リストに戻る。  
うけつがれたもの


  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ
  静かなお店の中に 心地良い音が響きます

  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ
  響くというには 小さい音

  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ
  静かな店内に その小さい音が響きます


  小さな心地良い音の源が 私の手元に置かれています
  二つの音の源 金色と銀色の小さな塊
  それぞれが 一定のリズムで音を響かせます

  金色をしたそれは 先々代の更に先代の持ち物
  数日に一度 りゅうずと呼ばれる部分を回します
  回しすぎると壊れちゃうそうなので 慎重に回します

  銀色をしたそれは 先々代の持ち物
  これも数日に一度 しばらくの間振ってあげます
  腕につけると振りやすい そうマスターが言っていました


  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ


  どちらもマスターが受け継いで ずっと大事にしていたものです
  銀色を腕につけ 金色は引き出しにいれて大事にしていたものです
  体の一部 だったのかもしれません

  そう言えば 以前マスターが言ってました
  金色のものも銀色のものも もう直してくれる人がいないと
  いつかは動かなくなるかもしれない と
  だからそれまでは動かしたい 働いてもらいたいと

  金色も銀色も 今もチクタクと動いています
  銀色はたまに腕につけて 金色は引き出しに入れて
  私の腕には少し大きくて ずっとつけてはいられないけれど


  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ


  数日に一度 金色と銀色の世話をします
  金色のりゅうずを回して 銀色を振って
  そうしていれば 金色も銀色も気分よく動いてくれます

  他にすることといえば 磨くことくらい
  柔らかい布で 金属の部分をゆっくりと磨きます
  あっという間に終わってしまうから できるだけゆっくりと

  磨いたら窓辺に置いて ながめます
  光があたって キラリと光る金色と銀色の色違い
  ちょっと傷があって でもつややかで素敵です


  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ
  同じリズムで時を刻む 金色と銀色

  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ
  機械式特有の重さをもった 二つの塊

  チッチッチッチッチ チッチッチッチッチ
  金色を引き出しにいれ 銀色は今日は腕につけて


  チッチッチッチッチ
  心地よい音に 気持ちを重ねて

  チッチッチッチッチ
  響く音に 想いを委ねて

  チッチッチッチッチ
  今日はお客さん 来るかな



fin20130317


リストに戻る。  / あとがき