アマガミ 響先輩SS 「例えばこんな誕生日」



 「ひ・び・き。はいこれ」


 駅前のファミレス。
 大学生だろうか、私服姿の女性が二人、対面に座ってケーキとお茶をお供に
何やら楽しそうに話をしている。
 さしずめ、買い物の途中で一休みしに立ち寄ったというところだろうか。


 「なに? 改まって」


 はいこれ、とラッピングされた包みを差し出したのは一見して華やかな風貌の
森島はるか。
 大学に入ってその美貌に磨きがかかったと評判で、今日の買い物でもすれ違って
振り返らない男はいなかったほどだ。


 「だって今日はひびきの誕生日でしょ? だから、プレゼント」


 はるかから包みを受け取ったのは、はるかとは対照的にシックな雰囲気に身を包んだ
塚原ひびき。
 大学に入ってその落ち着きに磨きがかかったのは言うまでもない。


 「え? あ、うん。ありがとう、はるか」


 照れくさそうな表情をしたひびきが、はるかから受け取った包みを愛おしそうに
胸に抱いた。
 今日は塚原ひびきの19回目の誕生日なのだ。
 毎年誕生日のプレゼントを贈り合う仲だから今年も何かプレゼントがあるだろう、
とひびきは思っていた。
 ただ、このタイミングで手渡されるとは思っておらず、だから虚をつかれて
ちょっと戸惑ったのだ。


 「それにしても、いつの間に用意したの? 今日はそんな暇なかったと思うけど」


 包みを見ながらうれしそうにひびきが言う。


 「今年は予め用意しておいたの。ね、開けてみて」


 してやったりという顔ではるかが胸を張る。


 「うん」


 ガサガサとラッピングされた包みを開けるひびき。
 角ばった包みを止めたテープを剥がしていく。


 「……本?」


 包みを開く途中でひびきが中身に気がついた。


 「うんうん」


 はるかがひびきの仕草をにこにこしながら見ている。


 ほんの少しの沈黙の後、包みがすべて剥がされて、はるかからひびきへの
誕生日プレゼントがお目見えした。
 本を両手で持ったひびきが本のタイトルを凝視している。


 「どう? ひびきにぴったりの本でしょ?」


 にこにこと笑うはるか。


 「ぴ、ぴったりって……」
 
 「我ながらナイスアイデアよね。こんなにひびきちゃんにぴったりな本が
 あったなんて、なんで今まで気が付かなかったのかしら」

 「確かに、そうかも、しれない、けれど……」


 本の表紙、おそらくは本のタイトルから視線を離さずひびきがつぶやく。
 さっきよりも声のトーンが低い。


 「あれれ? ひびきちゃん、もしかして怒ってる?」


 はるかもひびきの変化に気がついたようだ。


 「怒ってなんか、ないわよ。怒ってなんか」


 と言いつつひびきの声のトーンは相変わらず低い。


 「むむむ、おかしいなあ。これならひびきが喜ぶだろうっていう本を
 聞いてきたのに」


 ひびきの様子にはるかがつい口を滑らした。


 「え? 聞いた?」


 ひびきが本から視線を上げる。
 どうせはるかのことだから今週が読書週間だと誰かに吹きこまれて、
それで本にしたのだろうとひびきは思ったのだがどうやら違うらしい。


 「あ、しまった」


 はるかが口を手で抑えるがもう遅い。


 「ねえ、はるか。それ誰に聞いたの?」


 微笑みを浮かべながらはるかに問いかけるひびき。
 目がマジだ。


 「ほ、ほら、あの、その、えーっと……」

 「えーっと?」


 慌てるはるかに鋭い視線を送り畳み掛けるひびき。


 「えーっと、そ、その……逢ちゃん」


 観念したように肩をすぼめ、下から覗き込むようにしてはるかがつぶやく。


 「え? 七咲?」


 思わぬ名前が出てきて虚をつかれたような顔をするひびき。


 「前に逢ちゃんに聞いたの。ひびきがこの本を気にしてたって」


 せっかく自分のアイデアだと胸を張ったのに、あっという間にバレてしまい
しょぼくれるはるか。
 そんなはるかをよそにひびきは記憶をたどるように斜め上の方に視線をやって
考えこんだ。


 「七咲が……ねえ。どこかでそんな話したかな」



 「私がどうかしましたか?」

 「え?」


 記憶の糸をたどっていたひびきの耳に、聞き慣れた後輩の声が飛び込んできた。
 声をかけたのはひびきの水泳部の後輩にして愛弟子の七咲逢。


 「あれれ、なんでここに逢ちゃんが?」


 突然の七咲の出現に首を傾げるはるか。


 「あら、早かったじゃない」


 と、これはひびき。
 どうやらここで七咲と待ち合わせをしていたらしい。


 「塚原先輩に誕生日プレゼントを渡そうと思って連絡したら、森島先輩と一緒に
 買物だって言うお話だったので、お邪魔しちゃいました」


 そう言って笑う七咲。


 「オーキードーキー。逢ちゃんなら大歓迎よ。座って座って」


 しょぼくれ顔はどこへやら、ころっと表情が変わったはるかがにこやかにそう言って
七咲を座らせると、追加オーダーを入れる。
 さっそく水泳部の近況や、ひびき、はるかの大学での様子を話題に話に花が咲く。
 あっという間に満開だ。

  入学早々、ひびきが在校生と勘違いされた話。

  はるかが入学してすぐのミスコンで学園の女王になった話。

  はるかと同じ講義を取ろうと人が殺到し抽選になった話。

  はるかがミニFM局のパーソナリティに誘われた話。

 あっという間に過ぎていく時間。
 大半ははるかの武勇伝だ。


 「あ、もうこんな時間。私、帰って夕飯作らないと」


 ふと時計に目をやった七咲が目を丸くする。
 追加のオーダーをしつつドリンクバーで飲み物を補充しつつ、あっという間に
数時間が過ぎていた。


 「わお、もうこんな時間」

 「ふふ、そうだね。そろそろお開きにしようか」


 久しぶりに七咲と話ができてうれしかったのか、ひびきがにこやかに笑いながら
話を切り上げる。
 会計を済ませて外に出ると、七咲が思い出したようにカバンからラッピングされた
包みを取り出した。


 「あ、そうだ。塚原先輩、これ。誕生日おめでとうございます」


 なぜか同じような包みが2つ。


 「ありがとう。七咲。……あれ2つ?」


 2つまとめて受け取るひびき。


 「あの、こっちは先輩……あ、橘先輩からです」


 七咲が包みの片方を指さした。


 「橘……君? ああ、七咲とよく話をしていた彼ね」

 「はい。美也ちゃんのお兄さんなんです。塚原先輩の誕生日の話をしたら、美也ちゃんが
 お世話になってるからって、それを預かりました」


 事情を説明する七咲。


 「橘君かあ、どんな子だっけ?」


 首を傾げるはるか。
 どうやらはるかの記憶にはあまり残っていないらしい。


 「そんな、気を使わなくてもいいのにね」

 「私もそう言ったんですけど、ぜひって」


 ひびきの言葉に七咲が軽く肩をすくめてみせた。


 「ふうん。なるほどね」

 「え?」

 「なんでもないわ。それじゃありがたくいただくね。彼によろしくね。七咲」


 七咲の仕草からある程度の事情を察したひびきがそう返す。


 「はいっ、それじゃ失礼します」


 頭をペコっと下げると、七咲は雑踏の中を帰っていった。
 手を振りながら見送るひびき。
 またね、と声をかけるはるか。


 その後、ひびきとはるかはウィンドウショッピングの続きをし、夕飯を食べ、
取留めのない話に興じ……と、お決まりに近いコースを回ってから家に帰ったのだった。


 自分の部屋に戻り、カバンからプレゼントの品々を取り出す。
 はるかの包み、七咲の包み、そして、橘さんからの包み。
 それらの包みを見ながら、ひびきが軽く微笑んだ。
 自分に対してこういうことをしてくれる人がいることがありがたかった。


 「ふふ、七咲と橘くんは一体なにをくれたんだろう?」


 ガサガサと包みを開けるひびき。
 どうやら七咲のプレゼントも書籍のようだ。


 「……本? 一体何の本かしら?」


 本を手にとってタイトルを確認し、ひびきは絶句した。


 「こ、この本は……」


 ”前に逢ちゃんに聞いたの。ひびきがこの本を気にしてたって”

 昼間のはるかの言葉がひびきの耳によみがえってきた。


 「はあ……、そういうことなのね」


 はるかのくれた本と七咲がくれた本を並べて苦笑するひびき。
 二冊の本は寸分違わず同じものだった。


 「七咲が情報源だとして、なんで七咲が知ってるのかしらね……」


 首を傾げながら橘さんの包みを開けていくひびき。


 「橘君は一体なにをくれたのかしら……」


 中身は七咲と同じように書籍のようだ。
 よく見ると包み紙も同じ書店のものだから、同じ店で買ったのだろう。


 「え?」


 表紙を見てひびきは我が目を疑った。
 そして、その表紙をまじまじと見返して盛大に溜息をついた。


 「はあ……。これはまじめに取り組んだほうがいいってことなのかな」


 ひびきは3人からもらった本を本棚に収めると、その背表紙をまじまじと見返した。
 同じような装丁の背表紙が4冊。
 3冊は同じタイトル、もう1冊はその続編。
 本のタイトルは……「今日からあなたも笑顔美人!」


 「笑顔美人……か。難しいわね。それにしても七咲と橘君はなんでこの本のことを
 知ってたんだろう。くす、不思議だな」


 本棚に並んだ背表紙を見つめながら、もう一度がんばってみようかな、と思うひびきだった。


fin


---------------------------------------------------------------
あとがきに代えて

拙作をご覧いただきありがとうございました。
4回目のひびき先輩の誕生日SSにはアマガミゲーム本編のネタを使ってみました。
と言ってもなんのことやらさっぱりかも知れませんが、そこはお察しください。

アマガミにはたくさんの可能性が秘められています。
以前、塚原ひびきがヒロインだったら、と言う可能性を描いてみました。
一方で今回の話のような可能性だってあるだろうと思います。

ヘックスの隙間の更にその向こう。
そんなお話になっていれば……と思います。



アマガミSSのページへ戻る