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坂と運河のある街から

 梅雨空も終わりの気配を見せ始めた、そんなある日のこと。
 お茶を飲みに来ていた裏のおばあちゃんがなにやら包みをとりだしました。
 はて、一体どうしたんでしょう?

 「あのね、ケンタから手紙とこんな包みが届いたのよ」

 おばあちゃんが笑ってそう言います。

 ケンタさん、いえ、ケンタくんと言った方がしっくりくる彼は、おばあちゃんのお孫さん。
 ちっちゃい頃からうちのお店に髪を切りに来る、常連さんのひとりでもあります。
 そう言えばここ何ヶ月、姿を見てないですね。

 「へー ケンちゃん今どこにいんだい?」

 マスターがあまり驚いた風もなく言います。

 「小樽だって。どこまで行ってんだろうね。あの子はさ」

 おばあちゃん、苦笑しています。
 でも、どこか嬉しそうな感じ。

 「小樽…… 蝦夷の国、ですか?」

 わたしがそう尋ねました。
 ヨコハマのあたりしか知らないわたしには、地図や本でしか知らない遠い遠い街。
 ケンタくん、”見聞を広めるため”と言ってはふらりと出かけてしばらく帰ってこないことが多いのですが、それにしても遠いですね。

 「そう、小樽だってさ。全くあの風来坊と来たら、うちでじっとしてた試しがない」

 笑いながらおばあちゃんが、そう答えます。

 「さしずめ花にでも誘われたかな?」

 マスターも笑っています。
 二人が、もちろんわたしも含めたみんながそんなに心配してないのは、ケンタくんを信頼してるから。
 なにかあってもきっと大丈夫、そう思っているから。
 今度もみやげ話が楽しみですね。

 「そんな感じよ。包みと一緒に手紙が入ってたから読むわね」

 おばあちゃんが包みから手紙を取り出すと、わたしとマスターに読んで聞かせてくれました。
 

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  ばあちゃんへ
 

  桜の花に誘われて、ふらっと旅に出てしばらくになる。
  桜を追いかけて北へ行くうちに、気がつくと蝦夷の国に来ていた。
  そういや途中で、えらく長いトンネルを抜けたっけかな?
  季節の割りには、ちっと寒い気がするわ。

  で、相棒と一緒にたどり着いたのが 運河が流れる街
  ここでちっとばっか ゆっくりしてこうかってことになった
  やっかいになる場所とバイトを見っけて、
  今、この小樽という街にやっかいになっている。

  やっかいになってみて、しばらく暮らしてみて、初めてその街がどんな街かわかるって、ばあちゃんよく言ってたもんな。

  小樽って街の匂いは、うちの近所の匂いによく似ている。
  匂いだけじゃなくて、人の温かさもうちの近所によく似てたよ。
 

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 「案の定か」

 マスターがあごをぽりぽりかきながら、そう笑います。

 「まあ、あの子らしいやね」

 おばあちゃんも笑っています
 わたしもくすくすと笑ってしまいました。
 だって、とてもケンタくんらしいから。

 「小樽って、ヨコハマみたいな街なんですね。港町で、坂が多くて……」

  ひとしきり笑ってからわたしがそう言うと……

 「こっちには運河はないけどな」

 と、マスターが笑います。

 「だからあの子も腰を据えたんだろうね。ま、そのうちフラッと帰ってくるでしょ」

 にこにこしながら手紙を見つめるおばあちゃん。
 本当に、うれしそうです。

 「さ、続きを読むわね」

 おばあちゃんが続きを読み始めました。
 

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  今やっかいになってるのは、加藤さんって言うブリキ職人さん。
  妙に気に入られたみたいで、色々教わってる。

  そうそう、小樽の町外れの坂の上には、水上さんのやってるオルゴール堂があってよ。
  今日そこまで行ってきたんだ。
  加藤さんは、水上さんに頼まれてオルゴールの部品も作ってんだって。
  今日届けに行ったのはその部品なんだ。
  いつもは美菜子ちゃんって言う元気のいいロボットの女の子が取りに来るんだけど、今日は急ぎみたいで、オレっちが届けに行ったんだ。

  水上さんとこには、ミナちゃんのほかに芹凪さんって言うやっぱりロボットの女の子がいて、水上さんと3人でお店を切り盛りしてるんだ。
 ちっと遠いのもあって、1,2度しか言ったことないけど、やっぱり暖かい雰囲気でよ。

  坂をひとしきりのぼって、登り切った先に水上さんちが見えてくるんだけど、その工房までバイク飛ばして届けに行った。
  確か店の横の工房に行けばいいんだったよな、と思いながらな。
 

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 「へえ、ブリキ職人に気に入られるとはね」

 とマスター

 「職人さんに縁があるのかね? あんたも気に入ってたしね」

 とおばあちゃん。
 確かにケンタくんはマスターのお気に入りです。

 「オルゴール堂……ですか」

 オルゴールの専門店だと思うけど、こっちじゃあまり聞かないです。
 一度見てみたい…そう思いました。
 どんなオルゴールが置いてあるんでしょう?

 「ブリキ職人さんにオルゴール堂かあ… 一度小樽って街に行ってみたいもんだな」

 マスターがわたしのほうを見ながらそう言いました。
 ふふっ、同じことを考えてたんですね。

 「お店にロボット…… ああ、そういえばしいちゃんもそうね」

 すっかり忘れてたようにおばあちゃんが言いました。

 「ええ、そうです」
 「ふふ、すっかり忘れてたわ」

 本当に忘れてたみたいです。

 「無理もねえな。オレっちでもたまに忘れることがあるしよ」

 マスターまで。
 そうなんでしょうか?
 

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  届け物も早めにすんだんで、オルゴール屋さんの中を見せてもらった。
  水上さんところのオルゴール堂にはたくさんのオルゴールがあって、そこでガラスコップに入ったちっと変わったオルゴールをみっけた。
  音を聞いたんだけど、なんとも言えない音で、一発で気にいっちまったから、たまたまそっちに帰るって人に、お願いして持っていってもらうよ。
  ばあちゃんとしい姉ちゃんの2人の分、割れないといいけどな。

  オレは、もうちっとここにいようかと思ってる。
  動くときはまた連絡するわ。

  んじゃ、ばあちゃんも元気でな。
  しい姉ちゃんとマスターにもよろしく伝えてな。
 

               坂と運河とオルゴール堂のある小樽から ケンタ
 

 追伸:芹凪さんやミナちゃん、誰かに似てると思ってたんだけど、今気づいた。
    2人とも椎那姉ちゃんによく似てるんだ。
    だから、初めて会うのになんだか前にもあったような気がしたんだな。きっと。
 

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 「で、これがそのオルゴール」

 おばあちゃんがそう言いながら包みを開けると、そこにはガラスコップに入ったオルゴールが。
 ちょっと色合いの違う、2つのコップ。

 「鳴らしてみていいですか?」

 どんな音色なんでしょう?

 「もちろん」

 とおばあちゃん。
 わたしにオルゴールをひとつ手渡しくれます。
 ゆっくりとネジを巻いて……

 流れ出すメロディ、ガラスに響いて不思議な音色を奏でています。
 なんだか、とても素敵な音。
 思わず、聞き入ってしまいます。
 

 曲のテンポがゆっくりとしてきて……
 ポン… と言う余韻とともに曲がとまりました。

 「いい音色だな…」
 「そうね…」

 マスターもおばあちゃんも聞き入っていたようです。

 「これ、ひとつはしいちゃんのだからね」

 とおばあちゃん。
 

 わたしの宝物がまたひとつ、増えました。
 
 
 

 「それにしても、椎那によく似た雰囲気のメイドロボ…か」
 「一度、会ってみたいですね」

 いつになるかわからないけど、小樽に行くことがあったらきっと尋ねてみよう。
 マスターと一緒に、そのオルゴール堂を。
 

fin991128

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ちひろです。
椎那のお話の番外編その7になります。
おばあちゃんの孫から届いた、包みと手紙。
それは……と言うお話ですね。
ご意見ご感想ありましたら、お願います(^^)

実はこのお話、Holmes金谷さんの「『「セ」印良品』」に
掲載されている「小樽水上オルゴール堂」シリーズに、番外編
として投稿したお話「坂と運河のある街で」とリンクしています。
このお話が椎那sideとすると、向こうのお話はケンタsideです。
もしよければあわせてご覧下さいませ。
「『セ印』良品」へは、夜桜のリンクから飛ぶことが出来ます。

ではまた。


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