アマガミ 響先輩SS 「冬のひまわり」



 放課後、図書室。
 そこに、問題集と格闘する森島はるかと、はるかの家庭教師役の塚原ひびきの姿があった。


 「はあ、もう飽きちゃった」

 「……はるか、まだ1時間も経ってないわよ」

 「そうだけど、飽きたものは飽きたのよ」

 「はいはい、せめてここまでは解いてね」

 「んもう、ひびきちゃんのいけず」

 「いけずでもなんでもいいから。自分のためでしょう?」

 「それはそうだけど」

 「この問題が解けたら休憩にするから」

 「はあーい」


 不精不精問題集に向かうはるか。
 ひびきはやれやれと言う顔で、図書室の中を何を見るというわけでもなくグルっと見回した。


 「あら?」

 「どうしたの?」

 「ううん、なんでもない」

 「なになに? 気になるじゃない」

 「問題が解けたら教えてあげる」

 「ううう、ひびきちゃんが冷たい」

 「いつものことでしょう?」

 「そんなだから、表情が険しい、とか、背後につくと撃たれる、とか言われるのよ」

 「……はるか、誰もそこまでは言っていないと思うけど?」

 「えっと、むむむ、この問題難しいわね」

 「はぁ……まったくもう」


 ひびきの目に入ったのは、図書室の壁に貼られた一枚のポスター。
 そこには冬だと言うのに大輪を咲かせるひまわりの姿があった。


 「できたわ!」

 「……うん、正解。ほら、やればできるじゃない」

 「意外とできちゃうものね」

 「はるかはやればできるのに、いろんなことに気をとられていつもどっちつかずなのよね」

 「う……」

 「もったいないと思うな。はるかが本気を出せば私なんて目じゃないと思うんだけどな」

 「ね、ねえ、そんなことよりさっきのひびきが気になったものってなに?
 解けたんだから教えなさいよ」

 「さっきの? ああ、あれのことよ」

 「あれ?」

 「はるかの後ろの壁のポスター」

 「後ろ? ……わお、素敵なひまわりね」

 「冬のこの時期にひまわりのポスターなんて珍しいなって思って」

 「そうね。なんでひまわりなのかしら。ちょっと見てみない?」

 「うん、近くで見てみようか」


 壁のポスターの前まで行き、何のポスターかとじーっと見るはるかとひびき。
 壁に貼られていたのは植物園のポスターだった。


 「へえ、輝日東植物園で冬のひまわりフェア開催中……」

 「わお、冬にもひまわりが咲くなんてしらなかったわ」

 「そうね……私もはじめて聞いたわ」

 「ねえねえ、次の日曜日に行ってみない?」

 「行くって、植物園に?」

 「うん、寒空の下に咲く一面のひまわりなんて滅多に見れないじゃない」

 「それはそうだけど。でもはるか、ひまわりフェアとは書かれているけど、寒空の下に一面、
 なんてどこにも書いてないわよ」

 「えー。でも植物園でしょ? それならきっと大きな庭園があってそこに一面のひまわりなのよ」

 「はあ、行くのはいいけど、行ってがっかりしても知らないわよ」

 「がっかりなんてしないわよ」

 「そうだといいんだけど」

 「もう、ひびきちゃんは夢がないんだから」

 「はいはい、すみませんね。夢がなくて」

 「そんなことだから、鋭い眼光、とか、一刀両断居合切り、とか、平成の塚原卜伝、とか
 言われちゃうのよ」

 「誰が言ってるの、そんなこと」

 「えっと……」

 「はるかが勝手に言ってるだけでしょ? 人が聞いたら誤解するから止めてよね」

 「えへ」

 「まったくもう」


 ちょろと舌を出しておどけるはるか。
 ひびきはやれやれとため息をついた。


 「あ、そうだ。ねえひびき、せっかく植物園に行くのだから誕生月の花を調べてみない?」

 「誕生月の花?」

 「うん、ほら、このポスターのここに毎月の花が書いてあるじゃない、えっと9月は……
 わお”りんどう”なのね」

 「花言葉は貞節・誠実……当たってるかもね」

 「そうかしら?」

 「うん、言い寄る男を次から次へとバッサリ断るのはある意味貞節なわけだし」

 「むむむ」

 「その割りに呼び出されたら律儀に断りに行くのは、そう言う意味ではすごく誠実だと思わない?」

 「むむむむ」

 「まあ、9月生まれがみんなそうって言うわけじゃないし、はるかはたまたまかもしれないけど」

 「そう言うひびきはどうなのよ。ひびきは11月だから……菊。花言葉は清浄・高潔。
 わお、ぴったりじゃない」

 「はるか、それって誉めてるの?」

 「もちろん」

 「清浄も高潔も、なんだかお高くとまっているみたいな印象だと思うんだけどな……」

 「そんなことないわ。あ、でも確かに近寄りがたい雰囲気はあるかも……ひびきはお堅いから」

 「そうね……こう言う性格だからはるかみたいに色んな人から言い寄られて困る、なんてことが
 なくて助かってるけど」

 「むむー、ひびきのいじわる」


 ぷいっと横を向くはるか、そんなはるかを見てくすっとひびきが笑う。


 「あら? いじわるした覚えはないんだけどな」

 「もう……。あれ?」

 「どうしたの?」

 「日ごとにも花が決まってるみたい」

 「月の花があるなら、日ごとの花があってもおかしくはないと思うけど……」

 「と言うことは、誕生日の花がわかるってことね。うんうん、その月に生まれた人がある花に
 ひとくくりなんておかしいと思ったのよ」

 「まだ続けるの?」

 「ひびきは自分の誕生日の花がなんなのか興味ないの?」

 「そりゃあ、ないかって聞かれればあるけど……」

 「それじゃ、早速載っている本を探してみましょう」

 「はいはい」


 ……


 「9月22日は……、あ、あったあった」

 「どれどれ。ハイビスカス(ピンク)花言葉は……華やか。すごいわね、イメージ通りだわ」

 「ふふーん、どう? やっぱりちゃんと誕生日まで見ないとダメなのよ」

 「誕生花って一つじゃないのね。他にはどんなのがあるの?」

 「えーと、わお、コスモス! 花言葉は……少女の純潔!?」

 「そうね。学園のアイドル、ミスサンタコンテスト連覇の森島はるか。そのくせ男の子の影が
 見えないのは純潔を守っているから。うん、ばっちりじゃない」

 「ひびき……なんだか言葉にとげがない?」

 「そんなことないわよ。事実でしょ?」

 「わ、わざわざ純潔を守ってるわけじゃないわよ。もう」

 「まだあるわよ。アカネ、花言葉は私を思って。小判草、花言葉は心を揺さぶる……か。
 なるほどね」

 「なにを納得してるのよ」

 「だってねえ……。はるかの日頃の言動に ”心を揺さぶられる” 人が多いんじゃない?
 あのラブレターの数がそれを物語ってると思うけど」

 「むむむ……」

 「きっとあの子もはるかの ”私を思って” と言うオーラにそれこそ ”心を揺さぶられて" 
 いるんじゃない?」

 「あ、あの子って、どの子よ」

 「私の口から言わせる気?」

 「うっ……」

 「ふふ、応援してるから、嫌われないようにがんばりなさい」

 「……うん」


 うつむくはるかの肩をぽんぽんとたたくひびき。
 この辺のはるかの扱いは手馴れたものだ。


 「さて、私の誕生花はなにかな……」

 「なになに? 銀木犀(ぎんもくせい)……花言葉は高潔。誕生月と変わらないわね」

 「ほ、他にもあるでしょ? えーと、オーニソガラム? 花言葉は純粋……」

 「なるほどなるほど、確かにそうかもしれないわ」

 「確かに悪い言葉じゃないけど……」

 「他のは?」

 「えーと、そば」

 「そば? そばってお蕎麦の?」

 「そうじゃないかな。蕎麦の花って白くて小さくてきれいね」

 「花言葉は懐かしい想い出」

 「うーん、なんだかイメージが湧かないな」

 「それにしても……」

 「なに?」

 「ひびきの誕生花って、どれも地味ね」

 「そ、そんなこと…… あ、でも、確かにそうかも……」

 「ねえ、他にはないの? ハイビスカス、とか、コスモス、みたいにメジャーなの」

 「……アケビ、才能、唯一の恋。西洋かりん、努力、可能性。野ブドウ、人間愛、慈悲」

 「うーん、見事なまでに花がイメージできないものばかりね。あ、でも花言葉は
 大体あってるんじゃない?」
 
 「確かにそうだけど、そうだけど……なんだか悔しい」
 
 「ふふーん、それじゃあ誕生花対決はわたしの勝ちね」
 
 「いつから対決になったのよ。それに、悪い意味が一つもなかったから私はそれで
 満足してるわ」

 「ふふふ、ひびきちゃんが強がってる」

 「強がってなんかないんだから。ほら、勉強に戻るわよ」

 「はーい」


 形勢逆転。
 はるかにいいように突っ込まれるひびき。
 こう言うのもなかなかない光景だ。
 ちなみに11/1の誕生花に「クロトン あなたは妖艶」があるのを付け加えておこう。


 ……


 学校帰り、商店街を歩くひびき。


 「塚原先輩」

 「あ、橘君」

 「今日は1人なんですね」

 「うん、そうだよ。橘君も?」

 「ええ、今日は誘いを全部断ってゲームセンターに新作をやり込みに来たんです」

 「くすっ、君って本当にゲームが好きなんだね」

 「ええ、まあ」

 「あれ? そのひまわりはどうしたの」


 橘さんの手には手の平よりもちょっと小ぶりな花を咲かせた一輪のひまわりが。


 「さっき駅前で配ってたんです。なにかのPRみたいでしたよ」

 「そうなんだ。ふーん」

 「ひまわり、気になります?」

 「え、あ、その……うん。ちょっとだけ」

 「もしかして、塚原先輩はひまわり好き、とか」

 「そう言うわけでもないんだけど、この時期のひまわりって珍しいでしょ?」

 「そう言えばそうですね」

 「それと、さっき学校でちょうど冬のひまわりの話をしていたから、
 すごいタイミングだなって思って」

 「はは、確かにそうですね。それじゃ、このひまわりは塚原先輩がもらって下さい」

 「え? い、いいわよ。せっかく君がもらったのに悪いじゃない」

 「そんなことないですよ。僕が持って帰っても枯らしちゃうだけだし、それにこの花、
 塚原先輩に似合っていると思いますよ」

 「似合うって……そ、そうかな? でも、ひまわりなら私よりもはるかのほうが……」

 「冬に咲くひまわりって寒さに強くて凛としてるところが塚原先輩に似てると思ったんです。
 森島先輩はどっちかと言うと夏のひまわりですね」

 「それって、私が冬でもコートを着ていないからそう思った、とか?」


 視線をひまわりから橘さんに移すひびき。
 そのひびきの視線に慌てる橘さん。


 「あ、い、いや、その、寒さの中でピンと伸びてる姿がそのあの……」

 「くすっ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。橘君。ありがとう」


 しどろもどろになる橘さんを見て笑うひびき。
 つられて笑う橘さん。
 北風の吹く中で背筋をピンと伸ばした姿勢で楽しそうに笑うひびき。
 その姿は、確かに冬に咲いたひまわりのようだ、と橘さんは思うのだった。


 ……


 「そうだ、今度の日曜日にはるかと一緒に植物園に行くんだけど、もしよかったら、君もどう?」


 ひとしきり話をした後で、ひびきが橘さんにそう言った。


 「植物園……ですか?」


 想定外のお誘いに加えて想定外の場所に橘さんが一瞬きょとんとする。


 「うん。どうかな?」

 「構わないですけど、でも、なんで植物園なんですか?」

 「あ、そうか、ごめんね、唐突で。実は今日こんなことがあってね……」


 橘さんに図書室での顛末を話すひびき。


 「なるほど、そう言うことだったんですか」

 「どうかな?」

 「ええ、僕でよければ、ぜひ」

 「よかった」


 橘さんの返事に、にっこりと笑うひびき。


 「あ、でも僕が一緒に行ってもいいんですか?」

 「もちろん。はるかも喜ぶと思うよ」

 「だといいですけどね」

 「……喜ぶのははるかだけじゃないんだよ」

 「え?」

 「ううん、なんでもない」


 なんでもない、とつぶやきつつ、こんなのはがらじゃないなとひびきは思った。
 だから敢えて話題を振って自分の気持ちをはぐらかそうとした。


 「あ、そうそう、それでね。はるかが誕生日の花を調べようって言うから面白がって
 調べてみたんだけど……」


 誕生花を調べた時に話をするひびき。


 「なるほど、森島先輩らしいですね」

 「でしょ?」


 相槌を打ちながら面白そうに聞く橘さん。


 「それでね。はるかの誕生花はコスモスにしろハイビスカスにしろよく耳にするもの
 だったんけど、私のはどれも地味で」

 「そうですか?」

 「うん。だって名前から花がイメージできないものばかりじゃない」

 「確かにそうですけど……」

 「でしょう? このくらいがこんな強面にはちょうどいいのかも知れないけどね」

 「……僕はその花を知らないですけど、きっと控えめな、でもきれいな花だと思いますよ」

 「え?」

 「普段の塚原先輩のイメージを花に重ね合せたら、きっとそうなんじゃないかって」

 「そ、そう……かな?」

 「ええ、いつも森島先輩のフォローに回っているから目立たないけど、塚原先輩も、その……
 えっと……なんて言えばいいんだろう。と、とにかく魅力的だと思います」


 またしてもしどろもどろな橘さん。


 「そ、そんな……そんなこと、ないよ」


 言われなれない言葉に戸惑うひびき。


 「えっと、そ、そうだ。日曜日に植物園で実物を見ればわかりますよ。11月の花なら
 まだ咲いていると思うし」

 「……がっかりしても知らないよ」

 「そんなことないです。きっと大丈夫です」

 「……」

 「……」

 「……うん、ありがとう」


 橘さんの根拠のない自信が今のひびきにはうれしかった。


 「そ、それじゃ日曜日よろしくね。それと、ひまわりありがとう」

 「あ、塚原先輩」


 ひびきは橘さんにそう言うと駅に向かって走りだした。
 それがひびきの照れ隠しだと言うことに彼は気がつかなかった。


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このお話は、某所ひびきスレのレスにあった、
 「ひびきちゃんに似合う花は?」→ 「ひまわり!」→ 「誕生花はこんなの」
と言う流れを受けて書いたものです。
11/1の誕生花って確かにパッと花が浮かばないですね。
なのでちょっとググってみました。
どれも控えめだけどきれいな花でしたよ。


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