アマガミ 響先輩SS 「レジャーランドへいこう」


 「(……ふう。なんだかドキドキするな)」

 「(もう少ししたら、塚原先輩が着替えを終えて出てくるんだけど……)」

 「(一体どんな水着を着てくるんだろう)」

 「(僕はそれにどんなリアクションをすればいいんだろう)」

 「(ケース1.いつもの競泳水着風。……いや、さすがにそれはないか。別のに
 するって言っていたし)」

 「(ケース2.まさかのスクール水着。しかも旧タイプ。 ……まてまてまて。
 そんなハズはないだろう)」

 「(ケース3.地味なワンピースの水着。この辺が堅いところか。グレーで細かい
 ストライプ、なんて感じのが塚原先輩のイメージにはまる気がするんだけど……)」

 「(ケース4.黒のマイクロビキニ。う、み、見てみたい。すごく似合う気がする。
 でも、塚原先輩の性格を考えると、なさそうだな……)」

 「(ケース5. ……そう言えば、今年の水着の流行ってどんなのだったのだろう? 
 森島先輩と一緒に遊んでいれば、そう言うのはチェックしていそうだよな。うーん)」

 「お・ま・た・せ。ふふ、何をそんなに真剣に考えているの?」

 「おわ、つ、塚原先輩」

 「ごめんね。待った?」

 「あ、いえ、全然」

 「そう? あ、それで、なにか考え事をしているみたいだったけど」

 「あ、それは、その、えっと…… あ……」

 「え? どうかした?」

 「……」

 「うん?」

 「…………」

 「ね、どうしたの?」

 「………………」

 「橘君。どうしちゃったの? 顔赤いよ」

 「あ、すみません。その…… 見とれてました」

 「え?」

 「塚原先輩の、水着姿に」

 「……え、そ、そう? ……そんなにじーっと見られるとなんだか恥ずかしいな」

 「あ、すみません」

 「ふふ、部活の時に見られているから気にならないはずなんだけどね。なんだか
 改まって見られると恥ずかしさが出てきちゃったな」

 「それは、いつもと違う水着だからじゃないですか? 周囲の雰囲気も違いますし」

 「うん、きっとそうだね。ところで、この水着、どうかな? ちょっと……派手だったかな」

 「よく似合っていると思いますよ」

 「そ、そう?」

 「ええ、オレンジのビキニにパレオ。明るくて、すてきじゃないですか」

 「はぁ、よかった……」

 「そんな大げさに安心しなくても」

 「大げさじゃないよ。だってこの色を選ぶのは初めてだし、着るのも初めてだったから」

 「え?」

 「あ……その、橘君の好みってこう言うのかなって思って……」

 「それはどうしてそう……」

 「あの写真集のモデルさんが着ていた水着の中に、オレンジのマイクロビキニが
 あったでしょ?」

 「そ、そう言えばそうでしたね。あはははは」

 「マイクロビキニはさすがに無理だけど、セパレートにパレオならいけるかなって
 思って」

 「塚原先輩、もしかして今日のために」

 「あ、しまった。それは内緒にしておこうと思ったのに」

 「気を使わせちゃってすみません」

 「ううん、そんなことないよ。お陰で私は今まで着たことのない色にチャレンジ
 できたし、それが意外といけるのもわかったし、なにより、橘君が気に入ってくれた
 のがうれしいから」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「そ、それじゃ早速プールに行きましょうか。なんかアトラクションも結構ある
 みたいですよ」

 「うん」

 ……

 「それにしても、ここってすごいですね」

 「そうだね。小さな遊園地を丸ごと温室の中に入れちゃったみたいだね」

 「プールがいっぱいあるのは知ってたんですけど、まさか観覧車にジェットコースター
 まであるなんて……」

 「ふふ、大丈夫だよ。今日はそれに乗ろうなんて言わないから」

 「ははは……」

 「あ、でも、あれなら大丈夫かな?」

 「どれですか?」

 「あれ。アクアライドって書いてある」

 「えーっと、ボートで急流下り……ですか。うん、多分大丈夫です」

 「それじゃ、せっかくだから乗ってみない?」

 「いいですよ。……あ、でも、塚原先輩は絶叫系苦手だったんじゃ……」

 「え? あ、そうだったっけ…… うん、でも、あのくらいなら」

 「それじゃいきましょう」

 「へー、結構流れが速いね」

 「――それでは、急流下りの旅を心ゆくまでお楽しみに下さい。3・2・1・Go!」

 「うわ、いきなり水が頭から」

 「ふふふふふ、橘君びしょびしょだよ」

 「水着でよかったですよ」

 「きゃっ、あぷっ……ふう」

 「塚原先輩、大丈夫ですか?」

 「うん、こっちもびしょびしょ」

 「あははは」

 「ふふふふ」

 「うわ」

 ざっぷーん

 「わぁ」

 ざっぱーん

 「うおーー」

 「きゃーー」

 「――アクアライドによる急流下りの旅、いかがでしたか。またの搭乗をお待ちして
 います」
 
 「なんだか、頭からびっしょりですね」
 
 「意外と激しいアトラクションだったね」
 
 「でも、周りが暖かいからすぐ乾くし、水着だから濡れても気にならないし、結構
 楽しいですね」

 「ふふ、そうだね」

 「次はどこに行きましょうか」

 「ね。色々プールを回ってみない?」

 「ええ」

 ……

 「波の出るプールに、流れるプール、子供用プールに、ウォータースライダー、
 随分いっぱいありましたね」

 「あっちには競技に使えるプールもあるって書いてあるよ。すごいね」

 「ふう疲れた」

 「くす、プールを全部制覇するんだーなんて言って、はしゃぐから」

 「せっかく来たのに遊び倒さないのはもったいないじゃないですか」

 「それもそうだね」

 「ところで塚原先輩。お昼食べたら、ウォータースライダーに行ってみませんか?」

 「え? でも、あれは結構高いところから滑るよ」

 「ええ、わかってます。でも、この間のことで思ったんです。いつかは克服しなくちゃ
 いけない。だからちょっとずつ慣らしていこうって」

 「で、でも、本当に大丈夫?」

 「ええ。ダメだったら…… ちょっと恥ずかしいですけど、やっぱりやめますって
 降りてきますよ」

 「くす、わかった」

 「(さて、お腹もふくれたしウォータースライダーなんだけど……。先輩にはああ
 言ってみたものの、結構高いなあ)」

 「大丈夫?」

 「ええ。まだ顔色も普通ですよね?」

 「そうだけど……」

 「さ、さて、どれを滑ろうかな。あれにしようかな…… こっちもいいな……」

 「ね、橘君。一番向こうのはどうかな?」

 「一番向こう……」

 「うん、二人乗りのゴムボートタイプ。あれなら二人で一緒に乗れるし、その分怖さが
 減るんじゃないかな?」

 「確かにそうですね」

 「うん、それじゃ並びに行こう」

 「はい」

 「(もうすぐ順番だ。確かに高いことは高いけど、塚原先輩も一緒だし、うん、大丈夫。
 このくらい大丈夫)」

 「大丈夫。私が一緒だから、大丈夫。……ね」

 「(あ、塚原先輩が手を握ってくれた。先輩の手、暖かいな…… なんだか落ち着いて
 きた。うん、きっと大丈夫だ)」

 「はい、大丈夫です」

 「――Ready Go!」

 「う、うわああああああああーーーー」

 ざっぷーーーん!!

 「……橘君、大丈夫?」

 「ええ、滑り出してしまったらトンネルばかりだし、高さを忘れちゃいました」

 「そう、よかった」

 「それに」

 「それに?」

 「塚原先輩が一緒にいてくれたから、なんだか安心して滑れました」

 「……そう、よかった」

 「高所恐怖症克服のファーストステップクリヤー、です。先はまだ長そうですけど」

 「うん」

 ……

 「ねえ、なんだか向こうが騒がしいね」

 「そうですね。なんだろう……」

 「行ってみようか」

 「はい」

 「ここは……」

 「飛び込み用のプールですね」

 「やだ、ムリ! 絶対ムリ!!」

 「そんなことないよー。いけるいける」

 「高々5mだよ。楽勝よー」

 「早く飛びなさいよ」

 「え?」

 「はあ、中学生かな、友達を下から煽ってる。しかも上にいる子はこう言うの苦手
 みたいだね」

 「そ、それってまずいんじゃ……」
 
 「うん、橘君はわかると思うけど、苦手な人にとっては1mも5mも変わりなく怖い
 はずよ。でも、あの子たちにはそれが理解できてないみたいだね」

 「係員はなにやってるんだろう。止めなくちゃ」

 「うん」

 「ほらほらー」

 「もう、早くとばないと今日の帰りから無視するよー」

 「ほんの一瞬でしょー?」

 「あなた達、なに無責任なこと言ってるの!!」

 「え? なにあんた」

 「きゃあああぁぁぁぁぁ」

 ざぶーーーーーん!!!

 「あ、今変な体勢で水に」

 「まずい」

 たったったった、ざぶん!

 「あ、塚原先輩!!!」

 「(塚原先輩が助けに飛び込んだ。ぼ、僕にできることは……)」

 「そ、そうだ、あれはどこに……」

 「(いた。やっぱりおぼれてる。すぐに飛び込んだからあまり水は飲んでいないと
 思うけど)」

 「(後ろから抱えて、このまま水面へ……)」

 「っはぁ」

 「……ん、んん」

 「もう、大丈夫だよ」

 「え? あ、いや、いやーーーーーー」

 「ちょ、ちょっと暴れると、危ないから、うわっぷ」

 「(まずい、このままじゃこっちも一緒におぼれかねない。どうしよう……)」

 「ひびき! 浮き輪!!」

 「んっ、大丈夫、引っ張って!」

 「うん」

 「はぁ、はぁ、はぁ……」

 「うん、呼吸もあるし、水もそんなに飲んでないし、とりあえずは大丈夫そうだけど……。
 ねえ、あなた達。もしかしたらこの子おぼれて死んでいたかもしれないよ。
 自分たちがなにしたかわかってる?」

 「だって、まさかホントに飛び込むなんて……ねえ」

 「シャレのつもりだったのに」

 「はあ、もうまったくなにもわかってない」

 「ほんとだ」

 「ここ、深さ5mあるのよ。もちろん自分たちも飛び込んでみたよね?
 恐くなかったの?」

 「あ、あたし達飛び込んでないし」

 「うん、そんなバカなことしないよ」

 「……っ!」

 「先輩、ここで彼女達に手をあげてもなんにもならないですよ」

 「それはそうだけど……」

 「この子を医務室に連れて行きましょう」

 「そうね、水を飲んでいないとは言え、一度お医者さんに見てもらわないと」

 「君たちも一緒に来るんだ。この子の連絡先は知ってるだろう? 何が起きたかも、
 ちゃんと医務室の人に話すんだ」

 「えー」

 「はあ、全く友達がいのない人たちだね。いいから一緒に来なさい!」

 「は、はいっ」

 「(塚原先輩が本気で怒ってる……)」

 「立てるかな? うん、私につかまって。そう、ゆっくりでいいからね」

 ……

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……

 「(結局なんやかんやで夕方になっちゃったな)」

 「あの子、大丈夫かな」

 「親御さんが迎えにきていましたし、多分……」

 「水を嫌いにならないといいけど」

 「あ…… そうですね」

 「ふふ、橘君、ありがとう」

 「え?」

 「君の投げた浮き輪がなかったら、私までおぼれていたかもしれない」

 「……」

 「助けに行って、こっちまでおぼれそうになるなんてね。ちょっと情けないな」

 「そんなことないですよ。とっさに飛び込んだ先輩は、すごく格好よかったですよ」

 「そう言えば、あの時私のことを名前で呼んでくれたよね」

 「あ、ええ、あれはとっさに口から、その…… すみません、呼び捨てで」

 「ううん、いいのよ。お陰ですぐに浮き輪に気付いたし、それに……名前で呼ばれて
 すごくうれしかった」

 「塚原先輩」

 「ふう、なんだか疲れちゃったな」

 「ああ、いいですよ。駅についたら起こしますから」

 「うん…… ありが、と」

 「(僕の肩にもたれかかって、寝ちゃった……)」

 「(よほど疲れたんだろうな)」

 「(おぼれた子を助けに飛び込んで、無神経な連れの子たちに腹を立てて、
 おぼれた子のケアをして……)」

 「(とんだデートになっちゃったな)」

 「(僕が塚原先輩にしてあげられることがなにかあればいいんだけど……)」


 ちょっと心配だったから、塚原先輩を家の近くまで送っていった。
 あの一件を除けば、今日のデートはとても楽しかったみたいで、先輩はずっとニコニコ
していた。
 それにしても、オレンジのビキニにパレオ……似合ってたな。
 しばらく脳裏から離れそうにない。




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