「セリオ買いました5 〜降る雨を見つめて〜」 
 

    「……えほんみたいだね」
    空を見上げながら、妹はそうつぶやいた。


  唐突だが、うちのセリオは雨が好きだ。
  いや、より正確には「雨を見る」のが好き、だ。
  セリオタイプが雨好き、と言うのは聞いたことはないが、本人が好きだと言うからにはそうなのだろう。
  ちびすけ――ちびセリオも雨を見るのが好きと言っていた。
  この間も、オレが仕事に行っている時に二人してほけーっと降る雨を見ていた、らしい。
  雨に限らず、二人の好みは大体一致する。
  なんだかよく似た姉妹みたいだ。
  親子に見えることもある。
  シンクロ機能でもついているんだろうか?
  不思議なもんだ。


  その日は朝から雨が降っていた。
  せっかく取れた休みなのに、これじゃ出かける気にもなれない。
  やれやれ、だ。
  セリオは朝食の片づけを終え、洗濯→掃除と言ういつもの日課をこなしている。
  ちびすけはセリオの肩に乗ってなにやらおしゃべりをしている。
  本人曰く「あれはお手伝い」らしい。
  もっともオレに言わせりゃ、あれは手伝いどころか邪魔してるようにしか見えない。
  オレは特にすることもなく、ネットで掲示板を見て回ったり、貯まったビデオを見てみたり、
 寝転がってごろごろとマンガを読み、掃除をしているセリオの邪魔をしてみたり、んでもって
 「――そんなところでごろごろしていると、お掃除の邪魔です」と言うお約束のセリフを言われてみたり。
  要するに暇を持て余していた。
  とにかく落ち着かないのだ。

  「――たまのお休みですから、ゆっくりされたらいかがですか?」

  とセリオは言うのだが、そう言われてもなあ……


  昼食後。
  ちびすけは昼寝。
  オレはどうにもやることがなくて、結局会社から持ってきた資料を広げデータのまとめを始めてしまった。
  テーブル越しに窓、その向こうにベランダと灰色の雨空が見える。
  あー、まったく恨めしいぜ。
  セリオはコーヒーを入れると、文句も言わずオレの横に座った。
  何も言わないが、オレが詰まった時にすぐサポートできるように、と言うことなんだろう。
  こう言う気遣いは、正直助かる。
  早速作業開始。
  黙々と作業。
  作業、作業。
  うーむ。
  わけわからんデータだ。
  誰だ、これまとめたのは。
  全然解析できてねーじゃねえか。
  しかもレポートの文書、日本語がおかしいし。
  セリオの助けを借りつつ複雑に絡まったデータの要因の解析と、レポートに書かれた文章の
 解読。
  いかん。適度に腹が膨れたところで頭を酷使したせいか眠く、なって、き……


  ハッと気がついてあたりを見回す。
  どうやら会社の資料に突っ伏して寝ちまったらしい。
  背中に毛布の感触。
  セリオがかけてくれたのだろう。
  寝起きでぼんやりとした目の焦点が、ようやく合ってきた。
  資料の散らかったテーブル越しに窓、その向こうにベランダと人影と雨空。
  なんだ。
  また雨を見ているのか。
  セリオは寝ちまったオレに毛布をかけると、ベランダに出て降る雨を見ていたらしい。
  傘もささず、ほけーっと空を見上げている。
  いくら屋根付きのベランダとは言えそのままじゃ濡れちまうだろうに。

  「うにゅ……」

  その時、テーブルのすみからそんな声が聞こえてきた。
  どうやらちびすけが目を覚ましたらしい。

  「あう、ご主人様〜 おはようございます〜」

  手の甲で目をぐしぐしとこすりながら、ちびすけが間の抜けた挨拶をする。
  まったく、ここまで人間くさく作ることもないだろうに。
  ちょいと苦笑い。
  愛嬌があって、オレは好きだからいいけどな。

  「ご主人様〜 セリオさんはどしちゃったんですか〜?」
  「雨見てるよ」

  ちびすけの問いに、ベランダを指さしながらそう答える。

  「あー、わたしも雨が見たいです〜」

  ちびすけは雨と聞いてセリオの居るベランダに向かって一目散に走り出した。
  そして……
  てってってってってっ……べしっ。

  「あうっ」

  お約束のように窓に激突してひっくり返った。
  あーあ。
  相変わらず学習能力がないというかなんというか……
  あれでも一応は学習型のはずなんだけどなぁ。
  やれやれ。
  起きあがったちびすけを肩に乗せる。
  セリオがこっちにやってきて窓を開ける。
  ちびが窓にぶつかった音に気づいたんだろう。

  「――大丈夫ですか?」
  「はい〜」

  どのくらい雨を見ていたのだろう、セリオの髪が雨でしっとりと濡れていた。
  ちびがオレの肩からセリオの肩へ器用に乗り移る。

  「――雨を見ていました」
  「そうか」
  「――はい。部屋に戻ります」

  起きてきたオレに気遣ってか、部屋に戻ろうとするセリオ。

  「えー、わたしも雨がみたいです〜」

  昼寝で雨を堪能していないちびがむくれる。

  「――マスターが目を覚まされましたし、また雨が降ったらにしましょう」

  ちびを諭すセリオ。
  でも、ちびのほっぺは膨らんだまま。
  はいはい、わかったよ。
  全くなにが面白いんだかな。

  「ちょっと待ってろ」

  オレは苦笑いしながら部屋の中に戻り、玄関の傘立てから傘を調達。
  ベランダに戻り、傘を広げてセリオとちびをその中に入れた。

  「これなら濡れないだろ?」
  「――よろしいのですか?」

  セリオがオレに問いかける。

  「まあ、たまにはな。今日は暇だし」

  空を見上げながら誰に言うとはなしに、そう答える。

  「ありがとです〜」

  満面の笑みのちびすけ。
  すごく嬉しそうだ。
  柄でもないことをしたせいか、ちょっと照れくさい。


  二人と一緒に、ほけーっと雨を見てみる。
  空も景色もいっしょくたに。
  灰色の空、雨に煙る空気、滲んだような景色、それを見る、セリオとちびとオレ。
  この雰囲気、なんて表現すればいいんだろうか。
  うまい言葉が見つからない。
  こう言うときは、自分のボキャブラリーのなさが恨めしい。

  「絵本の中ってこんな感じでしょか?」

  不意にちびすけがそう言った。

  「――そうかも知れませんね」

  セリオがそう応える。


    「……えほんみたいだね」
    空を見上げながら、妹はそうつぶやいた。


  ああ、そうか。
  さっき見ていた掲示板の似たようなシチュエーションを思い出した。
  うまいこと言うもんだ。


  結局、セリオが夕飯の支度を始めるまで三人で雨を見ていた。
  一日中降り続いた雨のお陰で、一歩も外に出なかった。
  ……でもまあ、たまの休みに降る雨も結構いいもんだな。


fin20030525

------------------------------------------------------
あとがき
  1年数ヶ月振りの「セリオ買いました」シリーズです。
  某妹スレの無口兄さんの書き込みに触発されて書きました(笑)
  結果として無口兄さんのカキコの足下にも及ばない代物になりましたが、ひとえに
 おいらの力量不足と言うことで(苦笑)
  それはともかく。
  無口兄さん、いつも良い萌えバナをありがとうございます(何か違う?