「ジューンブライド」
 
 
 
小雨の降る6月のある日。
今日は浩之ちゃんの結婚式だった。

チャペルでの式。
志保が「ナツメロのウェディングベルって言う曲の心境はこんな感じなんだ
ろうね」って言っていた。
ひとしきり浩之ちゃんへの恨み言を言う。
慌ててわたしと雅史ちゃんでとりなした。
折角の式なのに、そんなこと言っちゃダメだよって。

式は滞りなく進んだ。
バージンロードを歩く二人。
「なんでわたしはここにいるんだろう」
一瞬そんな言葉が頭をよぎっていった。
ライスシャワーとフラワーシャワーの中、空高く舞うブーケ。
手にしたのは、見知らぬ人だった。

式後の披露宴。
堅苦しいことが嫌いな浩之ちゃんが、今日はかしこまっている。
子供の頃のエピソードを、雅史ちゃんがスピーチする。
続いて会社の人のスピーチ。
わたしのスピーチは、急遽取りやめになったらしい。
せっかく色々考えたのに、ちょっとだけ残念。
志保が横でぶつくさと文句を言っている。
折角のお祝いの席だから、と声をかけたらものすごい剣幕で怒られた。
うん、志保、わたしだってそう思うよ。
でもね、浩之ちゃんが決めたんだからわたしはなにも言わないよ。
そう言うと、情けないようなそんな顔をして志保が溜息をついた。

披露宴も終わり、重たい引き出物を持って2次会に向かう。
相変わらず志保の機嫌は、悪い。
時間を追う事に悪くなっているみたい。
雅史ちゃんも心なしか表情が硬い。
2人で「よくもまあこんな仕打ちを」とか「まさかこんなに」と言っている。
2人が言いたいことは何となく、わかった。
でもね、もうどうしようもないんだよ。
もうどうにもならないんだよ。
なんでわたし、ここにいるんだろうね。
なんであそこじゃないんだろうね。
それはずっと思っていたこと。
でも、今日くらいは笑顔で、いたかった。

2次会が進んでいく。
”親しい友人からなにか一言”のコーナーでも、わたしに出番が回ってくる
ことはなかった。
それではご歓談下さいという司会の人の言葉。
わたしは嫌がる志保と、あまり気乗りしない顔の雅史ちゃんを誘って、浩之
ちゃんのところへ向かった。
一言、お祝いが言いたかった
でもそれも群がる新婦のお友達に阻まれて、近づくことすらできなかった。
「案の上か」志保が吐き捨てるように言う。
どう言うことなんだろう。
横で雅史ちゃんも溜息をついている。
結局一言も声をかけられないまま、新郎新婦も参加のビンゴゲームが始まった。
賞品のひとつにクマのぬいぐるみがあった。
あれを浩之ちゃんから手渡して貰えたらいいな、そう思った。
でも、なかなかあたらない。
やっとリーチがかかったときには、お目当てのクマは新婦の胸に抱かれていた。
横で志保が黙々とお酒を飲んでいた。
あんたも飲みなさいよーと絡んでくる。
わたしあんまり強くないんだよ、そう答えても今日は許してくれなかった。

万歳三唱で二次会は幕を閉じた。
出口で浩之ちゃんとお嫁さんが記念の小物を渡している。
おめでとう浩之ちゃん、やっとその一言が言えた。
あかり、わざわざ来てくれてありがとう、そう浩之ちゃんが声をかけてくれた。
お互いにあとは言葉にならなかった。
精いっぱいの笑顔で二人に微笑むと、志保と一緒に外に出た。
帰ろうとすると、志保と雅史ちゃんが浩之ちゃんを待つと言っている。
二人は片づけを終えて出てきた浩之ちゃんを引きずって少し離れたところに
連れていった。
あわてて、後を追う。
お嫁さんも追いかけてこようとしたが、雅史ちゃんにやんわりと拒絶されて
いた。
志保が今日のわたしへの仕打ちのことで、浩之ちゃんに詰め寄っていた。
どうせあの子の差し金だろうと怒っていた。
雅史ちゃんは止めるでもなく横で見ている。
いいんだよ志保。
やめようよ。
でも志保はたたきつけるように浩之ちゃんをなじっていた。
涙を一杯に浮かべて。
最期のほうは言葉になってなかった。
「なんで、なんであの子なのよ、あかりじゃないのよ」志保は泣きながら
そうつぶやいた。
浩之ちゃんはわたしのほうを見ると「あかりは強いからな、あいつはおれが
いないとだめなんだ」そう答えた。
前にも一度聞いた言葉。
婚約が決まったときに聞いた言葉。
その言葉に志保の動きが止まった。
深く溜息をつくと「さよならヒロ」そう言って浩之ちゃんから離れると、
わたしたちに声をかけて歩き始めた。
後を追うわたしと雅史ちゃん。
何事か叫んでいる浩之ちゃん。
長い1日が、やっと、終わった。

志保をホテルに送り、家に帰ってきた。
両親に今日の式の様子を話す。
この時間まで起きているって言うことは、心配をかけてしまったらしい。
なるべく笑顔で報告した。
部屋に入り、実際の重さ以上に重たい引き出物をどさりと置くと、わたしは
クマのぬいぐるみを抱き締めた。
こみ上げてくる想い。
今日1日の出来事。
今までの思い出。
涙があふれてくる。
こらえようとしてもこらえきれずにあふれてくる

「浩之ちゃん、わたしはそんなに強くないんだよ」


……夢を見た。

目覚めると、傍らに眠る彼。
うつ伏せで気持ちよさそうに寝ている。
くす。まだしばらく起きなさそうだなあ。

軽くのびをしてから、着替えて、いつものように黄色いリボンを付ける。
部屋の一番いい場所に座る、クマのぬいぐるみにお早うの挨拶をして、
朝食の準備のためにキッチンに向かう。

式から3週間。
ようやく新しい生活にも慣れてきた気がする。
彼のために作る朝食。
今までも、何度となくご飯を作りに行ったけど、
そのときとは微妙に違う満ち足りた気持ち。
今、幸せという言葉を実感している気がする。

トントントントン。
るんるんる〜ん るる るるるる らららら〜♪
思わず鼻歌を口ずさんでしまう。
卵焼きにお味噌汁。
ちょっと味が濃いかな?

朝の支度ができたところで、彼を起こしにいく。
もうおきてるかな?
すぐ起きてくれるといいんだけどなぁ。

かちゃ。

布団にもぐりこんだまま、まだ眠ってる彼。
「朝ごはんできたよ」と肩をゆする。
バサッ
「きゃ」
また、寝た振りしてたんだ。
毎回毎回驚かされてばかり。
でも、それも浩之ちゃんらしくて好きだよ。
わたしはおはようのキスをしながら、そう思った。


……そこで目が、覚めた。

枕に埋めていた顔を上げ、辺りを見回す。
いつもと変わらない部屋。

ベッドの上のわたし。
傍らにクマのぬいぐるみ。

リボンも服も、お化粧もそのままで寝てしまったらしい。
目が腫れぼったい。枕も湿っている。

泣いて、泣いて、泣きつかれて、眠ってしまったみたい。
部屋の隅に、無造作に置かれた結婚式の引き出物が、昨日の現実を教えてくれる。

夢を見た。
夢の中には、幼い頃からの夢を叶えた自分がいた。
それはとても悲しい”夢”だった。

fin

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あとがき

 拙作をお読みいただきありがとうございました。
 このお話は智波さんの”LeafTeaRoom”で行われた競作SS、御題「名前の
出てこないSS」に投稿した「わたしの夢は」というショートストーリーの
増補改訂版です。
「わたしの夢は」をご覧くださった人達とチャットで話をしていた時に
「あかりちゃんなら式の最中はこんな感じになるんじゃないか?」などの意見
を頂きました。
 それにプラスして「式にあかりを呼ぶことをお嫁さんになる人はどう思う
か?」「呼ばれたあかりや志保や雅史はどう思うのか」という部分を付け加
えたのが今回のお話です。

 お読みになって感じたこと、思ったこと、ご意見ご批判ありましたら、多少
でもお教えいただけるとうれしく思います。あまりこの手の話は書かないだけ
に気になりますゆえ(^^;

 最後に、この度桜木さんのご厚意によりこちらに掲載して頂くことになり
ました。この場をお借りして、桜木さんに心からお礼申し上げます。
 また、このお話を一緒に膨らませてくださった、N.T.さん、ルージュさん
、里海さんに深く感謝いたします。

 では。                         ちひろ
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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