
Collection No.202 シノワズリ・アールデコ カフリンクス
c.1935〜1940 イギリス製
アールデコというのは非常に定義の難しいムーブメントで、原則的にパリでのアールデコ博覧会とその影響を受けたデザインの流れで、幾何学的なデザインをいいますが、では果たして幾何学的なモダニズムとの違いはなんであるかと考えると、意外と定義のやりにくい部分があります。私の中ではアールデコというのは幾何学的な装飾を施したもので『装飾』が重要な鍵になっていると考えます。すなわち、30年代のモダニズムのバウハウスなどと違うのは、バウハウスのデザインはあくまでも機能性が重視され、装飾は機能の為に奉仕する・・・言い換えれば機能的な形を作ることがある意味『装飾』であり、あえてそれに余計なものを付け加えることが不必要である、という美学の違いであると思います。アールデコはあくまでも論理的な機能性というより、感覚的な『現代』の表現であり、装飾なのです。
アールデコ、アールヌーボーはそれ以前のヨーロッパの歴史的デザインと決定的に違うのは、ギリシャやローマのデザインの延長から袂を分かち、鉱物や植物、幾何学的な感覚などにデザインの基礎を置いたことにあるといえます。すなわち、ある程度の法則はありながらも、歴史様式のような厳格な決まりごとが無く、自由な発想で変化していく面白みがあります。殊にアールデコは、植物をモティーフの基礎においたアールヌーボーとは違い、鉱物、もしくは鉱物的な幾何学にモティーフの基礎を置いているためにいっそう表現が自由で、それゆえに先に書かれたような定義の難しさがあるのだと思います。逆に言えば、アールヌーボーがどうしても具象的な植物をモティーフにしているがゆえに多様性の限界があるのに対し、アールデコは抽象的な『現代』感覚を幾何学で表した装飾なので、愛好された時代は短くとも、地域によって多様な変化をしてきました。
このカフスボタンはそのいい例で、中国的な陰陽のモティーフをアールデコ的なシャープな感覚でとらえなおしているいわゆるシノワ・デコの傑作であると思います。中国趣味(シノワズリ)という19世紀末にヨーロッパで流行したエキゾチシズムの伝統と『現代』的な感性がとらえなおして、1930年代には面白いデザインが生まれました。このシノワ・デコは特にカルティエが得意としており、去年から『ドラゴンのキス』というタイトルでこのシノワ・デコを復刻しておりますが、非常に新鮮です。このデザインにおいては、オニキスの黒、珊瑚の朱、翡翠の緑などを使用する作例が多いのですが、このカフリンクスはオニキスをくるむように繊細なオープンワークのプラチナが施され、そこにメレダイヤモンドを散らしております。1.2cmという小さな空間にシノワ・デコという特殊なデザインのエッセンスが研ぎ澄まされて宿っているような印象を受けます。この作品のミル打ちは少し大きめで、20世紀初頭の繊細なミル打ちとは又違った印象を受けます。繊細さよりも大胆さがあることによって、プラチナとダイヤモンドの無色に近い色目と、オニキスのディープな黒とのボールドな配色がいっそう力強く思えるのです。
魔都上海のアールデコの装飾があるホテルで、タキシードに身を包みカクテルを飲みながら、ジャズが聴きたくなる、そんなロマンティックな一品です。

fig1.
表面のディテール