明治天皇銀婚式記念 立鶴形ボンボニエール
このボンボニエールは、明治天皇のご成婚25周年を記念して鋳造された、皇室のボンボニエールの規範ともなった歴史的に非常に貴重なボンボニエールです。銀というのはそれまでの日本ではあまり贈り物として重要視されていなかったのですが、明治維新後海外の銀本位の考え方や銀製品を贈答する習慣に影響を受け、明治24年ごろから下賜品の最高峰の素材として銀が採用され始めました。明治初年は皇室お抱えの帝室技芸員は銅器を中心とした下賜品の瓶などを多く作ってきましたが、次第に海外の王族・高官には銀の品物が贈られる様になりました。また、銀婚という節目の祝でこれが出されたことから銀という素材が使われたとも考えられますが、この後に出されるボンボニエールが銀婚に関わらずに銀製品であったことを考えると、やはり国際的な視点での銀の贈答品としての重要性が影響しているのであろうと、私は考えております。もう一つのこの形態の銀の細工物が江戸時代の貴顕の雛道具の伝統を受け継いでいるとも考えられますが、この点についてはまた別のところで詳しく述べたいと思っております。
この歴史的な重要性もさることながら、美術的にも非常に価値の高い作品で、明治期の銀工の最高傑作のひとつであると考えられます。10cmほどの小さな作品ながら、造形に力強さがあり、これほどの名品はボンボニエールの歴史の中で作られることはありませんでした。立鶴の造形は数多くこの後も作られたのですが、これほど緻密な作品はなく、鶴の羽一枚一枚が丁寧に毛彫りされ、銀細工であることを忘れさせるようなまでに軽やかさが表現されております。鶴の眼もただ掘り込まれているのではなく、金を象嵌し、赤い部分は古色豊かな鮮やかな中にも渋さのある赤い七宝が施されています。
下部の台の内部のわずかな空間に金平糖が収められていたわけですが、打ち出しで作られており、鶴の部分と亀の細工はねじによって最後に固定されてあります。亀の表情も豊かで、ひょうきんささえ感じさせる表情は、見るものの心を和ませてくれます。台座の後ろ側には明治27年3月9日とその銀婚の記念日が記されているのですが、後のボンボニエールのように皇室の菊花紋がなかったことと、非常に繊細な細工であることも影響して、ただでさえ少ない鋳造数であることもあいまって、破損したり戦時下で鋳潰されてしまったりで現存数はごくごく少なくまぼろしのボンボニエールと言っても過言ではないでしょう。宮内庁尚蔵館における『慶びの小箱』という秩父宮妃のボンボニエールコレクションにも図録しか残っていない貴重な作品です。
写真から明治の銀細工の素晴らしさを堪能してください。