話は数日前に遡る。天龍から突如「司令部で一番うまいカレーは何か調べろ」と
水雷戦隊の各艦に指示が出た。

「藪から棒に一体何事なの?」

 と明らかに不満げな叢雲。

「カレーかあ。あたいは料理はからっきしだからなあ」

 と鼻の下をこすりながら端からお手上げの涼風。

「訓練の途中でなにかと思えばそんなこと? なんの役に立つのよ、それ」

 とそっぽを向く曙。

「……」

 相変わらず寡黙な霰。

「あ、あの、これはその……。任務の一環で」

 その様を見て、ああやっぱりなと言う感じで困った風の五月雨。おおよそいつも通りの
光景がそこに広がった。

 なんの手がかりもないのは大変だろうと五月雨が独自のネットワークを使って集めた
「とある司令部内アンケート、あなたのお勧めのカレーはなに?」の集計結果をみんなで
見たのだが、その中にそう言えばあったのだ。『鳳翔さんのカレー』と言う文字が。
そこに集まった票自体は大した数ではなかったが、妙に気になる言葉だったので曙は
覚えていたのだ。なぜならば、食事処鳳翔にはカレーライスはないはずなのだから。
そして曙は思い出した。五月雨とのやりとりを。いや、忘れていたわけではない。
忘れてしまえるなら、鳳翔でのれんを下ろす時間までいることにはならないのだから。
 五月雨のまとめたアンケート結果を見て天龍や涼風が、これはうまそうだ、とか、
こっちも捨てがたい、やっぱりカレーは辛みとうまみとコクだよなあ、などとわいわいと
やっている横から、それはああだ、こっちはこうだ、と叢雲と曙がコメントを付ける
ような展開になっていた。曙に関してはケチを付けてるだけのようにも聞こえる。
しばらくして曙が盛大にため息をついた。

「アンケート結果ねえ。五月雨、あんたこんなの参考になると思ってるの?」

 五月雨の集計した資料を見ながら曙が突っかかった。

「え? それはどういう……」

 五月雨が首をかしげる。五月雨としては司令部の艦娘の支持が多いカレーの中から
司令部を代表するカレーを選ぶつもりだったのだ。

「こんな数字だけじゃ味もわからないじゃない。それにみんながいいって言うカレーが
一番いいカレーとは限らないでしょ? そんなのもわからないの?」

 そんなの当たり前でしょ、とため息をつく曙。

「じゃあ、どうすれば最も魅力的なカレーを見つけることができると思いますか?
どんなカレーが一番いいカレーだって思うんですか」

 五月雨が曙を見据えると珍しく強く言い返した。

「そんなの自分で考えなさいよ。まったく……訓練時間の無駄よ」

 視線をそらしそう言い捨てる曙。

「もう、さっきから聞いていれば、あれはダメだこれはダメだと、食べたこともないのに
試しもしないのにダメ出しばかりじゃないですか。そう言うのは一つくらい提案してから
言ったらどうですか。文句を言うだけなら誰だってできます」
「なによ、その言い方。どうせこれもクソ提督の差し金なんでしょ?」

 五月雨の物言いに売り言葉に買い言葉の曙。

「おいおい、おまえら」

 と見かねて天龍が声をかけた。

「五月雨はそろそろ会議だろう。行かなくて大丈夫か?」
「あ、いけない」

 天龍に促されて五月雨が会議だからと足早にその場をあとにした。その後、曙は
天龍からお小言をたっぷりと食らい。それ以来数日、五月雨とはうまくいかない状態が
続いていたのだ。


 提督はあっという間にカレーを平らげると、コップの牛乳を飲み干し、鳳翔にお茶を
いれてくれないかと頼んだ。

「ジャガイモの味はどうだ? 染みててうまいだろう」

 提督にそう言われ、曙は改めて大ぶりのジャガイモをスプーンで一口大に割り、
それだけを口に運んだ。

「うん、確かにしっかり味が染みてるわね。でも、この味ってカレーじゃないような」
「なにに近いですか?」

 鳳翔がにこにこしながら首をかしげる曙に問いかけた。

「甘いわ。スパイスの味じゃなくて甘くておいしくて煮物みたいで……。うーん、
なんだろう」
「ふふ」
「煮物……そう、煮物よ。これジャガイモをあらかじめ煮込んでるんだ」

 はっと閃いたかのように曙が顔を上げた。

「ま、五十点ってところか?」

 曙の回答に提督が笑う。

「まあ、ずいぶん辛いですね。ほぼ正解じゃないですか」

 鳳翔がそう言って笑った。

「え? どういうこと?」

 よくわからないという感じで曙が提督と鳳翔を交互に見た。

「鳳翔さんの店でジャガイモの煮物と言ったら、なんだね?」
「また問題? 答えを知ってるならとっとと教えなさいよ。このクソ提督」

 答えを知っているのに教えてもらえずしかも試されてもいるようで、曙としては
面白くない状況だ。ついつい言葉が荒くなる。

「こう言うのは自分で考えるから実になるんだ」
「ふんだ。ちょっと待ってなさいよ。こんなの簡単なんだから」

 曙の剣幕をものともせずに提督が返す。それを聞いて曙が意固地になった。

「味は甘めで、でも出汁が利いていてコクがあって……」

 醤油ベースなのは間違いないと思うけど……と、ぶつぶつと曙が口の中で呪文のように
唱えながら思い当たるものを挙げていく。

「ふふ、ほぼ正解なんですけどね」

 そんな曙に鳳翔がやわらかな視線を投げかけていた。

「ジャガイモにばかりこだわってもわからないかも知れないな」

 提督が笑いながら鳳翔にそう言った。

「ジャガイモだけじゃない? そう言えばにんじんも、タマネギもこんなに味がしみて
いるのに形がしっかりしてるわ。お肉も豚の薄切りでしっかり火が通っていて味が染み
てて。それにこのサヤインゲン……。え? サヤインゲン?? もしかして」

 曙が答えにたどり着いたようだ。

「ねえ、鳳翔さん。このカレーってもしかして肉じゃが使ってる?」
「はい、ご名答。残り物ですけどね。だからまかないなの」

 鳳翔が曙ににっこりと微笑んだ。

「ルーは? このピリッと辛いのは?」

 いつもの曙ならほら見たことかと胸を張るのだが、今日はどうやら様子が違った。
畳みかけるように問いかける。

「ルーは市販のものの組み合わせです。肉じゃがが甘めなので辛口を多めに使ってるわ。
それと伸ばすときに少しめんつゆと出汁を入れているの」
「そうなんだ……」

 あごに手を当てて鳳翔の返答に聞き入る曙。なにやら思案しているようだ。

「辛み、うまみ、コク、意外性……。うん、いいじゃない! やっぱり鳳翔さんって
すごいわ」
「え?」

 ブツブツと独り言を言った後、曙は顔を上げてそう叫んだ。驚く鳳翔。提督が笑い
ながら二人のやりとりを見ている。

「ねえ、鳳翔さん。このカレーの作り方、教えて!」

 曙は頭を下げ目をつむり胸の前で手の平を合せると、拝むように鳳翔に頼み込んだ。

「え、ええ。もちろんいいですよ」

 鳳翔は軽く提督に目配せで確認を取り、提督が小さく頷いたのを見て承諾の返事をした。

「やった。これで勝利間違いなしね」

 鳳翔の快諾に、合わせていた手をほどいて胸の前でグッと拳を握る曙。

「勝利?」

 曙の言葉に首をかしげる鳳翔。

「あ、ううん、なんでもない。こっちの話」

 曙がそう言って両手を胸の前で振る。

「そ、それでいつ教えてもらえる? 今日? 明日?」
「それじゃあ、次の非番の時にしましょうか。お店の仕込みをしながらになっちゃうけど、
いい?」

 身を乗り出さんとする勢いの曙に苦笑しながら鳳翔がそう答えた。

「次の非番? えーと……。うーん、それじゃあ間に合わないわ。肉じゃがとめんつゆと
出汁と市販のルーがあれば作れるんでしょ。それならお店終わってからとかじゃダメなの?」

 曙は視線をそらすと自分の次の非番がいつかを思い浮かべ、首を振るとそう返した。

「ちょっと時間がかかるんですよ」

 ほほに手を当てて困ったように鳳翔が答える。

「なんで?」

 曙はとにかく近日中にカレーの作り方を覚えたいようだ。珍しく食い下がっている。

「だって、肉じゃがから仕込まないといけないじゃないですか」
「あっ……」

 曙は残り物の肉じゃがを使えばいいと思っていたようだが、鳳翔はその肉じゃがの
作り方から伝授する気だったらしい。食事処鳳翔の看板メニューの一つ、肉じゃが。
習得は容易ではあるまい。

「気がせいてるようだが、せいてはことを仕損じる。とりあえずは相談してみたらどうだ?」
「え?」

 提督はどうやら曙が急ぐ理由を知っているようだ。

「五月雨が探していたぞ。言葉の行き違いがあった上に、今週は秘書艦業務が忙しく
てろくに話もできていないと言っていたな」
「え? ええ??」

 提督の口から五月雨の名前が出て驚く曙。

「ああ、鳳翔さんお茶をもう一杯もらえるかな」
「はい、ただいま」

 提督は何食わぬ顔でお茶のおかわりを頼むと曙の方を見た。

「ちょっ、なんでそれを先に言わないのよ、クソ提督。ゆっくりしてる場合じゃなかったわ。
あたし行かなくちゃ」

 曙はちょっと高めのカウンター席の椅子から床に降りると店の外に向かって走り始め、
扉の前でたたらを踏んで止まった。

「鳳翔さん、お勘定!」
「また今度でいいですよ。急ぐんでしょう?」

 振り返った曙に鳳翔が手を振る。

「ありがとう。明日払いにくるわ」

 そう言うと曙は店を飛び出していった。


「一体、どうしたんですか?」

 提督にお茶を差し出しながら鳳翔が尋ねた。曙の時と比べて心なしか湯気の量が少ない。

「なに、こういうことだよ」

 そう言うと提督は脇に置いた長い筒状のものを広げた。どうやらポスターのようだ。
そこには「鎮守府内司令部対抗カレーフェスティバル」と書かれていた。

「カレーフェスティバル……ですか。なるほど」

 鳳翔がそのポスターを見て合点がいったようにつぶやいた。

「ああ、ようやく開催が本決まりになったんだ。鎮守府内の各司令部の自慢のカレーを
披露し合おうという、まあちょっとしたお祭りみたいなものだよ」
「私たちの代表が曙さんたちと言うわけですね」

 だからカレーに食いついたし、急ぎもしたのだろう。鳳翔は得心がいったように
提督に返した。

「まだ正式決定じゃあないんだが、水雷戦隊に任せようと思う。この話が出たときに
五月雨と天龍には検討するようにと伝えてあるんだ」
「それでずーっと難しい顔して考え事してたんですね」

 今日の曙の様子を鳳翔は思い返していた。と言うことは、多分どんなカレーにするかで
他の子達とぶつかったのだろう。そのことを気にしていたに違いない。鳳翔の中で
ピースがポンポンとはまっていった。

「ああ、そうだったのかい。こんな時間までここにいると言うことはちょっとした
ぶつかり合いでもあって悩んでるのだろうと思ってちょっかい出してみたんだが……
そう外れでもなかったと言うことか」

 提督は、あれで人一倍マジメで努力家だからな、とつぶやいた。

「それでどうされるのです? 夜だけではさすがに間に合わないと思います」

 曙たちに肉じゃがとカレーのレシピをいつどう伝授しようかと鳳翔は考え始めていた。
しかし、夜遅く店じまいのあとにするとなると、時間も限られるし彼女らの負担も大きく
なる。

「うん。研修とでも名目を付けて昼にここに来れるようにしようかと思う。なにせ代表だからな。
我々の」
「まあ。職権濫用ですね。提督」

 そう言うと鳳翔は楽しそうに笑った。

「そう言うな。よそもみんなそんなものだよ。やるとなったら全力で当たらないとな。
よそに負けてなるものか、だ」

 提督はそう言って笑うと持っていた湯飲みを置き、鳳翔に向かって頭を下げた。

「そういうわけだ。どうか彼女たちによろしく仕込んでやって欲しい」
「頭をお上げください。もちろんそのつもりです。楽しくなりそうですね」

 顔を上げた提督の目に映ったのは、一線に出ていた頃の鳳翔の顔だった。彼女もまた
戦う以上負けるつもりはないのであった。


 後日。食事処鳳翔に新たなメニューが加わった。店内にはカレーの皿を持った
水雷戦隊の面々と共に鳳翔が写った写真が飾られ、その横に「祝優勝 特製カレーライス」
と言う文字が書かれていた。

fin



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