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セリオが部署に届いたら
-あるセリオ管理者の苦難の日々-

 うちの部署にメイドロボットが試験導入されたのは、彼女が発売されてから半年のことだった。
 当初、発売と同時に導入の予定が、労組(労働組合)との絡みで大幅に遅れたのだ。
 会社は、結婚退職等による欠員の補充という説明をしたが、労組は実質的なリストラだと反発し、半年近くにらみ合ったままで膠着状態だった。
 結局すったもんだの末、欠員補充を厳守すること、試験導入時に不具合があった場合は導入を見送ることを条件に彼女の試験導入が、つい先日認められたのだ。
 

 そして今日、来栖川電工製のメイドロボットHM−13”セリオ”がうちの部署に納品されることになっていた。
 その管理責任者を僕が担当することになっている。
 なんのことはない。1週間前にいきなり部長に呼び出されて、管理者に任命されたのだ。
 固定資産だから名目上の管理者が必要なのはわかるが”なにを管理すればいいんだろう”と思わず途方に暮れてしまった。
 実際の実務の指導は事務の女性がやってくれるので、僕の役目は彼女の機密データ管理と実務機能のチェック、育成と言うことらしい。
 ま、新人の実習と同じに考えればいいかな……?
 

 そうして彼女はやってきた。
 まず、メンテユニットの据えつけをしなければいけない。
 工務グループのおっちゃん達は「機械なんだから倉庫の奥にでも入れておけばいい」と言っていたが、姿形はどこから見ても人間そっくりだし、マニュアルにもほこりを避けるよう書いてあった。
 さすがに倉庫の奥と言うわけにはいかない。
 そこで、事務の女性と相談して事務室の空いている一角を使うことにした。
 メンテユニットの据えつけも無事済んで、立ち上げを始める。
 事前情報として、所属部署と社秘に触れない範囲での基本情報は与えてあるので、なにも教えなくても当座の業務はできるということだったけれども……

 ブーン。ピピピ。

 1分ほどして、涼やかな女性の声がセリオから聞こえてきた。

 「――初期設定を開始します。マスターの名称をご自身の声でお知らせ下さい」

 うーむ。困ったぞ。
 マスターすなわち彼女のご主人様を登録しろと言うことなんだが、この場合はどうなるんだろう?

  管理者だから僕なんだろうか?

  それとも部署の長たるうちの部長なのだろうか?

  会社の持ち物だから…… もしかして社長とか?!

  困ったなぁ。

 すると、それまで黙って見ていた部長が口を開いた。
 「永野君が管理者だし、永野君の名前で登録しておいてもらえるかな」

 ?!

 「はぁ…… わかりました」
 「マスターは、永野智博(ながのともひろ)…… 僕だ」

 「――承知いたしました。マスターを永野智博様に設定いたします」
 「――引き続き機体の固有名称を設定して下さい。デフォルトはセリオです」

 僕は部長のほうを振り向いた。
 「どうしますか?」
 「永野君、何かいい名前ないかな?」
 「まさか名前を付けれるとは思わなかったので、考えてないですよ」
 「ならシンプルにデフォルトでいいんじゃないかな? 名称変更はあとからでもできるだろ?」

 あっさりと決まった。

 「わかりました。えーっと、君の名前は”セリオ”綴りはローマ字でserio、いいかい?」
 「――固有機体名設定しました。私は「セリオ」です。宜しくお願いします。ご主人様」

 セリオは僕のほうを向くとそう答えた。
 うーむ。 ご主人様というのはちょっと違うよなぁ……

 「部長、今の呼び方はまずいですよね?」
 「そうだな。ま、確かに他の部員がやきもち焼きかねないから、確かに別の呼び方のほうがいいかも知れないな」

 やきもちとかそういう問題じゃないと思うんだが……

 「セリオ、その、僕の呼び方だけど、ご主人様ってのはなんとかならないかな?」
 「永野さん、人間に頼んでるみたい」事務の星野さんがちゃちゃを入れる。

 確かにセリオはロボットなんだから「命令」すればいいんだろうけど、どっから見ても人間だしなぁ。
 ”命令する”ことにはちょっと抵抗を感じた。

 「――ご主人様をご主人様とお呼びしてはいけないのでしょうか?」

 セリオがちょっと首を傾げながら言った。

 「あとで説明するけど、僕のことはご主人様ではなく、名字の永野か、もしくは名前の智博のどちらかで呼んでくれないかな? できれば名字のほうがいいと思うんだけど」
 「――わかりました。今後ご主人様のことを、名字で「永野さん」とお呼びします」
 「それじゃ、業務の細かいところは、こちらの事務担当の星野さんに教えてもらうようにね」
 「――承知しました。星野さんお願いいたします」

 星野さんに向かって、セリオは深々とおじぎをした。
 
 

 セリオの仕事ぶりはみんなを唸らせるのに十分だった。
 教えたことはすぐにこなせるようになるし、ミスもない。
 「決定権」を与えていないから、最終的には星野さんに確認をもらうのだが、彼女が言うには”セリオの判断は的確で確認の必要を感じない”のだそうだ。

 「永野さん、わたしの仕事なくなっちゃうわ」
 星野さんは苦笑気味にそう言っていた。

 加えて一つみんなに喜ばれたことがあった。
 通常、事務担当の星野さんは定時出社の定時上がりだ。
 月末や期末の締めともなるとそうもいかないが、家では2人の子供のお母さんでもあるし、なるべく早く帰るようにしている。
 しかし、研究所は24時間……とまではいかないものの、かなり遅い時間まで明かりが灯っていることが多い。
 当然事務処理が必要な突発事項も出てくるのだが、今までは翌朝に処理することになっていた。
 それでは間に合わないものは、当事者が直接手配をしていたのだ。
 一方セリオは、メンテユニットを事務室に置いてあることもあって、「学習のため」と称して僕のところに来ていない限りは業務が終了しても事務室にいることが多い。
 確かに彼女は決定権を持たないが、原材料の突然の手配など、当事者が明確に責任をとれるようなことに関しての処理はできる。
 つまりどんな深夜に事務処理が必要になっても、セリオが対応してくれるのだ。
 これがうちの部署の連中にうけた。
 元来、研究者と言うやつは、もちろん自分も含めて、物事に没頭するタイプが多い。
 できれば煩わしい雑用なんてしたくないのだ。
 かなり説明が長くなってしまった。
 要するに、これまでは自分でしなければいけなかった深夜の事務処理、これを引き受けてくれるセリオは部署の連中から歓迎されたのだった。


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