とある鎮守府のとある司令部。その本館のとある廊下。

「あたしは行かないわよ。なんでクソ提督の随行なんかしないといけないのよ」

 廊下にトレーニングウェアに身を包んだ駆逐艦曙の声が響き渡る。
 手が空いているなら提督の外出に一緒に行かないかと声をかけた駆逐艦五月雨が
声が大きいと苦笑いをするが、曙は意に介さないようだ。

「聞こえたら聞こえたでいいわよ。とにかく、あたしは行かないから」
「う、うん、わかったよ。それじゃ行ってくるから留守番お願いね」

 五月雨はそう言い残すと提督執務室へ戻っていった。
 曙は五月雨の後ろ姿を見送ると腰に手を当てて鼻息荒くトレーニング室へと歩き出した。
 
「五月雨、戻りました。お待たせしました。提督」

 五月雨がこの司令部の提督に声をかける。

「おお、すまんな。……ん? 五月雨一人じゃないのかい?」

 提督は五月雨の後ろにいる複数の艦娘の姿に驚いたようだ。

「あはは、すみません。せわしなく歩いていたせいか、すれ違う人たちに声をかけられ
まして、提督の外出の随行だと行ったら手すきのものが自分たちも行くと……」

 当直ではないものばかりなので構わないと思って、と五月雨が付け加えた。
 確かに当直明けのもの、非番、代休、理由は様々だが運用上問題ないものたちばかりだ。
 いずれも曙の剣幕になにごとかと顔を出し五月雨から事情を聞いて随行を志願したのだった。

「ふむ。まあいいだろう。外を見るのも勉強のうちだからな。全員外套を忘れないこと。今日は冷えるそうだぞ」

 提督がそう言うと五月雨の後ろの艦娘たちから歓声が上がった。


 とある司令部のものがたり〜鳳翔さんの買い出し〜


 それはある初冬の朝早く、空母鳳翔が外着に外套を羽織って店の仕入れに出かけようとしていたときのこと。

「鳳翔さん、おでかけっぽい?」

 駆逐艦夕立が鳳翔に声をかけた。
 いつもの格好に外套を羽織りマフラーを巻いたその姿はいつにも増して可愛らしいものであった。
 駆逐艦と言えど改二ともなればそれなりの処遇をされそれなりの所作をとるものなのだが、
夕立は容姿が若干変わってもそのそぶりがなかった。
 いや、この司令部で改二になった艦娘は誰もがそのように以前と同じ振る舞いをするのだ。
 それは吹雪も北上も足柄も変わりはない。

「ええ、早い時間に行かないと市場からめぼしいものがなくなってしまうから」

 鳳翔が笑みを浮かべてそう返した。

「じゃあ、夕立が護衛に志願するっぽい!」

 満面の笑みで両手を挙げてそう申告する夕立。

「あら、それはうれしいけれど、勝手に連れて行くわけには行かないわ。提督か秘書艦の許可がないと……」

 うれしいのだけど困ったわ、と言った感じで頬に手を当てて首を傾ける鳳翔。
 確かに夕立が来てくれれば道中の危険もないし、帰りに荷物を分けて持てるから普段は買えないようなものも
買って帰れるだろう。

「それなら大丈夫っぽい」
「え?」

 自信満々の夕立にちょっと驚く鳳翔。

「ね? 提督さん。ぽい?」

 夕立は鳳翔に合せていた視線を、鳳翔の更に後ろの方へ移した。

「ああ、構わないとも。ついでに私もそこまでお供させてもらおう」
「提督!?」

 自分の後ろから聞こえてきた声に驚き振り向く鳳翔。そこには提督と護衛とおぼしき数人の艦娘の姿があった。

「提督がご用事で外出されるので私がお供にと随行したのですが、そうしたら手すきの人たちが
自分もと言い出しまして……」

 あははは、と困ったような笑顔で頬をかく五月雨。彼女はこの司令部の最先任秘書艦だ。
 彼女の周りには、駆逐艦涼風、駆逐艦吹雪、駆逐艦睦月、そしてなぜか戦艦長門がいた。
 
「長門さんが護衛だなんて……。ふふ、頼もしいですね。提督」
「せっかくだから自分も行きたいと言い出してな。まあ滅多にあることじゃなし、許可したんだ」
「たまに駆逐艦たちと外に出るのも良いだろうと思ってな」

 ふっ、と長門が笑う。

「長門さんが一緒だと安心ですよねー」
「そうそう、大船に乗った感じっぽい」
「実際、大きいしなっ」
「そ、そんなこと言うと長門さん気を悪くするよ」
「問題ない。実際に大きいしな」

 吹雪がにっこり笑って長門を見上げると、夕立も笑顔でそれに同意し、涼風が余計なことを言い、
睦月がフォローに入るも、長門は悠然とそれを受け流した。
 なんのことはない頼りにされてちょっとうれしいのだ。それを知っている五月雨が提督の横で
みんなのやりとりをニコニコと見ている。

「……と言うわけだ。鳳翔さんの護衛兼荷物持ちに夕立と吹雪を任ずるから、両名ともしっかりと
役目を果たすように。埋め合わせは後日するから頼むな」
「はい、司令官!」
「ぽい〜っ」

 提督に臨時の護衛を任されて誇らしげに敬礼する吹雪、にこやかな夕立。
 二人ともなんだか楽しそうだ。
 それじゃあお言葉に甘えますと提督について歩き始める鳳翔は、こんな買い出しもたまには
いいかなと思うのだった。

「それで、どこまで買い出しに行くんだ?」

 道すがら提督が鳳翔に尋ねる。

「いつもの買い出しなので市場へ行くつもりなんですが、せっかく二人がついてきてくれるので
他も回ろうかと思います」

 鳳翔は店の仕入れをしているいつもの市場の他に、ちょっと遠いけれど色々な品が手に入る商店街へも
行こうとしているようだ。

「そうか」
「食材はあとから届けてもらえばいいのですが、細々としたものはそうは行きませんし、
自分の目で見て決めたいですから」

 鳳翔はそう言うとにこりと微笑んだ。言葉通り、一人で行くにはちょっと遠いしそこで買い込んだものを
運ぶのもまた骨なのだ。

「では私たちはこちらなので」

 鳳翔たちが提督に礼をして市場へと角を曲がる。夕立が提督たちに向かって手を振った。
 いつも仕入れで回る市場の店を何軒か回って、いつもの時間に届けてもらうように手配をして、
それから……と鳳翔はいつになくうれしそうな様子で通りを歩くのだった。



「失礼する。提督、鳳翔たちがまだ戻らないようだが、なにか聞いてはおられないか」

 提督の随行は午前中に滞りなくすみ、多少の役得に預かった艦娘たちは解散となった。
 それからしばらくたち、まだお茶の時間には早いと言った頃合いに提督の執務室に長門が入ってきた。
 鳳翔が市場で頼んだ仕入れの品を業者が納めにきたのだが、とうの鳳翔がまだ戻っていないと言うのだ。

「いや、聞いていないな。予定ではいつ戻ることになっていたんだ?」
「えーと、昼過ぎには戻ると言ってました。ちょっと足を伸ばすからいつもよりも遅くなると思う、と」

 提督の問いに五月雨が答える。普段秘書艦を任じられている空母加賀が遠方へ出撃しているので、
今日は代わりに五月雨が秘書艦を務めているのだ。

「ふむ。じゃあ、遅くなっている範疇なんじゃないか? 列車を使うと言っていたから隣町という
わけではあるまい」

 五月雨の返答を聞いて提督がそう思案する。そしてこう続けた。

「まあ、落ち着け。長門。吹雪と夕立をつけているんだ。滅多なことはあるまい」

 提督が諫めるように紡いだ言葉を聞いて眉をぴくりと動かした長門。
 その長門を見て五月雨がフォローを入れる。

「ふふ、提督、長門さんは鳳翔さんのことが心配だけど、吹雪ちゃんと夕立ちゃんのことも心配なんですよ。
むしろそっちかもしれませんね」
「五月雨、それは」

それは言わなくても……と続けようとする長門を遮って五月雨が続ける。

「長門さんが駆逐艦たちにとても気を遣ってくれているのはわかっています。ただ、吹雪ちゃんも
夕立ちゃんも改二ですから、それこそ滅多なことはないですよ。お茶をいれますから帰りを
待ちましょう」

 そう言うと五月雨はお茶をいれに給湯スペースへ足を向けた。
 まあ座れと提督に声をかけられ、大人しく応接スペースに座る長門。
 五月雨がいれたお茶をすすり茶菓子をつまむも、そわそわと落ち着かないようだ。
 そんな長門の姿を視界の端に留めつつ提督と五月雨はいつものように執務を続ける。
 提督が五月雨に質問をし五月雨が返答し、必要な情報があれば問い合わせの指示を出し、
得られた回答をまとめる。

「遅いな」

 一人応接セットに座り湯呑みの中を見つめながら長門がつぶやいた。

「まだ三十分もたってないですよ」

 五月雨がそんな長門の姿に苦笑いを浮かべながら答える。

「そうか」

 長門が椅子に座り直した。
 五月雨がお茶をいれ直し、執務の補佐に戻る。
 提督と五月雨の事務上のやりとりが執務室の中を行き交う中、長門が落ち着かない様子で体を揺らす。

「遅い……」

 いれ直したお茶が冷めないうちに長門がつぶやいた。
 五月雨が苦笑いをしながらほっぺをかいた。

「先程から十分もたってないですよ」
「……そうか。気が急いていけないな」

 長門が湯呑みを持ち替え、口をつけた。
 迎えに行こうにも駅までの道中で行き違う可能性もある。
 それに鳳翔と吹雪、夕立のために長門が駅まで行くわけには行かないのだ。

「しかし、遅いな。連絡の一つも入れればいいだろうに」

ものの五分もせずにそうつぶやいた長門が駅に伝令を出したほうがいいのではないかと続ける。

「なに、直に返ってくるだろう。店の仕込みもしないといけないだろうしな」

 提督が自分の湯呑みを持って長門のところへやってきた。

「そうだな、座っていて落ち着かないならば気を紛らわしたらどうだ。こちらはそんなに
忙しくないから五月雨と一緒に司令部内を巡回してくるといい。鳳翔たちが戻ったら伝令を出すぞ」

 なあ、と少し首を動かして後ろに立つ五月雨を見上げる提督。
 提督の問いかけにうなづく五月雨。

「はい。お使いで工廠に行こうと思っていますので、一緒にいかがですか」
「そうか……。そうだな。邪魔でなければ一緒に行こう」

 長門は湯呑みの中身を飲み干すと、椅子から立ち上がった。
 書類を抱えた五月雨が、では行きましょう、と声をかけ、執務室を出ていった。
 
 
 街角で提督たちと別れた鳳翔たちはその足で市場に向かい、手早く今日の仕入れと配達の手はずを
整えると、急いで駅へ向かった。

「鳳翔さん、かなり遠くに行くっぽい?」

 夕立が鳳翔に声をかける。

「遠くというほどでもないわね。みんなが非番のときに遊びに行く街があるでしょ? 
列車で小一時間のところの」
「ええ、ありますね。賑やかなところですよね。商店街もあって甘味処も映画もあって」

 鳳翔の返事に吹雪がうっとりとしたような顔をする。

「ええ、そうね。そこの商店街でお店に必要なものを見たいの。包丁とか鍋とか食器とか」
「うわあ、楽しそうですね」
「ぽい〜」

 鳳翔が向かう先を告げると二人が足が速まった。
 スキップでもしそうな勢いである。
 そんなに楽しみならば早く用事が済んだら甘味処で甘いものでも食べようかと鳳翔は思った。

 列車に揺られることしばし。
 車窓を見ながらあれやこれやと話をしているうちに列車は目的の駅につき、三人は街の商店街へ
向かった。

「すごい人ですねえ」

 吹雪がお上りさんよろしくあたりをキョロキョロと見回しながらそう言った。
 大きな市が立っているのか師走を迎えた商店街は普段よりも活気と喧騒にあふれていた。

「そうね。はぐれないように気をつけてね」

 鳳翔が人混みにぶつからないように進路を選ぶ。
 と、後ろを歩いていたはずの夕立の声が少し遠くから聞こえてきた。

「わ、わっ、流されるぽい〜〜」

 どうやら人の流れに乗り損ねたようだ。
 みるみる距離があく。

「夕立ちゃん、あののぼりのお店の前で合流ね」

 鳳翔がとっさに声をかけると、わかったとばかりに夕立が手を振った。
 
「ふう……。今日は気が抜けないわね」

 そうつぶやく鳳翔。
 ね?と横にいる吹雪に声をかけたが返事が戻ってこない。
 え?と思ってあたりを見回すと、吹雪も夕立と同じように流されていた。
 
「吹雪ちゃん!」

 声をかける鳳翔にわかってますと手を振る吹雪。
 駆逐艦とは言え歴戦の改二が押し流される人波に鳳翔はやれやれと溜息をつくのであった。

「いい、離しちゃだめよ?」
「はい」
「ぽい」

 二人とは予定の場所で会合できたものの、同じことの繰り返しでは埒が明かないと思ったのだろう。
 鳳翔は右手に吹雪、左手に夕立の手を繋いで商店街の中を歩いていた。
 その姿はさながら二人の子供の手を引く母親のようであった。
 調理道具の店に立ち寄って幾つかの器具を見繕い、豆屋に寄ってモヒカン頭の店員から間宮に
頼まれたコーヒー豆を買い込み、お茶屋さんで店で出すとっておきの煎茶を買い……と
鳳翔はいつも以上に買い出しを楽しんでいた。
 次にこの街まで買い出しに来るときには、また誰かに付き合ってもらえるよう提督に頼んでみようか、
と鳳翔は思った。
 一人で見て回るのもいいけれど、こうして駆逐艦たちと一緒に見て回るのもまた良いものだなと
感じたのだ。
 だからちょっと油断したのかもしれない。

「ぽっ、ぽい〜」
「わわわ〜」

 買い込んだ荷物を両手に抱えた吹雪と夕立。
 当然その両の手は塞がっており、両手に荷物を持った鳳翔の手も当然両方とも塞がっていて……。
 だからそれは必然とも言えた。

「吹雪ちゃん! 夕立ちゃん!」

 人波に流されていく二人を追いかける鳳翔。
 先程は声をかけて会合できたが、今回は流れが早すぎてそのチャンスすら逸したのだ。
 あいにく鳳翔は二人とは別の流れに乗ってしまい、すぐに追いかけることができない。
 流れを読んで流れを乗り換えて、とするうちに二人がどんどん流されていく。
 こうなっては仕方ない。
 鳳翔は二人が流された流れに乗るとその行き着く先まで流されることにした。
 幾つもの辻を過ぎ、そのたびに人の数が減り、気がついたらほぼ流れがなくなるまでになっていた。
 向こうに疲れたような顔の夕立と吹雪が立っている。
 
「二人とも大丈夫?」

 鳳翔がホッとした顔で問いかける。

「もみくちゃになったっぽい〜」
「す、すみません。また流されちゃって」

 疲れたような声の夕立、恐縮する吹雪。

「今日はいつもよりも人が多いし、たくさん荷物を持ってもらっているから自由に動けないのは
仕方ないわ」

 そう鳳翔がねぎらう。

「それにしても随分奥まで来たわね……。さて、どうしようかしら」

 駅とは反対側に流されたようだ。
 駅に向かうにはまたあの流れの中に入らなければならない。
 とは言え、ここまで流されてきてすぐにまたあそこへ戻るのはあまり得策とは思えなかった。

「じきにお昼になるし、人が減ったところで駅まで戻りましょうか」
「はい」
「ぽい」

 鳳翔が小休止を提案した。

「ちょうど休めそうな場所もあるみたいだし」

 鳳翔は「甘味茶屋」と書かれた看板を見てそう笑った。


「こういう任務なら毎日でもいいなあ」

 甘味処の店先でぜんざいの椀を抱えながら吹雪が笑う。
 ぜんざいから立ち上る湯気が椀の中の暖かさを物語っていた。

「夕立もそう思うっぽい!」

 お団子を食べお茶をすする夕立が同意する。

「さすがに毎回というわけには行かないわ。今日は特別よ」
「はい!」
「ぽいっ」

 他の子には内緒よ、と付け加えた鳳翔が美味しそうに食べる吹雪と夕立を見て目を細めた。
 まあ、こういうのもたまにはいいだろうと彼女は思った。
 吹雪も夕立も敵が出てくれば主力艦隊の一翼として最前線にでなければいけない身だ。
 日々の訓練だって楽ではない。
 護衛という大義名分の上で多少の役得があっても良いだろう。
 荷物持ちもしてくれているのだし。
 そう思いながら彼女はところてんをすすった。
 空には雲一つない青空。
 いい天気だ。
 街の喧騒から一歩
 離れた茶屋ではいつもよりも心なしか時間の流れがゆっくりに感じられた。
小腹が満ちたところでそろそろいいだろうと鳳翔が時計に目をやった。

「もうこんな時間なのね。急いで戻らないと市場の人が納品に来ちゃうわ」

 人波が昼におさまるのを待とうと甘味処へ寄ったのだが、思った以上に時間が過ぎていたらしい。
 帰る時間を任されているとは言え、あまり遅くなるのはまずいだろう。
 司令部にこれから帰る旨伝えておかないと……。
 鳳翔はそう思い店先にあったピンク色の公衆電話を手に取った。
 
「あら、つながらない……。おかしいわ」

 鳳翔が首をかしげていると甘味処を切り盛りしている年季の入った婆様が、その電話が今朝方から
壊れていることをすまなさそうに告げる。

「そういう事情でしたら仕方ないですね」

 鳳翔はそう老婆に微笑むと、さあ帰りましょうか、と護衛の二人を促し駅へと足を向けた。
 電話は道中のどこかで借りれば良いだろう、そう思ったのだ。
 予想以上に色々と買うことができたから今日はきて良かったと鳳翔は上機嫌だ。
 戻ったらコーヒーを間宮に渡して早速店で出してもらおう。
 いつもよりも良い豆が入ったと豆屋の店主が言っていたから喜ぶだろう。
 お茶も先ずは提督に味見してもらおう、きっと喜ぶだろう。
 そんな風に考えながら鳳翔と吹雪と夕立は商店街の多少流れの緩やかになった雑踏の中を駅へ向かった。


「工廠になんの用だ? 五月雨」

 執務室を体よく追い出された格好の長門が五月雨に訪ねる。
 この、史実では連合艦隊旗艦も勤めた旧海軍のヒーローはこちらではことのほか駆逐艦にご執心であった。
 護衛として周囲をチョロチョロしているのを見て可愛いと思ったようだ。
 
「改修依頼とか進捗状況の確認とかです」
「そうか」

 にこやかに答える五月雨。
 その天使のようなとも称される笑顔を見ただけで長門などは些末なことを忘れてしまうのであった。
 長門の口元が上がる。

「五月雨さーん。提督からお電話でーす!」

 工廠の方から五月雨に声がかかった。
 どうやら五月雨に電話らしい。
 
「はい、今行きます!」

 工廠に向かって駆け出す五月雨。
 その後を追うようについて行く長門。
 五月雨は工廠につくとありがとうございますと取り次いでくれた技官に声をかけて受話器を取った。

「代わりました。五月雨です」

 提督からの連絡だ。
 何らか急ぎの案件だろう。
 五月雨が身構える。

「え? 鳳翔さんたちが? はい、はい、はい。わかりました。ええ、市場からの納品は済んでいます。
はい。はい。了解です。長門さんに伝えます」
「どうした。鳳翔たちになにかあったのか」

 五月雨の口から鳳翔という言葉が聞こえ、長門の眉が上がる。

「鳳翔さんが正門へ戻ってこられたそうです。提督の執務室へ向かうそうですから、私たちも戻りましょう」
「使いはいいのか?」
「書類を渡すだけですから」

 五月雨は持ってきた書類を電話を取り次いでくれた技官に渡していくつか伝言すると長門を先導して
工廠から本館に向かってきた道を引き返した。
 足早に執務室へと向かう。
 と、その道すがらなにかを見つけた五月雨が長門に振り向いて声をかけた。
 五月雨にうなづく長門。
 二人は前方に向かって駆け出すと、疲れたように歩く三人に声をかけた。

「鳳翔さーん、吹雪ちゃーん、夕立ちゃーん」

 荷物を抱え足取りの重い三人が五月雨と長門の姿を見つけて驚いたような顔をした。
 まさか正門近くまで出迎えにくるとは思わなかったのだろう。

「ご心配おかけしたようですみません。ただいま戻りました」
「調達お疲れさまでした。荷物を置いたら提督に帰還の報告をお願いします」

 鳳翔の報告に応えた五月雨が、提督には状況を説明しておくから、と先に荷物を降ろしてくるように促した。

「遅かったな。一体どうしたんだ?」

 五月雨の後ろから長門がホッとしたような雰囲気を漂わせ声をかける。
 鳳翔たちはこんなに心配されているとは思っていなかったようだ。
 
「実は……」

 買い物をしたのはいいが人波に翻弄されてしまい甘味処で休憩。
 その後駅へと向かおうとした際にも右往左往してしまったと鳳翔が説明する。
 帰りの列車の混みようが疲れに拍車をかけたらしい。
 改二でも厳しい人波か……と長門が溜息をつくようにつぶやくと、それを聞いた吹雪と夕立がうなだれ、
慌てて長門と鳳翔がフォローに入る。

「慣れないところで慣れないものを持って動くのは難しいですからね。二人ともよくやってくれましたよ」
「そ、そうだな。初見の敵に苦戦することはよくある」

 とても助かったから次の機会もお願いしますね、と鳳翔が吹雪と夕立に微笑む。
 一人ではこれだけの買い物は到底できなかっただろう、と。
 確かにそうだろうと同意する長門。
 鳳翔と長門の言葉を聞いた吹雪と夕立が顔を見合わせてどちらからともなく微笑んだ。
 二人は役目を立派に果たしたのだ。
 随分買い込んだなと笑う長門にたくさん買ったっぽいと笑顔を返す夕立。
 長門の心配もようやく払拭されたようだ。


「鳳翔以下二名、ただいま戻りました。ご心配をおかけし申し訳ありません」
「いや、無事戻ってくれたのならそれで良い。五月雨から概略は聞いたが欲しいものは買えたかね」

 執務室で鳳翔の畏まった挨拶を受け、格好を崩してみせる提督。

「はい、いつもよりもたくさん買い込むことができました。提督からお許しがいただけるならば、
またお願いしたいです」

 鳳翔はそう笑うと護衛の二人にねぎらいの言葉をかけ、執務室用にと煎茶を一包五月雨に渡した。
 
「夕立と吹雪ちゃんからも提督におみやげっぽい!」

 夕立がそう言うとお茶請けに良さそうなお菓子の包をとりだした。
 はぁばぁと書かれている。

「うむ、すまないな」

 そう言うと提督は吹雪と夕立の頭をなでていく。

「あら、私にはご褒美はないんですか?」

 自分がお茶を渡したときにはなでてもらえなかったとすねてみせる鳳翔。
 
「贔屓はだめですよ。提督」
「お、そうだな。じゃあ、鳳翔さん頭を」
「もう、そう言われてしまってはハイお願いしますと言えないじゃないですか」

 少し頬を染めてぷいと顔を横に向ける鳳翔。

「まあ、そう言うな。どうやら水雷戦隊の旗艦を無事こなしたようだな」
「はい」

 鳳翔が頷いたすきを見計らって鳳翔の頭に手をやる提督。
 しまった、という顔で逃げる鳳翔。
 そんな鳳翔を見て提督が笑い、五月雨もつられて笑い、みんなの笑い声が執務室に広がった。


 以来、鳳翔の買い出し遠征には駆逐艦の護衛がつくようになった。
 護衛の座を狙って駆逐艦どころか軽巡や重巡がしのぎを削り、戦艦や空母たちまでもが
自分たちも行きたいと言い出すような始末らしい。
 これもまた、鳳翔の人柄のなせる技、なのだろう。
 とある司令部の鳳翔さんは今日も平常運転である。


おまけ

「え? 鳳翔さんの買い出し? 吹雪と夕立が護衛!?」
「うん。提督の随行のときにたまたま会ってね。一人じゃ大変だろうと提督が……」

 その日の夕方にことの顛末を聞いた曙が、なんで自分は提督の随行をしなかったのだと
うめき声を上げた。
 曙は鳳翔の仕入れの目利きや料理道具の調達などを目のあたりにできる絶好の機会を
自ら潰したのである。
 たとえ提督に雪が降ると言われても随行し鳳翔の護衛を買って出るべきだったのだ。

「もう、クソ提督のバカーっ」

 とある司令部の曙もまた平常運転であった。

Fin

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あとがき。

拙作をご覧いただきありがとうございました。
盟友Holmes金谷さんの主宰する〜アイリ@ドット絵工房・書籍部〜発行の
「居酒屋鳳翔繁盛記〜戦闘詳報一六〇二二七〜」に収録して頂いたお話です。
金谷さんのところで書き続けている「とある司令部シリーズ」です。
今回はほんのり史実をスパイスに師走の街へ買い出しに出かける鳳翔さんを描いてみました。
楽しんでいただければ幸いです。
今回もお声がけいただいたことに感謝しつつ。それではまた。


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