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マニュアルは読みましょう

 
 男は焦っていた。

 彼の所有するメイドロボット、HM−13型「セリオ」が先ほどからフリーズし起動しなくなったのだ。
額から落ちる汗は故障で昨日から止まっているエアコンのせいだけではないようだ。
メンテ用のパソコンをつないで確認したところ起動中に止まってしまうらしい。
彼のセリオは今まで何事もなく稼働しており、彼自身に心当たりはなかった。

「おかしい、どうしたんだろう…… オレがなにかしたって言うのか? そりゃ確かに海外の怪しいサイトから、ちょっと見たこともないようなDDD(DirectDeviceDriver)を入れたりとかしてるけど…… まさか…… まさかウィルスとか!?」

心当たりがなく、現状をどうにもできない以上、パニクるしか彼にすることはなかった。
そして実際、彼はパニクっていた。
人間、自分が理解できないことに遭遇すると物事を悪く考えがちになると言うが、今の彼はまさにその状況にあった。

「ど、ど、どうしよう…… こ、こういうときは誰に聞けばいいんだっけかな? えっと、あいつでもないし、あいつでもないし……」

とりあえず現状を把握しろよ、とか言いたくなるがそれは酷と言うものだろう、セリオに対する彼の溺愛ぶりは近所でも評判だった。

「…………」

「…………」

「…………」

「……そ、そっか、サポート、サポートに連絡しよう。えっと、で、電話番号は……」

ようやく思い至った彼は、購入以来滅多に開いたことないマニュアルを開き、来栖川電工のユーザーサポートの電話番号を調べた。
焦っているせいか番号間違え、かけ直すこと2回、ようやくつながった電話に向かって彼は叫んだ。

「う、うちのセリオが倒れちゃったんです。リブートしなくなっちゃったんです。何とかして下さい!!」と。

電話の向こうでは担当嬢がまるで動じずに応対していた。
やはりこういう手合いは多いのだろうか?

「――はい、それではお客様のユーザー登録名、ご使用のメイドロボットの機種、シリアルナンバーをお知らせ下さい」
「え、えっと、○○××です、う、うちのセリオは、えっと、HM−13で、えっと、あ、あとなんでしたっけ?」

何とも情けないが、まあ彼の心情を察するに仕方ないだろう。

「――ご使用の機体のシリアルナンバー、です」
「え?シ、シリアルナンバー?? ど、どこに載ってましたっけ??」
「――マニュアル付属の登録用紙、もしくはメンテナンス用ノート型パソコンの底面に記載されています」

動じずに答える担当嬢。
慣れっこのようだ。

「あ、はい、ちょ、ちょっと待ってください(ごそごそごそ) あ、ありました。○×△の□△□×の×××○○×、です」
「――はい、それではお客様の確認をいたします。ユーザー登録名称、○○××様、ご使用メイドロボ、HM−13型セリオ、シリアルナンバー、○×△の□△□×の×××○○×、ですね?」

独特の間で応対する担当係、どうやら彼女もセリオのようだ。
ま、どうでもいいことだが。

「そうです。はい。ええ」
「――登録を確認しました。それでは、現在の状況をお知らせ下さい。どうなさいましたか?」
「え、あ、その、セリオが、うちのセリオが動かなくなっちゃったんです」
「――稼働中に停止したのですか?それともスリープモードから起動しないのですか?」
「あ、か、稼働中にです」
「――状況確認、稼働中に停止。 ――では、機体の現状をお知らせ下さい」
「げ、現状ですか、え、ど、どんな?」
「――申し訳ありません、わかりづらかったでしょうか? お客様の機体の現状、例えば内部から異音がする、等の状況をお知らせ下さい」
「え…… あ……」

やっと彼は気づいたようだ。
今、どんな情報が必要かと言うことに。

「え、えっと、い、異音はしないです。あと、えーっと、そ、そう身体が熱くなってます。はい」
「――他になにかお気づきになったことはありますか?」
「今のところは……」
「――はい、それでは状況を確認いたします。筐体の異常な加熱、でよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「――しばらくお待ち下さい。サービスマンの手配と当面の応急処置についてご説明いたします。メモをご用意頂けますでしょうか?」
「はい」

彼は机に行くとノートとボールペンを持ってきた

「はい大丈夫です」
「――まず応急手当ですが、着用している衣服をすべて脱がせ、冷風にてできる限り冷却して下さい」
「服を脱がせて、冷却…… はい。えっと、扇風機でもいいですか?」
「――結構です。次にサービスマンですがおおよそ1時間後にお客様のお宅にお伺いいたします。担当は○×△と申します。よろしくお願いいたします」
「えと、こちらに来るのは1時間後くらいで、○×△さんですね…… わかりました」
「――では、サービスマン到着までお待ち下さい。ご利用、ありがとうございました」

プツ。ツーツー。
電話が切れたあと、彼はメモにもう1度目をやって、それから動き始めた。

「まず、セリオの着ている物を脱がせばいいんだな……」

ごそごそと彼はセリオの着ているのを脱がせ始めた。
さすがにてらいもないようだ。

「さすがにすっぽんぽんって言うのもなあ…… でも冷やさなくちゃいけないわけだし
 ……」

しばらく考えてから、彼はセリオの身体の2カ所に水で濡らしたタオルをかけ、言われたとおりに扇風機で風を当て始めた。

「冷却不足かあ…… やっぱりSANYOのとか風神クラスをつけたほうがいいのかなあ…… でもなあ、ファンの増設なんてやり方知らないし……」

なにやらぶつくさとつぶやいているが、そもそもセリオは空冷方式なんだろうか?

「あとはサービスマンが来るまで待つだけかあ…… セリオ〜 大丈夫かぁ〜??」

声をかけたところで動くわけもないのだが……
 

・・・・・・
10分が1時間にも感じられるような、そんな長い長い時間が過ぎていく。
悪い方へ悪い方へ考える自分をなだめつつ待つこと約1時間……
ピンポーン、ピンポーン

「あ、はいはいはい」

どうやらサービスマンが来たようだ。

「来栖川電工のメイドロボ出張修理サービス、担当の○×△と申します」
「あ、お待ちしてました。どうぞこちらです」

サービスマンはてきぱきとした手慣れた様子でセリオの状態を確認していた。
彼自身は『お、オレのセリオに触るんじゃねーー』とか思ったようだが、触らなければ治らないわけでその辺の感情をぐっと押し殺していた。
心の中で血の涙を流していたに違いない。

「そうですねえ…… 加熱以外にはおかしなところはないようですね」

それまで無言で作業していたサービスマンが口を開いた。

「そ、そうですか? それでセリオは動くんですか?」
「そろそろ身体も冷えたようですし起動してみます。起動を確認した上で各パーツの動作チェックをして、異常がなければ特に修理しなくても大丈夫だと思いますので……」

サービスマン、確か○×△とか言う名前の彼はそう答えるとセリオの起動を始めた。
ブーン、ピピピ、チューゥゥゥン
サービスマンはメンテパソコンの前で次々とチェックを行っていく。
しばらくして……

「どうやらおかしなところはなさそうですね。熱暴走の場合素子のダメージを生じることもあるんですが、それもなさそうです。それじゃ、セリオを起こしてみましょう」

そう言うと彼はセリオをメンテモードから通常の稼働モードへ移行させた。

「――……」

ゆっくりと目を開け、彼のほうを見るセリオ。

「――ご主人様」
「おお、セ、セリオ。大丈夫か?なんともないか??」
「――はい、自己診断モードに異常は見られません」
「よかったー ほんとによかったーーー」

彼は大声を上げるとセリオに抱きついた。目には涙がにじんでいる。
情けないったらありゃしない。
・・・
しばらくして、コホン、というわざとらしい咳払いがサービスマンの口から聞こえてきた。

「あの〜 私どもの製品を可愛がっていただいているのはわかるんですが、そう言うのは私が帰ってからにしてもらえますか?」

苦笑混じりのサービスマン。

「あ、や、す、すみません」

赤面してはなれる彼。
思い出したようにサービスマンに尋ねる。

「それで…… 加熱の原因は……」
「えっとですね。私どものセリオは普通に使う分には過加熱を起こすことはないんです。十分な冷却システムを搭載していますから」
「そ、それじゃ今回はなんでまた……」
「あの、マニュアルはお読みいただいていますか? お客さんのプライバシーに立ち入るのはなんなんですが…… こういう暑い部屋で、その、ああいう物を着せて長時間運用するのはちょっと……」

そう言うと、サービスマンは部屋の片隅に放ってある黒い固まりに目を向けた。

「へ!?(しまったー 脱がしてそのままだーっ)」
「最近多いんですよ。熱のこもるような衣服を着せて連続稼働したせいで熱暴走するケースが。セリオの冷却は水冷式で人間のように皮膚表面から発散してますから……」

説明を続けるサービスマンの言葉も上の空で、彼はその黒い固まりを凝視し続けた。
全身から吹き出る滝のような汗。
彼の視線の先には、黒い全身ラバースーツと黒いエナメルのブーツ、そして……
 

『冷却の妨げになり故障の原因となりますので、熱のこもるような衣服を着せた状態で長時間使用しないで下さい』
(HM−13ユーザーズマニュアルより抜粋)
 

教訓『趣味もほどほどに』

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ちひろです。
以前、奈落に投稿したお話の再録です。
一応量産セリオのお話ですが、引っ張った割りにうまく落ちませんでした(汗)

なんでもこれを読んで、他人事には思えなかった人がいるとか居ないとか(笑)
奈落投稿時に感想下さったみなさん、ありがとうございました。

20000115若干手直しして再録
 
 


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