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 会議後日談 −眠り姫を送っていけば−
 

 それは、会議の最中−
 話題が一通り出尽くした頃、静かな寝息が片隅から聞こえてくる。
 

 テーブルの隅で寝息に合わせて法衣が揺れている。
 来た時から眠たげだったしーなが、眠りの世界からの呼び声に抗えずにいた。

 「寝てるな」
 「……ですねぇ」

 俺とセレーネが目を合わせ小声になる。

 「どうだ、一通り会議も終わったし、そろそろ解散っていうのは?」
 「確かにもう話すことってないですよねぇ……夜も遅いですし。私はお先に失礼
しますぅ」

 セレーネは一足先に帰って行った。残ったのは、俺と寝こけてるしーな……

 「ほら起きろしーな、帰るぞ」
 「ん、わたしもかえりま…すぅ」

 返事は帰ってきたものの、言葉の終わりは寝息にまぎれてる。
 起きそうもない。

 「ったく。揺れても知らんぞ?」

 気合一つで椅子に座ってたしーなを俺の腕の上の住人にする。法衣で増した体のボ
リュームに合わせてかけた気合が空回りする。
 ほのかに香る石鹸。ほんの少しだけ、柑橘系の香り。
 ちいさな無邪気が俺の腕の中で柔らかい顔をしている。手を出せば届く、純真な寝
顔……

 (まぶしすぎるな、俺には……くそっ)

 前にも一度行った、しーなの部屋。今度は部屋の案内抜きで辿りついた。
 清潔なベッドに片付いた部屋。
 俺の定宿は工具の散らかった、オイルと重機用燃料と女の匂いが常にする部屋。知
らず知らずため息が漏れる。
 比べても仕方がない、んだが……
 抱き上げたしーなをベッドの上に下ろす。

 「ほれしーな、法衣脱がんとシワんなるぞ」
 「……んー?」

 むくりとベッドから起きあがったしーな。半開きの目で周囲を見まわすと……

 「あー、脱がないと……」

 とだけつぶやいて、法衣を脱ぎ始めた。俺のことなんか眼中にない……というか見
えてない風だ。
 ああっという間に下着姿になり、そのままベッドに倒れこむ。

 「……をゐをゐ」

 その脱ぎっぷりといったら、俺が思わず旧仮名遣いになるほど。
 かかりきってない毛布を直し、散らかった法衣をちゃんとハンガーにかける。軽く
ほこりを払いはするものの……シワつかないだろうかな……
 帰る前にベッドを見る。
 と、毛布がもうずれてる。

 「おとなしく寝とけって」

 毛布を直そうと手を伸ばし……たとたん、しーなが俺の手を握り、離さない。
 ……さぁ困った。ジャケットくらいなら諦めるのもともかく、手を諦めるわけにも
いくまい。
 椅子をベッド脇まで持って来て腰かける。手を離してくれるまで、持久戦覚悟。
 

 無邪気に寝てるよなぁ。
 いいんかなぁ、俺みたいなヤツの前でこんな……
 
 

 しーなの手が緩んだのは、朝日が上がる直前だった。
 司祭達の朝のお勤めが始まる前に気配を殺して抜け出す。それに苦労は感じなかっ
た。
 
 

 やや黄色味がかった太陽が寝不足の目を焼く、そんな昼。
 なかなかの味の昼飯をたいらげて食後の薄くて不味いコーヒーをなるたけ不味そう
に飲んでいると、聞きなれた声が俺を呼んだ。

 「DDさん、昨日はありがとうございましたー」

 丁寧にぺこりと頭を下げるしーな。

 「俺以外に持てるヤツがいなかっただけの話だ、気にすんな」

 いくら砂糖とミルクをぶち込んでも一向にうまくなる気配を見せないコーヒーに見
切りをつけ、立ってるしーなに席を勧めた。

 「何回も送ってもらって、いつもすみません」
 「それに関しては気にすんなって言うが……あんまり無防備に男に送らせんなって。
送られた後どうなっても知らんぞ?」
 「あははー、そんなことないですよー。きっとDDさんが守ってくれますから」
 「……俺が送り狼になったらどうする?」
 「DDさんは、そんなことする人じゃないです」
 「ばっ……!」

 これだ。何もかも気にしないで澄んだ視線が俺を見つめてくるんだ。

 「……馬鹿野郎、俺みてぇなサンピン信じたってロクなことにゃならんぞ」
 「なんで帽子で顔かくすんですかー? なんで目をそらすんですかー?」
 「うるせぇっ!」
 「あははー、DDさんなんだか変ですー。どうしたんですかー?」

 ……ったく、誰のせいだ。
 

                                ……End?
 
 


「ゆきのひのあたたかさ」へつづく     リストに戻る。