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「ねえねえ、セリオお姉ちゃん。お話聞かせて」
「――そうですね。そしたら今日はなんのお話にしましょうか?」
『 Someday Sometime in Sometown. 〜いつかどこかの町で〜 』
――ある日、ある時、ある町でのお話です。
そこに、メガネをかけた優しそうなお父さんと、笑顔の素敵なお母さん、そしてお母さんのお手伝いをよくする
セリオという名前のロボットが住んでいました。お父さんとお母さんには、生まれたばかりの赤ちゃんがいました。
赤ちゃんの名前はゆきちゃん。
笑顔の可愛い、珠のような女の子です。
お父さんとお母さんとセリオは、ゆきちゃんをそれはそれは大事にしていました。
ある日のこと。
セリオはお母さんに話しかけました。「――奥様。わたしお嬢様に嫌われてしまったみたいです」
それを聞いてお母さんがびっくりしたように言いました。
「あらあら、どうしたの?セリオ。いきなりそんなこと言って」
「――実は……」笑顔が可愛いゆきちゃん。
でもなぜか、セリオが話しかけたり抱っこしたりしても笑ってくれません。
お父さんが抱っこしてるときはにこにこと笑っているのに、セリオに代わるときょとんとしてしまいます。
ずーっとそんなですから、セリオは自分がゆきちゃんに嫌われてしまったんだ、と思ったのです。お母さんはにっこり笑うとセリオにこう言いました。
「そんなことないわよ」
そして、笑いながらこんなことを言いました。
「そうねー できればゆきちゃんのことを「ゆきちゃん」って呼んで頂戴。お嬢様って呼ばれても、どこのお嬢様のことかわかんないわ」
お母さんの言葉を聞いて、セリオはゆきちゃんを抱っこするときに「――ゆきちゃん」と声をかけることにしました。
するとしばらくして、ゆきちゃんがセリオのほうをじーっと見てくれるようになりました。セリオはうれしくなって、なんどもなんどもゆきちゃんの名前を呼びました。
そしたらゆきちゃんは、手足をバタバタっと動かしてくれました。セリオはまたうれしくなって、今度はゆきちゃんに色々話しかけてみました。
「――今日は暑いですね」
とか。
「――お父さん、早く帰ってくると良いですね」
とか。
「――あじさいがきれいですね」
とか。
そうやってゆきちゃんに話しかけていたら、ゆきちゃんはセリオに
「あー」
とか
「うーー」
とか
「ふぅ〜〜」
と言うように、色々お話ししてくれるようになりました。
でも、まだ笑ってはくれません。
自分が話しかけたときや抱っこしたときにもゆきちゃんに笑ってもらいたい。
セリオはそう思いました。
でも、どうしたらゆきちゃんが笑ってくれるのかわかりません。
調べてみても、セリオにはやり方がわからなかったのです。そこで、お父さんに聞いてみることにしました。
お父さんはゆきちゃんを笑わす名人です。
ゆきちゃんが泣いていても、お父さんが抱っこすると笑ってくれるのです。「――旦那様。どうしたらゆきちゃんは笑ってくれるのでしょう?」
するとお父さんはほっぺをポリポリしながらこう言いました。
「んー 特にコツがあるわけじゃないんだけどね」
お父さんにも、うまく説明できないみたいです。
「――わたしが笑えないから笑っていただけないのでしょうか?」
セリオは、どうしたらゆきちゃんが笑ってくれるか色々調べてみました。
そしたらある本にこんなことが書いてあったのです。「赤ちゃんは、こちらから笑いかけると笑ってくれますよ」
確かにお父さんもお母さんもゆきちゃんによく笑いかけています。
セリオは困ってしまいました。
だってセリオはロボットです。
だから笑うことが出来ません。そのことをセリオがお父さんに話していると、向こうからお母さんがやってきました。
「ねえ、セリオ。お母さんゆきちゃんに笑ってばっかりじゃないでしょ?」
「――はい」
「笑ってなきゃダメなんて、そんなことないわよ。そのうちセリオが抱っこしても笑うようになるわ。焦らない焦らない」お母さんはそう言うと、セリオの方をポンと叩きました。
セリオはお母さんの言葉を聞いて、もうちょっとがんばってみようと思いました。
そんなある日のこと。
セリオはゆきちゃんと一緒にお留守番をしていました。
お父さんはお仕事、お母さんは歯医者さんに行っていていません。
ゆきちゃんはミルクを飲んでお腹がいっぱいになったのか、すやすやと寝ています。「ふぇ ふぇぇぇぇぇーーーーん」
しばらくして、眠っていたゆきちゃんが急に泣き出しました。
セリオはおしめが濡れているせいだと思い、おしめを換えてあげました。
でも、ゆきちゃんは泣きやんでくれません。
それどころかだんだん泣き方が激しくなって、しまいには火がついたように泣き出しました。
まだお腹の空く時間じゃないし、おしめも換えたばかり。
もちろん周りに変な虫もいません。
セリオは困ってしまいました。
育児の本には、こう言うときどうしたらいいのか書かれていないのです。
ゆきちゃんは、まるでこの世の終わりが来たみたいに泣いています。
セリオはとっさにゆきちゃんを抱き上げると、キュッと抱きしめました。「――怖くないですよ。わたしはここにいますから。寂しくなんかないですよ」
そう、ゆきちゃんに声をかけます。
セリオはお母さんが言ってたことを思い出しました。「赤ちゃんはね、特にわけもなく泣くことがあるの。でね、泣いてる自分にびっくりして、また泣いちゃうのよ。そんなときはね……」
セリオはお母さんが言ってたように、ゆきちゃんを抱いたまま身体をゆさゆさ揺すったり、背中をぽんぽんたたいてあげたり、
部屋の中をあちこち歩き回ってみたりしました。
どのくらいそうしていたでしょうか?
気がつくと、あれだけ泣いていたゆきちゃんが泣きやんでいました。
セリオの服を小さな手でぎゅっと握り、時々セリオの胸に顔をごしごしとこすりつけています。「――そうなんですか。ゆきちゃんはおねむさんなんですね」
セリオはそう言うと、ゆきちゃんが寝付くまで抱いていてあげました。
少しして、お母さんが歯医者さんから帰ってきました。
お母さんはセリオの話を聞くと「よかったわねー 泣きやんでくれて。うん、上手上手」
と言って笑いながらセリオの頭をなでてくれました。
「そこまで泣いちゃうと、お父さんでも手がつけられないことがあるもんね」
「――はい」
「うん、だから自信持っていいわよ」そう言うと、お母さんはもう一度セリオの頭をなでてくれました。
次の朝。
セリオが朝ご飯の支度を手伝っていると、ゆきちゃんが目を覚ましました。
セリオはすぐにゆきちゃんの所に行くと、いつものようにおはようの挨拶をしました。「――ゆきちゃん。お・は・よ」
お母さんが教えてくれたように話しかけ、あごの下をなでてあげます。
セリオの声にゆきちゃんはあたりをきょろきょろと見回しました。「――ゆきちゃん。お・は・よ」
セリオはもう一度ゆきちゃんに声をかけました。
するとゆきちゃんはセリオの顔をじーっと見つめ、手足をバタバタさせながら「はっふぅ〜〜〜 へへぇ〜〜〜〜」
と笑ってくれたのです。
セリオはうれしくなって、もう一度ゆきちゃんに話しかけました。
「――お・は・よ」
「えへ〜 ふふぅ〜〜〜」ゆきちゃんはセリオの声ににこにこと笑っています。
「――奥様。奥様!」
「どうしたの?セリオ」セリオの呼ぶ声を聞いて、お母さんが台所からやってきました。
「――ゆきちゃんが、笑って下さいました」
セリオの腕の中には満面の笑みを浮かべたゆきちゃんの姿。
「あら〜 ゆきちゃんセリオお姉ちゃんに抱っこしてもらってるんだー よかったねーー ん〜 いい顔だぁ」
お母さんは笑いながらゆきちゃんのほっぺをなでています。
「ね、セリオ。笑えないから笑って貰えないなんて、そんなことないでしょ?」
「――はい」
「赤ちゃんにはね、わかるのよ。相手がどれだけ自分のことを想ってくれてるかって。ね、ゆきちゃん」そんなお母さんの言葉に、ゆきちゃんはうれしそうに笑っていました。
相手を想う気持ちにロボットも人間も関係ない。
ゆきちゃんはセリオにそう教えてくれたのです。
セリオはゆきちゃんの笑顔をずっと見ていられたらいいな、と思うのでした。めでたし、めでたし。
・
・
・「――あれ? 寝てしまわれましたか?」
「――ここで寝てしまうと、風邪引いちゃいますよ。お布団で寝ましょうね」
「――素敵な笑顔ですね。どんな夢を見ているんですか?」
「――おやすみなさい。また明日一緒に遊びましょうね」fin
拙作「いつかどこかの町で」をご覧頂き、ありがとうございました。
このお話は、サークル「セ」印良品さんの2000年夏コミ向けの
セリオ小説本「機械仕掛けのPureHeartII」に寄稿したお話です。
主宰のHolmes金谷さんから掲載許可を頂いたので、再録しました。
公式データでは子守が苦手となっているセリオが産まれたばかりの
赤ちゃんのいるうちに居たら……と言う発想を元に、自分の経験を交えて
書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか?
ご意見ご感想がありましたらお聞かせ下さい。
いつかどこかの町でこんな出来事が起きるその日を楽しみに、
それではまた。
2000.08.13 初出
2001.03.04 再録