アマガミ 響先輩SS 「丘の上の公園で」



 「(さて、今日も正門でひびき先輩と待ち合わせだ)」

 「(まだ水泳部が終わる時間じゃないけど、早めに待っているに越したことは
 ないよな)」

 「あ、あれ、ひびき先輩?」

 「あ、橘君」

 「今日は早かったんですね。もしかして結構待たせちゃいました?」

 「ううん、そんなことないよ。今さっき来たところ」

 「よかった。でもなんでこんなに早く?」

 「季節柄なのかな、風邪で休みの人が多いからミーティングだけになったんだ」

 「そうなんですか」

 「うん、それでいつも君を待たせてばかりだから、今日は私が君を待とうかなって」

 「そんなことないですよ。それにひびき先輩とどこかに遊びに行く時は、いつも
 僕より早く来て待っててくれるじゃないですか」

 「あれは、その、いつも気が急いて早く着いちゃうだけで……」

 「そうなんですか?」

 「う、うん。遊びに行くのが楽しみで、つい家を早く出ちゃうから、待ち合わせ
 場所にも早く着いちゃうんだ」

 「そうだったんですか。でもお陰で僕はすごく安心できるんです。必ず先輩が
 待っていてくれるって思えるから」

 「そ、そう?」

 「ええ、普段の待ち合わせだって、先輩は必ず来るってわかっているから安心して
 待っていられるんです」

 「そうなんだ……」

 「僕にとって、必ず来てくれるって言う安心感はすごく大きいものなんです」

 「待ち合わせに相手が来るって普通だと思うけど…… なんでそんなにこだわるの?」

 「……ひびき先輩、これから行きたいところがあるんです。一緒に行ってもらえ
 ますか?」

 「行きたいところ? うん、今日は時間も早いし、構わないよ。でも、どこに行くの?」

 「一緒に来てもらえればわかります」

 「う、うん」

 ……

 「……ここは」

 「ええ、丘の上公園です。きれいな夕焼けだな……」

 「……そうだね。ふふ、そう言えば夕焼けをじっくり見るのは久しぶりだな」

 「ゆっくり見る機会ってなかなかないですよね」

 「この夕焼けが見たかったの?」

 「うん、でもこの夕焼けはおまけです」

 「それじゃ、ここに来た理由は?」

 「……中学3年のクリスマスの時、僕はここで振られたんです」

 「え……」

 「振られたって言うか、デートの待ち合わせをすっぽかされたんです。
 待っても待っても約束の相手は来ませんでした」

 「橘君……」

 「ずっとずーっと待ちつづけて、夜もふけて、悲しさで一杯になって家に帰りました」

 「……」

 「僕のなにが悪かったんだろうって考えて、卒業までの数ヶ月をどう過ごそうって
 考えて、毎日学校から帰って部屋の押入れに閉じこもって」

 「……」

 「待ち合わせに相手が来ないつらさ、寂しさをもう二度と味わいたくない、
 こんな想いをするなら人を好きになんてもうならない。そう思ったんです」

 「……そんなことがあったんだ」

 「でも、ひびき先輩に出会って、一緒に帰る約束をして、正門で待っていると
 ひびき先輩は必ず来てくれた」

 「うん」

 「二人で遊園地に行った時もプールに行ったときも、待ち合わせのずっと前から
 来て待っていてくれた」

 「うん」

 「ああ、この人は必ず来てくれるんだって思ったんです。待ちぼうけをすることは
 ないんだって。安心していいんだって」

 「橘君……」

 ぎゅっ

 「……ごめんね。つらいことを思い出させちゃったね」

 「もう過ぎたことだから。今はひびきがいるから大丈夫。それに」

 「それに?」

 「僕はここで、森島先輩に出会ったんです」

 「はるかに?」

 「ええ、その時森島先輩は、僕が飼っていた犬に似ているって笑っていて」

 「え?」

 「しょぼくれた顔も仕草もよく似てるって笑う森島先輩を見ていたら、なんだか
 がんばろうって気になって、だから前を向くことができた」

 「そっか……」

 「森島先輩にここで会ったから、僕はもう一度スタートラインに立つことが
 できたんです」

 「……ね。ここではるかに出会ったのっていつ?」

 「一昨年のクリスマス」

 「……そっか、君が公園君だったんだね」

 「え?」

 「はるかがね、この公園で面白い子に会ったんだけど、名前も知らないしどこの
 誰かもわからないからその子のことを公園君って呼んでいたんだ。まさか君だった
 なんて……ふふ、世間は狭いね」

 「公園君……」

 「あ、気を悪くしないでね。はるかには可愛がっていた犬がいて、その犬が
 3年前のクリスマスに死んでしまって……」

 「えっ」

 「はるかはすごく悲しんで、その犬のことを思い出しては落ち込んでいたの。
 あのクリスマスの日、公園君に出会うまでは」

 「そうだったんですか」

 「うん。はるかに笑顔が戻って私もホッとしたんだ」

 「落ち込んだ顔は森島先輩には似合わないですよね」

 「でも、はるかもひどいよね」

 「え?」

 「だって、くすっ、去年の秋からあれだけ君と過ごしてきたのに、君が公園君だって
 気づいてないんだから」

 「そ、そう言えばそうですね……」

 「はるかに教えてあげないと……それとお礼も言わないといけないな。はるかの
 お陰で、君がこうしてここにいるのだから」

 「ええ」

 「それにしても、いい夕焼けだね。ここがこんなに素敵な景色だったなんて……」

 「見ていると元気が出ますよね」

 「そうだね」

 「さ、真っ暗になる前に帰りましょう。身体冷えちゃったから、なにか食べて
 帰りませんか?」

 「うん、なににしようか」

 「うーん、大判焼きか、クレープか…… から揚げも捨てがたいな」


 ひびき先輩に、あのクリスマスの話を聞いてもらった。
 森島先輩に出会って、僕はスタートラインに立つことができた。
 ひびき先輩のお陰で、僕は立ち直ることができた。
 僕がなぜ待ち合わせにこだわったのか、わかってもらえただろうか。



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