ちかみち
 
 

ある冬の日の夕暮れ マスターのお友達の家にお邪魔した帰り道
「近道をしよう」 そうマスターが言い出しました

来るときは丘のすそをぐるっと回るように歩いてきたのですが
その丘を登って降りて ショートカットしようと言うのです

お友達のお家には 今まで何度かお邪魔したことがありますが
近道をするのは初めて

一体どうしたんでしょうか?
もしかするといつもの”思いつき”なのかもしれません
 

「本当にこの道ですか?」
マスターが近道だと言う坂の前で もう一度確認します

「大丈夫、まかしておけ」とマスター
この辺の道は入り組んでいて行き止まりが多いから ちょっと心配です

マスターが意気揚揚と坂を登り始めます
かなりきつい坂 自転車に乗ったままでは登りきれない 急な坂です

「健康にいいから」と歩くことが多いのですが
今日だけは車にしたほうがよかったかもしれません
 

夕日を背中に受けて ゆっくりゆっくりと坂を登っていきます
マスターがいつもより楽しげに見えるのは 気のせいでしょうか?

しばらく坂を登ったところに「この道通り抜けできません」の立て札
もう一度マスターに尋ねます

「本当にこの道でいいんですか?」
「心配するな。これは車用に立ってるんだよ」マスターが笑って言います

そんなマスターの言葉と裏腹に 道はどんどん細くなっていきます
本当に大丈夫でしょうか?
 

人が並んでやっと通れるくらいの細い坂
マスターの一歩後ろを歩きます

しばらくすると道が少し太くなりました
道端に車が停まっています

「な、大丈夫だろ?」マスターが得意な顔で言います
確かにそうみたいですね。

車が入ってこれると言うことは どこか太い道につながっている証拠
どうやら行き止まりではなさそうです
 

しばらくして坂の終わりに着きました
マスター息が上がってます 大丈夫でしょうか?

「そのまま、後ろを振り返ってごらん」不意にマスターがそう言いました
言われたとおり振り返ります

振りかえるとそこには 夕日に照らされた街並みが広がっていました
遠くの山の端の近くには沈み行く大きな夕日

「なかなかいいだろ?」とマスター
夕日に照らされて ちょっと 格好いいです
 

空が茜色から紫に変わり やがて暗くなっていきます
いつまでも見ているわけにいかないですね 帰りましょうか

マスターと並んで丘の上の道を歩きます
太い道を道なりに沿って行くと やがて下り坂になりました

さて 一体どのくらいの近道になったのでしょう?
街灯の照らす坂道を下ります

あれ? マスター言葉すくなです
疲れちゃったのでしょうか?
 

坂を降りきったその場所は 家まで半分を過ぎたあたり
あまり近道になってないです

もしかしたら坂を上り下りした分 遠回りかも…
隣を見るとマスターが頬をかいています

「あ、あれ? おっかしいなあ…」とマスター
でもあまり困った風に見えません

「ま、夕日もきれいだったことだし善しとしようや」そう笑っています
なるほど そう言うことですか
 

「なにが『大丈夫、まかしておけ』ですか」
そっぽを向いて ちょっと意地悪くそう言ってみます

「うっ…… いや、その、…な?」
マスターはちょっと困ったような顔

「冗談ですよ マスター」
微笑みながらマスターの方に振り返ります

「遠回りしてみるものですね。あんなに素敵な夕日が、見れましたから」

fin990203
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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