ここはとある司令部に併設された食事処「鳳翔」。
今日も今日とて任務の疲れを癒やしに艦娘たちが集まってきていた。
カウンターでくだを巻いている潜水艦もその一人だ。

「もう、オリョクルは嫌なんでち」

 カウンターに突っ伏した潜水艦伊58はそう吐き捨てるように言った。
結構酒が進んでいるようだ。完全できあがりモード。疲れたサラリーマン
のようである。

「ごーやちゃん、そのくらいにしておかないと身体に触るわ」

 見かねたのかここの女将軽空母鳳翔がそう声をかける。

「ふん、放っておいてくだち。ゴーヤはくるくるとオリョクルってればいいんでち。
他の仕事はないんでち。たまには他の海域にも行ってみたいのにぃ。
鳳翔さん、もう一杯でち」

 鳳翔の取りなしもどこへやら。まかれた管が二、三周しそうな勢いだ。

「もういっぱい、なんでしょ? お、し、まい」

 鳳翔がグラスを引き取り、冷えた水を差しだした。

「えー、まだ飲むよぉ」

 まるでだだっ子である。

「困った子ねえ。今日は随分と悪いお酒じゃないの? どうかしたの?」

 あまりの様子に鳳翔も心配になってきたようだ。

「なんでもないでち。ちょっと調子が狂ってるだけでち。明日になれば治
るんだからぁ」

 なんでもなかったらこんな風にくだを巻くこともいつも以上にグラスが空くこともなかろう、
はてさてどうしたものかと思案する鳳翔。とその時小耳に挟んだ話を思い出した。
他の司令部に海外から戦艦や重巡、駆逐艦等が派遣されてきており、この司令部にも
潜水艦が着任した、と言う話だ。残念ながら鳳翔はまだ会う機会に恵まれていなかった。

「そう言えば潜水艦に新しい仲間が増えたみたいね。どんな子なのかしら」

 世話好きのゴーヤのことだ、きっとその子のことを教えてくれるだろう。
そうすれば日々の任務の話から少しは離れられるに違いない。
鳳翔はそう思って話を振ったのだが……。

「……」

 ゴーヤがなにやらうめいている。

「ごーや……ちゃん?」

 期待した結果が得られず、むしろ逆効果だったのではないかというゴーヤの反応に
ちょっと心配になる鳳翔。

「苦手でち」
「え?」

 予期せぬゴーヤのつぶやき。

「苦手なんでち。あのタイプは見ていてイライラするんでち。
もっとしゃきっと動いて欲しいのに、ワンテンポずれるんでち」

 どうやら新しくきた潜水艦と波長が合わないらしい。

「そりゃあ、独逸から来て日本語にまだ慣れないのは仕方ないと思うし、
元々大人しい性格だってのもそう言われればそうなのかなぁって思うけど、
とにかくペアを組んでいて思うように動いてくれなくて、
返事も良く聞き取れないくらい小さいから余計イライラするんでち」

 ここは言いたいだけ言わせて話を聞いてあげようと鳳翔が腹をくくる。

「悪い子じゃないのはわかってるんでち。ゴーヤが合せれば済むこともわかってるんでち。
でも一緒にオリョクってて疲れるんでち。これなら一人で回ってる方が楽でち。
きっとゆーはゴーヤのことをうるさい先輩だと思ってるに違いないでち。
でもゆーは優しくて大人しい子だから絶対そうは言わないんでち。
だからキツく当たることもできないしツラいんでち」

 それで飲んでうやむやにしようとしたのか、と合点がいく鳳翔。とは言え
今後もこう言う状態では任務に差し障るだろう。特にバディーとの息が合わないと
連携不足でいらぬ被弾を受けることもある。やんわりと潜水艦の誰かか、
最先任秘書艦の五月雨か、いっそ提督本人に伝えた方がいいかもしれない、
ゴーヤの様子を見ながら鳳翔はそう思った。

「そうですね。組んでる相手と息が合わないのは辛いですね」

 ゴーヤの横に新しいおしぼりを置きながら鳳翔が返す。

「ゆーなんか、ゆーなんか……」

 ゴーヤの声がだんだん小さく遅くなり、かすかな寝息に変わった。
飲んで喚いて疲れて寝てしまったのだろう。こうなってしまっては仕方がない、
潜水艦の誰かに連絡して部屋に連れて帰ってもらうか、それとものれんまでは
このまま寝かせてあげようか、そんな風に考えながら鳳翔はゴーヤの背中に
タオルケットを軽く掛けた。

 カラカラカラ、と言う音がして、店の引き戸が開いた。
そこには鳳翔が目にしたことのない艦娘が一人、店内に首を突っ込み
おどおどとあたりをなにか探すように見回していた。
独特の服に透き通るような白い肌。ああ、この子がゴーヤのバディーの
新しく海外からきた潜水艦か、と思い至るまでにそう時間はかからなかった。

「いらっしゃいませ。中へどうぞ」

 鳳翔が他の客にかけるのと同様の言葉をその艦娘にもかけた。

「あ、あの……。でっち……ここに……」

 色白の独逸潜水艦Uー511がたどたどしくそう答えた。

「うん、いますよ」

 確かに大人しそうな子だなと鳳翔は思った。だから努めていつも以上の
笑顔で迎える。

「でっち、出て行ったまま帰ってこなくて。ゆー、心配で探しに来たの」

 そう答えたゆーはちょっと背伸びをするような感じで店の奥にゴーヤの
姿がないか探している。

「そうだったんですか。ちょっと飲み過ぎたみたいで、ここで寝てますよ」
「よかった……。でっちーっ」

 鳳翔の言葉に安心したような仕草を見せるゆー。そして店内にゴーヤの
姿を認めると、近くまで駆け寄ってきた。

「でっち、Alles Klar?(アレスクラー、大丈夫?の意) 明日も出撃あるから帰ろう?」

 ゴーヤの顔を心配そうにのぞき込みながら、ゆーがそう話しかける。
と、ゴーヤがむくっと身体を起こした。

「でっち言うな」
「でも……」

 不機嫌そうに、でもどこか照れくさそうに、そしてちょっとだけうれしそうに
ゴーヤがそう返した。

「あー、もう、おちおち飲んで寝てもいられないでち。
鳳翔さん、この子になにか出してやってくだち」
「はい、ただいま。飲み物はなにがいいかしら」
「え……?」

 ゴーヤの言葉に戸惑うゆー。

「早くなにか頼むでち。お店に入ってきてなにも頼まないのは失礼でち。
ゴーヤのおごりだからお金は心配しなくていいでち」

 ゴーヤはそう畳みかけるとプイと横を向いた。そんなゴーヤの仕草を見てゆーが微笑む。

「うん。Dunke、でっち」
「だからでっちって言うな」

 まったくお節介なんだからぁ、その小さなつぶやきはたまたま前に立っていた鳳翔にだけ届いた。
ああ、なんだ、心配いらないじゃないか、そう鳳翔は思った。そしてこの愛すべき二人に
どんな飲み物を振る舞おうか考え始めていた。


fin

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あとがき
お読みいただきありがとうございました。
なんじゃこの話はと思ったあなた。その通りです。
このお話はHolmes金谷さんが発行した鳳翔さん本の原稿が1p 足りないという話に
なった際に、じゃあ1 ページでっち上げよう、と書かれたお話です。
「でっちあげ」「ん? でっち??」「ああ、じゃあゴーヤの話にしよう」と言う何と
も安易な背景を背負っております。
それではまたどこかで。よき艦これライフを。



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