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はなびえ

 

桜の花が 咲き乱れ
春めいた風が あたりを吹き抜ける
そんな3月の ある日のこと


ここしばらく吹いていた南風は どうやら今日はお休みのようす
代わりとばかりに 朝から北風ががんばっています
まるで過ぎていった冬将軍を 連れ戻そうとするかのように




「うわー、今朝は寒いなぁ」
そう言いながら マスターがお店に入ってきました
まだしまっていなかったどてらを 白衣の上から羽織っています
本当に寒そうな そんな様子


「ブルーフレームに石油残ってたっけ?」
マスターが ストーブを見ながらそう言いました
「入ってますよ」
とわたし 明日にでも抜こうと思っていたところなんです


「よし、つけようつけよう。寒くてやってらんねーや」
マスター 早速マッチを擦ってストーブに火をつけました
青い炎が わっかの形に燃え上がります
ブルーフレームと言う名にふさわしい 透きとおった青い炎です


「ふー、しかし急に冷え込んだなぁ」
マスターが ストーブの上に手をかざしながら言いました
「そうですね」
わたしは お店の朝の準備をしながらそう応えます




部屋の中が温まった頃 ようやくマスターがどてらを脱ぎました
でもまだストーブの前 よっぽど寒いんですね
手をかざすのをやめたと思ったら 今度は背中を温めています


桜の花が満開を迎え コートをしまっても大丈夫かな? と言う時期
それなのにこの寒さときたら 一体どうしたのでしょうか?
外の桜が北風にさらされ 凍えています




「花冷え、とは言うけど、ちっと寒すぎるな」
マスター 苦笑い
確かにちょっと寒すぎです これでは真冬と変わりません
ストーブの炎が とても暖かく感じられます


カラン コロン
「うー、さみぃー」
お店が暖まったのを見計らったように ドアが開きました
ナイスタイミング です


「マスターにしいねえちゃん、よっ」
マスターとわたしに軽く手を上げて挨拶したのは 裏のケンタさん
セーターを着込んで 身体を丸めて
外は かなり寒そうです


「お、ストーブじゃん。うち先週片付けちまってさ」
そう言いながら ストーブの横へ移動するケンタさん
マスターと同じように手をかざし それから背中を暖めています
並んだ姿まで よく似ているような気がします


 

シュンシュンシュン
ブルーフレームの上のやかんが 音を立て始めました
やかんの口から 湯気が勢いよく立ち上ります


急須にお茶を入れ 沸いたばかりの熱いお湯をその中へ
ふわっと立ち上る香ばしい香り しばらくおいてから湯飲みへ
身体の芯から温まる ほうじ茶のできあがりです




「ズズズズズ…… ふぅ、あったまるなー」
これはマスター にっこり笑っています
「ズズッ あちっ」
これはケンタさん なんとなく予想通り


ブルーフレームにあたりながら ほうじ茶をすする2人
なんだか仕草がよく似ています 不思議なくらい
昔はそんなでもなかった と思うのですが……
そばにいると 年とともに似てくるものなのでしょうか?


「……しいねえちゃん、あによ?」
2人をじーっと見ていたわたしに ケンタさんが声をかけます
「2人ともしぐさが似ているな って思って」
2人とも「そうかな?」と首をひねっています やっぱりよく似た仕草です


「んーっ ようやくあったまった気がするよ」
寒さで固まった体をほぐすように ケンタさんが伸びをしました
「でもよー 外に行くのはまだちっと勘弁だな」
外の様子を見ながら 苦笑いをしています




外は 相変わらずの寒さの様子
道行く人が ポケットに手を突っ込んだり背中を丸めたり
今外に出ると せっかく温まった身体がまた冷えちゃいそうです


ブルーフレームを囲む マスターとケンタさん
ほうじ茶の入った湯飲みを持って 動こうとしません
まるで 足に根が生えたようです




「こうさみいとなにかしようって気がおきないねー」
「だなぁ」
二人とも そんな風に言って笑っています
外の寒さを だしにするつもりみたい


「そういや前にもこんなことがあったなぁ」
マスターが 思い出すように言いました
「まだ椎那がうちに来たばっかの時に今日みたく冷え込んでよ」
そういえば そんなこともありました


「あんときは大雪も降って、雪かきが大変でよ」
マスターが 身振りを交えながらケンタさんに話します
「そいつは勘弁だなぁ」
ケンタさん 首をすくめて笑っています


カラン コロン
「おーっ さみい」
ドアを開けて 坂の上のおじさんが入ってきました
どうやらもうひとつ ほうじ茶が必要みたいです




3月下旬の 急な冷え込み
一度は脱いだコートをまた羽織りたくなるような そんな寒さ
大の大人が3人並んで ストーブを囲むその姿は
でも なぜだかかわいらしく感じられました


fin20021002


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