うん」
「それじゃ、お父さんやセリオのことは?」
「そんなの大好きに決まってるよー」

 当然、という顔でゆきちゃんが答えました。

「あはは、そうね。そしたら、セリオのどんなところが好き?」
「えーっとね。優しいところ」

 お母さんの問いかけに、にっこり笑って答えるゆきちゃん。

「他には?」
「えっと、おいしいお菓子を作ってくれたり、一緒に遊んでくれたり、編み物教えてくれたり、えーっとそれから、ぎゅっと抱きしめてくれるところー」

 お母さん、一生懸命セリオの良さをしゃべろうとするゆきちゃんを見て微笑んでいます。セリオはちょっと照れたような、困ったようなそんな感じです。

「そしたら、セリオが居なくなっちゃったらゆきちゃんどうする?」
「えー 居なくなっちゃうなんてそんなこと絶対にないよー」

 口を尖らせるゆきちゃん。

「例えばの話よ」
「居なくなっちゃったら? ……泣いちゃう。悲しくて泣いちゃう。だって、あたしのお姉ちゃんはセリオお姉ちゃんだけだもん」
「ふふ、そうよね」

 セリオがさっきよりもうつむいています。さらに照れたようですね。

「ね、お母さん。それがどうしたの?」
「どうしたの?って、これで作文書けるでしょ?」
「ほへ?」

 ゆきちゃん、合点がいかないようです。

「セリオはゆきちゃんにとってどういう存在で、ゆきちゃんはセリオのどんなところが好きで、セリオが居なくなっちゃったらゆきちゃんはどうするか? これだけ書けば十分じゃないかな?」
「えー、でも、それだけ書いたって原稿用紙埋まらないよー」
「そんなことないわよ。そうね。例えば、セリオは編み物を教えてくれるから好きってゆきちゃん言ったよね?」
「うん」
「なんの編み方を教えてもらったの?」
「えーっと、マフラー、お父さん、寒そうにしてたから」
「そしたら、そう書けばいいでしょ? その繰り返し」
「そっかー、お母さん、ありがとー」

 両手をあげて喜ぶゆきちゃん。これで何とかなりそうですね。

「ね? そんなに難しいことじゃないでしょ?」

 そんなゆきちゃんを見ながらお母さんが言いました。

「うん」

 ゆきちゃん、早速作文に取りかかります。


「どう、セリオ? 紡ぎ出す元が何かわかった?」
「――はい、まだ推測の域を出ませんが、ゆきちゃんと奥様のやりとりを見ていて理解できたのではないかと思います」
「うん、上出来上出来」

 そう言うとお母さんはセリオの背中をポンポンと叩きました。お母さんがセリオをほめて上げるときの仕草です。


 一生懸命作文を書くゆきちゃん、それを見守るように見つめるセリオ。そんな2人を見ながらうんうんとうなずくお母さん。
 その日、ゆきちゃんが夜遅くまでかかって書き上げた作文には、ゆきちゃんの想いがいっぱいいっぱい詰まっていたのでした。



fin20001222

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再録にあたって

 拙作「言葉を紡ぐ糸車」をご覧頂き、ありがとうございました。
 このお話は、サークル「セ」印良品さんの2000年冬コミ向け
突発セリオSSコピー誌「言葉の糸車」に寄稿したお話で、
「いつかどこかの町でシリーズ」の第3作になります。
 主宰のHolmes金谷さんから掲載許可を頂いたので、再録しました。

 自分にしてはかなりの難産で、〆切前日まで大幅な直しを入れている有様でした。
 かなり消化不良気味かも知れません。
 もしご意見ご感想などありましたらお聞かせ下さい。

 最後に、色々手伝ってくれた嫁さんとこのシリーズを書くきっかけになった娘に、
この場を借りてありがとうを言いたいと思います。
 ご意見ご感想がありましたらお聞かせ下さい。

 いつかどこかの町でこんな出来事が起きるその日を楽しみに、
それではまた。

2000.12.30 初出
2001.10.01 再録

 

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