アマガミ 響先輩SS 「グリーンカレーは大人の辛さ」



 放課後、ファミレスの前。
 学校帰りの少女が2人。
 森島はるかと塚原ひびき。


 「ねえねえひびき。本格派カレーフェアだって。ちょっと気にならない?」
 
 「へー、なんだかすごいね」

 「やっぱり食べるならインドカレーよね」

 「日本のカレーもおいしいと思うわよ」

 「えー、日本のカレーはいつも食べてるじゃない。こう言うときは普段食べないものを食べなくちゃ」


 ふふん、としたり顔で笑うはるか。


 「それはそうだけど……って、食べることは前提なのね」

 「うん。ほら、今度の休みに一緒に買い物に行く約束でしょ。そのとき食べない?」

 「いいわよ」

 「やったぁ、さすがひびき話がわかる」

 「おだててもなにもでないわよ」

 「大丈夫、なにか出てくる、なんて思ってないから」

 「う……、それはそれでうれしいような悲しいような」


 はしゃぐはるかを見ながら苦笑いをするひびきだった。


 日曜日。昼前。
 ウィンドウショッピング前の腹ごしらえとばかりにはるかとひびきがファミレスの入り口に
立っていた。


 「いらっしゃいませー。お客様は何名様ですか?」


 よそ行きの声で応対する薫。


 「2人です……って、あら、こんにちは」

 「こんにちは。席にご案内しますね。えーっと、こちらの席へどうぞ」


 顔見知りの来店に営業スマイルがちょっと崩れ、ほんの少しだけいつもの顔になる薫。
 2人を空いている席へ案内すると、メニューを手渡した。


 「ご注文がお決まりのころにまた参ります」


 そう言って立ち去る薫。
 はるかとひびきはどんな種類があるのかと早速カレーフェアのメニューを開いた。
 チキン、ほうれん草、キーマ、チャナ(ひよこ豆)、グリーン、ココナツ……いわゆるビーフカレー
やカツカレーなどもある。


 「ずいぶん種類があるのね」

 「むむむ、なににしようかしら」

 「いかにも、ならグリーンカレーとかキーマカレーとかじゃない?」

 「そうでさぁねえ」

 「チャナってひよこ豆のことなんだ。ふふ、どんな味なんだろう」

 「うーん」


 視線の先がグリーンカレーとキーマカレーの間を行ったり来たりするはるか。
 心持ちグリーンカレーを眺めている時間が長いのをひびきは見逃さなかった。


 「そんなに気になるならグリーンカレーにしたら」

 「うーん、そうでさぁねえ」

 「私はなににしようかな……」


 メニューに見入ることしばし、頃合いを見計らって薫が注文を取りにやってきた。


 「ご注文お決まりでしょうか?」

 「ふふ、はるかが悩んじゃって。あ、そうだ。ね、カレーフェアのメニューでお勧めってある?」

 「んー、そうですね…… グリーンカレーやキーマカレー、チキンカレー辺りが本格的でお勧めです
 けど、辛いの苦手な人にはちょっと向かないかな」


 薫がメニューを指差しながら説明する。


 「辛さ控えめだとなにがあるの?」

 「えーっと、こっちのココナツカレーは辛さ控えめでこくがあってお勧めですよ。
 後は無難に日本のカレーとか。あ、でも、日本のカレーでもこれは別。本当に死ねるから」


 ひびきの問いかけに、メニューの別の場所を指差す薫。
 その指があるカレーの上でばってんを描いた。


 「なるほど……、じゃあ私はココナツカレーをライスで」

 「むむむーっ」

 「それと、グリーンカレーをナンで。いいわよね? はるか」

 「……うん」

 「はい。ご注文繰り返します。ココナツカレーをライスでお一つ、グリーンカレーをナンで
 お一つですね。しばらくお待ち下さい」


 薫は注文を繰り返すとメニューを小脇に抱えてレジのあたりに戻っていった。

 待つことしばし。


 「お待たせしました。ココナツカレーとグリーンカレーです」

 「わお、おいしそうね」

 「そうね」

 「それじゃごゆっくりどうぞ」

 「いただきまーす」

 「いただきます」


 ナンをちぎり、グリーンカレーを載せるはるか。
 日焼けしたクリーム色のナンに、グリーンカレーの緑が映える。


 「ひびきのココナツカレーは辛さ控えめなんだっけ?」

 「そうよ」

 「ふーん」

 「なによ。にやにやして」

 「ふふーん、ひびきはおこちゃまだなって思って」

 「はいはい。どうせおこちゃまですよ。でも、私が選んでおいて言うのもなんだけど……
 それ、ずいぶん辛そうね。大丈夫?」

 「このくらい平気よ」


 ぱくっ。
 そう言うとはるかはグリーンカレーのルーがたっぷり乗ったナンを口に入れた。
 もぐもぐもぐ……もぐもぐ……もぐ


 「む」

 「辛そうね」


 もぐもぐもぐ、ごくん。


 「はあ。か、からくなんてないわよ。このくらい平気だもん」

 「そう?」

 「うん、美味しいわよ。ひびきもこれにすればよかったのに」

 「それじゃ、後で一口もらうわね」


 ひびきの言葉に気をよくしたのか、はるかはまたカレーをナンにたっぷりつけて口へ運んだ。
 ぱく。もぐもぐ……。


 「むむ」

 「やっぱり辛いんじゃない」


 もぐ……ごくん。


 「だ、大丈夫。ちょうどいいくらいだわ」

 「ふーん」

 「な、なによ」

 「手が止まってるなーって思って」

 「そ、それはほら、すぐに食べ終わったらつまらないじゃない。せっかくだから楽しまないと」

 「それはそうね」

 「そう言うひびきも手が止まってるじゃない」

 「だって、はるかを見てたら面白くて」

 「もう、ひびきのいじわる」


 ぷいっと横を向きながらナンをちぎるはるか。
 心なしかさっきよりもちぎり方が大きい。
 そのナンにさっきよりも心持ち少なめなカレールーをのせて口へ運ぶ。
 ぱく……もぐ……もぐ……ごくん。


 「むむむ」

 「……私のと取り替える?」

 「大丈夫、大丈夫なんだから」


 そう言うや、ナンをカレールーに漬けるはるか。


 「ちょっと、そんなに漬けたら……、ほら、たれるたれる!」

 「え!? あ……」


 ルーに漬けたナンを乱暴に口へ運ぼうとしたそとのとき、ナンの上からグリーンカレーのルーが
こぼれ落ちた。


 「はあ……。服にたれなかった? はねてない? 袖口とかスカートは?」

 「……大丈夫みたい」


 幸いにしてこぼれたルーはそのままテーブルの上へと落ち、はねたしずくも服を汚すことはなかった。
 ひびきはテーブルのペーパーナプキンを何枚か取るとテーブル越しにはるかの手元に落ちたルーを
拭った。


 「まったく……」

 「……ごめんなさい」

 「それで、どうするの?」

 「どうするって……食べるわよ」


 泣き出しそうな目でかろうじて意地を張りつつ、半ばやけになって答えるはるか。


 「……ね、それ少しもらえる? はい、私のと取り替えっこ」

 「え? あ、うん」


 カレールーを取り替える二人。
 ひびきの前にグリーンカレー。
 はるかの前にココナツカレー。


 「わお、おいしそうね」


 さっそくナンにココナツカレーを載せて食べ始めるはるか。
 

 「おいしい!」


 今泣いたカラスがもう笑ってる、ひびきはそう思った。


 「ふふ、よかった。じゃあ、私も……」


 ひびきはグリーンカレーをライスに少しかけ、スプーンですくって口へ運んだ。
 ぱくっ。もぐもぐもぐ……。


 「ん、んんっ」


 ひびきの細い目が精一杯見開こうともがく。
 それまで食べていたのがココナツカレーだったことが、辛さをさらに引き立てたのかも
しれない。


 「ふう…… これ、確かに辛いね」

 「ひびきもそう思うでしょ?」


 ココナツカレーをナンにつけ、うれしそうに食べながらはるかがそう返した。


 「あ、でも意外といけるかも」

 「えー、うそ。すごくからいわよ」

 「うん、辛いのは辛いんだけど、意外とライスとあってると言うか……」

 「またまた、強がらなくてもいいわよ。ひびき」

 「つ、強がってなんかないわよ」

 「でもほら、ちょっと涙目じゃない」

 「そんなことないわよ」

 「あるから言ってるんじゃない」

 「ない」

 「あるもん」

 「……」

 「むむむ……」


 売り言葉に買い言葉。
 キャットファイトが高じる2人。


 「くすっ」

 「ふふふ」


 そしてどちらからともなく笑い出し、それでその場は収まった。


 「ひびき、まだココナツカレー残ってるからこれ食べたら?」

 「そうね……ってほとんどないじゃない」

 「えへ」

 「少しもらえる? とは言ったけど、全部交換とは言ってないわよ」

 「もう食べちゃったし」

 「はあ……」

 「ほ、ほら、この辺にまだちょっと残ってるから」


 確かにはるかのを選んだのは自分だけど、まさかそれが自分に返ってくるとは……。
 ひびきは自分のチョイスを少し後悔した。


 「ふう、ごちそうさまでした」


 その後、水の助けを借りながらグリーンカレーを食べきったひびき。
 額に浮かぶ玉のような汗をはるかが拭き取る。


 「グリーンカレーでこれだけ辛いってことは、さっき彼女がバツをつけたカレーは
 よっぽどなのね……」

 「え? なにか言った」

 「ううん、なんでもない」

 「それじゃ、買い物の続きにレッツゴーっ」

 「ちょ、ちょっとはるか、食休みくらいさせてよ」

 「えー」

 「私は食べ終えたばかりなのよ」


 まったくはるかは……、ひびきはそう笑いつつ、そう言えば、薫がメニューに指でバッテンを
描いたカレーはなんだっけ? と思うのだった。


Fin

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このお話は、Twitter仲間であるところのオイサンとしらすさんの会話をヒントに書いたものです。
って言うか、しらすさんの 「カレーをこぼした時の各ヒロインの反応が容易に想像できて
生きてるのがつらい」を元にはるかとひびきなら……と書き始めたはずなのに、なぜかカレーを
食べる二人の描写に終始した感があります。おっかしいなー。
ところで、薫を初めて書いてみたのですが、上級生と会話する彼女って例えそれがバイト中の
よそ行きな彼女でもなかなか想像できないですね。




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