アマガミ 響先輩SS 「遊園地に行こう!」


 「(……塚原先輩とデートか。気合はいりすぎて家を早く出過ぎちゃったよ)」

 「(えーっと、待ち合わせ場所は…… あ、あれ? あの人影は塚原先輩!?)」

 「塚原先輩、おはようございます。僕、もしかして時間間違えました?」

 「あ、橘君。おはよう。ううん、そんなことないよ。私が早く来すぎただけだから」

 「結構待ちました?」

 「5分くらいかな。橘君が早く来てくれたから、そんなに待たずにすんだ」

 「塚原先輩って、待ち合わせよりもかなり前に来る人なんですね」

 「んー、そうだね。部活とかでみんなを引率する立場だから、待ち合わせよりも
 早く集合場所に来るようにしているよ」

 「でも、今日は早いどころじゃないような……」

 「あ、うん、今日はいつもよりもさらに早め……だね。橘君も早めに来るほう?」

 「僕はその時々ですね。今日は家を早く出すぎちゃったんです」

 「くす、そんなに慌てなくてもいいのに」

 「塚原先輩と遊園地だって思ったらつい」

 「ふふ、そう言ってもらえるとうれしいな」

 「そう言えば、あの服は……」

 「うん、ちゃんと着ているよ。コートに隠れてほとんど見えないけど。
 この辺だけ、かな」

 「あ、コートのすそからちょっとだけ見えてますね」

 「うん、よく考えたらこの時期は上からコートを羽織るから、中に何を着ているか
 わからないよね」

 「はは、そう言えばそうですね」

 「でも、私はうれしいんだ」

 「この服を着てきたことが、ですか?」

 「そう、例え周りから見えなくても、私にとってはこの服を着てどこかに遊びに
 行くって言うのがすごくうれしいことだから」

 「なるほど」

 「それにね」

 「はい」

 「この服を着る機会を、わざわざ橘君が作ってくれたことがうれしくて……」

 「そ、そうですか?」

 「うん。自分の行動に責任の取れる人ってなかなかいないんだよ」

 「あ、そろそろバスも来たみたいですし、行きましょうか」

 「うん」

 ……

 「結構人がいますね」

 「日曜日だしね」

 「どこから周りましょうか? 塚原先輩、なにがいいですか?」

 「そうだね…… あ、あれいいかな? メリーゴーランド」

 「メリーゴーランド?」

 「うん、結構好きなんだ」

 「そうなんですか。塚原先輩の意外な一面をまた発見した気分です」

 「あ、バカにしてるでしょ?」

 「そんなことないですよ。メリーゴーランド、かわいいじゃないですか」

 「ホントにそう思ってる?」

 「ホントに思っています」

 「ふふ、それじゃ行こうか」

 「どこに乗りますか?」

 「あの馬車なら二人で乗れるんじゃない?」

 「あ、そうですね。それにしても周りは子供だらけですね」

 「そうだね。あんまり気にならないけど。あ、そうだ」

 「つ、塚原先輩、コート脱いだら寒いですよ」

 「だって、せっかくこう言うかわいい服を着てきたのに、コートを着たままメリー
 ゴーランドなんてつまらないじゃない」

 「な、なるほど、それはそうですけど……」

 「あ、動き出した」

 「(塚原先輩と隣同士で座っているけど、なんだかすごく楽しそうだな)」

 「(あ、鼻歌交じりだ。よほどうれしいんだろうな)」

 「(上機嫌の先輩が見れて、今日は誘ってよかったな)」

 「ね、橘君」

 「なんですか」

 「ありがとう」

 「まだ来たばかりですよ」

 「うん、今日はまだこれからなんだけど、でも、ありがとう」

 「はい。よろこんでもらえてうれしいです」

 ……

 「次はどれにしましょうか?」

 「最初に私のリクエストを聞いてもらったから、次は橘君の好きなのでいいよ」

 「そうですか? それじゃ…… ゴーカートなんてどうですか」

 「うん、いいね」

 「それじゃ決まり、ですね」

 「へー、一人乗りなんだ。結構本格的っぽいね」

 「そうですね。それじゃ、この後のジュースをかけて勝負しませんか?」

 「ふふ、自信ありって感じだね。いいよ」

 「(Ready GO!)」

 「(ば、ばかな、連邦のモビルスーツは化け物か)」

 「(いくら文武両道長けているからって、ゲーセンでならした僕がかなわないなんて)」

 「(Goal!)」

 「ま、負けた」

 「そんなに落ち込まないの」

 「そうですけど……」

 「それじゃ、次は気分を変えてジェットコースターなんてどう?」

 「え!? あ、アレですか?」

 「うん、あ、もしかして絶叫系は苦手?」

 「い、いえ、そんなことはないですよ。あははははは」

 「それなら、ウォータースライダーは?」

 「け、結構エキサイティングですね。冬場は寒そうだけど」

 「……ふふ、そっか。私、実は絶叫系はあまり得意じゃないんだ。大好きって
 言われたらどうしようかと思った」

 「そ、そうなんですか?」

 「うん、だから…… 君の得意そうな、ゲームコーナーに行かない? 私ああ言うのは
 あまりやったことないから、こつを教えて欲しいな」

 「そんなことなら、お安い御用です。さあ、行きましょう」

 「うん」

 ……

 「あ、そうだ、塚原先輩。あそこ入ってみませんか?」

 「ファラオ謎の入口……? ふふ、ホラーハウスかな。うん、いいよ」

 「七咲からこの遊園地の話を聞いた時に、弟がいたから入れなかったってすごく悔しが
 っていたんですよ」
 
 「なるほど。それじゃ七咲には悪いけど、一足先に体験してみようか」
 
 「ええ、なんでもすごく驚く仕掛けがあるらしいですよ」
 
 「へえ、どんな仕掛けなんだろうね」
 
 「では早速……」
 
 「中、結構暗いね」
 
 「そうですね。まあ、ホラーハウスですし」
 
 「ふふ、そうだね」
 
 「(ん? そろそろなにか出てくるか?)」
 
 「きゃっ」
 
 「塚原先輩、大丈夫ですか? ほら、思いっきり作り物ですよ」
 
 「そ、それはわかっているけど…… いきなり出てきたら普通はびっくりするよ」
 
 「(確かに…… 気をつけていたから冷静に対処できたけど、いきなりだと結構
 怖いかも)」

 「ふう。うん、もう大丈夫」

 「それじゃ先に進みましょうか」

 「……なんだか広い場所に出たわね」

 「そうですね」

 「驚く仕掛けを仕込むならこの辺かな」

 「場所的にはもってこいですよね」

 「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」

 「な、なんの音?」

 『ウォオオオォ〜ン!』

 「うわぁあああああ〜〜っ!」

 「きゃぁあああああ〜〜っ!!」

 『我の眠りを妨げるものよ、千年王国の呪いを受けるがいい!』

 「あ、あなたは一体何者なの!」

 「塚原先輩、言い返しても無駄です」

 『戯言などいらぬ、覚悟を決めろ!』

 「きゃあ」

 「塚原先輩! 危ない!!」

 『ウォォォオオオオォォ〜〜ン!』

 「うわぁああああ」

 「た、橘君! 橘君、どこ!!」

 「……先輩、塚原先輩、ここです。ここにいます」

 「え!? 声は確かこっちの方から…… ええ!?」

 「塚原先輩、無事ですか?」

 「うん、私はあなたのお陰で無事だったけど、橘君、なんで君が本になってるの??」

 「ええ!? 僕が……本に??」

 「うん、なにかの写真集のようだけど……」

 「写真集!? あ、確かにそう言われるとそんな気が……って、ええ、この本は!!」

 「え? なにか心当たりがあるの?」

 「い、いえ、あるような、ないような……(言えない、これが僕の五指に入るお宝本の
 一つだなんて口が裂けても言えない)」

 「それにしても、一体どうなってるのかしら」

 「やっぱりさっきの光が原因……ですよね」

 「そうね。それしか考えようがないものね」

 「……困りましたね」

 「そうだね。……とりあえず奥に進もうか」

 「はい。でも僕はこのままじゃ動けないです」

 「あ、うん、それじゃ私が抱えて……」

 「(う、うわ、塚原先輩の胸に抱えられてしかも押しつけられるなんて、そんな……
  ぼ、僕はどうすれば……)」

 「うーん、どうすればこの呪いを解くことができるんだろう……」

 「そうですね……(ああ、夢心地というのはこう言うことをいうんだろうな……)」

 「ね、橘君」

 「は、はい!」

 「君がどんな本になったのか、ちょっと見てもいいかな」

 「え!? ちょ、ちょっと待って下さい(これがあのお宝本だとしたら…… 
 うん、水着中心だからページさえ間違えなければ大丈夫なはず……)」

 「ふふ、橘君が変身するような本がどんなのか、ちょっと興味が湧いたんだ」

 「えっと、はい、お待たせしました」

 「それじゃ……」

 「(ま、まずい、そのページはこのお宝本の中でもっともデンジャラスなところだ、
 しかもショートカットでスレンダーな七咲みたいな子のセミヌード……まずい、そこを
 見られるのは非常にまずい。どこなら、どこなら大丈夫だったっけ。思い出せ、この
 状況で見せて大丈夫なのは…… ここだっ)」

 「へえ、なんの本かと思ったら、グラビアアイドルの写真集なんだ。あ、それもモデル
 が何人もいるみたいだね。ふーん、ロングヘアーにぱっちりした目、大きな胸……
 橘君こういうのが好みなんだ」

 「うわ、間違えた。こっちですこっち」

 「キリッとした雰囲気、ちょっとお姉さん風のポニーテール、オレンジのビキニ……
 ふふ、慌てなくてもいいよ。確かにこっちの子も可愛いね。……なるほど、そっか」

 「つ、塚原先輩。何に納得をしてるんですか?」

 「ふふ、こういう子が君の好みなのかな、って。他のページはどうなってるん
 だろう……」

 「あ、先輩、そこから先を開いちゃダメっ。わっ」

 「あ、そ、そんなに暴れたら、あっ……」

 「(バサッ)」

 「あ、橘君、大丈夫!? きゃっ」

 「塚原、先輩? 大丈夫ですか」

 「橘……君? よかった、元に戻れたのね」

 「はい、落ちたショックで、ですかね。とにかく元に戻れました」

 「はあ、よかった。あのまま戻らなかったらどうしようかと思ったよ」

 「そうですね。はあ、よかった」

 「とりあえず、ここから出ようか? かなりびっくりしたし」

 「そうですね。外でなにか飲みましょう」

 「(あ、危なかった。一応、ぎりぎりセーフ、かな)」

 「はあ…… 思ったよりもすごい仕掛けだったね」

 「そうですね。想像以上でした」

 「でも、不思議ね。どういう仕掛けになっているのかな」

 「うーん。自分で本になっておいてなんですが、よくわからないです」

 「変身した本人がわからないんじゃ仕方ないよね」

 「ええ、でもまさかこんなことになるとは」

 「そうだね。でも、面白かったよ。橘君の好みもよくわかったし」

 「あ、いや、あ、あれは忘れて下さい」

 「ふふ、どうしようかな」

 「お願いですから」

 「橘君も、ふふ、男の子だなあって思っただけだから大丈夫だよ」

 「それ、フォローになってないです」

 「それよりも怪物が変な光を出した時に、橘君が身代わりになってくれたのがすごく
 うれしかった。身を呈して守ってくれる男の子なんて、なかなかいないからね」

 「そうですか?」

 「うん」

 「あの時は無我夢中でとにかく塚原先輩を守らなくちゃって思って……」

 「……」

 「なんだか照れますね」

 「ふふ」

 ……

 「あっという間に夕方になっちゃったね」

 「そうですね…… あ、塚原先輩、あれ、乗りませんか?」

 「観覧車?」

 「そ、そうです」

 「うん、いいよ」

 「それじゃ行きましょう」

 「へえ〜、結構大きいね」

 「そ、そうですね(うわ、思ったよりも大きいぞ、僕は高いところが苦手なのに……
 でも、うん、そうだ、ここでやめるわけにはいかないんだ)」

 「(う、と、途中まで上がってきたけど、やっぱり高いな……)」

 「ね、橘君」

 「は、はい」

 「大丈夫? なんだか顔色が悪いよ」

 「あ、いえ、多分はしゃぎすぎただけです」

 「そう? ならいいんだけど……」

 「あ、そろそろです」

 「え?」

 「ほら、向こう」

 「わ〜、きれいな夕焼け……」

 「ええ、実はこれが見せたくて」

 「……ありがとう。うれしいな。ね、橘君、こっちに来なよ。こっちの方が夕焼けが
 よく見えるよ」

 「え、あ、ぼ、僕はここで……」

 「せっかくなんだから、ほら手を出して」

 「あ、はい。うわっ」

 「きゃっ。ちょ、ちょっと橘君、どうしたの。すごい汗。それになんだか血の気が
 引いてるじゃない」

 「あ、いや、その、実は高いところが苦手で……」

 「高いところが苦手で、なんで観覧車なんかに乗ろうって言ったの」

 「あの夕焼けを、先輩に見せたかったから……」

 「……バカ」

 「すみません」

 「バカ。言わなかった君もそうだけど、それに気づけなかった私はもっとバカ……」

 「塚原先輩……」

 「目をつぶって、じっとしていて」

 「はい……」

 「(先輩が背中を抱いてくれているみたいだ。なんだろう、肩に乗る先輩の腕も、
 背中に伝わる柔らかな感触も、全て暖かくて。なんだか、すごく安心できるな……)」

 「(ああ、今なら七咲が塚原先輩のことをお母さんって言った気持ちがわかる気が
 する)」

 「(暖かくて、気持ちよくて。先輩によろこんでもらおうと思って観覧車を選んだのに、
 なんだか悪いことをしちゃったな)」

 「……もう大丈夫だよ。すぐ降り口だから」

 「あ、はい。……塚原先輩、すみませんでした」

 「ううん、謝らなくちゃいけないのはこっちのほうよ。ごめんね、気を使わせちゃって」

 「その、僕は先輩によろこんでもらいたかっただけなんです。……すみません」

 「ありがとう。夕焼けすごくきれいだったわ。あなたのお陰よ」

 「塚原先輩」

 「だからそんなに自分を責めないで。ね?」

 「はい」

 ……

 「塚原先輩、今日は……すみませんでした」

 「ううん、とても楽しかったよ」

 「そうですか? でも……」

 「あの洋服を着て遊びに来ることができた。メリーゴーランドも、ゴーカートも、
 ファラオの呪いも、観覧車も、どれもみんな楽しかった。私ばかり楽しかったんじゃ
 ないかって、それが心配だな」

 「そんなことないですよ。それに、僕は先輩とこうして遊びに来て先輩の笑顔が見れて、
 それがとてもうれしいんです」

 「ふふ、橘君の良さがまた一つわかった気がする。ファンが多いわけよね」

 「そ、そんなことないですよ」

 「え? 自覚ないの?? はるかや七咲だけじゃないんだよ。君のファンは」

 「そうなんですか?」

 「うん、それでね。私も遅ればせながらファンクラブに入ろうかな、って思ったんだ。
 枠はまだ空いている……かな」

 「も、もちろんです! って言うか、僕公認は先輩がはじめてですから」

 「くす、よかった」


 塚原先輩はあの洋服を着る機会ができてすごくよろこんでいた。
 それにしても、観覧車の中で気分が悪くなるなんて……
 塚原先輩がすごく暖かいことがよくわかったけど、もっと強くならなくちゃな。




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