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みんなといっしょにいたいから

とある火曜日 思い切って物置の整理をすることにしました
いつものマスターの思いつき… でも今日はちょっと違うみたいです

「ん〜 これはもういいな。これも…いいだろ」
ぶつぶつ言いながらマスターが物置の中身を選り分けます

わたしは横でお手伝い
大切なものや必要なものまで捨ててしまわないようにチェックです

「…ないなあ。どこに入れたっけかなあ? ここにないとなると…」
なにやらつぶやいてます やっぱり何か探してるみたい


…小一時間ほどして
物置のどこにこんなに入っていたのかと思うくらいの量を選り分けた時…

「あ、いた!」
マスターが大きな声を上げました

どうやらお目当てのものを見つけだしたようです
一体なんでしょう? 探し物って

「やっぱりな… 処分なんてするわけないもんな…」
マスターが物置からなにやら箱のようなものを出してきました

ちょっと大きめのがっしりとした箱
わたしにも見覚えのある… いえ、よく知っている箱

なんで今まで忘れていたんでしょう…


箱に積もったほこりを払い ふたを開けます
中にはノートパソコンといくつかのユニットとそして…

そして 体長12,3cmくらいのお人形
わたしとよく似た …そっくりの”小さな小さな”メイドロボット

「HM-13 Chibi… 個体名称”ちび椎那”」
マスターが彼女を箱から取り出しながらつぶやきます

「マスター どうして今頃になって…」
懐かしさと愛おしさとそれと… いろんな想いが入り交じって胸が一杯です


”HM-13 Chibi”
携帯用小型筐体として開発された、HM-13シリーズのひとつ
外観はHM-13をベースに若干のデフォルメが施されている
小型ゆえにサテライトリンクサービス等に制限があるけれど
HM-13からデータを転送することにより
出先でも家や会社に準ずるサービスを可能としたタイプ…


懐かしいですね
昔は彼女の姿でよくお仕事のお供をしたものです

 会社でのお手伝い −今思うと邪魔してばかりでした−
 部署のみなさんに可愛がっていただいたこと
 行き帰りの電車でのこと
                :
                :

不意に記憶がよみがえってきました
あの頃のままの 鮮やかな記憶が

呆然と立ちつくすわたしに マスターが彼女を手渡してくれました
思わずキュッと抱きしめます

小さな彼女 もう一人のわたし もう動かない わたし


あの日 その瞬間は唐突に訪れたそうです

彼女の小さな身体が急に動かなくなって
なにをしてももう起動しなかったと聞きました

それまではなんともなかったのに…

そのときの記憶は 永遠に彼女の中に封じられたまま
バックアップから起動したわたしにとって あの日の記憶は抜け落ちたままです

未曾有の天災で もともと数の少ない彼女の技術もパーツも失われていましたから
もう手の施しようがなくて でも処分するには忍びなくて だから箱にしまって…

そうでしたね


「今にも動き出しそうだよな。”こんにちは〜です〜”ってな」
ポケットに両手をつっこんで マスターがつぶやきます

「ええ… でも、動かないんですよ…ね」
「そうだな。悲しいがそれが現実だ」

「どうして。どうして今になって。今になってまたこの子を出してきたんですか?
 動けないこの子を。 あのまま静かにしておいてあげたらいいのに。なぜ…?」
そんなつもりはなかったのに マスターを責める口調になってしまいます

「昨夜な、夢を見たんだ」
空を見上げてマスターがつぶやきました

「…夢?」

「ああ、ちびしいの夢を…な」

「夢の中であいつふくれっつらしててな。わたしもお店に居たいって、
 みんなと一緒に居たいんだって、そう言うんだよ」

「……」

「あいつが寂しがってるような、そんな気がしてな。たとえ動かなくても店に
 おいてやろうって、そう思ったんだよ」

「そう…です、か」

目を閉じると彼女の声が聞こえてきます
”「わたしもお店に居たいです〜 みなさんと一緒に居たいです〜」”

そうですね そうですよね
みんなと一緒に 居たいですよね

もう一度キュッと彼女を抱きしめます
ごめんね さみしい想いをさせて ごめんね と



ヨコハマの近くに建つ 古びた建家の床屋さん
そこにはマスターと 看板娘と そして…

そして ”小さな小さな”メイドロボットが
みなさんのお越しを 待っています


fin990210
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990803若干手直し
椎那のお話の番外編02です。
まあこう言うこともあるかな?ということで。

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