Elkington Silver Tea service
1910年 英国 バーミンガム製
秋が近づいてくると急に英国風のミルクティーが飲みたくなります。おいしい紅茶を入れるためにはどういったポットがいいか悩むところですが、銀の茶器というのは非常に豪華な感じで、お茶のゆったりとしたひと時を彩ってくれます。しかし、お茶の味を金臭くさせるとして嫌う人もあれば、熱伝導が良いのでおいしい紅茶ができるとさまざまな意見があります。私個人の意見ではきちんと手入れされて、頻繁に使っていればそんなに金臭さは気になりませんので、問題はその形にあると思います。やはりティーポットは円形が最も対流を良くするために効率よく茶葉の薫りと味を引き出し、ミルクティーにふさわしい深い味わいのお茶ができるかと思います。
今回英国でどうしても手に入れたかったのが、銀のケトルが付いたティーセットでした。イーヴリン・ウォーの小説に基づいたドラマ Brideshead Revisited でもマーチメーン侯爵邸ではケトル付きティーセットが使われていました。考えてみると、大きな屋敷などでは、傍らにオイルランプで温めるケトルがないと、お茶をサーブされてから冷えてしまうので、こういったケトルは必要だったのだと思います。そのことを考えると、普通の日本の家庭ではケトルなんて必要なくて、台所が近いのだからガスでお湯を沸かして注ぎ足せば事足りるのですが、それはそれで風情が無いものですし、また、中国茶を飲む場合には急須が小さいので、頻繁にお湯を沸かしに行かねばなりません。アルコールランプや電気で沸かすケトルは中国茶専門店には置いてあるのですが、デザインが満足できず購入を控えていました。
購入するセットの絶対条件は多人数で使用できる大きなものであること、そしてデザインがシンプルでポットが円形であることなどと明確な条件がありました。理想的には Howards End などに出てくるような、1900年代初頭のエドワーディアンの物が見つかればいいなと思っていました。しかし、このようなケトルつきのセットはなかなか見つけるのが難しく、あっても装飾過多なヴィクトリア朝風のものであったりと、今回は出会いを期待していなかったのです。あきらめかけたある日、投宿先の目の前にある Grey's Antique マーケットで、銀食器専門のアンティークショップを見つけました。おそるおそる入って行き、店の人に訊くと、棚から非常に凝ったヴィクトリアンなケトルを出してきました。しかし、シンプルなものが欲しい旨を伝えると、この写真のセットともうひとつのセットを見せてくれました。ひとつはケトルとティーポットだけでなく、コーヒーとチョコレート用のポットが付いた非常に大掛かりなもので悩んだのですが、結局この写真にある Elkington 社製のティーセットにしました。
実はこのセットの購入以前から使用していた小さなティーセット(2人用なので多分寝室などで使っていたと思います)もElkington社 製で、ここのメーカーのデザインというのは非常に繊細かつ無駄が無く、作りも丁寧なので、気に入っていました。特に世紀末にかけては素晴らしいアール・ヌーボー風の作品も製作しており、一部のコレクターの間では大変人気のあるメーカーです。マッピン・アンド・ウェッブ社ほど日本では一般的ではありませんが、非常に歴史的にも重要なメーカーのひとつといえます。1830年代から40年代にかけて、創業者である George Richards Elkington と Henry Elkington は産業革命の流れを受けて銀メッキ(Sheffiled-Plate とか Electro-Plate といわれている技法)を完成させ会社を大きくしました。この会社の面白いところは、ただ産業革命の申し子で終わらなかったことです。1868年にはヴィクトリア女王から英王室の銀製品の複製を許可され、この経験から同社はデザイン性豊かな製品を世に送り出すことになります。もちろん英国王室からのワラント(一般的に『王室御用達』といわれる勅許状)をヴィクトリア女王から授けられ、それはエドワード7世、ジョージ5世、エドワード8世(後のウィンザー公)、そしてジョージ6世まで継続的に授けられるという異例の扱いを受けました。もちろん王室の信頼が深かったということは、一般の社会でも一流の銀器製造会社とみなされていたわけで、タイタニック号を始めとして豪華客船で名高い White Star Line では1等船客用の銀食器はほとんどElkington社に発注していたそうです。
英国の銀器のいいところは製造年(物によっては月まで分かる)が明確に分かるということで、このティーセットは1910年製で、まさにエドワーディアンが終わろうとしている時代の物です。宝飾や銀器という保守性の強い製品ではデザインもすこし前の物を踏襲する(芸術作品的な物は前衛ですが)傾向がありますし、シンプルな中にも繊細さを感じさせるこのセットのデザインは、まさにエドワーディアンであるといえましょう。何よりも特徴的なのはデザインに無駄が全く無く、さすがにデザイン性で名が通ったElkington社の製品であると感じました。ケトルのもち手の部分は籐を編んだものを巻き付けてあり、少しナチュラルで可憐な印象がエドワーディアンの女性的な繊細さをいっそう引き立てていると思います。装飾は伝統的なビーズ模様だけなのですが、その掘り込みも深く、特にミルクピッチャーとシュガーポットの縁に施された模様は裏側までもきちんと打ち込まれており、表面的な装飾でないところに作りのよさが現れています。これらの内部はヴェルメイユ(金メッキ)がしっかりと残っており、非常に良い状態です。
ケトルの下にあるランプもきれいに手入れされており、これも全て純銀でホールマークが入っていますが、最初ここにはアルコールを入れるものであると思っていましたが、ランプ用のパラフィン系のものを使うようにとお店の人には注意されました。いろいろとここの若いオーナーさんは教えてくれまして、ついつい素人はきれいにしようと磨く時にごしごしこすってしまいがちですが、ホールマークの部分だけはこすらないようにとアドバイスを受けました。先に述べたようにイギリスの銀器の刻印は素性の正しさを証明するものですから、ごしごしこすって磨耗してしまうと価値が下がってしまうからとのことでした。確かにアンティークの銀器では刻印が磨耗してしまっているものも多くみられますから、注意しようと思いました。実際に使ってみると、ケトルはあくまでもお湯を冷まさない程度の火力しかなく、実際にお湯を沸かすのははなはだ不経済であることが分かりました。それに相当煤が出てしまいますから。あくまでも、会話を楽しむ間にお茶が冷めたらばいつでも温かい足し湯ができる程度に考えておいた方がいいかもしれませんね。
Irish Linen社製のシャンパンカラーの麻のレースクロスを、マホガニーの19世紀のトレーに敷き、マナーハウスのお茶を気取ってセッティングしてみました。ティーカップは Aynslay社が戦前作っていたバタフライハンドルのもので、カップにはキャベツ状の模様が入り、ハンドルは繊細な蝶の形で作られております。黄緑や水色と白のツートーンの物は割りと見かけますが、このカップは内側が藤色で、非常にエレガントなデザインをしております。それに学生時代に購入したエドワーディアンのレースワークが美しいティースプーンと19世紀初頭のマザー・オブ・パール(真珠母貝)ハンドルのケーキナイフとフォークを合わせてみました。
中国茶のセッティングも試みてみました。左手奥にはバカラのシノワズリーコンポートを配してみました。月餅などの中国菓子を少し並べてみてもいいかもしれませんね。ケトルの台が猫脚なので、もともと猫脚の起源は中国の家具にありますから、そんなに違和感無く纏まるかと思います。